ナベカツそば情報

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   < 目次 >   
 
   
情報 @
▽ 「北のそば屋さん」(正編=北海道新聞社刊、渡辺克己著)  

▽「続 北のそば屋さん」 (続編=同、同)

▽「 北のそば こだわり100店 」(第三編=同、同 )

{気になる旨いそば店紹介の三冊目 お勧めの100店を満載} (二刷を展開中

▽日本そば博札幌会場初開催(06年9月)、祭りの成果はいま一つ

▽そば打ちだけが全てじゃない

▽地球の旅芸人のメッカ・世界演劇祭も、そば会から夢が正夢に

▽ゴッツオー・フォーラム、面白そうだぞと立ち上がる

▽仏も神も仲良くしてしまう利賀魂はしたたかです

▽利賀衆全員集合、「元気だったかな」のサミット

▽ダッタンそばを北海道特産に育てよう!

  

       
    そば小話(平成9−13年)

  立ち食いの元祖は?
  道産粉の人気じわり
  楽しく食べる雰囲気を
  人気店の給仕学んで
  相席嫌がるぜいたく
  道産子は気が短い?
  出前でぜいたく気分
  種をまき開拓しのぶ
  酒楽しめる店増えて
  品種改良したけれど
  人気高いが生産は・・・
  廃業相次いだ戦時中
  品質保持に苦しむ夏
  そば湯にコーヒーに絶妙
  誤った常識に変化
  香り立つ石臼手びき
  道産の「常陸」に期待
  産地製粉のメリット
  地元奮起 屋台並ぶ
  識別難しい「旬の色」
  腕の良しあし出る更科
  究極の味、つなぎなし
  水準の差出る「磨き」
  多すぎる「もどき」
  つなぎ粉にこだわり
  来春パリに”進出”
  「道産粉の魅力満喫
  道内の店も「全国区」に
  輸入物から打ち粉抽出
  行儀よくズ、ズーっと
  元気に大盤振る舞い
  人気呼んだ幌加内の屋台
  遠くて近い製麺所
  担ぎ売り 花街の彩り
  北海道はこいくち派
  アジ節派とイワシ節派
  カツオ節派に店の個性
  平成に道産石臼再び
  手打ちとコーヒー
  パリの手打ち店好評
  特産農産物への期待
  製粉所任せに疑問
  「抜き」釧路で通用
  「抜き」に映る店の変遷
  産地よりひき方肝心
  硬い鳥肉に味わい
  軟らかければよい?
  深川産もアピール
  辛い東京 甘い北海道
  雨降って地固まる
  水にもこだわる
  「甘さ辛さ」に地域性
  「秋新」めでる気風
  新そばの扱いに差
  中国産の品質向上
  米、カナダ産調達に意義
  輸入物にも関心薄
  人気さらった道内勢
  手打ち年越し大好評
  道外から生産励まし
  産地に若者集まれ
  出雲の大胆な転換
  観光の一翼担う皿そば
  「健康」足場に栽培拡大
  自前のニシン甘露煮
  「芸術家はだし」の主
  強い香り嫌う都会の客
  昭和天皇の「もう一杯
  名人の「手打ち」が盛況
  変わり始めた九州
  風味残るゆで置きめん
  「味のベテラン」に緊張
  中年脱サラのプロ輩出
  三段位の2割は道内勢
  栄養のバランスは抜群
  品種改良に欲しい熱気




    情報A

     ▽続・そば小話

黒そばの店がなぜか少ない

究極の黒そば、倶知安で発見!

お袋の背中を見て開業を思い立つ

袋替えがはびこるそば粉の世界

北桧山を懐かしむパリの女性運転手

短い夏の「歩道テラス」は妙案

北海道ダッタンそばの会、立ち上げる

牛肉の脂肪分は8%が望ましい

新そばの定義は年内か年度内か

仏人の自信過剰も困りもの

中学生のそば打ちは絶大なる体験の価値

キタユキを皆で食べ支援しよう

札幌でイスラム教義を強いられた

真狩村老人ホームでそばを打つ緊張感は格別

                 
    情報B
▽ミャンマー人は礼節の人、質素な生き方にそれを見た

▽本物をジカに見せるのが一番の道だ ヤンゴンでそば切りを供して痛感した

▽そば打ちは芸術家たれ!石川文康先生が会津雪室そば祭りで力説

▽宮古の老そば師にそば道の本質を見た


▽給食現場に探れ、そば食文化の勢いを

▽風はそばに向いて来た

▽新しい店がぼつぼつデビュー、でも料金が抑えられて厳しい道のり


▽北海道そば研究会の20年の節目で思うこと
   
    
            
        

        <本文>

「北のそば屋さん」のタイトル。筆者の元職場である北海道新聞の題字と同じ隷書体にしてみました。

 

「北のそば屋さん」を生んだ北海道の地図がバックになっているのがわかるかな。

正編=1998年発行     

「北のそば屋さん」の各店紹介の見出しの背景になっているそばのカットを生かしてみました。
続編=202店


続編=2000年発行
筆者による「北のそば屋さん」の一口紹介。 うまそうなそぱの写真のついた「北のそば屋さん」の表紙。どうです、おいしそうなそばでしょう。


最新刊
北のそばこだわり100店
北海道内推奨店からピックアップ=2006年1月発行


北のそば店紹介本第三弾

お勧めは100軒
    (二刷に展開中)
 当HP発信者でもある渡辺克己著「北のそば こだわり100選」が北海道新聞社から出た。これは著者・渡辺にとり第三弾に当たるそば店ガイド本である。                       
 同著はA5判、140ページ、オールカラー、税込み1575円。全道の旨いそば店100店を掲載。内訳は、既刊本1、2巻に載った店から著者お薦めの15店(再掲店)と、今回初登場の85店の2つのまとまりで構成。初登場組は札幌(24店)、道央(28店)、道南(7店)、道北(12店)、道東(14店)という比率。人口集中の札幌、道央圏が52店を占めている。

 著者は取材に際して三つの要素を念頭に置いた。それは 1.道産そばの使用店である 2.手打ち店である 3.お客を温かく迎える店である。 1. 2.は厳しい要件といえばいえるが、 1.はそばも道産農産物であるから、消費の一翼から主産県の生産者を激励する意味で重用である。逆にいえば海外から船積みで届く下級品が“道産そば”にすりかわってまかり通っていたり、風味豊かな国産そばが市場力を抑えられている現実がある。そこで努力している店を応援し、道産そばがもっと正統に評価支持されて欲しいと願う気持ちもある。

 2.については私たちは長いこと手打ち麺の歯応えに親しんできた。人件費高騰とか麺器の改良普及によって手打ちの麺はおされ気味だとはいえ、手打ち麺のよさを再認識されていいと強調する意味である 3.旨い味を創出する上で職人的感覚は大事である。しかしこの外食競争の激しさの中で、それが過度に重視されると、お客大事が後回しにされることが心配だ。現に若い職人がそば打ちに精神を集中させる余り、客へのサービス精神が後回しにされているという例を聞く。おいしそばは総合点で支持されるべきという原点に立ち返りたいと願って、ここに挙げた。

 前作から6年、前々作から8年ぶりの刊行である。今回も全道を車で2周した。この間、脱サラなどを背景に新店は続々と登場である。こだわりのメニューも増えている。玄そばを道外に袋詰めで送り出すだけの時代は終わって、地元消費者の評価にさらされる状況がここにある。そうした味の発掘に、ささやかながら狩人役を努めてみた一冊である。幸いにして好評のうちに二刷に進んでいる。
購入要領は発売元の北海道新聞社(札幌市中央区大通西3)のHPに載っている。金額のうち75円は消費税

続編)「続 北のそば屋さん」は152ページ。2000年11月20日発行。

(第三弾)「北のそばこだわり100店」は140ページ。2006年1月6日発行。定価、発行所は三編とも同じ。


札幌初開催の日本そば博(06年9月)そば屋台17軒
  だが、三日間で1軒平均
600食販売の閑散ぶり

  

第12回日本そば博覧会「札幌そば祭り」が06年9月16日から三日間、札幌市東区サッポロさとらんどで開かれた。三日間で7万人が来場したが、場所の分かりずらさや前宣伝の遅れなどで、過去の開催例に比べてやや寂しい成績に留まった。

 行事は札幌市が中心となって主催、全麺協(全国麺類文化地域間交流推進協議会=本部幌加内町)、札幌手打ちそば愛好会(事務局白石区)などで準備した。 今回はまた三段位、四段位の素人そば打ち昇段審査会も開かれた。
 

 屋台出店は、全部で17店。うち道内は9店、本州8店。物販屋台は30店。しかし、9月中旬となると、北海道は風や雨の日が入ってくる。3日間のうち中日はやはり雨に見舞われ気温も下がり難儀した。また会場は札幌空港の東にあり知名度は低い。さらに事前のポスター、チラシは開催本番の1ヶ月前にやっと刷り上る遅さで情報が道民に浸透せず、来場者の動員につながらなかった。

 会場のさとらんど農園では広大なフィールドで夏場は毎週週末に付近の農家が農産物の朝市を開いている。そこへ市民が買いに通っている。7万人集めたとはいえ、そば祭りのそばを食べたのはその3割でしかなかったという見方もある。もしそうだと、最大に見積もっても3万食。これだと一軒当たり1800食、三日間で一日600食。これでは例えば信州松本そば祭りで我々札幌手打ちそば愛好会が遠征して売った3000食の6割止まり。これでは閑散たる結果としかいえない。

 市の取り組みも準備の窓口を現地の農業センターの1,2人に任せて、その担当者も普段は日曜農園などに従事していても、イベント開催には不案内で動きを鈍くした。主催者からぜひにと声をかけられて出店した中空知の一組は、いろんなそば祭りに出たが、こんなに売り上げ実績のない例は初めてだったという。また本州からの一組も、帰りの旅費も出ないと頭を抱えて30万円を超す参加料を事務局に支払っていた。そんな状態から、今後に向けての課題を山積した祭典であった。



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