養老線は、名古屋線桑名駅から分岐して、揖斐川に沿い、養老山系の麓を北上、大垣を経由して揖斐に至る57.6キロを結ぶ狭軌(1067ミリ)1500V、全線単線である。この線は1913年(大正2年)7月養老鉄道として養老〜大垣〜池野間が開通、当事は蒸気列車運転であった。その後、1922年(大正11年)5月揖斐川電機工業と合併、翌年5月に全線(この時点で桑名〜池野)の電化を完成させた。そして1928年(昭和3年)4月に養老電気鉄道と改称、更に翌年10月に伊勢電気鉄道と合併した。しかし、この伊勢電気鉄道も、1936年(昭和11年)9月参宮急行電鉄(以下参急)との合併直前の同年5月、養老線のみを分離し、養老電鉄となるも、1940年(昭和15年)8月今度は参急と合併、参急養老線となる。その後、戦中から戦後にかけ、関西急行鉄道を経て近鉄となり、創立から現在に至る経緯は吸収合併と分離の繰返しであった。なお、1994年(平成6年)10月1日からワンマン運転方式を行っている。

電気機関車

デ31型(デ31 デ33)
 1948(昭和23)年から三菱電機で製造された近畿日本鉄道デ31形31〜33で、当初伊賀線や南大阪線の貨物輸送として活躍したが、31・33が養老線へ、32は改軌され名古屋線へ転属した。車体形状は箱形で神戸電鉄ED2001(現ED701)などと似ている。近鉄デ31・33は2000(平成12)年11月のさよなら運転を最後に廃車解体された。デ32は塩浜工場入換機として活躍している。出力388KW 自重35t
デ11型(デ11 デ12)
 
ENNGLISH ELECTRIC製伊勢電気鉄道が1928年に購入したもので、511 512を近鉄時代にデ11.デ12と改
めた。養老線で使われた。1983年(昭和58年)に廃車。出力440KW 自重36t
デ61型(デ61 デ62)
 WESTINGHOUSE製、大阪鉄道が購入したもので、車体は三菱造船製だが、形態はボールドウィンを踏襲している。61〜64の4両があり、1926年製、台車は戦後振り替えられた。出力388KW 自重35t

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