■鬼刃〜オニノヤイバ〜■
| ■咽喉之地■ |
|---|
| しんと静まり返った本殿の中、人の歩く足音、床の軋む音だけが聞こえている。 建物自体の歴史は相当古いものであろう、廊下の柱からは年月を感じさせる色が重厚な雰囲気をかもしだされている。 洋輔、由、摩琴、三人は第一本殿から第二本殿へと向かっていた。 「へぇ〜、でっかい建物だとは思ったけど、二つに分かれてたんだなぁ」 独特の、木の香りのする渡り廊下から、辺りを見回すようにして洋輔が言った。 正面から見えた本殿からではわからなかったが、奥に続くような通路からして、相当の大きさである。 程建物の中央をまっすぐにはしる横幅2メートルもあろうかという渡り廊下、 そこは建物の中心であるにもかかわらず、空が見える造りになっている。 両脇は1メートルほどの間隔を空けて廊下が平行に続いており、洋輔たちの歩く廊下には屋根がついている。 この先に第二本殿が建っている。 「この建物、第一本殿は本来、神事に使われるものだそうです。まぁ、普通の神社とそう違いはないんですよ……見た目がかなり違いますけれどね」 隣を歩く摩琴が説明を入れる。 薄暗い廊下を歩く三人は、相変わらず手を繋いだままである。 辺りを見回すのを一旦やめて、洋輔が両側から繋がれた手を見る。 「ねぇ、摩琴さん」 「はい? なんでしょう?」 「あの……そろそろ……」 「あ、はい、そうですね。もうすぐですよ、ほら、見えてきました」 (いや、そうじゃなくて、手……) あっけなくかわされた思惑に項垂れながらも、摩琴の示す方を見る。 「……でけぇ」 闇の中から突然現れたようなソレは、ゆうに洋輔の二倍の高さはありそうな扉。 今まで歩いてきた廊下は両側の廊下と合流し、扉の前で終わっていた。 縦横同じ長さの正方形をしており、中心には円に剣を象った紋様が二つある。 一方は細身の片刃の剣、もう一方は腕の太さ程の両刃の剣。 大きさは不揃いで、両刃の剣は扉の半分程の、2m程度の大きさもある巨大な剣だが、片刃の剣は1m程の大きさである。 両刀ともに柄を中心とし、内側に片刃の剣、外側に両刃の剣が向いている。 「これって……どうやって開けるんだ?」 手前まで来ると、天井まで到達している扉を仰ぎ見る。 引くのか押すのか、それすら検討がつかない大きさの扉である。 まして横に開くなど考えられなかった。 仰ぎ見るように扉をみていると、ぎゅ、強く握られた手が握られる。 洋輔が隣を見ると、由が扉を見ていた。 「ん、由ちゃん? どうしたの?」 「……まどか」 ポツリと、はじめて洋輔と話をした時のような口調。 そして、その言葉に応えるように扉が開く。 ゴウン、ギギギギ――― 一度大きめの音をたてた後、軋む音をたてながら手前へと、ゆっくり開いていく。 洋輔達のいる暗がりを照らすように内側から光が漏れ、そこから一つの人型の影が逆光から姿を現す。 「洋輔」 「お、その声、円か?」 光に目が慣れてくると、声だけではなく、姿も円のものと確認できるようになった。 腰元まである二つのしっぽは、まぎれもなく彼女のものである。 「遅い、遅すぎるよ……一体僕がどれだけ灼熱の下で待っていたことか……。由ちゃんと摩琴さんのお陰で助かったけどさぁって聞いてる?」 返事はない。 逆光で表情はわからないが、洋輔をじっと見据えているようだ。 表情が見えない分、何か異様なプレッシャーを感じる。 「あー、えっと、あれ? い、いや、別に、そんなに怒ってるわけじゃないんだ……。ただ、外は暑くてさ、もうちょっと早く迎えに来てくれたら助かったなぁって……」 「……」 無言。 今までの経験上、何かよろしくない事態が身に迫りつつあることを本能で感じ取った洋輔は、一歩後ずさる。 ぐい。 そこで由と繋いでいる手に気づき、逃げ場が無いことを悟る。 突然手を引かれた由はハテナマークを頭に乗せて洋輔を見ており、反対側の摩琴はにこにこと微笑みながら様子を見ている。 (……なんか、ものすごく機嫌が悪そうなんだけど……) 居心地の悪い雰囲気の中、円が一歩前に出る。 「由、お父さんとお母さんが待ってるよ、行こう」 洋輔の手を握る手を離し、嬉しそうにトコトコと隣へと駆け寄る。 由がにこりと笑うと、円も柔らかに微笑みを返す。 「……」 そんな仲の良い姉妹のような姿をポカンと見る洋輔。 再会して間もないが、その間の言動からは、こんなにも優しい声と表情を想像できなかった。 そんな洋輔を気にも留めず、由は嬉しそうに円と手を繋ぐと、扉の中へと進んでいく。 円はちらり、と摩琴を見ると、何事もなかったかのように、由と中へ入っていった。 「あらら……。洋輔さん、私たちも参りましょうか」 いつの間に背後に回っていたのか、摩琴が後ろからトン、と背中を押す。 「のわっ」 不意をつかれた感じで、前のめりになりつつも踏ん張っていると、円が振り返る。 「……」 「……」 目が合う。 ふぅ、と軽い溜め息をつくと、 「……何やってんだか。早く行くわよ」 と言って、軽く微笑んだ。 一瞬、由に向けた微笑と重なって言葉を失う。 「お、おう」 やや遅れた返事が返ってきたのを確認すると、薄暗い扉の奥へと進んでいった。 慌てるように後を追う洋輔を、くすくすと笑いながら摩琴も扉をくぐる。 真夏の日差しが届かない扉の奥に4人の姿が消えると、ゴウン、と低く音を響かせて扉が閉まった。 扉をくぐり、中を歩く4人。 前を歩くのは円と由、そしてその後ろを洋輔と摩琴が続く。 第二本殿内部にはありえない空間が広がっていた。 何が照らしているのかはわからないが、この空間は仄かな光に照らされていた。 例えるならば、部屋の明かりを電球のみにしたような、そんな明るさである。 そして、それだけではない。 どう考えても広さの計算が合わない。 第二本殿の外見は、バスケットボールのコートが2つ入る体育館程度であり、先ほどくぐった扉や、そこから続く、今、洋輔たちの歩いている通路などはとても入りきる大きさではない。 暫くは仄かな闇の中を歩いていた4人だが、やがて、突然、眼前に出現した巨大な岩に立ち止まった。 数メートルはあるであろう巨大な岩が奇妙なバランスで立っていた。 4枚もの巨石が菱形を保ったまま地に刺さるようにして在り、その手前には1メートル程の高さの、やはり石でできた台座があり、上部は直径30cm程の丸い台座になっていた。 「……」 「どうしたの?」 隣から心配そうに由が声をかけると、我に返ったかのようにして作り笑いを浮かべた。 「あ、いや、なんでもないよ。ただ、でっかい石だなぁって思ってさ」 つーか、やっぱおかしいよ、ここ。 こんな石が建物の中に入るわけねぇよ……。 心でそう呟き、再び巨石を見上げる。 「さ、こんなところで足止めしてないで、さっさと中に入るわよ。みんな待ってるんだから」 円は一歩前に出ると、手前の台座に手のひらをのせた。 すると、一瞬台座が光り、その後にで巨石のうちのひとつに向かって進んでいくと、吸い込まれるように消えてしまった。 「え?」 目の前の光景に洋輔が驚いていると、由が裾をくいくいと引く。 「行こ」 由は裾を掴んだ離すと、同じように台座に手をのせ、円と違った巨石へと消えていった。 「うわ、ちょ、ちょっと待って!」 由が消えていった後を追って巨石へ向かい、走っていくが、手前になって立ち止まる。 「……」 入っちゃっていいのか、僕は? とゆーか……この中に、本当に入れるのか? 恐る恐る由の消えていった石に右手を添える。 ひんやりとした冷たさと、石の硬い感触を感じたのは一瞬のこと、吸い込まれるように身体が石に引きつけられる。 「うわわ」 不意に引っ張られた感じに驚きの声を上げた時には、既に身体の半分は石に飲み込まれていた。 助けを求めるように周囲を見るが、摩琴がにこやかに微笑み、いってらっしゃい、とばかりに手を振っている姿だけが見える。 「ま、まこ―――」 洋輔が摩琴の名前を呼び終える前に身体はほぼ石に飲み込まれ、差し出した手が空をつかんだ後、そこから跡形もなく洋輔の姿は消えていった。 にこやかに手を振っていた摩琴は、洋輔の姿が消えるのを確認すると、自分も前に進み、バッグから神社で一度取り出した、石台座に乗せ、また下がる。 およそ1m程離れた場所から台座に向かって右手を翳す。 すると、台座の石のある辺りが陽炎のように揺らめきだし、石に赤く揺らめく小さな炎が灯った。 摩琴はそれを確認すると翳した右手はそのままに、瞳を閉じ、深呼吸するように大きく息を吸い込む。 一瞬の静寂の後、炎は赤から青へと色を変え、石の文様に吸い込まれるようにして消えていく。 炎が完全に消え去った後、台座の石には青白い文様のラインがくっきりと浮かび、その文様が白く光りを放つ。 「……ふぅ」 瞳を開け、息を吐くと、台座の石を手に取る。 額にはうっすらと汗が浮かんでいた。 石の白い光に呼応したように、巨石のうち一つが淡く白い光を返してきた。 「もうちょっと早ければ私も顔パスで、こんなことしなくてもよかったのになぁ……」 小さく愚痴を漏らしつつ、額の汗をハンカチで拭き、石をバッグにしまう。 光りを放つ巨石に触れ、洋輔たちと同じように吸い込まれる際、自分の手を見て思う。 「どうして彼は入れたのかしら……」 先ほど彼女が行った作業は、ゲスト扱いの人間が通行する為の手段である。 石を使ったのは、まさにID認証のそれであり、本人の"チカラ"と予め渡されていた石の組み合わせ使用する、2重のセキュリティーのようなものである。 ごく一部の限られた者に関しては、認証が簡略化されているが、それも後にそうなることであり、初めからではない。 円や由のように、認証を必要としない者が同伴する場合を除き、すべてに2重の認証が適用されるのである。 「……あとで円に聞かないと」 その一言を残し、巨石の中へと消えていった。 |