■天使の羽根■

■5話■
 いろいろと寄り道をしたせいで、家に到着したのは午後3時を過ぎたあたりだった。
「ただいま」
 庭で洗濯物を取りこんでいる母さんに帰宅の挨拶をする。
「あら、お帰り。ちょっと、とか言って出かけたわりに遅かったわねぇ、お昼は食べたんでしょ?」
「ああ」
 昔のような、懐かしい日常会話。
 今更ながら帰ってきたと実感する。
 とりあえず、今日の予定が決まった。
 今回帰ってきた理由のひとつである、親友との再会。
 そして、急遽知らされた同窓会……。
 とりあえず準備をしようと思ったが、特になにも準備するものなどなかった。
 それはそうだ、気の知れた仲間だけの同窓会なのだから。
 少々ジジくさいが、日当たりのいい廊下でぼんやり日向ぼっこでもしていることにした。


 廊下の隅へ向かうと、そこには不釣合いのソファー。
 3人掛けくらいの、大きさのもの。
 どこからどう見ても、普通の家の廊下には不自然な代物。
 けれど、この家の住人ならば当然の物。
 いつだったか、知り合いの引越しの時にいらなくなったもので、なんとなく母さんが貰ってきたもの。
 それ以来このソファーは、あるヤツの指定席だった。
 アイツはいつもこの席で、のんびりと日向ぼっこをして寝転がっていたものだ。
 そんな時は咲葉や拓郎、そして母さんが、誰かが必ず一緒に隣に座って遊んでいた。
 かれこれ10年以上も昔の話になる。
 チビが死んでしまう前までの……。
 昔はここに来る度に、チビがいないことを思い出して切ない気持ちになっていたものだ。


 ソファーにどっかりと腰を下ろし、持ってきた灰皿を隣に置いて煙草に火をつける。
 暖かく、やわらかな陽の光が体を包み込んできた。
 煙草の先から立ち上る紫煙は、吸いこまれるように空へ消えていく。
 ここから見える景色は今も変わらない。
 庭で洗濯物を干していたり、取りこんでいたりする母さんの後姿。
 ここでボーっとしているのを見つけるとよく洗濯物の手伝いをさせられた。
 それが今は、咲葉が一緒に取りこむのを手伝っている。
 そろそろ花嫁修行の時期なんだろうか。
 食事も手伝って作っているようだし……。


 ―――咲葉が小さかった頃は、よく俺の後ろをくっついてきた。
 自分のすぐ後に生まれた拓郎に母さんの手がかかっていて、十分にはかまってもらえていなかったからなのかもしれない。
 それで俺と一緒になって川へ釣りに行ったり、山を駆け回ったりしていた。
 ドロだらけになって遊ぶので俺のお下がりを着ていて、よく弟に間違えられていたやんちゃな子供時代。
 俺は俺で、何かと「お兄ちゃん」と言って頼ってくる咲葉が可愛かったし、咲葉もいつもかまってくれる俺を気に入っていたのでいつも一緒に遊んでいた。
 おかげで咲葉はいつも男に混じって遊んでいた。
 今でこそ部屋にぬいぐるみを置いているようだが、昔はプラスチックの模型が並んでいたもんだ。
 そのうち咲葉も結婚して、この家を出て行くのだろうか―――


「あ、お兄ちゃん」
「ん?」
 不意に思い出したようにして声をかけてきた。
「さっきの電話の相手と連絡とれた?」
 どうやら午前中のUSAでの件のことらしい。
「ああ、アイツな。今回こっちに帰ってくる原因のヤツだ。」
「ふ〜ん、で、何だったの? 結構大事そうだったけど?」
 いっぱいになった洗濯籠を持ってこちらへやってくる。
 今日の洗濯物はすべて取りこみが完了したようだ。
「なんでも今夜、小規模な同窓会をやるらしい。で、その同窓会に俺も参加しろ、ってな。」
「へぇ〜、いいなぁ〜。あたしのトコはそんな話が出てこないよ……」
 ちょっとがっかりしているような面持ちで、サンダルを脱いで廊下に上がってきた。
 廊下を挟んで反対側の部屋で洗濯物を仕分けするのだ。
「そりゃあ、お前、卒業してからそんなに経ってないだろ? こんなのは久しぶりに会うからいいんだよ」
 少しへこんでいる妹へ、兄らしい慰めの言葉をかけてみる。
 すると部屋に洗濯物を置いて、俺の隣にストンと腰掛けてきた。
「そうなのかもしれないね……。まぁ、まだ学校に行ってるのもいるし……卒業したら声をかけてみるよ」
「そーしろ」
「ん」
 納得した顔でぐっと両手を上げて伸びをするとふぅ〜と息を漏らした。
「そんじゃ、あたしは洗濯物をたたんじゃいますかね」
 そう言ってソファーを立とうとする。
「あ、そうそう、それで今夜は何時に集合なの? 晩御飯はどうするの?」
 ふむ、いい質問ではある。
 実際、午後8時だと微妙な時間だ。
 同窓会って言っても、駅前の居酒屋での飲み会みたいなものだろうから……。
 何次会まであるのかは知らないが、今夜中に帰ってこれるかどうかは定かではない。
「晩飯は何時ごろになるんだ?」
「ん〜と、今日は拓郎がバイトでいないし、お父さんも用事があって夜は出て行くから……6時ごろかな」
 6時ならば別に問題はないだろう。
 空きっ腹にアルコールってのは、ちとツライ。
「んじゃあ、晩飯は俺の分も頼む」
「らじゃ」
 ソファーから急に立ち上がり、右手を額の辺りにシュタっと決めポーズをとる。
 ……あえて無視。
 無視されていることに気がつくと、一瞬む〜っとした顔になるが、すぐに表情をキリっとさせた。
「それでは、自分は衛生兵としての任務をまっとうすべく、これより洗濯物をたたんでまいります、大尉」
「お〜、苦しゅうない、行ってまいれ」
 くすっと微笑みをこぼして咲葉は隣の部屋に入っていった。
 ……誰が大尉か。
「それにしても……」
 暇になってしまった。
 普段暇がないために、こういった時にすることが無くなってしまうのも困りものだ。
 しかも、帰郷しているため、いつもの暇つぶしがないのがいたい。
「……しょうがない」
 結局、仕事の資料等をチェックしながら時間を過ごすことにした。
「こういうのが日本人の悪いところだ」
 などと、自分のことは棚において、典型的な仕事ずくめの日本人をして時間を過ごした。


「ごちそーさん」
 いつもよりかなり早い夕食を終え、そのまま床に寝転がる。
「……牛さん」
 咲葉の一言が俺に突き刺さる。
「はいはい、人間に戻りますよ」
 苦笑しながら体を起こすと時計が目に映る。
 6時30分。
 予定時間の30分前だ。
「じゃあ、そろそろ俺は出かけるよ」
 そのまま立ちあがる俺を見て母さんが声をかけた。
「あら、もう出かけるの? 少し早いんじゃない?」
 確かに、現在時刻は予定時間のおよそ1時間30分前。
 いつも30分前に到着する俺の習性からしても、1時間は早い。
「ああ、いいんだ。この辺にくるのも久しぶりだしさ、ちょっとブラブラしようかと思って」
「そうなの? じゃあ気をつけてね」
「ああ、それじゃ行ってくる」
「いってらっしゃ〜〜い」
 咲葉がヒラヒラと手を振っていた。
 その手が初日の夜を彷彿とさせる。
 …………。
 ……今夜は呑みすぎないよう注意しよう。
 心の隅で誓うと、家を後にした。


 駅前へ続く大通り。
 こっちに帰ってきてから何度この道を通っただろう。
 ……その度に寄り道していた気もするが。
 家を出てから、およそ10分が過ぎていた。
 あと半分で駅前に着く。
 そして、……寄り道するならここで道をそれる。
 当然のように俺は道をそれて、あの丘へと向かっていた。
 あの墓前にささげられた花。
 今日はずっと気になっていた。
 咲葉や母さんに言ったことは嘘ではないが、丘へ寄ろうとしていたのも事実だ。
 まぁ、ブラブラするという点では見当違い、いうわけでもない。
 何かひっかるものがあるのだ。
 そんなことを考えながら黙々と歩いていると、目の前に目印となる大木が見えてきた。
 最近は陽がのびてきているのだろう、辺りは夕暮れの金色が辺りを包みこんでいる。
「懐かしい光景だな」
 幼い頃、日課のようにここを訪れていた。
 ここの景色は当時とほとんど変わらない。
 墓前の前に立つと、やはりあの時のように花が添えられたままだった。
 手がかりはナシ、か……。
 別にここに来たからといって何かわかるとは思ってはいない。
 ただ、なんとなく気になってしょうがなかっただけ。
 ふと腕時計を見る。
 まだ時間に余裕が十分にある。
 チビの隣に腰掛けると煙草に火をつけた。
 夕日に照らされ、オレンジがかった煙が空へと消えていく。
 懐かしい空へ、懐かしい風景へと……。
「ほんとに久しぶりだ」
 最近、独り言が多くなったのかもしれない。
 ひとり、誰ともなくつぶやいた。
「……ほんとだね。ほんとに久しぶり」
 急に後ろから声が聞こえる。
 懐かしい、とても懐かしい声。
 期待に胸をふくらませ、後ろを振り返るとそこには……。
 あの懐かしい微笑みがそこにはあった。

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