■鬼刃〜オニノヤイバ〜■
| ■円舞■ |
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| 彼女の目の前にいる、何か黒いモノ。 その手には刀身の折れた剣が握られている。 遠目でも、鈍く反射する月の光が見て取れる。 両者の距離は、およそ5メートル程。 彼女の足元には、手に持つ得物と同じ光を反射している欠片のようなものがある。 僕はそんな非現実の中、少し離れた場所から、ただ呆然と、その光景を眺めていた。 「洋輔っ!!」 凛とした、強い声が響き、その声で我に戻る。 一体なんだ? 僕は冷たいものを取りに戻る途中で、円は縁側に座っていて、振り返ったら黒いのがいて――― 訳もわからず、円の元へ行こうとした。 「来るなっ」 またも背中越しに円が言う。 「洋輔はこっちに来ちゃだめ。……危ないから」 ―――ドクン 一際大きい鼓動。 非現実の中、頭は真っ白のまま停止している。 足はカタカタと震え、手に持っている物を落とさないのが不思議なくらいだ。 けれど、円はそんな中、現実味のないモノを相手に微動だにしない。 「洋輔、煌兄を呼んできて……。コイツ等、私一人だけじゃ難しいかもしれない……」 こいつ……ら? フリーズしたままの頭で状況を飲み込もうと考える。 コイツ等って、目の前にはあの黒いシルエットがいるだけじゃないか。 自らの言葉に動かない僕に苛立ったのか、円の声が大きくなる。 「早くっ!」 その言葉を合図にか、円と対峙するモノが動く。 ソレのシルエットは2メートルはあるだろう、人間……のようなもの。 ようやく詳細が見えるようになったソレは半裸だった。 いや、その表現こそおかしい。 ソレの頭は頭蓋骨が剥き出し、その双眸には淡く黒い光、ところどころ千切れた布切れを腹部から体に巻きつけているだけの格好。 ただはっきりとわかるのは、決して友好的ではないことくらいだ。 「洋輔っ、早くっ!!」 もう一度円の声。 本能から来るものか、僕の心臓がもう一度警告を鳴らす。 ―――ドクン 視界から円を切り離し、手にした包丁を強く握り締めてコウ兄を呼びに走り出した。 台所を通り抜けてコウ兄の寝ている寝室を目指していた途中、本人と出くわす。 「おっと」 まるで予測ができていたかの様に、僕をきれいに受け止める。 「コウ兄っ! 庭でっ庭で円がっ!!」 「落ち着け、洋輔、大丈夫だ」 そう言うと、僕が来る少し前からいたのだろう、台所の隅で何か作業を始めた。 「ちょっ、ちょっとコウ兄! そんなことしてる場合じゃないんだってっ!! 円がなんか黒いのと……あー、えーっと、早く呼んできてって! あのままじゃ、円がっ!!」 そこまで言って気づく。 言葉は乱れ、伝えたいこと支離滅裂だが、気づく。 なんで僕は円をあそこに、一人で残してきたんだっ!! 今まで生きてきた中での最大級の失敗に唇を噛む。 僕一人に何ができるかなんて、たかが知れているけれど、それでも……。 そんな中、コウ兄はブツブツ言いながら何かやっている。 「コウ兄っ!!」 「おし、完成した、ほれ、行くぞ」 腕を掴んで引っ張っていこうとした僕は、不意に対象がいなくなって空振りする。 コウ兄はそのまま、庭へと走っていく。 「洋輔、何している、走れ」 返事をする間もなく、僕も走り出していた。 円っ、無事でいろよっ!! そこはまさしく、戦場。 黒い人型をしたモノが2体、3体と、その手に各々の凶器を持って襲い掛かる。 しかし、ヤツ等の手は届かない。 すべて円が受け流し、弾き、そして破壊していく。 そう、破壊だ。 彼女の拳がヤツ等の身体に触れた場所、そこは確実に割れ、裂け、砕け、そして消えていく。 削れた月の中見た彼女に見惚れていた僕が、この光景に見惚れないわけがない。 先程と同じ、流れる動きの中、彼女は一歩も動くこともなく、前後左右、襲い掛か全てを捌いていた。 いや、同じなんかじゃない。 先程の動きを8ビートと例えるとすれば、今はその倍、いや、それ以上だ。 その動きは柔にして剛、相手の動き全てに反応し、その全てに反撃を与える。 それはまるで、彼女が円を描く舞を舞っているようだった。 しかし、その中で、彼女の表情は険しい。 再現なく沸いてくる敵。 あれだけの動きをずっと保持していることなど可能なのだろうか? 円もそれがわかっているのか、なんとか包囲されている現状から抜け出そうとしているようにも見える。 隣にいるコウ兄は、黙ってその姿を見ていた。 ガッと近くから何か吐き出すような声がした。 庭の中心から少し離れた場所、そこから黒と白の淡い煙が上がっているのが見える。 それに気づいた円がこちらをちらりと確認する。 「ちょっと煌兄っ! 手伝ったらどうなの……っよ!!」 言葉尻と打撃を合わせ、何体目かの黒いヤツを弾き飛ばした。 弾かれたソイツは腹の半分が無くなっていた。 「いや、俺は結界を張ったし、お前ほど元気じゃないしな、これ以上増えることもないだろうから、お前に任せることにした」 何を言っているのかわからなかったが、冗談ではないようだ、懐から煙草を取り出し、火をつける。 チッと円が舌打ちする音がここまで聞こえた。 「コウ兄っ!!」 今度は僕が睨みつけると煙を吐き出し、言った。 「あのな、あんな三下は円一人で十分なんだよ。たとえ、一斉に飛び掛ってきたとしても、な」 見ろ、と言わんばかりに煙草で円の方を指す。 「……そうでもなさそう、だな」 言ったばかりの言葉をしまいこむ。 残りの黒いヤツ等は、見えるだけでも残り7体。 そして肝心の円は息があがっていた。 「何やってんだアイツは……」 疲れた様子で煙を吐きだす。 「くっ、この……おぉっ!!」 弧を描く円のバックナックルを受け、右斜め後方のヤツの頭が弾ける。 一瞬棒立ちになったソイツは、身体を硬直させたまま崩れ落ちた。 「チッ」 今まで触れられることのなかった円の腕に紅い痕。 それを自分で確認して憎々しげに舌打ちする。 「まったく……まだまだアイツもヒヨッコ、か」 コウ兄の手には一枚の白い羽根が、指の間に挟まれていた。 「円っ、使えっ!」 乱戦の中央、円へ向かって羽根を投げる。 マジシャンがカードを投げるようにして放たれた羽根は、円へ吸い込まれるように飛ぶ。 円の後ろ、今、まさに彼女を破壊しようと黒い刀を振りかぶった、ヤツの頭を破壊しながら……。 そして、その羽根は円の手の甲へと突き刺さった。 「っつ…」 円の顔が歪むが、それは光で見えなくなった。 一瞬の閃光、その後には何枚もの小さな鱗のようなものが円の右手を覆っていた。 それは指先から手首に至るまでびっしりと覆い、ほのかに白く、光を放っている。 「ふっ」 円がその右拳を上へ向け、天を殴りつけるように腕を伸ばす。 と、一呼吸おいて、ドン、という衝撃が大気を揺らし……周りの黒いヤツ等を全て粉々にした。 隣でコウ兄がドカッと腰を降ろし、ふぅ、と息をはく。 そして庭の中央にはぺたりとへたり込み、地面に両手をつき、荒い息を整える円の姿だけがあった。 |