■天使の羽根■

■prologue■
 さわさわと木々が囁いている。
 それぞれの枝には新緑の季節に相応な葉がいっぱいに生命を主張している。
 いつ来てもこの場所は何かしらの「言葉」で僕を迎えてくれた。
 楽しい時は一緒に歌を歌ったり、悲しい時は一緒に泣いてくれたり……。
 小さな頃の思い出はいつもここと繋がっている。
 でも、どうして今、ここにいるんだろう。


 大きくなって、皆が街に出ていって、俺も負けられない気がして一緒に出ていって……。
 たくさんの知らないこと、知らない人に囲まれて、息をつく暇もなくて……。
 ふと気がつくと、自分のやりたいことを見失っていた。
 そんな時、友達からの一本の電話があり、連休を期に地元に帰ることとなって……。
「家にも帰んないで何やってるんだか」
 さっきから重い荷物を持っている右手がじんじんしてきた。
 それはそうだ。
 帰り道にふと、この場所を思い出してから10分くらいぼーっと突っ立っているのだから。
 ……それにしても重い。
 右手が悲鳴をあげ、文句を言ってきたので大きな木の下に腰をおろした。
 木々の隙間からこぼれる光が暖かく俺を照らしている。
 ここからは自分の住んでいた所が一望できた。
 夕暮れの高台から見下ろす街は少しだけ郷愁を感じさせた。
「ちょっと変わったかな」
 最後に訪れたのは、家を出て行く時以来だから結構時間が経っている。
 けれど、交通の便もあまり良くなく、田園地帯であるこの辺りはそれほどの変化はないようだ。
 たまにしか帰ってこない者としては結構嬉しくある。
 ポケットから煙草を取り出して口にくわえた。
「火はドコやったけ」
 上着から下のポケットまで、ごそごそと探すが見つからない。
 そう言えば荷物の中に駅の売店で買ったライターがあったかもしれない。
 右手にあるバッグをに手を伸ばす。
 そこで小さく土の盛られたものに目が止まった。
「これって……」
 墓。
 永い間手入れがされていないせいで形が崩れかかっているが、たしかに墓だ。
 近くには、かつて眠っている者の名を刻んであったハズの板が横たわっている。
 ところどころ色が落ちたり、周りが欠けていたりしているが名前はしっかりと見ることができた。
 ちょうど木陰に位置しているので、それほどいたんではいないようだ。
「……チビ、ただいま」
 かつての親友、そして自分の半身だった家族に久しぶりの挨拶を告げる。
「そっか、お前は"ここにも"いたんだっけ……」
 生まれた時には既に一緒にいた大切な家族。
 彼は俺が生まれる少し前に迷い込んできた子犬だっだ。
 母によれば迷い犬は結構縁起がいいらしい。
 それで、もうすぐ生まれてくる俺と一緒に仲良く育ってほしいとなったようだった。
 それから間もなく俺が生まれて……。
 気がついた時には彼に引きずられて散歩していた。
 楽しい思い出……。
「ゴメンな、こっちもちゃんと手入れするから、お参りは明日だ」
 彼の墓は実家の庭先にある。
 寂しがり屋だった彼は、遠くの墓地に埋葬したら寂しくて泣いてしまうだろうという弟の意見により今も俺の家を見守ってくれているはずだ。
「それじゃ、また明日な」
 火をつけないままの煙草をくわえたまま立ちあがる。
 ……さわさわさわ。
 木の葉が囁いた。
 さよならと言っているのかもしれない。
 木々を横目に家路を急いだ。
 帰宅予定時間より少し遅れているから家族が心配しているかもしれない。
 家まで続く道に出て、煙草に火をつけた。

[   ]