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5/18.学校図書館実践フォーラムのお知らせ
4/30.伝統とは何だろうか?
4/23「読書のまち 鶴岡」をすすめる会 総会と記念講演
4/15.中学校図書館の奮闘
3/31.学校司書の図書館業務について
3/23統合学校の図書館の支
3/11.あれから7年、いま
2/23.朝暘第一小学校に行ってきました
2/15.市長さんと学校図書館について懇談!
1/29.世界的に急増している発達障害は…
1/23.♪「私の一冊」をめぐって
1/7.子どもたちの育つ環境と発達を阻害するもの
1/3.♪うれしい年賀状
2018.1/1.あけましておめでとうございます。


    
2017年1月〜12月
    
2016年10〜12月
    
2016年7〜9月
    2016年4〜6月
            
          
                                                                                                          


全国SLA

鶴岡市朝暘第一小学校




















あんなこと こんなこと

2018年5月18日(金)

   ♪学校図書館実践フォーラムのお知らせ

 全国学校図書館協議会の前理事長の森田盛行先生から、研修会のお知らせが届きました。学校図書館実践研究会をしますから、皆さんもお誘いしてご参加下さいというメールです。内容が素晴らしいです。実践発表のメンバーが凄いです。即、参加申し込みと飛行機とホテルを確保し、行くことにきめました。内容をかいつまんでお知らせしますので、さらにネットで詳細をご覧下さい。

 主催「学校図書館実践活動研究会」

 学校図書館には、学校教育を支える重要な役割があります。学校図書館を活用することで、授業の改善が図られたり、より質の高い学びを実践することができたりしますが、残念ながらお送り学校は学校図書館を十分に活用しているとは言えません。また、学校図書館の意義・役割について、一般の先生、保護者、地域社会で十分に理解されているとは言えない状況が続いています。そこで、この課題を解決する方策等について本フォーラムを通して考えたいと思います。「学校に豊かな学びを」実現するために、ご一緒に知恵と工夫を出し合いませんか。

1.期 日   2018年6月24日(日) 午前10時〜午後5時

2.主 題   学校に豊かな学びを

3.会 場   国立オリンピック記念青少年総合センター センター棟513号室

4.参加定員 50名

5.参加費  無料

6.申し込み メールでこちらへ uhh94886@nifty.com

  記載事項 お名前、住所、職業等、連絡メルアド、電話番号、

7.締め切り 6月20日まで、定員に達し次第締め切り

8.お問い合わせ 学校図書館実践活動研究会 事務所 森田盛行 

    電話090ー3232ー1515

9.主な発表者と講演 @講演T横山俊郎氏 A実践研究1 小林達也氏 B実践研究2 佐藤敬子氏 C実践研究3 藤田利江氏 D講演U 坪田知広氏

10.終了後懇親会もありとのこと

参加人数に限りがありますので、締め切りが早いかも・・・では、会場で会いましょう。

2018年4月30日(月)

        ♪伝統とは何だろうか?

  今日の朝日新聞「声」欄に“「伝統」で文化の柔軟性見失うな”と題して、こんな意見が載っていました。

 24日の講論「『女人禁制』の壁」を読み考えてみた。そもそも相撲は女人禁制なのか?本当にそれが「伝統」なのか?何かにつけて伝統伝統と言うが「伝統文化」になる前の文化は、本来その時代にあわせて進化したから生き残ってきたはずだ。歌舞伎を考案した出雲の阿国は女性であったが、江戸時代には幕府により女歌舞伎が禁止された。江戸時代までは文化にも柔軟性があったと思うが、明治時代に入ってからは社会の中で「伝統」とされていく中で変化への柔軟性を失い、女人禁制に固執する風潮はその文化の生存力さえ奪いかねない。変化を一切認めないという意味での「伝統を守る」ということに、疑問を感じる。

 なるほど、ナットクである。「女人禁制」を誇りとして伝統と言って固執するのは、「男」の矜持を言い立てたい男社会を築いてきた男達だろう。女とは違うを言い立てることで、いかにも男は「別格」である社会を守りたいのだろう、と思わざるをえない。

 ところで、「伝統は変わっていく」ことを実感した城下町鶴岡の伝統というか慣習についてお伝えします。3年前、「読書のまち宣言」を求めて市議会に請願を提出しました。市民の賛同署名13,211筆を添えての市民の期待でした。しかし、鶴岡は城下町です。昔から上意下達の伝統が濃く、一般市民が市行政に対しあれこれ要望したり反対することを受け入れない慣習が強かったのです。さしたる反対理由もないまま否決されました。

 当時、市議会文教常任委員会に話合いの場を求めましたが、その機会さえ持とうとしませんでした。請願への補足資料やら主旨を提出したり、いろいろと努力しましたが、請願を出す一般市民を「反対勢力」と見なす伝統と意識は崩されませんでした。

 さて、昨年10月の市長選挙で、革新の市民が推す無所属の皆川治さんが、半世紀以上守ってきた保守を大差をつけて破り、勝利したのです。着々と公約だった市民の願いを実現に向けて頑張っていました。

 それから半年、市議会は相変わらず保守議員が圧倒的に多い状態です。ところがです。市議会の文教常任委員会が、「読書のまち 鶴岡」をすすめる会との話合いを持ち、「読書のまち」で何をするのかを聞くという懇談会を持つことができたのです。大きな一歩でした。当時の請願に対し反対意見を出した議員もいます。複雑だったでしょうが、不採択の後も着々とすすめてきた市民による読書のまちづくりの取り組みを、質問やアドバイスもしながらの話合いとなりました。

 古い伝統が脈々と続く鶴岡で、新たな文化が起ころうとしています。時代と人々の願いを受けて変わらねばならないものはあります。そのうねりを創るのは人のちからではないでしょうか。

2018年4月22日(月)

   ♪「読書のまち 鶴岡」をすすめる会 総会と記念講演

  昨年、新たな体制で設立総会を行った「読書のまち 鶴岡」をすすめる会、昨日4月22日(日曜日)に第2回の総会を行いました。合わせて記念講演は、本間俊美先生が「子どもの読書」と題して講演を行いました。講演の副題が「〜桃太郎からボブ・ディラン〜まで」。読み語りにピアノ演奏とのコラボを取り入れ、これがとても効果的で、感動でした。

 ピアノ演奏は、鶴岡にお住まいの盲目のピアニスト高橋祐輔さんです。祐輔さんは、高校2年(2004年)に全国学生ヘレンケラー音楽コンクールで準優勝。幅広い演奏で活躍中の方です。本間先生が読み語りをした絵本は『もこもこもこ』谷川俊太郎作、文研出版、と『たくさんのドア』アリスン・マギー作、ユ・テウン絵、主婦の友社発行。ボブ・ディラン作ロックの名作を絵本にした『はじまりの日』です。

  『たくさんのドア』をベートーベンの悲愴の曲をピアノで静かに奏でるなかで、語りかけるように読み語ります。どのページも言葉は短いのですが、2回繰り返して読み、それが心地よく聞き手に伝わって来ます。

 

 『はじまりの日』はショパンのノクターンにのせて読み語りでした。たくさんの方々があつまり、心がほっとあたたかくなるそんな記念講演と読み語りでした。講演内容については、次回へつづく

2018年4月15日(日)

       ♪中学校図書館の奮闘

  鶴岡の桜が3日前から咲きそろい、この土日が満開の見どころなのに、ここ連日気温が低く寒くてセーターを着込んでいます。それに、今日は朝から雨雨雨・・・・。花見もしないうちに散りそうです。そういえば、昔から花寒(はなざむ)という言葉があったっけ。

  昨日、親しくしている県内の学校司書さんからとてもいい話を聞きました。中学校に転勤になったのは2年前の4月、その時は、以前勤務した「小学校図書館と違って、この図書館は分類も配列もさんざんで、生徒も余り来ないし、先生達の関心も図書館に向いていないし、いいのは図書館からの眺めが最高であることだけ・・・」となげきの言葉でした。

  とにかく、図書分類を本を探せるように日本十進分類法できちっと並べ、配列を直すだけでも1年かかりそうだとぼやき、中学校で何ができるかと悩んでいました。私は、でもそういう未開拓で前世紀のような学校図書館が面白いのだと、話したような気がします。さて、その後です。昨年も一度会ったときに、他校のビブリオバトルの資料などをコピーして上げたのでしたが、それらを参考にして取り組んだということは聞いていましたが。

  昨日は打って変わって、「昨年度は、貸し出し冊数が2倍になったの。貸し出しゼロが1人もいないし、校内がとても落ち着いていい学校よ」とにこにこです。なぜ2年間でそんな成果があったのか。傾向と対策を聞いてみました。

   対策のひとつは、図書館をビフォーアフターしたこと。本のラペルが分類記号だけで著者表示が無かった。そこで、ラベル記号を図書委員の協力も得て1冊1冊直し、NDC順に配架を整え、本を探せる仕組みの図書館としてよみがえらせ、ガラガラと変えていったのが、1年目の28年度でした。この年にビブリオバトルが1年と2年で実現しました。

  2年目、29年度、「読書活動」が、学校の重点目標のひとつにかかげられ、校長先生も生徒達に何かと読書について語り刺激してくれるようになりました。図書館では、学級日替わりで、朝読書を図書館で行うことを提案し、6月から実現しました。例えば、6月1日は3年1組が図書館で朝読書、6月2日は3年2組というように図書館での朝読書の割り当てを決め、そこで担任の監督のもとで全員が本を借り、読むという習慣化が図られたのです。

  日替わりの図書館で朝読書の効果は大きく、貸し出しゼロの生徒がいなくなりました。担任の先生方の読書への関心も高まったのではないでしょうか。さらに、ビブリオバトルを全校で取り組むこととなり、3年生には受験の面接のために「心に残る本」というねらいも加えて読書を奨励。

  図書委員会では、先生の進める本の紹介文を、教師にお願いに回り、殆ど全員の先生から頂き掲示をしました。それだけならどこの学校でもするでしょうが、この中学校では、先生のおすすめの本として冊子につくり、全校に配布したのです。そして、生徒の読書活動に大いに生かすわけです。

  1年目は図書館改造に取り組み、2年目は読書活動の普及と定着、読書の質を高める取り組みで成果を上げました。貸し出し冊数2倍はそれらの取り組みで現れた数でした。

  さて、3年目は、生徒自身の主体的な学習活動が求められています。図書館が学びの場として、授業における学習活動を支える学習情報センターとして活かされるかが問われます。期待して注目しています。

2018年3月31日(土)

     ♪学校司書の図書館業務について

  前回、統合する小学校の図書館の統合準備について記しましたが、改めて学校司書の仕事について校内で理解されているのかどうかが問われている問題を考えさせられました。

  鶴岡では、小規模学校にも学校司書が配置されているものの、「給食・図書パート」という兼務で、図書館業務ができる時間は、ほんの2時間程度。その学校での例です。学校司書が図書館で仕事をしていると校長が図書館にのぞきに来て、職員室で電話番をしてくれとか、客のお茶だしを指示に来るということが度々あり、図書館業務がほとんどできない日常であったと聞こえてきました。

  確かめたわけではありませんが、職員室でそのような事務補助的な仕事をパート職員に求めてくることはありがちです。私も若いときに、事務職員の方が図書館に来て、「午前中は職員室で仕事をしなさい」と言われ、矛盾を感じたことがありました。それに対し、学校司書がどんな仕事をするのかを示していくしかないと思いました。

  それで、やったことが、学校司書の年間業務計画を毎年提出しました。内容は、@学校図書館業務の目的、A今年度の課題、B主な仕事内容の1日の仕事、週単位のやること、月ごとの仕事計画、などなどを記載して、管理職と図書館主任に提出しました。ここまでやる必要を感じたからです。しかし、職務として当たり前にやる仕事を認められない、学校図書館の仕事を軽んじてよしとする無理解が、今でも学校現場であることは否定できない事実です。

   特に校長が、学校図書館に司書が居ることより、職員室にいて職員室の雑務をさせたいというのでは、困ります。その学校の校長は、市教委で指導主事をしていたからと特に学校司書に対して管理的な態度で、仕事量も考えてやれないのでは、学校司書配置の意味が無くなります。

  学校司書としての仕事ができなかったということが判明したのが、学校が廃校となり、統合する学校へ蔵書を移転する膨大な業務がほとんどできなかったという実態からわかったのでした。このような管理職が増えては、学校図書館の未来はどうなるのでしょう。残念でしかたがありません。

2018年3月23日(金)

     ♪統合学校の図書館の支援

   鶴岡市では、ここ数年で小学校が10校も合併統合となり、閉校が行われています。統合になる場合は、当然図書館も統合となります。その図書館統合が周到な準備と打ち合わせが充分に行われないと大変な状態となることは想像できると思います。そんな状況におちいった小学校に、この年度末ボランテイアに行ってます。

  鶴岡市の学校司書は一応全校配置になっているとはいえ、小規模校や中規模校には、事務や給食業務と兼務でパートが配置になっています。そのため図書館に関われる時間は、1日2〜3時間程度。図書館業務に当たれる時間が足りないだけでなく、子どもとの接点も持てないという情けない勤務状態です。

 そんな学校で、統合という大仕事をすることになっても、そのための時間も取れないし、統合学校との打ち合わせも充分できず、文書でやり取りしていても、学校司書にもその文書が渡らず、具体的な仕事が進められないまま、勤務切れとなります。その例が、今回のF小学校の状況を司書から聞き、すわっ大変と応援に行ってきました。

 統合の受け入れ学校は、新たに入ってくる図書の配架の鳥瞰図(ちょうかんず)を作って、受け入れた本をスムーズに分類ごとに挿入するわけです。その基本となる、分類単位の冊数と幅(cm)を、本校と統合校の両方でデータを事前に調べます。足りない書架、段数が配架する前に分かります。ところが、その打ち合わせがきちんと行われなかったことが、3月に入ってからわかりました。それでも短時間のパートなので、その時間も持てず、ただ本が送られてくるということが3月半ばに判明。

 卒業式の後、図書パートの勤務は2日間のみ、ということもあり、真っ青。その上、図書パートは、55歳の定年ということと勤務年限ということで、次年度に統合の仕事もできません。他校の例では、校長が市教委に掛け合って勤務年限を伸ばしてもらったり、春休み間の勤務を伸ばしてもらったりしています。F小にその事例を伝え、校長が市教委に話しましたが、春休み中の勤務は了解もらいましたが、勤務延長はかないませんでした。

 何とか応援して、新学期から図書館の開館をする必要があります。新たに入ってくる統合校の子どもたちが、図書館に我が校の本が入ってる、と安心してもらうことも大事です。書架の配置図と鳥瞰図をつくり、本の配架図をつくるところまで応援してきました。26日には、書架と図書が一斉に運ばれてきます。その作業がスムーズにいくには、周到な準備がものをいいます。図書館主任も一緒に奮闘して、どうには職員作業の段取りも付けてくれました。

 さて、今日23日は、新たな配架の表示を書架に張る段階です。午後からまた支援に行きます。その前に子どもの読書を支える会の会報の印刷原稿と準備に奔走です。

2018年3月11日(日)

  あれから7年、いま

  東日本大震災から7年も経ちました。大した応援も協力もできないまま、ぬくぬくと暮らしてきたと、いつもこの時期になると複雑な思いにかられます。昨年、南相馬市の図書館ともの会のお誘いで研修会に伺ってから、福島がとても身近に思えるようになりました。各地に避難した方達が戻らず、人不足のままの暮らしが続くまちです。それでも、まちを元気にしようと頑張っている一人ひとりの思いを聞きながら、かえってこちらが励まされているのでした。

 南相馬市には、それは素敵な図書館がありました。うらやましいほど魅力的に配置や空間が心地よく考えられ、どの部屋からも緑が見える、いやし効果満点のおしゃれな図書館でした。我が町の図書館と引き比べてしまうのも恥ずかしくなる程でした。

  先日、2月末に愛知県犬山市の研修会に行ってきました。学校図書館には、学校司書が週に2日勤務、2校兼務でしたが、皆さんとても熱心でした。研修会の後、司書の方々との懇談会の時間を取って頂きましたら、バンバン質問も出て、現場を離れて何年も経った私としては刺激的でうれしいひとときでした。

  翌日は、帰るまでの半日を使って小学校図書館の大改造の計画づくりとビフォーアフターのやり方研修会を行いました。出発時間ぎりぎりまで話をしてきましたが、来年度に実際に大改造ができればと思いました。本校の皆さんも同じように、図書館改革ができたらと夢をふくらませていたと思います。

  さて、帰りの道中、春の大嵐が通過中とさかんに伝えられましたが、あっけらかんと上天気。とにかく、名古屋から新幹線にのり、品川から羽田空港に着くと、何と東北に向かう飛行機は完璧に全て欠航! 陸路も突風で不通というのです。前日から報道されていたから、調べればわかったはずなのに、愛知県も東京もピカピカ天気過ぎて、油断してしまいました。その上、道中 恩田陸の『木漏れ日に泳ぐ魚』(文芸春秋)に読みふけって、お天気情報を忘れてしまったのです。読書がゆっくりできるのは、旅の帰りぐらいなのでついつい…

 というわけで、藤沢市に住む娘の家に泊まり、1歳と3歳の孫と遊んで・・・というか珍しそうに2人から見つめられ続け、嬉しいひとときを過ごしました。翌日の午後になって、まだ突風が止まないけれど、やっと飛んでくれた飛行機に乗って帰り着きました。

  冬の間は、一週間に3日は吹雪というひどい悪天候つづきの今年です。2月までは遠出を避けて、ようやく春めいての出張でしたが、春の嵐に見舞われるとは、いくら名前に嵐がつくからといっても、春嵐にまで遭遇するとは初体験です。

  ところで、読書に関わる「私の一冊」に投稿された本で、今読んでいる本が2冊。『夜明けの図書館』(埜納タオ・双葉社)、図書館司書がレファレンスを苦労しながらも真摯に応えていくという図書館マンガです。もう1冊は、『本を読む人だけが手にするもの』(藤原和博・日本実業出版社)。この世は本を読まない人と読む人に二分される階層社会がやってくるだろう、と言い切る。本人は、自分は本を読まなかった子ども時代のこと、人生を変えた1冊に出合ったことなどの体験談。脳科学から解明する読書と脳の働きなどなど。あれ? というところもありますが、説得力があります。

2018年2月23日(金)

   ♪朝暘第一小学校に行ってきました

  地方新聞に連載している「私の一冊」に、子どもの本の紹介が掲載されることがあります。それは、高山樗牛賞奨励賞を受賞した小中学生に執筆をお願いして書いて頂いているのです。この度は、朝暘第一小学校の6年生と朝暘第二小学校の6年生が受賞しましたので、掲載されました。ちなみに、朝暘第一小学校の学区にお住まいの作家、佐藤賢一さんの息子さんが、この受賞をされたのです。

 というわけで、掲載された新聞を持って、久しぶりで朝暘第一小学校に訪問したのです。新校舎になり、図書館は校舎の中央に位置して、広くて2部屋もあります。同時に3クラスが図書館で授業できる環境があります。私が在職していた頃に整えた図書以外の情報資料や本の案内や学習に役立つ本「単元別図書資料」充実して活躍しているようでした。この隣はパソコン室です。

 「情報ファイル」が一角にずらり

木の香りがする木製書架と木の椅子

 資料リスト各種も整理されて

廊下の向かいは第2図書室・文学中心に配置

中央廊下はさんで両側に図書室

図書館前は広いオープンスペース

  読みきかせもできる階段のある広場。この向かいには、図書館を使った学習などの展示や掲示スペースもある。私が在職していた頃の古くてぽろっちい雰囲気はどこにも見当たらなくて、ステキで明るくてきれいなのです。図書館内も毎日たくさんの子どもたちが押し寄せてきても、きれいに整えられていました。司書さんの努力も大きいだろうなと感じてきました。 あの頃と同じように、遅くまで仕事をしているとか。

 これからも視察の機会ができるといいですね。

2018年2月15日(木)

  ♪市長さんと学校図書館について懇談!

  鶴岡に若い新市長さんが誕生したのは、昨年の10月です。皆川治市長、43歳。読書のまちをすすめる会の役員もやっていた方です。農林水産省に勤務していたのですが、地元鶴岡に帰ってきて農業を継ぐ予定でしたが、公益大学の特任講師をなさって3年目、市長候補を決意し、党派をこだわらず市民党として昨年の4月から選挙活動に取り組みました。

 立候補することを告げられ協力を願われた時、「どんな公約なのかが肝心です。」と、つい厳しい言い方で応じたものです。皆川さんは、「市民の各分野の声を聞いて、要望のある課題を公約にするつもりです。」との即答。市民の声を聞いて、それを反映する市長さんなんて聞いたこともない保守のまちです。城下町鶴岡は、市に請願をしたり意見を言う者は「反対勢力」として切り捨てられる土地柄です。市民の願いを実現したい? それなら、長年の懸案である学校図書館の問題にも取り組んでもらえるのかもしれない、と期待しました。

  鶴岡の学校図書館には、一応全校に学校司書が配置されています。しかし、ちゃんとフルタイムで勤務しているのは、大規模校12校だけで、後の小規模校・中規模校には、パートタイマーで4〜5,5時間程度で、それも給食と兼務ですから、昼休み時間も図書館にいられない状態なのです。実際に図書館の仕事ができるのは、3時間あればいい方です。その上、大規模校の臨時学校司書は、1校に5年間勤務で2校勤務して10年で雇用止めとなります。パートは7年で雇用止めで、習熟した司書が次々とクビになり、人材が切り捨てられる状況が10年以上続いているのです。

 研修もありません。新採研修がかろうじてあるという程度です。自主研修を私が在職中に「田川司書の会」を立ち上げて研修会の定期的に行い、今も続いています。この研修会に参加できるのは、大規模校のフルタイムの司書が殆どで、小規模校の司書は年休を取って参加するような状態が半世紀も続いてきたのです。それも全く参加できない司書が10人以上もいます。

  さて、このようなもろもろの課題のある学校図書館について、13年前に「子どもの読書を支える会」という市民団体を立ち上げ、毎年学校司書問題について、市長や教育委員会と交渉を続けてきました。しかし、毎回あしらわれて、殆ど成果もなく終わっていました。

 この度、新市長になってから初めての市長懇談会です。懇談には、市長のほか、教育部長、管理課長、図書館長も来ました。教育長は別件があって来られないと恐縮していました。要望書も出していましたので、時間は30分でしたので、早速、要望の項目について話し合いました。中心議題は、小・中規模校の学校司書問題にしぼりました。

 市長さんは、「図書パートが給食と兼務ということで昼休みも図書館が閉館状態では困るので、やはり直していかねばならないと考えています。子育て世代に選ばれるまちにするためにも、学校図書館は良くしていきたい。教師の働き方改革という点でも改善していきたい。ただ、30年度は給食費の無料化に向けて予算の調整中なので、確約はできませんが。大規模校12校の司書の配置の形を広げていくことについてどのようになるのか検討したい。」と明確に方針をだして頂きました。

 トップが換わるとここまで違ってくるのかと、今までのむなしい歳月を思いました。しかし、今までうまずたゆまず言い続けてきたことが、この度の方向転換に生きたと思うのです。市長さんを変えなければと半年間頑張ってきた甲斐がありました。このHPを開く時間が6か月も無かったのは、市長選を頑張ってきたからなのです。皆川さんの著書を120冊も頒布しました。だって何者であるか誰も知らない人が立候補したのですから。それにしても、皆川治さんは素晴らしい方です。私たちの期待を担って果敢に取り組む姿勢が惚れ惚れとします。

 しかし、どう変えていくのか、どのように改善していくのか、これからです。

2018年1月29日(月)

    ♪世界的に急増している発達障害は…

  月に1回、小さな読書会を続けています。お気に入りの本を持ち寄って、本の紹介をしながら次々と話題が広がり、話しが止まらないのです。お喋りをすることがこんなにストレス解消になるとは驚きでした。毎回それが楽しくて、一年間続きました。冬の雪深いときは冬眠することにして、雪解けとともに再開する予定です。

 さて、その読書会に持ち込まれた月刊誌「食べもの通信4月号」に衝撃の特集がありました。先進国で発達障害が増えているという問題を取り上げていました。自閉症やADHD(注意欠如多動性障害)が、通常の学級でも6.5%にもなり、特別支援学級・学校を入れると10%にもなるというのです。

 以前より増えているのではという印象はありましたが、現代の子どもの神経や脳の発達に、これまで考えられなかった大きな変化が起きているのです。なぜそのようなことが起きているのか。その原因として、日本では高齢出産やネット・ゲームの影響などが指摘されてきました。

  しかし、欧米で注目されているのが人口科学物質の影響です。農薬のばく露が妊婦や乳児への影響を発表しています。例えば、有機リン農薬が尿からたくさん検出された子どもに、ADHDが多いと発表されました。大気汚染濃度が高い地域に住んでいると、産まれた子どもの自閉症発症率が高かったなど。

 農薬使用量と自閉症の有病率を比較した研究がありました。なんと農地単位面積当たりの農薬使用量が世界2位の日本と1位の韓国が自閉症児の有病率でも世界2位と1位の結果が… 3位はイギリス、4位がアメリカで、やはり有病率は共に一致したと…この結果からも農薬の使用量と自閉症児の増加の関係は無視できないのです。

  また、大人なら何の影響も受けない程度の化学物質でも、胎児や未発達の乳児では、超微量でも重大な影響を受けると言うのです。性的違和感を持つ人が増えています。米国産肉牛の肉質を柔らかくするために女性ホルモンが日本国産の数百倍も使われているといわれ、市販牛乳にも女性ホルモンが含まれています。体は男性、心は女性という人が目立ってきたのも、胎児期にホルモンの影響を受けたことが関係していると推測されるというのです。

  まさに農薬は脳毒です。日本では、発達神経毒性を持つ環境化学物質を野放しにしてきたことが、日本における発達障害児の増加の主因だと疑われています。農薬の空中散布はもちろんですが、殺虫剤の室内散布も危険危なのです。農薬の規制が日本では緩いため、無農薬、減農薬の農産物を選んで求めることも大事だと訴えています。

 

2018年1月23日(火)

  ♪「私の一冊」をめぐって

  長く学校図書館の仕事をしてきて、読書が人を育て、人生を豊かに楽しくするだけでなく、地域社会を興す力にもなると考えていました。そして、仲間達と一緒に「読書のまち 鶴岡」をすすめる会を立ち上げて、もう7年にもなります。その活動のひとつに、地方新聞に「私の一冊」の連載をしています。800字という限られた字数で、自分にとってこだわりの一冊、好きな本を、なぜ私の大切な一冊なのかも含めて書いて頂くものです。

 先日、新聞掲載された若い女性の方に、次の方にリレーのお願いをしましたら「読書リレー」について簡単に教えてください、という質問がありました。とのこと… 事務局をしている私としては、いつものようにいとも簡単な説明で執筆を依頼していましたので、本を読むと言うこと、読書について書くと言うことについて、改めてメールでこんな説明を書きました。

  私たちの会では、読書を多くの方に広げたいといろいろな取り組みをしています。そのひとつとして、自分の好きな本やこだわりの一冊を紹介していただいています。読書を通して人と人がつながり、人を通して本が広がり、繋がっていく、そんな活動が人を豊かにし、ひいては豊かなまちに…と地道でささやかなことですが、もう何年も続けてきました。

 「感動とは、伝えたいという衝動だ」と言ったのは、鶴岡で作家活動をしている佐藤賢一さんでした。本を読んで感動したり揺すぶられたりした経験を「書く」ことでいっそう自分の中で確信したり深めたりしていくのではないかと思うのです。「書くことは考えること」です。でも人から読まれる文章を書くことは簡単ではありません。人から評価される怖さ、自分をさらける恥ずかしさ、抵抗感を持つ方が多いのは当然でしょう。

 それでも、「読書リレー」をすることで思いがけない方にバトンされ、予想もつかない一冊の本で目が開かれる、そんな経験がたくさんありました。執筆し新聞掲載され、それを読まれた方が、その感動を伝え、伝搬されていくなんてすてきです。

 人との関わりややっかいなことはできるだけ避けあうこのごろの風潮です。でも人と人とが共感し合い、感動しあうことが、ほのぼのと人生を楽しませ、豊かな気持ちになるのではないでしょうか。

 昨年の11月に「読書で元気なまちをつくろう・市民の集い 山根基世後援会」で、山根さんは、「本というのは、人と人とがつながる糸口です。気持ちのよいつながりがあれば、人はしあわせになれる。みんなで幸せになりましょう」と語ってくれました。 嬉しいメッセージでした。

 さて、質問をした彼女から返信メールで、こんな素敵な言葉が届きました。

「本」の語源は、「太い木の根」をさし、物事の「根本」という意味です。つまり、本心じゃないもの、本気じゃないもの、本音じゃないものは、根がはえないんです。

本心、本気、本音、本番、本腰、本質、本性、本覚、本願、本の字がつくものはいい 本の字でゆこう いつでも どこでも 何をやるにも

相田みつを 「本の字」 出典『じぶんの花を』より

2018年1月7日(日)

  ♪子どもたちの育つ環境と発達を阻害するもの

  朝日新聞1月4日のトップページに、ネットゲーム依存の障害(依存症)を「疾病」として世界保健機関(WHO)が、病気の世界的な統一基準である「国際疾病分類(ICD)」に初めて盛り込む方針を報道していました。

 「ゲーム症・障害」とはどんな症状か。「持続または反復するゲーム行動」として、ゲームする衝動が止められない、ゲームを最優先する、問題が起きてもゲームを続ける、個人や家族、社会、学習、仕事などに重大な問題が生じるなどを具体的な症状としています。

  ゲームを含むネット依存の人は、酒や薬物依存者のように脳の働きが大きく低下し、感情をうまくコントロールできなくなるという研究論文が多数報告されています。ゲームを含むネット依存は、世界人口の6%(役4億2千万人)以上という研究者が推計をだしていると言いますから驚きです。日本でも厚生労働省発表で、成人約421 万人、中高生の約52万人にネット依存の疑いがあるとしています。

  とんでもなく多くの人がネット依存症に陥っているわけです。その数は、本を読まない人でもあるのでしょう。都会に出て電車に乗ると、殆どの人がスマホに見入っています。たまに本を読んでいる人を見かけるとホッとします。これらの現象に非常な危機感というか不安を感じます。読み考える思考が停止して、映像に垂れ流される情報を鵜呑みして流されていくのではないだろうかと。

  テレビが各家庭にあまねく入った当時、テレビ漬け現象が指摘され、「国民総白痴化」と盛んに言われました。当時、テレビは手に持って行かれませんでしたが、今や、ゲームやスマホなどメデァはどこにでも持っていけます。旅先でのこと、家族旅行らしい一家が、飛行機の待ち時間1時間以上、子どもたちはゲームに熱中し、親子で一言の会話も交わされることはありませんでした。

  家族の会話どころか、学校や仕事場でもひょっとしたら会話が希薄になっているのでは…と不安になりました。ゲームにはまってしまうと、依存症だけでなく、ゲーム内容に影響されて異常思考や異常行動を起こす危険性を、研究者らが警告しています。

  子どもの読書活動について語る機会があると、ゲームやネット依存の問題を抜きにしては済まされません。もっともっと社会問題、子どもの発達を阻害する危機的な問題として取り上げていく必要を感じます。

2018年1月3日(水)

    ♪うれしい年賀状

  年賀状は毎年の儀礼のようだけれど、年に1回の懐かしい便りの交換でもあり、繋がりを確認しあう大事な年中行事という意味も大きいと思っています。今年の年賀状の中に、「おおっ!」と驚く嬉しい便りがありました。

  「遅ればせながら、我が家にもコウノトリが舞い降りました。昨年10月に男の子が生まれ、賑やかなお正月です。」とあり、直筆で「念願叶い母となりました。今までの経験を生かし、たくさんの本と出合わせたいなと思っています。」とありました。きゃっ !よかったー と、元旦なのに思わず電話をかけてしまいました。関西方面の親しくしていた方です。

 子どもがほしいと医者に相談して治療や手立てもしていたことを知っていましたので、心から よかったねー と言いたかったのです。 私は、結婚をしたのが22歳、若かったし仕事に邁進していましたし、子どもはまず産まなくてもと思っていましたが、そのうち「お子さんは?」などと、度々言われるようになったのが結婚5年目間近いころでした。

  私も子どもがほしいなーと思うようになっていました。それでもなかなかだったので、産婦人科に診察に行ったら、妊娠するには治療が必要であることが判明。ショックでした。が、それから1年近く、真面目に治療の甲斐あって、めでたく赤ちゃんができました。女の赤ちゃん誕生に狂喜乱舞。するとそれから2年目で次女が産まれ、今度は少し間を置いて3女誕生。その3人もあっという間に親になりました。昔々あっけど…の話です。

  誰でも簡単に親になれるものではないということを人ごとではなく理解していましたので、子どもができない人の悩みはわかります。とにかく嬉しく喜びに満ちた年賀状に、昨年暮れから落ち込んでいた気持ちがいっぺんで青空に変わったような気分でした。彼女に思わず、何歳ですか? と失礼なことを伺ったら、「50歳になったの」という返事でした。

  高齢出産であることでいろいろ心配だったでしようが、大丈夫。待ち望んだ赤ちゃんです。大変なお仕事をこなしてきたあなたです。やわな若者に負けないくらいの体力はばっちりでしょうし、きっといい子に育ちます。まずは、赤ちゃん誕生おめでとうございます。新春に嬉しいお知らせを感謝します。生きる力がわいてきました。なんと単純な私です。

 

2018年1月1日(月)

   ♪あけましておめでとうございます。

  昨年中は大変お世話になりました。昨年は日常の忙しさにかまけてついつい半年以上もご無沙汰をしてしまいました。本人はいたって健康で元気なのでしたが、時間的な問題だけでなく、こころの余裕が無いというか、訪問して下さった皆様にたいへん失礼いたしました。今年は気持ちを入れ替えて、発信したいと思っています。

  昨年は、秋から冬にかけて、私の大切な方が次々と亡くなり、つらく悲しい思いでふさぎ込んでいました。私のもう一人の母と慕ってきた叔母さんが92歳でお別れをしました。幼いときから可愛がっていただいた叔母さんです。小学校の教師をしてこられたすてきな方で、その生き方を人生の師としてきたのです。

  叔母さんは退職してから、自宅で人形教室をしていましたから、私も習いに行って、人形づくりを楽しみながら、おしゃべりするのが何より癒しの時間でした。もちろん人形もちゃんと完成させて、展示会にも出品しました。高齢になってからは、教室も閉じたので、時々会いに行き、人には言えない愚痴や悩みを聞いてもらっていたのです。終わり方も人生を全うしたと言える静かな逝き方でした。

  ほんの2年程前から、ひょんなきっかけで朗読サークルの集まりに参加しました。そのときに聞いた朗読、物語の読み語りを聞く快感にはまり、つい朗読をやってみたい衝動にかられて入会したのです。それがなかなか難しく、アクセントや滑舌は根本から変ですし訛りは生まれつきだしさんざんでした。読みきかせはよくやっていたのですが、恥ずかしくなります。

 が、指導者の西澤和子先生の人柄にすっかり惚れ込んで、指導していただくと嬉しくて、毎回頑張って参加していました。ところが、仲間たちは10年近くやっている方も多いし、私は新参者の上にちっとも上達しなくて、だいたい予習復習もやってこない不真面目な生徒です。でも西澤先生は、ほんの少しでも上手く読めると褒めて励ましてくれました。大好きな先生でした。

 その西澤先生が、12月12日に突然亡くなられたのです。お風呂でのヒートショックでした。前日の夜、先生と一緒に市民劇場(会員制の鑑賞団体)の例会で、文化座「三婆」を観に行って、大いに笑い、楽しんできたのです。その翌朝、朝風呂に入っての事故でした。一人暮らしの先生と最後に会ったのが私です。演劇の興奮で大いに盛り上がっておしゃべりをしながら、先生のお宅に送りました。吹雪の夜でしたが、先生は門のところでにこにこしながら、両手でバイバイをしていました。それが先生との別れになるとは…。

  それだけでなく、涙もぬぐわない内に近しい方の葬儀が次々と…。人生には誰にも平等に終わりがあることを知っていますが、余りに突然で、まだ受け入れがたい思いでいました。それでも日々の雑事は、そんな落ち込みにもお構いなくやってきます。正月もいつもの通り訪れ、その支度に翻弄されるし、会議の予定やしなければならないことが溢れています。悲しむひまもないうちに、いつか彼岸をうろうろしていた境目の不安定な気持ちがぬぐわれているのでした。薄情のような気もします。

   お正月の話題にはふさわしくないのですが、大切な人との別れを、このことはどうしても書いておかねばすまなかったので、新年早々にご免なさい。どんなに悲しくても、やっぱり生きている者は、おかまいなく生きてゆかねばならない・・・変な言い方ですが真実です。

 新年に当たり、その日が来るまで「生きる」ということを、改めて問い直しています。

   2017年1月〜12月