奈良市法華寺町８９７    駐車場　有り

真言律宗    本尊：十一面観音菩薩立像

　当寺院は、法華寺の東北隅に位置し、古くは「隅院」「隅寺」「角寺（すみでら）」と呼ばれていた。

　寺伝では「飛鳥時代に毘沙門天を本尊として建てられた寺院を、天平3年（731）に光明皇后により海龍王寺としてあらためて創建されました。嵐の中、唐より無事に帰国を果たした玄�ﾑが初代住持となったことから遣唐使の航海安全祈願を営むと同時に平城京内道場の役割を果たすことにもなり、玄�ﾑが唐より持ち帰った経典の書写（写経）も盛んに行われました。」とされている。（海龍王寺HPより）

　一方、当寺院の歴史については、「「正倉院文書」によると隅院の存在は天平8年まで遡るから、当寺院の建立はそれ以前のこととみられよう」（奈良古社寺辞典　吉川弘文館刊）と創建時期は明確な史料は残されておらず不詳であるとされている。但し、寺伝にある「飛鳥時代に毘沙門天を本尊として建てられた寺院」とは、当寺院および姫寺廃寺の発掘調査結果を踏まえて、「土師氏の氏寺であった可能性が高いこと・・・、そしてこの氏寺は不比等の邸宅の東北隅の位置にあり、不比等は邸宅建築に際して土師氏からこの土地を譲り受け寺としての小堂を建立し、土師氏はこの氏寺を奈良市東九条にある姫寺廃寺の位置に移築したのであろう」（「平城京を歩く」森郁夫・甲斐弓子著　淡交社刊）との研究もなされている。

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   天平時代の当寺院の伽藍は、「奈良古社寺辞典」には「境内中央に金堂、その東南と西南に向かい合って東金堂・西金堂があり、金堂後方に講堂や食堂、講堂の東と西に東室・西室、東金堂の東南に経蔵があり、境内の東側に大門と楼門があった（西大寺蔵「南都海龍王寺中伽藍坊室之絵図」）」と記載されている。
　ということは金堂などは南面して建てられているもの、大門と楼閣は東にあって南は築地塀で閉じられるという天平期寺院としては特異なものであったといえる。
　なお、現在の伽藍には、上記の絵図の講堂、食堂、東金堂、大門、楼閣は残っていない。

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• 海龍王寺は後述のとおり宮廷とは特殊な関係にあったとはいえ、桓武天皇の長岡京遷都、さらに平安京遷都後は、朝廷の庇護の薄弱化によって南都の大寺でさえ急速に衰退していったことを考えれば、当寺院の荒廃も免れるはずも無かったと思われる。
• 鎌倉時代に入り西大寺を再興した真言律宗の僧叡尊が、正応元年（１２８８）に堂舎、経蔵、舎利塔の修築や建立をするなど伽藍の整備を行い、再興した。
• ところが室町時代の応仁の乱（１４６７−７７）の軍勢による打ち壊し・略奪が当寺院にもおよび甚大な損害を受けて再び荒廃する。
• 江戸時代には徳川幕府から知行１００石を安堵され伽藍の修復などが可能となり寺観を維持した。
• 明治時代に入り、廃仏毀釈の愚行が当寺院にもおよび、多数の什器が寺院から流出したばかりか東金堂も失い、荒廃した。その後、伽藍の整備などがはじまるのは何と昭和４０年に入ってからである。
• 明治新政府のこの愚行について興福寺のページでも記載したが、この愚行が己の民族の文化遺産をもいとも簡単に破壊した。その主体となったのは、狂信的な国粋主義者であった神祇官である。民族の文化遺産を破壊して何が国粋主義かと言いたいが、明治新政府の犯した負の側面でもある。
  

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玄�ﾑと海龍王寺

玄�ﾑについて続日本紀は天平18年（746）6月18日の条に、その履歴を以下のように簡潔に書いている。

「6月18日、僧の玄�ﾑが死んだ。玄�ﾑは俗姓を阿刀氏といい、霊亀2年（716）に入唐して学問に励んだ。唐の天子は玄�ﾑを尊んで、三品に準じて紫袈裟を着用させた。天平7年（735）、遣唐大使の多治比真人広成に隋って帰国した。帰国に際して仏教の経典およびその注釈書五千余巻と各種の仏像をもたらした。日本の朝廷でも同じように紫の袈裟を施し与えて着用させ、尊んで僧正に任じ、内道場に自由に出入りさせた。これより後、天皇の寵愛が目立つようになり、次第に僧侶としての行いに背く行為が多くなった。時の人々はこれを憎むようになった。ここに至って左遷された場所で死んだのである。世間では藤原広嗣の霊によって殺されたのだと伝えている。」

　またこれより遡って天平9年12月27日の条に玄�ﾑが聖武天皇の母である宮子の病を完治させたとの記事を載せている。

「この日、皇太夫人の藤原氏（宮子）が皇后宮に赴いて、僧正の玄�ﾑを引見した。天皇もまた皇后宮に行幸した。皇太夫人が憂鬱な気分に陥り、永らく常人らしい行動をとっていなかったためである。夫人は天皇を出産以来、まだ子である天皇に会ったことがなかった。玄�ﾑ法師が一たび看病するや、おだやかで悟りを開かれた境地となった。そうなった時ちょうど天皇と相まみえることになったので、国中がこれを慶び祝した。」

   このことが先の「天皇の寵愛が目立つように」なるのだが、それ以上に、玄�ﾑを寵愛したのは完治した宮子皇太夫人である。そして玄�ﾑは宮子皇太夫人に内道場の設置を進言、宮子はこれに大いに賛同し聖武天皇をして内道場が建立されたのである。なお、内道場とは宮廷内において天皇、后、妃、皇子達が仏を礼拝修行するところである。

　そうして宮子の寵愛を受けた玄�ﾑは聖武天皇の妃であり、宮子の異母妹である光明子（のちの光明皇后）にも接近する。光明子は玄�ﾑが話す唐の則天武后が行った政治や仏教政策に大いに興味を示し、次第に光明子も玄�ﾑに傾倒することとなり、これが大仏建立、国分寺、国分尼寺建立へと結実していくのである。

　ところでこの内道場は果たしてどこに建てられたのか。宮子は藤原不比等の娘で、聖武天皇出産後に療養していたのは藤原不比等邸内であった。そして海龍王寺の立地が藤原不比等邸の北東隅であることなどから海龍王寺が内道場であったのではないかとする説もある。そう信じたいがその確証は残念ながら無い。

道鏡と海龍王寺

　玄�ﾑが太宰府で没してから丁度20年後の天平神護2年10月20日、この海龍王寺の毘沙門天像から仏舎利が出たと時の称徳天皇に報告される。

　道鏡は、玄�ﾑが開いた内道場の禅師であったが、女帝孝謙天皇（後に重祚して称徳天皇）が病に罹ったときに看病禅師として派遣され、献身的な看護と深い学識によって「おのが師」とまで言わしめるほど孝謙天皇の篤い信頼を得ていた僧である。怪僧、皇統を奪わんとした政僧などと呼ばれ大変よく知られているが、この時、道鏡は太政大臣禅師までのぼりつめていた。

　称徳天皇は、これは祥瑞であるとされ、これも太政大臣禅師 道鏡 が正しく導いてくれているおかげで、朕が徳のある政治を行えていることを仏がお認めになった証しかもしれない、として道鏡を法王に任じるに至った。

　ところが、2年後の神護景雲2年（768)12月、この「仏舎利の現出」は、事件当時は道鏡の弟子で内道場の禅師であった基真が己の出世を目的に捏造した全くのでっち上げであることが判明する。このため基真は飛騨国に流されるのだが、道鏡は全て基真が勝手にやったことであると主張し、称徳天皇はこれを聞き入れたのであろう何ら罪に問われることなく法王の地位に止まった。

　こうした朝廷の政治に深く関わる事件がこの海龍王寺を舞台にして行われたことは、この海龍王寺が当時の朝廷にとっても何らかの特別の意味を持つ寺院として認められていたからであろう。

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