■天使の羽根■
| ■1話■ |
|---|
| 久しぶりに帰った家では玄関で母がうろうろしていた。 「やっと、きた。お帰り。どこほっつきあるいてたの? 元気でやってたの?」 矢継ぎ早に質問を俺に投げかける。 いつものことだが疲れた体には少しゲンナリだ。 帰るとき(滅多にかえらないが……)は電話口で、あ、何日にそっちに帰るから、と言うだけなのでこういった出迎えになる。 分かってはいるのだが、どうもこうしてしまう。 「もうすぐ晩御飯になるから着替えて待ってて。あ、あとちゃんとご先祖様に挨拶するんだよ」 そう言うと、僕の返答を聞かずに足早に台所へ消えて行った。 忙しいヒトだ……。 玄関から上がると、知らない家のような、それでいて懐かしい気がしてくる。 ここで生活しているひとがいる限り、少しずつではあるが変化していく。 けれど、帰ってきた者を暖かく迎えてくれる。 こんな気持ちにしてくれる家を自分も創ることができるだろうか。 ふとそんなことを考えた自分をおかしく感じて、少し微笑んだ。 この家には俺の部屋はもうない。 さすがに、家を出て、まがりながらも他の街で暮らしを安定させている者には必要がないからだ。 ……弟たちに占領されたというのが直接の原因ではあるが。 まだ弟たちは帰ってきていyないらしく、家の中は比較的静かだ。 いつもはお客専用の部屋に入ると着替えをして仏間へと向かう。 母に言われたようにご先祖様に帰宅の挨拶をしなくちゃならない。 仏間の襖をあけると、そこはひっそりとしていて、他の部屋とは少し違いなにか涼しい気がした。 仏壇の前に正座して線香を1本とり、近くにあるマッチで火をつける。 先端に火が灯ったのを確認してから軽く振る。 チンチィィ〜ン 「だだいま帰りました」 目を閉じて手を合わせて、そう呟く。 少しの静寂の後に目を開け、周りを見ると右上の方に神棚が見える。 こっちも挨拶するか。 と思ったが少々面倒くさくなった。 少しだけ思案した結果、頭の片隅の"神仏習合"の言葉で解決をはかる。 「さて、メシ」 そう言って立ちあがった時、ふと思い出すものがあって線香を1本とる。 「1本もらっていきます」 チィ〜ン、ともう一回鳴らして仏間を後にした。 外は全て黄金色に変えられ、辺りはまさに黄昏の様相を呈していた。 ……黄昏。 昔の「誰ぞ彼」という言葉からの由来であるという。 辺りを包む夕刻の陽光が全てをはぐらかす。 ……相手すらも確認できない程の夕暮れ時を昔の人々は「黄昏」と呼んだ。 ……そして、もう一つ。 黄昏時は逢ふ魔が刻。 目に見えていた全てのものを、まるで幻想の中へと引き込む刻。 この世界と別の世界を繋ぐ刻……。 そんなことを不意に思い出し、少しだけ、子供のような未知への期待を抱きながら目的の場所へと向かった。 玄関から歩いて2分。 実家の敷地内にそれはある。 日当たりの良い場所に位置しているが、夕暮れもその姿を変えようとしている今はひっそりと物静かに俺を待っていた。 「……2回目だけど、一応。ただいま」 かつての親友はその姿を変え、まだ少しだけ陽光の温もりが残っているだろう土の中で静かに休んでいる。 ポケットからライターを取り出し、1本だけ頂いてきた線香に火をつける。 墓前には生前つけていた首輪が添えられていた。 かなりの年月を経た今、朱の塗装は剥げ落ち、皮本来の色が見えている。 色の残っている部分の方が少ないくらいだ。 改めて時の流れを感じる。 あの時子供だった俺も今はもう一人で生活していけるまでに成長した。 胸をはって言えるほどではないにしろ、だ。 「……散歩に行きたい、な」 チビの死後、母は何度となく、また新しく家族を迎え入れようとしていた様子だが未だに新しい家族は増えていない。 別の場所で生活を始めた俺はそのことにあまり関心がなかった。 チビはチビしかいないわけで、他の変わりなんて必要なかった。 そう、たしか、あの時までは……。 「ご飯できたよ」 突然の言葉に思考が途切れる。 いつの間にか帰ってきていた妹が呼びに来ていた。 「おお、お帰り」 「こっちこそお帰り。久しぶりだね、帰ってくるのは」 そう言うと墓前に屈んで手を合わせる。 そして、半分以上が灰になった線香をちらりと見て、ふ、と少し微笑んだ……気がした。 彼に少し挨拶したあと、すぐに立ちあがった。 「さ、行こう。お母さんに呼んできてって言われたんだ」 「ああ……」 俺も立ちあがりその後に続いた。 玄関の方からはいい匂いがしている。 久しぶりにまともな手料理が食えそうだ。 そこでふと、さっきのことをはっきりと思い出す。 元気かな……。 考えられたのもそこまでで、胃が早く早くと急かしだした。 仕方なく節操の無い体に従い、暖かい食事の席についた。 |