Kinuko Books
Kinuko Profile
Collabo Goods



 新しい本が出ました!
  

     
★「城下町つるおか子ども方言かるた」CD:音で綴る「鶴岡の方言」付

★購入は、ぶっくすプロ本の森
 ぶっくすプロ 本の森      
問い合わせ


最近の更新履歴


12/28.私の読書、吉野せい と出会った
12/16.♪お茶飲みサロンで読み語り
12/8.最上一平さんの本を読みまくっています
12/2.まちライブラリー・ブックカフェ、始めます。
11/18.最上一平さんの講演…この本だいすきの会で本が嫌いだった話
11/14.何かが始まりそうな「読書で元気なまちをつくろう・市民の集い」
10/24.「第6回読書で元気なまちをつくろう・市民の集い」へ
10/2.一箱古本市をやりまーす!


    
2016年7〜9月
    
                   
                                                                                                          


全国SLA

鶴岡市朝暘第一小学校




















あんなこと こんなこと

2016年12月28日(水)

   ♪私の読書、吉野せい と出会った

  本のことを語り合う小さな集まりを昨年から続けているところがありました。ブックライフという月に1回集まる読書会です。12月例会に参加させていただきました。フェースブックにはこんなふうに紹介されています。

 「薪ストーブの柔らかな炎を眺めながら、お勧めの本を紹介し合い、読書の愉しみを深めるひととき。 意外なジャンルの本や、食わず嫌いだった作家の本に出会えるかも」(^_^) 時間は午前11時30分から午後1時30分まで。お弁当を持ち寄って、薪ストーブの脇で語り合うという、素敵な集いです。

 12月の例会日には、集まった方達で、それぞれが持ってきた本を紹介。私は、その前の小さな読書会で紹介された一冊『愛の顛末』(梯久美子著・文芸春秋)の中の最終章に載っていた「吉野せい」の生涯について、ことのほか惹かれましたので、話しました。

 吉野せいは、70代で作家デビューした希有な女性です。純粋無垢な魂で詩と開墾に情熱を傾けた詩人三野混沌(本名・吉野義也)と結婚し、家庭や生活を顧みない夫との相克があり過酷な年月があった。夫と死別した後、混沌の友人草野心平から「あんたは書かねばならない」と説得され、50年ぶりにペンを取り書いた本が、『洟をたれた神』なのです。

  開墾と貧困、子育てに明け暮れた苦難の歳月、そこから生まれた折々の出来事と思いのたけを記した短編は、独特の文体ながら実にすかっとして力強く小気味よいのです。私はいま、吉野せいにぞっこんです。読んだ著作はまだ『洟をたれた神』だけですが、書いた本はこの他『暮鳥と混沌』、『道』3冊のみ、78歳には没してしいます。たった2年間の執筆生活でした。

  吉野せい自身は書くことで、自分を取り戻し、夫との相克から和解へと自らを解放することができたと記しています。そのこころの軌跡を表現する言の葉が、強烈に響いてくるのです。彼女の著作、あと2冊が手に入るかどうか解りませんが、楽しみです。

 本を語り合うって、やっぱりいいですね。読書で人との繋がりを深められるし、人との関わりから本と出会えること、読書に導かれて豊かな世界が拓かれていきます。

2016年12月16日(金)

  ♪お茶飲みサロンで読み語り

  小さな読書会を開けないかなあ、と声かけしていたら、鶴岡で親子読書を一番早く始めたOさんの耳に入り、それならば、読書会の前にまず大山地域の木七町公民館でやっているお茶飲みサロンで、読みきかせをしてほしいと声をかけられました。お茶飲みサロンとは、ディサービスなと介護支援施設に行くまでもないお年寄りの方達が集う老人クラブなどで取り組んでいる交流の場です。いま、Oさんはその町内会のお世話をしています。

  嬉しい呼びかけでしたので、早速本選びから始めました。現在、マイブームが最上一平作品ですから、年配の方達にぴったりの作品は… と探してみるとありましたありました。『おかめひょっとこ』の絵本です。最上さんのお母さんが、おかめの面かぶって踊った姿からヒントを得て書いた作品とのこと。

 まずしい村には、ずっと昔から、おにがきた。で始まる。みねという女の子の一生を描いたものがたり。父母がつくってくれたおかめひょっとこのお面。嫁ぐときも嫁入り道具に忍ばせてきた。子どもに恵まれたが、貧しさに苦しむ暮らしに更に災害なども鬼が出てくると象徴して描かれている。苦しいとき、おかめひょっとこを夫も一緒にかぶっておどけておどり笑い飛ばすときもあった。

 しかし、人生甘くはない。その夫が57で亡くなった。その通夜で、みねは泣きながらおかめの面をかぶって泣きながら「とうちゃん、ほら笑え、ほらわらえ」と踊った。絵本の最後のページは一変して、みねの88歳の米寿の祝いの場面。10人の子ども、25人の孫、ひ孫が11人、やしゃごが1人が集まった。そこでみねばあちゃんは「世界一のしあわせものです」と語る。

 これをお茶飲みサロンに集まった年輩の皆さんに読み語りました。真剣に聞き、見ていました。もっと読んで欲しいといわれたので2冊目は『ぜつぽうの濁点』(原田宋典作・柚木沙弥郎絵)、3冊目が『じぶんの木』(最上一平作・松成真理子絵)をよみました。どれも、人生経験の豊かな方達に読むのに不足は無いかなと思って選びました。あとで、「絵本でも、深い内容でしたね』と言われました。

  読書のまちについても皆さんに語ることができましたし、これからは一歩すすめて、聴くだけでなく、皆さんからも語って貰う時間をとるのもいいなあと提案しました。年配の方達に読み語るって、初めてですが、真剣に聴いてくれるのは、子どもにするときと同じですし、もっと濃い時間だったかもしれません。

2016年12月8日(木)

 ♪最上一平さんの本を読みまくっています

 10月末に最上一平さんの講演を聴いてからというもの、彼の著作を無性に読んでみたくなり、最上さんの本を持っていたら貸して! と知人に頼んだところ、間もなく、ダンボールにいっぱい…がどさっと玄関に置いてあり、ぎょぎょぎょ。マニアな方がいるものです。読みたい本、読まなければならない本があれこれあるのですが、とにかく、最上一平さんの本の虫になって読みました。

 しみじみといいのです。登場人物は、どの作品も、その辺にいそうな田舎のおっちゃんやら婆ちゃんやら子どもたち、偉そうな人など一人も出てきません。どこか偏屈だったり、臆病だったり、けんかしたり、お喋りだったり、それでもどの人も子もみな憎めない愛しい人たちばかり出てきます。一人ひとりのキャラを描きながら、目を細めてうふふと書いている最上一平さんの姿が浮かんできます。

 『ぬくい山のキツネ』のおトラばあさんは、過疎の山里で、村人が次第に山をおりて町に行くなか、ついにたった一人になります。が、それでもやっぱりここに住みたいと、畑を耕し、四季おりおりの暮らしを過ごしています。一人で暮らしていて一番困るのは、話し相手がいないということでした。

 ある日、畑仕事をしていると、亡くなったはずの夫の金五郎が現れます。ははぁ、きっときつねが化かしにきたのだなと様子を伺いますが、余りにもそっくりですし、亡くなった頃より若く男前です。しゃべり方まで同じです。しっぼは無いけれど、ひげが少し金色に見えるくらいです。話し相手のいる嬉しさで、化かされたふりをして、何日か過ごします。 おトラばあさんが、「おっつぁん、よぐきてくれたなあ」と言えば、「うん」と金五郎がもっともらしくうなずき… 半信半疑ながらも金五郎とおトラさんのやり取りが、何ともほほえましいのです。

 そして、季節が移って、ある日、ふっと金五郎がいなくなります。雨のなか、金五郎をさがしまわり、おトラばあさんはすっかり濡れて、寝込んでしまいます。そこへ帰ってきた金五郎は、おトラばあさんの誕生日にと赤い膝掛けを町に買いに行ったというのでした。熱のあるおトラばあさんを心配して、医者を呼んでくるという金五郎を、「おっつぁん、どごさもいかねでけろ」と… ここからは読んでみてください。

  こんな物語を書けるのは、最上さんだからです。人の優しさが、人恋しさが行間からにじみ出てきます。どんな癖のある変な人でもなつかしさがあふれてきます。悪人だってあたたかく人間ってしょうがないんだよな、という筆致です。

  最上さんの講演をもう一度聴く機会があったら、なぜ作家になろうとしたのか、どのようにして作家への道を歩んできたのか、何が書きたかったのか、などを聴いてみたいと思うのです。いくら作品群を読んでも、自分自身のことはどこにも書いていません。きっと、とてもシャイな方なのでしょう。

2016年12月2日(金)

 ♪まちライブラリー・ブックカフェ、始めます。 

  先月、「読書で元気なまちをつくろう・市民の集い」でパネリストの磯井純充氏が提唱していた「まちライブラリー」のカタチをまねて、鶴岡でもできないものかといろいろな人に語りかけてみました。すると「本のことで語り合う会なんておもしろそう」、「やってみようかな」、など少しずつ具体的にやれそうなところが出てきました。今のところ4箇所で動き出しています。

  読書のまちづくりは、大きな仕掛けをして取り組むのではなく、ミニ読書会のような小さな本に関わる集まりをあちこちで行い、1人ひとりが自分の読書を語りあい、喜びを感じる取り組みから、まちづくりは始まるというものです。とてもナットクし、共感しました。

 やり方は、一人ひとりがお気に入りの本を持ち寄り、その本を話題に語り合います。そして、その本にジャバラに折りたたんだメッセージカードを付け、本の寄贈者が初めの1ページ目にコメントをつけて、ブックポケットに入れます。その本を借りた方が、その次のらんに感想などを書いて連ねていくわけです。借りる場合は、別の貸し出しノートに記入して借りていきます。ブックポケットは古封筒を半分に切れば簡単にできます。

  持ち寄った本を置くところが必要です。余りに不特定多数が出入りするところでは、本の管理が出来なくなりますから、会員メンバー同士で貸借ができるカタチにする必要がありそうです。それでも、より多くの人に広げたいという願いもありますから、立ち寄った人も借りられるという方法をするには、そこに管理人的な方がいる「場」がふさわしいかもしれません。

 やり方は、自分たちで一番やりやすい方法を考えて取り組むのがいいと教えられました。それもナットクした点です。まちライブラリーの主旨は次の通りです。

 「まちライブラリー」とは、まちのあちこちにメッセージ付きの「本」を置き、借りあうことをとおして、「本」で人の縁を繋ぐ活動です。

○まちライブラリーは、本を通じた人と人とのつながりを大切にします。

○まちライブラリーは、ご寄贈された思いのこもった本を大切にします。

○まちライブラリーは、会員同士、まちライブラリー同士の交流を大切にします。

○まちライブラリーは、となりの人の話をじっくり聴くことを大切にします。

○まちライブラリーは、上記のことを通して、一人一人が主役になれる機会や場所を目指します。

というものです。とても素敵な活動ですね。

2016年11月18日(金)

 ♪最上一平さんの講演…この本だいすきの会で本が嫌いだった話

  先日、この本だいすきの会の庄内支部が、20周年のつどいを行うというので行ってきました。会場は、羽黒山の宿坊で「大進坊」で行われました。最上一平さんの講演がメインですが、祝舞やら羽黒山に伝わる伝説の紙芝居やら盛りだくさんのプログラムを堪能し、最後には、とっておきの山菜料理、精進料理をいただきました。美味しかったです。特に山から採ってきたトチの実だけでつくったというトチモチのあんころ餅、絶品でした。

 最上一平氏のお話に惹きつけられました。最上氏は冒頭、「私の話はおもしろくありません。90分は長いですね。おもしろくない話を聞く方も大変だけれど、話す方も大変なんです。」と、のたまってぼそぼそと話始めました。ハードルを低くして語り、かえって惹きつけられましたけどね。

 “山形県の朝日町で育った。1964年東京オリンピックのとき1年生、我が家にテレビは無かった。冬は出稼ぎに行く人が多かった。同級生10人のうち、出稼ぎに行かない家庭が1軒だけだった。柿の収穫が終わり、雪囲いをすると出かけた。『銀のうさぎ』に収録されている「夏の写真」の作品。

  小学3年と5歳の兄弟、両親が「じいちゃんとばあちゃんの言うこときいていい子していれよ。正月に一度帰ってくるから」と言い置いて両親が出稼ぎに行く。小さい弟は指折り数えて待っている。しかし、12月に正月に帰れないと手紙が来る。弟は、身の置き場もないほど落胆し、ご飯も食べずに布団をかぶっていた。兄はなぐさめようと夏に両親と一緒に撮した写真を弟に見せる。弟は、布団の中で母の映っている写真をぺろぺろとなめながら泣いていた。今でも、柿の実が赤くなると、ああ…と思う。

 娘が、「お父さんはどうしてお母さんと結婚したの?」と聞く。私と結婚したために貧乏で悲惨なことになったのだが、彼女が「夏の写真」を原稿で読んで分別を無くした、というのが真相。人生を真っ逆さまに変えるほどの作品なのだから…いい作品だと思う。と(会場から拍手)” 

  最上氏のこの話にこみ上げてきました。とつとつと語るのですから、いっそう胸にせまってきます。最上さんの地元での話がもう一つ。

  “学校司書の研修会でのこと。電車の終点から20分も車で行ってやっと到着する会場に1時間も早く着いてしまった。すると会場の一番前の席に、かなりお年のお婆さんが2人座っていた。よく見ると、子どもの頃近所でお世話になったふくさんとのしさんというおばあちゃんだった。ありがたいなーと思った。多分、本なんか読んだこともないのかもしれない。そんなおばあちゃんでも面白いと思える本を書きたいと『ぬくい山のキツネ』を出版し、ふくさんとのしさんに贈った。”

  自分は、“本が嫌いな子だった。今みたいな読みきかせもないし、本を読んだこともない。読書は勉強のひとつだった。勉強ができなかったのが原因かな? 読むとちんぷんかんぷん。一行読んで次の行にうまく行けない。今、同業者の話を聞くと「世界文学全集をみな読んだ」などと。そういう人嫌いだった。が今は、子どものころ本を読まなかったことを返っていばっている。

  学校で、「本が嫌いな人」と手を挙げて貰うとクラスに1人か2人はいる。そういう子が愛しくなる。本が楽しいということを知っていないから本が嫌いになる。本は面白いからトライだけはした方がいい。つまんなかったらポイ。きっと気に入った本があるから、一冊気に入った本があることがいい。

  自分は、本なんか買ってもらえなかった。この本面白いと言える人はすてきだと思う。本を手渡して上げられることはすばらしいこと。子どもには、一冊でいいから好きな本があってほしいと思う。” 

  この後、『じぶんの木』の読みきかせ。実は、この絵本が在庫が無いという。品切れ、再版の予定なしであることが発覚。大事ないい本なので、出版社に促してほしいと。

 “日々の生活のなかに、人を励ますことがあるのではないか。今日の話の結論だ。生活のなかで人と人とが結び合って生きていき、力になっていけるような本を書いていきたい。” と結ばれて講演を終わりました。

   さて、美味しい山の料理をごちになりながら懇談のとき、最上さんに「好きな一冊の本」って何ですか? と伺いました。すると意外や意外…『赤毛のアン』だったと。それも二十代の半ばころ、生活はどん底、食べるものもとぼしく、寂しくて家に帰りたいつらい時期に読んだ『赤毛のアン』になぐさめられたという。

  アンがマリラと手を繋いで家路に急ぐ夕暮れ、「家に帰るってうれしいことね」とアンのつぶやきに心がふるえたという。アンが自分のすぐそばに居てくれた。と最上さんは熱く語ってくれました。私にとっても、つらいことがあったり、眠れないときは、アンを読んで心をおさめてきた大事な本でした。十代から二十代まで、枕元には常に『赤毛のアン』がありました。

 『おかめひよっとこ』は最上さんのお母さんのことを題材にした絵本。サインをして頂きました。「野道のくさむらの小さな花」と書いてくれました。最上一平氏の本をもっと読んでみたい!! 

2016年11月14日(月)

♪何かが始まりそうな「読書で元気なまちをつくろう・市民の集い」

 今夜の大きな満月を雲の切れ間に見ることが出来ました。ほんとに大きなお月様。笑っているような表情に見えましたよ。

 「読書で元気なまちをつくろう・市民の集い」が先週の日曜日に開かれましたが、ばたばたして報告が今頃になりました。 印象的なことをお伝えします。

  会場には、地元絵本作家ましませつこさんや土田義晴さん、佐藤茉莉子さんなどの絵本を展示。そして、メンバーが持ち寄った「私の一冊」にポップをつけて展示しました。ましまさんの絵本原画もあり、なかなか素敵な雰囲気の会場でした。

   集いは、パネルディスカッションのかたちで行い、パネリストには、米沢市図書館の館長の村野隆男氏と、まちライブラリーの発起人磯井純充氏。参加者からの質問や意見を取り入れながらモデレーター(進行役)が進めます。参加者は付せんに意見や質問、アイデアなどを書き、手を挙げて渡します。ステージの後ろのホワイトボードには記録係が、話合いの内容をどんどん書き込んでいきますので、会話の進行で忘れてしまうような話しの流れも、目に見えます。

  磯井氏の「まちライブラリー」は、お金も無い、組織も無いところからのアイデア。本に小さなメッセージカードをつけて持ち寄り、本について語り合うという数人の集まりをすることから始めたもの。生活している場に本を持ち込む。本と人が繋がり、人と本が繋がるという、気軽にできる小さな読書会のかたちが魅力的です。

 有名人を呼んできて高いところで語るのを聞くというイベントのカタチだけでなく、参加者一人ひとりが、語り、意見交換をして、主人公になる集まりをすることが、まちづくりに広がるという。そうか、小さな本を語る集まりならできそうです。それこそが私たちができる「読書で元気なまち」をつくるひとつの方法かもしれません。そのやり方は、千差万別でいいという。集う人たちが自分たちで決めればいいという。

  何だか楽しそうです。やっている人自身が面白がってやるのが一番だという。この集いが終わった翌日、「そんな読書会ならやってみたい」という人が早速いましたから、わくわくしたのは私だけではないようです。アンケートにも、多くの方が、楽しく興味深い集いだった、本を読みたくなったなどと書いていました。

 具体的に読書会がやれそうなところが、2箇所、ただいま進行中です。

2016年10月24日(月)

 ♪「第6回読書で元気なまちをつくろう・市民の集い」へ

  山形県鶴岡市で、「読書のまち 鶴岡」宣言をすすめる会を立ち上げて、もう6年目になりました。東日本大震災が起きた3月に、鶴岡を読書のまちにと準備を進めてきて、ついに立ち上げを表明するちょうどその頃に3.11がありました。日本中が喪中のようなときに、はたして、「読書のまち」などと言っている場合だろうかと悩んでいました。しかし、被災地では、食事も寝るところもままならぬ状況でありながら、本を求め、読む物に飢えていたと聞き、大きな勇気をいただきました。

   人は、どんな環境にあっても、本を必要としていることに、読書が生きる糧になること、読書のまちづくりの意味を確信したのでした。そして5年目の昨年、「第5回読書で元気なまちをつくろう・市民の集い」に片山善博氏を講師に迎えて、講演会をしました。そして、署名活動を開始し、ついに、鶴岡市民の一割に当たる13,211筆の署名が集まりました。12月議会に、署名をつけて請願を提出しました。しかし、一度は継続審議となったものの、3月議会であっさり不採択が決まってしまいました。

  不採択でがっくりしているとき、「そんなことでめげていないで頑張って!」、「鶴岡は、市民が請願することを聞こうとしない古い体質のまちなんだ。読書は反対する理由なんて無いのに」、などたくさんの市民の方々から、怒りや励ましの言葉が寄せられました。不採択になったことで、かえって「読書のまち」に関心が寄せられたという感じでした。

  議会での反対意見は、「このような請願を受け入れれば、スポーツのまち宣言とか合唱のまち宣言などと同じように請願があれば、みな宣言しなければならなくなるから」とか、「読書のまちはいいとしても「宣言」の制定は、条例の「制定」を伴い、宣言制定がふさわしいか疑問」など、「読書のまち」に反対するというより、「請願」がネックという反対意見で否決されたのでした。個々の議員は賛成議員も多かったのですが、会派のしばりで、賛成と思っていても、反対を表明するという市議会議員の不思議な体質も見えたのでした。

  これらのことから、私たちの読書のまち市民運動が、そうたやすく実現するものではないことを知りました。しかし、逆風は、離陸する勢いに変えることができます。新しく若いメンバーを6人も加え、議論を重ねて、今までの活動を更に発展させる体制を考えました。

  ひとつは、会の名称から「宣言」を抜きました。宣言があたかも目的のような誤解を与えないためです。私たちの願いは「鶴岡を読書のまち」に、なのですから、読書のまちが実現してから、必要な場合は、読書のまち宣言や条例をすればいいわけです。

  そして、読書のまちを提案する会から、具体的に読書のまちづくりに取り組むことに舵を切りました。また、財政基盤を持たない会であり、情報発信の手段を持たない欠陥を反省し、賛同する会員を募り、財政をきちんとし、会報等で情報発信と受信を会員との間で双方向から行えるように体制を整えることにしました。

 そのためのキックオフが「第6回読書で元気なまちをつくろう・市民の集い」です。私たちのこの会がどう進めるのか表明し、「私にとって、本のある暮らしとは? 読書が盛んなまちとは?」を語り合い、学び合う会を行います。パネルデスカッションのカタチで、会場から参加の皆さんの声も伺いながら、討議を行います。会場には、楽しいしかけもあります。

  パネラーのお二人が魅力的です。米沢図書館の名物館長、村野氏、図書館の名前が「ナセBA」その秘密を解き明かします。まち塾@まちライブラリーを全国各地に広げているユニークで魅力的な磯井氏。参加チケットは、市内書店やNHK文化センターなどにあります。ご参加をお待ちしています。

2016年10月2日(日)

      ♪一箱古本市をやりまーす!!

  鶴岡の銀座商店街の秋まつりの企画のひとつ「本の楽市楽座@鶴岡銀座」で、みんなの古本市のところで、仲間と一緒に一箱古本市を出店することになりました。場所は、鶴岡銀座の真ん中あたり、セントルの前だそうです。10月8日(土)午前10時〜午後2時までです。お店の名前は、「あ・ら・もーど」。間口2、5メートルのちっちゃいスペースですが、お気に入りの本が見つかりましたら幸いです。うふふ

  本は、それぞれの自分の本棚から抜き出していたさまざまな本です。私の場合、絵本はちよっと出したくなかったので、『こどものとも』のペーパーバックがどっさりあるので、その中から何十冊か抜き出してきました。後は、書庫にうづもれていた本から、抜いてきた何十冊かです。ずいぶんたまっていましたから、少しでも減らしたいと…

 びっくりしたのは、その本の中に女優たち3人のサイン本が入っていました。そういえば、その女優のディナーショウがあったときに買った本だったと思い出しました。いい本は早い者勝ちです。どうぞいらしてください。お待ちしています。

     2016年7〜9月