アメリカ、WH製。昭和3年(1928年)の称号改正で6110 (6010〜6015)を改番して
ED53となる。ED53の歯数比を変更し貨物用としたものです。
| ED31形は、大正12年(1923)芝浦製作所・石川島造船所製の40t凸型機で、元伊那電気鉄道(JR飯田線)デキ1〜5で、同社が国鉄に買収されて昭和27年(1952)にED31形と改称された国産初期の古典機である。 国鉄では昭和30年(1955)から廃車され始め、昭和30年9月23日(昭和30年8月17日認可)にED313が、昭和30年12月1日(昭和30年10月24日認可)にED315が、昭和32年2月21日(昭和31年12月21日認可)にED314の順に払い下げを受け、本線の主力機として使用を開始した。 ED311・ED312は昭和30年に西武鉄道に譲渡後、近江鉄道へは昭和35年(1960)8月8日認可を得て再譲渡同年8月15日入線した。 この2両は入線時に西武鉄道bP・2を旧国鉄番号に戻しED311・312と改番した。 ED313・314は、武佐・近江八幡間の東洋カーボンの貨物列車として昭和61年(1986)7月31日まで、新八日市・近江八幡間の一般貨物列車として昭和61年10月30日まで活躍していた。 その後、工事列車用として使用されている。 |
昭和6年に誕生した国産の中型直流電気機関車で、国産初のF型機EF52を基本として18両が製作された。主電動機や出力はEF52と同じであった。
1944年10月から終戦までに7両が製造され、1947年4月までに24両が製造され。
原型は車体が凸型で鋼材や銅を節約して製造された。高速度遮断機の代わりに断流機
を採用、その他部品 の省略や簡素化が計られた。このための粘着重量不足を補うため
に台枠にコンクリートを流し込んで重量を合わせた。 これを是正するために1948年度
に高速度遮断機設置を含む大改造が行われ、それ以後も1951年度 位まで改造が
行われた。 更に、1953年から1957年にかけてEF58形の旧車体を載せ替えた。
これにより、車体が1947年度製造のEF15と似通ったものになった。
25号は側窓が1つ少ない変形機である。
EF1220 1653年10月改造 川車