■鬼刃〜オニノヤイバ〜■
| ■削月■ |
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| ―――アツイ 何度繰り返されただろう。 静まり返った暗闇の底、その言葉だけがただ沈殿していく。 ―――アツイ がばっ!! 「あついってーんだっ!!」 ……。 あ、暑かったんだよ……。 少し恥ずかし気に、誰となく呟く。 パタパタとTシャツに風を送る。 と、少し湿っている。 どうやら寝苦しさが寝汗をも引き起こしていたようだ。 暑いが、寝起き。 しばらく上半身を起こしただけのまま、ぼーっとする。 すると闇に目が慣れてきたのか、周りが少し見えてきた。 ―――違う そう何かが違っていた。 けれど、何が違うかわからない。 ―――ドクン 突然の心臓の動悸。 「あ、そか、ここ、実家か……」 見慣れない天井や家具の配置。 2年前まで暮らしていた自分の部屋だというのに、久し振りでちょっと忘れてただけだ。 ふと、昔のまま、定位置に時計に目をやる。 午前3時。 ……。 えっと、京と話して、寝たのが12時だから……。 睡眠不足は美容の天敵よっ! そのうち病院で点滴よっ! 脳みその慣らし運転終了。 おやすみなさい。 そのままベッドへ倒れこむ。 ―――ドクン ……。 心臓の動悸。 昔は低血圧で、貧血一歩手前だった僕も最近はすこぶる元気だ。 この心臓の動悸はその時の名残。 血の巡りの悪い僕を思って、心臓が勝手に血を流し込んでくれてるんだよ。 ばあさんはそう言ってた。 そう、最近はホントに元気だ。 なのに……。 「暑い」 思考とは関係なし、体が耐えられずに悲鳴を上げ、声に出る。 「たしかに、旧世界の至宝、扇風機ではちょっと、な」 倒した体を起こす。 「脳みその慣らし運転までしておいて、寝るわけにもいかないしな」 昔から夜は苦手、というか、暗いところが苦手な僕は、多くなった独り言を残して部屋を出た。 「ぷはぁーっ」 アルコールと炭酸の入っていない、ちょっとビールに原料が似てるヤツ。 そう、キンキンに冷えた麦茶で喉を潤す。 お陰様でお目覚めは爽快だ。 さっきの動悸やらもやもやをスッキリさせてくれたお礼と、暫くは眠れないだろう不満はイーブン。 「さて、どうしたもんか……」 実家は一言で言えば田舎である。 言うなれば、郊外から見た、さらに郊外ってところだろう。 ……我ながら微妙な例えだ。 が、確かに郊外の郊外。 東京のように、こんな時間まで放送しているTV局はない。 ―――サンッ 庭の方だ。 なにやら音がする。 頭に浮かぶのは、ほっかむりをし、口の周りを丸い黒で塗られた、泥棒。 まずい。 非常にまずい。 何がまずいって、自慢じゃないが、僕は結構臆病だ。 真夜中、泥棒と向き合って、よう、遅いってのに精が出るな、と言える程の度胸はもちろんない。 手近なものを探す。 手にしているのは麦茶を飲み終えたグラス。 流しには水に浸された西瓜と……包丁。 グラスは投擲には向かないな、と当然のように包丁を握る。 が、人を刺す勇気というか、なんと言うか……果たして自己防衛でそこまでやっていいのかもわからないし、第一、そんな大それたことはできないのが僕だ。 シュミレートしてみる。 「よし」 考えはまとまった。 とりあえず、出会い頭にグラスを投げる。 そこで気付く泥棒、刃物を持つ僕。 どう見ても僕が有利だ。 相手は敗者と言う名の罪を背負って逃げ去るであろう。 この際なので、泥棒という罪はうっちゃっておく。 まぁ、まだ未遂かもしれないんだし。 投擲用のグラス、威嚇用の包丁を持って、音のする方へ向かった。 その姿は庭にあった。 半分を削り取られたような月。 その月明かりの中に、見覚えのある少女が立っていた。 ―――サンッ、シュオンッ 踏み出す足、大気を削る腕。 その動きは止まらない。 自らの動きについてこれない、長い髪を散らし、彼女は自分のギアを上げていく。 美しく、流れる動き。 思えば月は、彼女の手によって削られたのではないのか。 そんなことすら思う。 そうして決して止まることのない流れは、唐突に終わった。 「……あんた、なにやってんの……」 夏の蒸し暑い夜、まるで舞っていたかのような円が、涼しげな、いや、ちょっぴり冷たい視線で僕をさしていた。 「……」 「……洋輔?」 そこではっと我にかえる。 円の動きに見とれていた僕は、少々動きを止めてしまっていたようだ。 デニムのハーフパンツにタンクトップという姿。 ふ、ふとももが眩しいぜ……。 「……。あんたさ、そんなの持って何処行くの?」 円の視線の先には僕、もとい、グラスと包丁。 しまったあぁっ!! つかつかと僕のいる縁側へ向かってくる彼女。 正直に話すことなどできるだろうか、いや、できない。 反語表現ができるようなら上出来だ。 何か言い分けをっ! 「い、いやな、これは……そう、麦茶! なに、こんなクソ暑いなかに動き回っている円を見かけてな、キンキンに冷えた麦茶でも振舞おうとしていた訳なのだよ」 「ふーーーーん」 言いながら縁側に腰掛け、置いてあったタオルで首筋を拭く。 くっ、健全な青年には刺激が強すぎるでありますっ、大佐っ!! 「んで、その包丁は?」 ぐおっ!? 完璧だったはずの偽装工作がっ!! 「い、いや、これはだな、西瓜を台所で見つけてな! 冷えた西瓜もご馳走してやろうという、心温まるショートストーリーの展開をだな……」 「あー、はいはい。私は西瓜いらないから、一人で食べてて。あ、でも麦茶は欲しいかも」 そう言うと円は大きく一つ、深呼吸した後、呼吸を整えている。 確かに、いつまでも空のグラス持っていても仕方がないし、ここは冷えた麦茶を持ってきてやろうじゃないか。 了解、と一言。 再び台所へと冷えた麦茶をとりに行こうとした。 パキィンッ! 何か、硬質なものを割ったような音と、一呼吸おくれて背中を撫でる風。 ―――ドクン 3度目の動悸。 「どうした? まど―――」 そこには。 異形の姿をした、何か”黒いモノ”と対峙する円の姿があった。 |