■天使の羽根■

■4話■
 気がつくと、太陽が真上近くなってきていた。
 時計で時間を確認する。
 午前11時。
 墓の形もあの時のような、きれいなお椀型になっていた。
 名前の書いてあるプレートの消えそうな文字をマジックで上書きする。
 こうすることで完全とはいかないが、元の姿を取り戻した。
「よし、これできれいになった」
 チビと汚い字で書かれたプレートをポンと叩く。
 今日こそはちゃんとしたお参りだ。
 家の仏壇から失敬してきた線香に火を灯す。
 いつものように軽く振って火を消し、墓前に供える。
 線香の先から青白い煙が空へと伸びていく。
 空に近づいていくにつれて、すうっと広がってゆき、やがて吸いこまれるようにして消えていった。
 しばらくの間、ずっとそれを眺めていた。
 昼飯が出来るころには帰るか、くらいのことをボーっと考えながら。
 ピリリリリリッピリリリリリッ……。
 突然、携帯が鳴り出しす。
 慌てて着信を見ると液晶ディスプレイには実家のナンバーが表示されている。
 もうそろそろ昼時だ。
 帰って来いとの催促かもしれない。
「はい」
「もしもし、お兄ちゃん?」
「ああ、咲葉か。どうした」
「さっきね、お兄ちゃんの友達から電話があったの。えっと、名前はなんて言ったっけなぁ……。今、出掛けてますって言ったら駅前のうさに来てくれって伝言があったよ」
「はぁ? うさぁ?」
 記憶に無い言葉が出てきた。
 うさ?
 恐らくは場所か建物の名前だろう。
 しかし、そんな名前は聞いたことがない。
「あれ? 知らなかったっけ……。あ、そっか、この呼び方じゃあね。USAコーヒーだよ」
「ああ、あそこか……」
 この街の駅を利用している人間ならば大抵は知っている。
 駅の改札を出て真正面にあるコーヒーショップだ。
 コーヒー豆の専門店なだけではなく、喫茶店も兼ねている。
 落ちついた雰囲気で、学生達からサラリーマンまで、幅広い客層を集めていて、俺も以前はかなりお世話になった記憶がある。
 実はコーヒーが目的ではなかったりするのだが……。
 そこの喫茶店は店のオーナーの趣味で作られたのだが、結構規模は大きい。
 よって当然アルバイトを使って経営が成り立っている。
 だが、マズイことにそこにもオーナーの趣味が発揮されてしまったのだ。
 要するにアルバイトの女の子の制服。
 高校の悪友に連れられてよく行ったものだ。
「しかし、あそこを指定するってことはアイツだ」
「あ、わかった?」
「ああ、時間とかは言ってなかったか?」
「えっと、とりあずうさでご飯食べてるから適当に来てくれって……」
「……了解。それじゃあ、これから行くから昼飯はいらないって母さんに言っておいてくれ」
「ん、わ〜った。そんじゃあねぇ〜」
 いつものノリで電話は切れた。
「さて……」
 USAコーヒーはこの丘を中心にして家とちょうど反対側にある。
 初日の帰り道にここへ寄ったのも通り道だということが関係していたくらいだ。
 一応待っているわけだから、相手をあまり待たせるのも悪い。
 チビに軽く手を振ると煙草をくわえ大通りへ向かって歩き出した。


「いらっしゃいませ〜〜っ」
 喫茶店に入ると突然の高周波が俺を襲ってきた。
 どこから声を出してるんだ?
 フリフリの制服を着た女の子はいたって普通の営業用スマイルをたたえている。
 彼女にとってはこれが普通なのだろう。
 しかし、これ以上相手をされては鼓膜がもたない。
 そう思い、年下の女の子に少しだけ怯みかけたところ、助け舟がやってきた。
「お〜い。こちこっち」
 入り口から程近い席に座っていた友人が俺を見つけてくれたようだった。
 予想通りの人物だった。
 高校の頃、俺をここへ連れてきた張本人だ。
 とりあえず、高周波からの脱出に成功し、安堵のため息をつく。
「ワリと早かったんだな」
「ん? ああ、待たせるのも悪いと思ってな」
 とりあえずカプチーノを頼んで席に座る。
「その辺の律儀なところは変わってないようだな」
 あと2、3口ぶんだけ残っているペペロンチーノをフォークでくるくると回しながら微笑む。
 コイツとは高校で出会った友達。
 いろいろとワルさをして一緒に叱られた仲間だ。
 何かとつるんで遊んだ悪友であり、親友。
 それはあの頃から変わらないし、これからも変わらないだろう。
「ここに来るのも久しぶりだよ」
「だろうな、滅多に帰ってこなかったからな、お前は」
 そう言って最後の1口を食べ終わると隣のレモンティーに手を伸ばした。
 昔からコイツはレモンティー、俺はコーヒーというのが定番で、今も変わらないらしい。
「でさ、今回の電話、なんだったんだ?」
 運ばれてきたカプチーノに口をつけた。
 唇の上にちょっとした白い口髭ができる。
 最初はこれが楽しかっだけなのだが、現在、コーヒーを飲む習慣の原因となっいる。
「ああ、それなんだが、お前はいつまでこっちにいるんだ?」
 連休を利用して帰ってきている俺には帰ったらやらなければならない仕事が残っている。
 予定では明後日に帰るつもりだ。
「連休を使ってきているからなぁ、一応明後日には帰る予定なんだけど」
「それじゃあ、今夜は空いてるか?」
「まぁ、そのために帰ってきたようなモンだからな。空いてるぞ」
 そう答えると、ニヤリを顔を緩ませた。
 コイツがこんな顔をするときは大抵よからぬことを考えているときだ。
「そっか、なら安心した。高校の時の仲間内で急に同窓会をやろうって話が持ちあがってな。つまりはそういうわけだ」
 以外に普通の答えが返ってきてしまった。
「お前が帰ってくるだろうと予定の上、女の子もしっかり呼んどいた! へへっ、抜かりはねぇぜ」
 ……やはりいつも通りだ。
 でも、そんな変わらないところがなんだか嬉しかった。
「お? お前にしては乗り気だな? にやけてるぞ、顔が」
 どうやら顔に出てしまっていたらしい。
 何やら勘違いをされているようではあるが。
「まぁ、そういうわけだから。今夜、8時頃に駅前集合だ。見つからないときは携帯に電話くれればいいから」
「しかし、ずいぶんとまた急だな」
 そんなつもりは無いのだが、一応ぐちを漏らす。
「あのなぁ、帰ってきたって連絡をよこさないお前が悪いんだろうが。咲葉ちゃんに聞くまで知らなかったぞ?」
「スマン……。今日にでも連絡を入れようと思ったんだ」
「しょうがねぇなぁ。とりあえず携帯の番号をお互いに確認しよう」
 テーブルに置いてある手近な紙に番号を書き、互いに交換する。
「とりあえず、用件はこれで終了だ。他のヤツ等にはお前のことは一応、内緒にしてあるから連絡を取ったりすんなよ。驚かせるんだからな」
「はいはい……」
 相変わらずガキだ……。
 俺も大人になったのは年齢だけ。
 大人というものがどんなものなのか、未だに良く分かってはいない。
 だいたい定義なんてあってないようなものだから……。
「でさ……」
 そう口を開いた時だった。
 携帯が鳴る。
 慌ててお互いに確認するが、俺のものではなかったようだ。
「はい、もしもし?」
 相手が電話をしている時というのは手持ち無沙汰になるものだ。
 何もすることがなく、コーヒーについてきたシロップをくるくる回したりして待つ。
「うん、わかった。それじゃあ、すぐ行く」
 ピッというボタン音とともに席を立つ。
「わりぃ、ちょっと急用ができた。この後少しブラブラしようかと思ってたんだが……」
 どうやらさっきの電話は急な用事が入ったための連絡だったらしい。
「ああ、いいよ気にすんな。どうせ今夜には一緒に大騒ぎだろうから」
「スマン、そいじゃこれで。また今夜なっ」
 そう言うと会計を持って足早に出て行った。
 予定がぽっかり空いてしまった。
 まぁ、元より予定は無かったのだが。
 カプチーノを飲み干すと俺も喫茶店を後にした。


 途中、駅前の商店街で雑誌を購入し、家への帰途につく。
 そこで、ふとシャベル等を丘に置きっぱなしだったのを思い出す。
 実家の物置から持ってきたものだ。
 さすがに持って帰らなければまずいだろう。
 それに置いたままだと、それは単にゴミの不法投棄だ。
 様子が気になって一度丘へ向かうことにする。
 どうせ時間はあるのだし、予定もない。
 帰り道を少しだけずれて、丘へと向かった。


 チビの墓の見えるところまで来ると、そこには放置されたままのシャベル等が主の帰りを待ちながら転がっていた。
 少しだけ苦笑しながらそれを拾う。
 昨日までは少しだけ崩れかかっていた墓も、手入れを施したおかげで少しは見栄えがよくなっている。
 だが、そこには見覚えのないものまでもがあった。
 1輪の花。
 俺は線香を供えはしたが、花までを供えた覚えは……無い。
 どう見ても、俺以外の誰かが訪れたとしか考えられなのだ。
「もしかして、来ていたのか?」
 ここはほとんどと言っていいほど人が訪れることはない。
 だから俺の考えは彼女に向けられた。
 夕暮れに出会った少女。
 彼女がここを訪れたというのだろうか。


 彼女と一緒に遊びまわるようになってからも、度々ここを訪れていた。
 それこそ、何度となく……。 
「それ、なんていう花?」
 1度だけ、小さな花を墓前に供えてくる彼女に対して聞いたことがある。
 彼女はいつも、その季節の花を1輪、添えてくれていた。
 その辺の少年とたいして変わらない俺は、当然、花の名前になんて明るくない。
「う〜んと……。なんて名前なんだろね。」
 そういって笑っていた。
 彼女もその花の名前を知らないようだった。
「ここっていつも花が咲いてるでしょ? その中で1番きれいな花をあげてるんだよ」
「ふ〜ん」
 俺の返事を聞いて、チビの墓に目を移すと、こう言った。
「だって、チビくんがここに来た時になんにもなかったら……、ちょっと寂しいと思うんだ」
 人懐っこい笑みを漏らしながら……。



 いかんいかん。
 急に我にかえった俺は慌ててかぶりを振る。
 何をセンチメンタリズムになっているのだ、俺は。
 久しぶりの帰郷が影響しているのかもしれないが、俺には似合わない。
 この丘に来るといつも昔のことを思い出してしまう。
 前向きで、そして楽天的な自分はどこに行ったんだ?
 それに、いつまでもここにいてもしょうがない。
 今夜には大騒ぎする予定だ。
 昔の遊び仲間との、久しぶりの再会ならば尚更。
 今度こそ忘れ物がないように辺りを見まわす。
 もう、忘れ物はないようだ。
 例の如くチビに手を振り、家に向かって歩き出すが、ふと立ち止まる。
「なぁ、チビ。誰がその花を添えてくれたんだ? やっぱりアイツなのか?」
 けれど、答える者は誰もいなかった。

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