■天使の羽根■
| ■7話■ |
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| セラと別れてからの同窓会は……イマイチよく覚えていない。 懐かしい面々に会えてか、さっきの、夕暮れの不安を消し去りたかったのか、さほど強くもないクセに結構な量を飲んでしまった……らしい。 気がつくと布団の中にいた。 どうしようもない、飲酒後の泥酔パターンだ。 携帯で時間を確認すると午前3時。 いつもと変わらない、"向こう"にいるときと同じ時間だ。 ただ違うのは、得るものも、失うものもなくて、途方にくれているだけじゃないということ。 ここには彼女がいる。 俺は気づくのが遅すぎたのか? こんなにも近くに自分を認めてくれるひとがいることを……。 一体俺は何を求めていたんだろう。 ―――ヒトは常に何かを求め続けているんだよ――― 誰から聞いたのか、もう覚えてはいないが核心をついた言葉だ。 彼女がいる日常が当然のものとなり、そしてついにはそれを失ってまで……何を得ようとしていたのか……。 「まぁ、今更、なんだがな」 しばらくは答えの出そうにない問いかけを放棄して、再び夢の中に落ちていくことにした。 「うわっ、酒くさっ!」 不意にまどろみから叩き起こされる。 「……」 呆然とした意識の中、現状を把握しようとアイドリング状態の脳が動き出す。 「あ、起きた」 聞こえたのは知った声、咲葉だ。 「……なぁ、咲葉」 「ん?」 開けた襖に隠れるようにして鼻に手をあてる咲葉が答える。 「これは起きたというか……起こされたというんじゃないかと思うんだが、どうだ?」 「……」 腕組みをして一瞬考える。 頭上に「!」マークが見えたような気がした。 「ああ、つまりお兄ちゃんはお昼ご飯はいらない、と」 淡々とした口調で言い放つ。 「……」 ふと、時間が気になった。 「……咲葉くん」 「ナンデスカ?」 「時間を教えてくれないかね?」 「ダメ人間が起きるには頃合いの時間であります、軍曹」 「……」 大尉から軍曹に降格されてしまった。 「まぁ、久しぶりに帰ってきたんだしねぇ、積もる話もあったんでしょーから今回は大目に見るとしましょう……お酒臭いのも」 「感謝感激の気持ちでいっぱいです」 咲葉のノリに合わせつつ、のそのそと起きだす。 「あー、ほら、起きたら顔洗ってきなよ、布団干すんだから」 「あいよ」 転がっている携帯を手に取ると客間を出て行こうとした。 「あ、そうそう」 「ん?」 咲葉に呼び止められる。 「ちょっと前なんだけどね、セラ姉から電話があったよ」 「なにっ!?」 「……」 「……」 一瞬の沈黙。 しまった、と思ったときには既に時遅し。 「くふっ……くふふふふふふ……」 ……やっぱり。 何かよからぬことを企んでいる時に見せる顔と、不気味な笑いが俺に迫ってきた。 さすがに昨日の今日なので反応が過剰だったようだ。 「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ〜」 「……なんだよ」 ヤバイ奴に感づかれたかもしれん。 コイツってこの手の話が好きだからなぁ……。 「仲人は誰に頼むの?」 ……疲れた。 人生の中で一番疲れた瞬間かもしれん。 とりあえずサラっと流しておくことにする。 「んー、そうだなぁ、USAのマスターには世話になったからな、あの人にでも頼むか」 「うわっ、そんな話が急展開なの!? クリーニング出しにいかなきゃ……」 ……本気か? 「いや、まて咲葉……と言うかだな、どうしてそこまで話が飛躍してるんだ?」 「え? だって今お兄ちゃんが言ったんじゃない」 「いや、その……。お前は冗談という日本語を耳にしたことはないのか?」 「あるよ」 即答が帰ってきた。 ……。 もーいいです。 俺が悪かったです。 ごめんなさい。 何か、禅問答をしているような、それでいて永久に終わりのこない不毛な会話をしているような気がして話を打ち切り、本筋に戻すことにした。 「んで、セラの伝言は?」 あまりにもあからさまな会話の打ち切り方に、してやったりという表情でこちらを見る咲葉。 「んふふふふぅ〜〜〜」 なんだその意味ありげな表情は! くそう、なんだって咲葉なんかがメッセンジャーなんだっ! 「ま、いいけどね」 先ほどのだらしない表情はどこへ消し去ったのか、いつもの表情に戻る。 「もうちょっとからかっても良かったんだけど、これ以上遊んでるとセラ姉にも迷惑が及ぶ可能性があるからね」 いや、俺の心配もしてくれよ。 これ以上何かいうと誘導尋問しかり、何かにつけボロが出そうなので黙っていることにした。 「んとね、3時にUSAコーヒーで待ってるって〜」 「……そんだけ?」 ほかに何が? といった表情で俺を見るなよ……。 「んー、でも一時はどうなるかと思ったんだけどねぇ……」 軽く腕組みをして片手で頬杖をつく。 「この街をお兄ちゃんが出て行く前日……覚えてる?」 忘れもしない。 セラに別れを告げ、たっぷりへこんだ俺は逆にセラに励まされて帰ってきた。 とてつもなく情けない日のことだ。 そして、もう後戻りは絶対にしない、いや、セラの気持ちを無駄にしない為にも後戻りだけは出来ないと心に決めた日。 思えばあれから今日に至るまで、なんやかんやと頑張ってこれたのもセラのお陰なのだろう。 「あの時さぁ」 咲葉の声が俺を現実に引き戻す。 「私、かな〜りお兄ちゃんにいろいろと言った気がするんだよね」 その当時を思い出してか、くすくすと微笑んだ。 「まぁ、な。あれほどの剣幕の咲葉を見たのは……あれが初めてだった」 「そうそう、見るからにヘコミまくってたお兄ちゃんに追い討ちをかけたんだよねぇ〜」 ついに堪えきれなくなったのか、お腹を抱えだした。 そう、あの夜、俺はこっぴどく咲葉に叱られた。 開口一番。 「信じられないっ!!」 怒涛のラッシュが暫く続いていた気がする。 「あれには再起不能になるかって位致命的なダメージを食らった記憶があるぞ?」 「まぁ、まぁ、済んだことじゃないの、気にしない気にしない」 そんな一言では語り尽くせないくらいのダメージだったのだが……。 あの当時の咲葉は大人しい感じの子だった。 今の姿からは想像できないが、どちからと言えばおっとりと言う言葉が似合っていた。 思えばあの時、本当の咲葉を見たのかもしれない。 「どうして!? どうしてセラお姉ちゃんと離れる必要があるの!?」 そのとき僕はただただ咲葉の言葉を受け止めることしかできなかった。 「おかしいよ! 変だよっ!! 二人はあれだけずっと一緒にいたんだよ? どうしてセラお姉ちゃんを置いて行っちゃうのっ!?」 咲葉はぼろぼろと涙を流していた。 その頃、うすうすとは感じていたのだろう、僕が本当の兄ではない、いや、兄だったかもしれないが、直接の血は繋がっていないということを。 性格に言うとすれば、咲葉、そして拓郎は従姉弟にあたる。 僕の母さんは咲葉の母さんの姉、つまり咲葉から見て叔母にあたる。 僕を身ごもってすぐ後に亡くなった父さん。 そして僕を生んでそれを追うようにして逝った母さん……。 生まれてすぐに身寄りをなくした僕は伯母夫婦に引き取られ、そして育てられた。 もっともこの事実を知ったのはずっと後、それこそこの街を出て行く少し前のことだった。 伯母夫婦は自分の息子と同じ愛情を僕に注いでくれた。 ここで伯母夫婦というのは、あまりにも失礼だろう。 やはり、父さんと母さんだ。 事実を知らない昔は当然そう思っていたし、知った今となってもそれは変わらない。 「私は……最近になって時々見せるお兄ちゃんの寂しげな横顔が気になってしょうがなかった。それは……多分、お兄ちゃんの問題だから……私が何を言っても変わらない、変えられないお兄ちゃんの問題だから……。ずっと悔しくて、切なくて……」 「咲葉……」 あえて触れないようにしてきた話が、咲葉の中から溢れ出した。 そして、少し落ち着いたのだろうか、ぽつぽつと語りだした。 「でもね、そんな時、ううん、どんな時でもセラお姉ちゃんといる時は違った。二人でいる時、お互いがお互いを知って、いたわり合って……そしていつでも笑顔だった……」 瞳を閉じ、咲葉はその様子を思い出すようにして語る。 「だからね、私は思ったよ、ああ、二人は、二人で一緒にいる時が一番幸せなんだろうなって……どんな時も、どんな事があっても、二人でいられたらそれだけで、二人は……」 その時、不謹慎かもしれないが思った。 コイツは……咲葉をもう、子供扱いはできないんだなって。 「でも、今、お兄ちゃんはこの街を出て行こうとしている、セラお姉ちゃんと離れていこうとしている。私にはわからないよ……どうしても行かなければいけないの? 自分の……お兄ちゃんの半身であるセラお姉ちゃんと離れてまでしなきゃいけないことなの?」 そう言うと、また、涙を流した 咲葉は……やさしい子だ。 何に怒っているわけでもない、ただ、僕のことを、いや、僕とセラのことを想っていてくれる。 今はただ、それをどうしていいかわからず、僕の心へぶつけているんだ。 僕の、本当の答えを確かめるために、僕に後悔をさせないために……。 僕はそれにこたえなくてはならない。 小さな体で精一杯考えてくれた、咲葉の想い、それにこたえなくちゃいけない。 「咲葉、はじめに咲葉が言った言葉の意味を、咲葉が知っているとは思わなかったよ。いや、そんなのはどうでもいいんだよな。僕はセラと離れるってことの意味をちゃんとわかっているつもりだよ、そして、咲葉の言おうとした意味も……。でも、贅沢に聞こえるかもしれないけれど、僕は空っぽなんだ。そして、何か、見つけなくちゃいけないとも思っている……」 流れる涙は止まらないが、それでも咲葉は僕の言葉に耳を傾けていてくれた。 「いつ気づいたのか、僕にもわからない……、でも、僕は何かを見つけなくちゃいけないんだ、僕が僕であるために、そして僕が……」 一呼吸おいて僕は言う。 「僕が僕であるという証明を」 わからない、と言った顔で咲葉はかぶりをふる。 正直、僕もこれ以上のことはわかっていなかった。 むしろ、わかっていたのなら、セラと離れる必要なんてないのかもしれない。 「咲葉、これだけは信じてほしい。僕は絶対に戻ってくる。かならず何かを見つけて……。僕はただ、自分の可能性を試してみたいだけなのかもしれない。けれど、必ず、答えだけは見つけてくると約束する。そして……帰ってくる」 そう、帰ってくる。 セラの気持ち、そして咲葉の気持ちにこたえるためにも。 「僕は約束を破らないだろう?」 できるだけ優しく、咲葉の想いに、優しさに負けないように言葉を添えた。 「ぐす、ふふ……結果的に、だけどね。よく破られたことがあった気がするもん」 咲葉は微笑みで僕の言葉に、想いにこたえてくれた。 「ち、でも、約束は破ったことないだろ」 その微笑に照れ隠しをするように、そっぽを向いて反論した。 「うん、私のお兄ちゃんだもんね、そんくらい、当然だよ」 もう、咲葉の顔に涙はなかった。 そして涙とは正反対の僕が初めて見る、最高の微笑みがあった。 「でもね、お兄ちゃん」 「ん?」 「これだけは言っておくよ、女の子はそんなに待ってないんだからね。早く帰ってこないと……セラお姉ちゃん、他の誰かに取られちゃうかもよ? なんてったって邪魔者がいなくなるんだからさ」 少しだけ意地悪な表情をして僕に詰め寄った。 「……善処……する」 そんな僕を見て笑う。 「ふふっ、冗談だよ。セラお姉ちゃんのおめがねに適う人なんてそうそういないよ。それに、セラお姉ちゃんはずっと……ずっと待っていてくれるよ」 そして優しく優しく続ける。 「あんまり待たせないように、ね?」 「わかった」 不安はすべて吹き飛んだ。 必ず……僕はそう心に誓った。 そしてセラと咲葉にも……。 「ま、いい激励ではあったよ」 そう言う僕に邪悪な微笑を浮かべる咲葉。 「『そして……帰ってくる』」 「んがーーーーーー!!」 くすくすくす。 手を振り上げて追いかける俺、きゃっきゃ言いながら逃げる咲葉。 何やってんだか……。 そうしていると不意に咲葉が立ち止まり、俺のほうを向く。 「多分、これが最後だよ、煌兄……」 突然真剣な面持ちで俺を見る。 「かもな」 俺もなんとなくそう感じていた。 昨日の言葉の結末が、たとえどんなものであろうと受け止める。 そして俺なりの答えがそこにはあるはずだ。 「気合入れてこい、ガツンとな!」 咲葉なりの激励。 ボディーブローが俺を捕らえる。 「ホント言うとね、セラお姉ちゃんが電話くれたのは久しぶり……ううん、お兄ちゃんが出て行って以来のことなんだ。だから、お兄ちゃんと同じくセラお姉ちゃんが何をしていたかは私も知らないんだ」 正直驚いた。 小さい頃から俺の後ろにひっついてきた咲葉だ、もちろんセラとも仲がよく、本当の姉のように慕っていた。 その咲葉にすら連絡がなかったということは……。 ……。 考えてみたが何も浮かばなかった。 というかさっぱりわからなかった。 行ってみよう。 セラの待っている場所へ。 とりあえず、酒臭いものを流してしまおう。 目を覚ますのにもちょうどいいだろう。 俺はいそいそと脱衣所へと向かった。 「ふいぃ〜〜」 相変わらず烏の行水だが、シャワーを浴びるだけでもぜんぜん違う。 お陰で俺の脳は慣らし運転を終えたようだ。 「んで咲葉」 「ん?」 風呂上り、俺が寝ていた布団を干している咲葉を見つけたので聞いてみた。 「今、何時だ?」 「えー? んーっとねぇ……2時? あ、2時半だね」 ……。 ふんふんふ〜ん♪ 廊下越しにちょっと音の外れた鼻歌が聞こえてきた。 まぁ、なんというか穏やかな休日といったところだ。 「して、咲葉くん」 「あい?」 「セラから電話があったのは何時頃かね?」 「んーっと、1時頃かなぁ……。ちょうどお昼を片付け終わった頃だったしね」 ……その時点で残り時間2時間。 目標地点へ到達まで、1時間ほど余裕がある時間だ。 そして現在時刻……2時。 逆算するとあら不思議。 1時間の余裕がいつの間にかジャスト、いや、少々不足気味の時間に変わっている。 これはどういうことだろうか。 「咲葉ぁぁぁぁっ!!」 「なになにぃ〜〜?」 本日何度目であろうか、悪魔の微笑みがそこにはあった。 言い合っている暇はない。 ……後でお灸をすえてやらねばならんな。 財布と携帯を引っつかみ、玄関から駆け出した。 「夕日に向かってはしれぇ〜〜」 全力ダッシュの後方から激励が聞こえる。 まだ2時半だ、という突っ込みを入れたかったがそんな暇があったら走るしかなかった。 後ろでに右手を振り、声援に答えた。 残り時間……。 遅刻は許してくれないような気がした。 「ふぅ……」 煌を送り出した咲葉は大きなため息をついた。 「これで私が背中を押してあげるのは最後、かな」 少しさびしそうな顔で、蒼く澄んだ空を見上げた。 「ふふっ、じゃぁね、お兄ちゃん」 言葉の後には晴れやかな笑顔がそこにはあった。 |