■天使の羽根■

■2話■
 久しぶりのまともな夕食を終え、ボーっとテレビを眺めていた。
 仕事に関するものは一切持ってきてはいない。
 実家に帰った時くらいはゆっくりしていたいし、なにより"ココ"は都会のあくせくしたものは似合わない。
 テレビだって映ってはいるが、ただの飾りみたいなもの。
 静かで、ゆっくりとした時間は常に安らぎを与えてくれる。
「おう、一緒に呑め」
 ……こういったものを除けば、だが。
 隣で比較的大人しく呑んでいた親父だが、ついに酔いがまわってきたようだ。
「ほら」
 と、俺にグラスを差し出しこぼれる寸前まで注ぐ。
 酔っ払いには適当に合わせて退散したほうがいい。
「かんぱ〜い」
 当の本人はかなりご機嫌だ。
「……乾杯」
 注がれたグラスを少しだけ傾ける。
 ……美味い。
 親父は相当な酒好きで、しかも蔵元の友達がいる。
 おそらく、そのつてで入手したものだろう。
 この後、調子に乗ってぐいぐい呑んだのが悪かった。
 一升瓶がカラになったあたりから記憶がほとんど無い。
 気がつけば布団yの中で丸まっていた。
「う〜……」
 近くの時計で時間を確認する。
 ……午前2時。
 起きるにはまだ早すぎる時間だ。
 幸い、二日酔いにはなってないらしく、特有の鈍い頭痛はしない。
 困った酔っ払いではあるが、親父の血筋に感謝。
 それにしても喉がかわいた。
 水でも飲もうと台所へ向かった。
「あれ、お兄ちゃん?」
 先客の妹が、がさごそと冷蔵庫の中身を物色していた。
「何やってんだか、こんな時間に……」
 それを聞くと反論を返す。
「お兄ちゃんがつぶれちゃったから私がお父さんの相手してたのっ! お母さんは寝ちゃったし……、片付けてたんだよ」
「……すまん」
 素直に謝っておく。
 俺のせいでお鉢がまわってしまったようだ。
 調子に乗った自分に少し後悔する。
 親父の血を受け継ぎ、さらにパワ−アップさせたのがコイツだ。
 ……底無しの酒呑みで、限界をまだ見た事が無い。
「……で、なんで冷蔵庫なんだ?」
 片付けにしては、イマイチ不可解だ。
「う、それは……」
よく見ると右手にはチーズが握られている。
「咲葉、太るぞ……」
「さきは?」
「ん? どうした?」
 俺の顔を見ると怪訝そうな顔をする。
 いくら久しぶりとはいえ、妹の名前は間違えていない……ハズだ。
「もう"さっちゃん"って呼ばないんだね」
 子供の頃に使っていた呼び名。
 あの頃は母さんがそう呼んでいたから……。
「別にいいだろ、もう子供でもないし。それより太るぞ」
「う〜さいわねっ」
 さすがに2度目には反応するようだ。
「いいの〜」
 そう言ってツマミを手に茶の間へと戻る。
 闘いはまだ続いているようだ。
「明日が休みとはいえ、ほどほどにな」
 後ろ向きで、手の平をひらひらとさせながら出でいった。
「片付けの件は……。まあ、いいか」
 よく見れば、テーブルの上に恐らくはツマミがあったハズの皿が並んでいる。
 これを茶の間から片付けに来てたのか……
 そうそう、水を飲みにきたんだった。
 近くからグラスを取り、一杯だけ水を飲むと台所を後にした。
 再び客間に戻り、暖かい布団の中、奥深くへともぐりこむ。
 ……明日はチビの墓を直してやらなきゃ。
 ゆっくりとやってきたまどろみの中、薄れていく意識で明日の予定を考えていた。


 ぺたぺたぺた……。
 夕暮れの空に染められ、街は痛いくらいのオレンジ色に染められていた。
 その中で、やはりオレンジ色をした少年が、シャベルを手に土を盛っている。
 少年と同じ位の年の子供たちは、そろそろ家に帰る時間だ。
 辺りには人の気配はしていない。
 動いているのは少年だけ。
 小高い丘の上、その少年は背中を丸め、無言のままシャベルを動かしている。
 ぺたぺたぺた……。
 もう、何度その動きを繰り返しただろうか、その手ちいさなは土にまみれている。
 周りにはCDケースくらいの板と、そして閉じられたままの懐中時計……。
 ふと、少年のシャベルを持つ手が止まる。
 すると手を伸ばして隣に置いてある板、いや、プレートと言ったほうがいいだろうか、それをつかんだ。
「……チビ」
 少年がはじめて口を開いた。
 ……ああ、そうか。
 これは……俺だ。
 あの時俺は―――。


 一生懸命、きれいな形に整えようとして土をかぶせてた。
 チビが死んじゃってから、一週間が過ぎた。
 家族だけでちっちゃなお葬式もやった。
 お母さんも、さっちゃんも、みんな泣いてた。
 けど、僕は泣かなかった。
 チビは死んじゃったけど、もう、チビは帰って来ないけど、新しく生まれ変わってくる んだ。
 だから……。
 だから今日、少しでも早く天国に行けるように、この辺で1番高い場所にもう一つお墓 を作ることにした。
 僕はチビの家にかかってた、名前の書いてあるプレートを持ってきていた。
 土台が上手く出来なかったから、何度も何度も作りなおしてやっと完成した。
 ゆっくりと、そして慎重にプレートを入れた。
 名前が見えるギリギリのとことまで入れると、そっと手を離した。
「……出来た」
 と、思ったけど、僕の手の触ってたところが土でよごれていた。
「ん〜と……」
 手のよごれをシャツに擦りつけて、そのよごれを落とした。
「今度こそ完成」
 やっと完成したものを見て、少し嬉しくなって立ちあがった。
 でも、作ったのはチビのお墓。
 それに気がついて、また、悲しくなった。
 僕は木の根元に寄りかかってチビの隣に座った。
 ここからは僕等の家、いつも一緒に散歩してた道、友達の家、僕の知っているこの街のほとんどが見える。
「ここからはね、僕の家が見えるんだ。」
 地面近くまで落ちた太陽が、空も、雲も、街も全部オレンジ色に染めていた。
 いつもだったら、わけもわからないで僕の顔をなめる友達も、今はその返事もしてくれない。
 チビが死んだときも泣かなかったのに、急に涙が出てきた。
 なんだかチビに見られるような気がして、膝に目を押し付けた。
 暖かいものが、服を通してじんわりと広がっていく。
 涙は止まらない。
 僕は涙が止まるまでそうしてるつもりだった。
「何してるの?」
 急に声が聞こえてきて、びっくりして顔を上げた。
「こんにちは。もうすぐ"こんばんは"だけどね」
 知らない女の子が目の前に立っていた。
 黄色いワンピースを着た、僕より少しだけ背の高そうな子。
 慌てて目の辺りをごしごしとこする。
「……泣いてたの?」
「……。」
 答えられなかった。
 女の子、同級生くらいの女の子に見られてた。
 しかも、可愛い子だったから、すごく恥ずかしい……。
 声をかけられたときに驚いて、涙はもう止まってたけど誤魔化すのに上を向いた。
「きれいな夕焼けだよね」
 女の子はそう言うと僕の隣にちょこんと座った。
 視線だけをずらして横を見ると、女の子は目を細めて夕焼けを眺めている。
「こんな夕焼けの時間はね……」
 女の子が話し出した。
「"逢う魔が刻"って言うんだって」
「おうまがどき?」
 はじめて聞く言葉だった。
「うん」
 そう言ってこっちを向くと、にっこりと微笑んだ。
 髪の毛は、夕日の、そして黄金色の空の光を受けて、金色に輝いていた。
「逢う魔が刻にはね、普段は会えないひとたちに逢えるんだ。妖精さんや妖怪さん、そして遠くへ行ってしまったひとにも……」
 視線を僕からチビのお墓に移す。
「それは……、お墓だよね」
「……うん」
「名前は……、チビくんか……」
 立ちあがって僕の隣にあるチビの墓の前に立った。
 そしてチビの名前が書いてあるところをそっとなぞる。
「さ、キミも一緒に」
 それから目を閉じ、手を合わせた。
 お祈りをしているみたいだった。
 僕も目を閉じて手を合わせる。
 すると、背中の方にゆっくりとした風を感じる。
 急に吹いてきた風がなんだか暖かい。
 おでこに暖かい手が触れてきたのを感じて、びっくりして目を開け、後ろにさがる。
「動いちゃだめ。目を閉じて」
 僕のおでこに触っていたのは女の子の手だった。
 あいかわらず目を閉じたままで、僕を元の場所へと戻す。
 僕はもう一度目を閉じ、手を合わせた。
 ……暖かい。
 女の子の手からは暖かいものが伝わってくる。
「もういいよ」
 目を開けると後ろ手に手を組んで、やっぱり微笑んでいた。
「もう、泣いてちゃだめだよ。チビくんが見てるかもしれないからね」
 何がなんだかわからないままコクンと頷いた。
「もう、暗くなっちゃったね」
 辺りは夕焼けを通り越して、夜に近づいてきていた。
 お墓の横に置いてある時計の蓋を開ける。
 5時50分。
 もう帰らないと、お母さんに叱られる時間だ。
「もう、帰らなくちゃ」
「それじゃあ、最後に……」
 そう言って手を差し出してきた。
 分からないって顔でぽかんと見ていると、僕の手を取った。
「握手。これでもう、お友達だね」
 そう言って、握った手をぶんぶん振る。
 いろいろなことがお起きすぎて、相変わらず何がなんだかわからない。
「それじゃ、ばいばい。またね」
「……ばいばい」
 それから暫くぼーっとしていたのかもしれない。
 気がつくともう6時を過ぎていた。
「やばいっ」
 傍らのシャベルを持って走り出した。
 途中、女の子とお互いに自己紹介もしていないことに気がついた。
 知らないひとと話をするのは苦手な僕にそんなことを感じさせた女の子。
 ……またね。
 あの子とは友達になれるかもしれない。
 それにもう、友達の握手しちゃったし……。
 暖かかった風が少し冷たくなり、辺りも暗くなってきた。
 早く家に帰らなきゃ。
 走るスピードを少しだけあげる。


 ―――そこで俺の夢は終わった。

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