近江鉄道の電気機関車は、昭和23年(1948)10月に彦根駅構内の入換え用として西武鉄道のEDIを借用したのが最初で、工場入換え用や蒸気機関車の廃車代替、さらに砂利・セメント原料の輸送の増大に伴い、国鉄の廃車機等を譲り受けて順次増備し、戦前から貨物列車を引いていた電動貨車にとってかわり電気機関車が走り出した。
近江鉄道の主な貨物輸送は、野沢セメント(現在:住友セメント)の原石輸送(昭和35年11月10日営業開始)、日本石油のタンカー輸送(昭和38年11月28日営業開始)、キリンビールのビール輸送(昭和49年6月1日営業開始)および東洋カーボンの原材料輸送(昭和46年11月1日営業開始)等があり、電気機関車はこれらの貨物列車をけん引に活躍していた。
ところが、貨物や荷物の輸送にトラックが進出し、さらには国鉄の貨物輸送の再編成等により、当社の貨物輸送も鳥居本・彦根間の日本石油のタンカー輸送を最後に昭和63年3月12日をもって廃止を余儀なくされた。
ED4000形は、昭和5年(1930)英国イングリッシュ・エレクトリック社製の50t箱形デッキ付機関車で、東武鉄道EL第1号であった。
昭和48年(1973)1月にキリンビール滋賀工場の輸送増に対応するため、同社から譲り受けたものである。
形式ED10101であったが、昭和30年(1955)7月にED4001に変更され、当社もそのままED4001となっている。
昭和59年(1984)10月30日にキリンビールの輸送が廃止になるまではキリンビール専用車として使用、以後は、昭和61年4月1日休車になるまでの間は住友セメント構内専用として使用した。現在休車。
ロコ1101形は、昭和5年(1930)東洋電気・日本車輌製の30t凸型機で、元阪和電気鉄道(JR阪和線)ロコ1101である。
南海を経て、国鉄の阪和線で使用されていたが、低速であり直接制御であることから昭和25年に廃車、近江鉄道へは昭和26年(1951)7月10日認可を得て払い下げを受けた。
彦根駅構内および住友セメント彦根工場専用線の入換え専用として昭和61年6月30日まで使用していた。
ED14形は、国鉄(JR)が東海道線電化開業時に輸入された大正15年(1926)米国ゼネラル・エレクトリック社製の60t箱型デッキ付電気機関車で、当初は1060形と呼ばれた。
東海道線を追われてからは中央線、飯田線、仙山線で主に貨物車両けん引に従事していた。
国鉄では昭和36年〜40年に全機廃車されたが、当社ではセメント原石輸送の開始(昭和35年11月10日)により、強力な電気機関車増備の必要に迫られていたことから、昭和37年(1962)4月25日認可により、まずED142・143の2両を譲り受け、さらに昭和40年(1965)12月23日届けでED141、昭和41年(1966)10月31日届けでED144の払い下げを受け、再び4両の仲間が全員揃って東海道線を並走する近江鉄道に集結した。
ED31形は、大正12年(1923)芝浦製作所・石川島造船所製の40t凸型機で、元伊那電気鉄道(JR飯田線)デキ1〜5で、同社が国鉄に買収されて昭和27年(1952)にED31形と改称された国産初期の古典機である。
国鉄では昭和30年(1955)から廃車され始め、昭和30年9月23日(昭和30年8月17日認可)にED313が、昭和30年12月1日(昭和30年10月24日認可)にED315が、昭和32年2月21日(昭和31年12月21日認可)にED314の順に払い下げを受け、本線の主力機として使用を開始した。
ED311・ED312は昭和30年に西武鉄道に譲渡後、近江鉄道へは昭和35年(1960)8月8日認可を得て再譲渡同年8月15日入線した。
この2両は入線時に西武鉄道bP・2を旧国鉄番号に戻しED311・312と改番した。
ED313・314は、武佐・近江八幡間の東洋カーボンの貨物列車として昭和61年(1986)7月31日まで、新八日市・近江八幡間の一般貨物列車として昭和61年10月30日まで活躍していた。
その後、工事列車用として使用されている。