| 生没年 ？～746年 |
- 玄昉の出自
- 後述する続日本紀に、「玄昉は俗姓を阿刀氏といい」と記述されているが、では阿刀氏とはどのような一族であったのか、『「古事記」［日本書紀」総覧』では「以下の通り述べられている。
- 『「古事記」［日本書紀」総覧』上田正昭等著、新人物往来社刊
- 「伴造系の中流豪族。物部氏の分氏の一つで安斗、阿斗とも書く。安斗智徳は壬申の乱で活躍（天武紀元年六月甲申条）、その時のことを「安斗宿禰智徳日記」として残している。天武朝に、阿刀氏は宿禰の姓（かばね）を与えられるが、多くの物部系の豪族が早くぼつらくしていったのと同じく、奈良時代には姿を消す」
なお、安斗智徳は壬申の乱の当時の本拠地は、美濃国武芸郡（むげぐん）にあった。玄昉がどの阿刀氏の出身か定かではないが、少なくとも阿刀氏の一族であった。しかし、その阿刀氏も一地方豪族に没落していたと思われ、玄昉が唐より帰朝した頃には、彼には何の有力な後ろ盾と言えるものは無かったのである。従って、帰朝後、宮中に於いて目覚ましい出世を遂げられたのは、優れて彼の卓越した知識と人心把握術にあったからだといえる。
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| 続日本紀が伝える玄昉
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- 玄昉について続日本紀は天平18年（746）6月18日の条に、その履歴を次のように簡潔に書いている。
「6月18日、僧の玄昉が死んだ。玄昉は俗姓を阿刀氏といい、霊亀2年（716）に入唐して学問に励んだ。唐の天子は玄昉を尊んで、三品に準じて紫袈裟を着用させた。天平7年（735）、遣唐大使の多治比真人広成に隋って帰国した。帰国に際して仏教の経典およびその注釈書五千余巻と各種の仏像をもたらした。日本の朝廷でも同じように紫の袈裟を施し与えて着用させ、尊んで僧正に任じ、内道場に自由に出入りさせた。これより後、天皇の寵愛が目立つようになり、次第に僧侶としての行いに背く行為が多くなった。時の人々はこれを憎むようになった。ここに至って左遷された場所で死んだのである。世間では藤原広嗣の霊によって殺されたのだと伝えている。」・・・・・・・・宇治谷孟著 講談社学術文庫「続日本紀 全現代語訳」 以下同じ
- またこれより遡って天平9年12月27日の条に玄昉が聖武天皇の母である宮子の病を完治させたとの以下の記事を載せている。
「この日、皇太夫人の藤原氏（宮子）が皇后宮に赴いて、僧正の玄昉を引見した。天皇もまた皇后宮に行幸した。皇太夫人が憂鬱な気分に陥り、永らく常人らしい行動をとっていなかったためである。夫人は天皇を出産以来、まだ子である天皇に会ったことがなかった。玄昉法師が一たび看病するや、おだやかで悟りを開かれた境地となった。そうなった時ちょうど天皇と相まみえることになったので、国中がこれを慶び祝した。」
- このことが先の「天皇の寵愛が目立つように」なるのだが、それ以上に、玄昉を寵愛したのは完治した宮子皇太夫人である。そして玄昉は宮子皇太夫人に内道場の設置を進言、宮子はこれに大いに賛同し聖武天皇をして内道場が建立されたのである。なお、内道場とは宮廷内において天皇、后、妃、皇子達が仏を礼拝修行するところである。
- そうして宮子の寵愛を受けた玄昉は聖武天皇の妃であり、宮子の異母妹である光明子（のちの光明皇后）にも接近する。光明子は玄昉が話す唐の則天武后が行った政治や仏教政策に大いに興味を示し、次第に光明子も玄昉に傾倒することとなり、これが天平13年（741）「国分寺建立の詔」、即ち大仏建立、国分寺、国分尼寺建立へと結実していくのである。
- また時の権力者であった右大臣橘諸兄にも吉備真備を通じて接近し、朝廷内に於ける確固たる地位を築いた。
- しかし、玄昉の栄華は長くは続かなかった。朝廷内では皇后光明子の後ろ盾を得た藤原仲麻呂が次第に台頭し始めていたのである。仲麻呂は朝廷内に於けるおのが権力基盤を強固とするために、時の権力者橘諸兄の勢力弱体化を進める。
（「橘諸兄」を参照して下さい）
- このように光明皇后の関心は仲麻呂に移り朝廷内に於ける強力な後ろ盾を失った玄昉は、仲麻呂により天平17年（745）築紫観世音寺別当に左遷される。なお、この左遷について「続日本紀」は、天平17年11月2日の条に「玄昉法師を派遣して築紫の観世音寺の造営に当たらせた」と、誠に素っ気なく伝えている。
- そして、翌年の観世音寺落成法要を営んでいた時に暴漢により切られ死去する。暴漢は藤原広嗣の遺臣達であったともいわれている。
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- 玄昉に関する伝説
- 玄昉は筑紫観世音寺に仲麻呂によって天平17年に左遷され、その翌年没した。その死亡原因は藤原広嗣の遺臣によって殺害されたというのが真相のようである。だが、後に玄昉の死は広嗣の怨霊によるものだという説が流布されるようになる。その一つとして臨済宗の僧である虎関師錬（1278年
- 1346年）が鎌倉時代に著した日本初の仏教通史といわれる「元亨釈書」に記されているという。以下は中公文庫 松本清張著「眩人」に記載されているものである。
※ 松本清張著「眩人」が伝える玄昉伝説
- 「玄昉が筑紫観世音寺の造立供養の導師となって高座で読経をしている際、空がにわかに掻き曇って雷電し、黒雲が高座に舞い下りて彼の首をつかみ取って天に昇り、次の年の六月にその生首が興福寺の南大門に落ち、空にどっと笑う声がしたという。 (中略) 身首ところを異にした玄昉の首のほうはそれを埋めたという奈良市内の［頭塔］がいわれ、身体のほうは筑紫観世音寺境内にある「玄昉の墓」がいわれ、霊のほうは松浦宮に祀られたことになっている。玄昉は三つに分裂して、三箇所に葬せられているわけである。」
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| 玄昉の身体を葬ったとされる玄昉の墓 （福岡県太宰府市、観世音寺旧境内にある） |
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| 玄昉の頭を葬ったされる頭塔（奈良市） |
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- 僧・玄昉が法相宗に果たした役割
- 玄昉は僧でありながら宮廷奥深く入り、結果聖武朝廷政治へも盟友吉備真備ともに関与し、その英才振りを大いに発揮した。だがこの朝廷の権力に深く入り込んだことが玄昉の命取りとなった。即ち、これが後の時代に道鏡とともに希代の悪僧として名を馳せることとなり、玄昉が１８年間在唐して持ち帰った膨大な経論と彼が学び習得した学識が日本仏教教学発展に大いに寄与したという僧・玄昉の功績をかき消してしまった。
しかし、この僧・玄昉の功績を法相宗ではこうした野心家・玄昉の負の一面に惑わせられることなく評価しているようである。その一例として、法相宗の本山である興福寺のホームページに僧・玄昉を簡潔に次のように説明されていることからもわかる。
※ 興福寺HPが伝える玄昉
- 「中国の学匠たちの教義研鑽の果実が入唐したわが国の学問僧らによって伝えられた。即ち、孝徳朝の道昭、斉明朝の智通、文武朝の智鳳、元正朝の玄昉が挙げられる。この中で玄昉は在唐18年の長きに渡って勉学し、帰国後は聖武天皇から紫の袈裟を許されて僧正に任じられ、中央で重用された。その後失脚するが、彼が入唐して師と仰いだのが智周であった。玄昉は、天平盛期における法相教学の興隆に大きな影響を与えたと考えられ、わが国の法相祖師の一人に列せられている。」
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