■鬼刃〜オニノヤイバ〜■

■蜜談■
「……で」
 まーちゃんこと円、けーちゃんこと京。
 10年振り位の再会である。
 ……僕だけは。
 何故か知らないが、僕だけが、円の家には遊びに行かなかったようなのだ。
 10年程前、何かあったのだろうか。
 ……。
 思い出せない……というか覚えていないのが本音だ。
 4人で駆け回った記憶はあるのだが、それはもっと昔のこと。
 どうも僕の記憶はその辺が曖昧だ。
 夕食の後、縁側で涼んでいた円を発見したので、ちょっと謎でも解こうか、と思った次第である。
「なんで二人は病院に?」
 わからんモンはわからん。
 とりあえず、答えの出そうなところから話を進める。
 ぷらぷらさせていた足を止めると、ジロリ、円が僕を見る。
「……あんたねぇ、もうちょっと反省とかできないの? 今時サルだってするわよ?」
 ……。
「私はおば様に巴が倒れたって聞いてこっちへ飛んできたのよ」
 そーいや、そんなことを言ってたような気がする。
「原因を聞いてもっとビックリしたわよ。まさかあの"封鬼石"が……」
 と、そこまで口にしたところで黙ってしまった。
 ……なんであの石のことを知っているんだ?
「ま、まぁ、そのアレよ。なにやらあんたが仕出かしたようだから、ちょっとお仕置きも兼ねて、だけどね」
 なんとなくだが、大事なところを一生懸命はぐらかしているようだ。
 それにしたって……。
「なぁ……」
「ん? なに?」
 隣に腰掛け、遠くを見ながら僕は呟く。
「あれって……ちょっと、なのか?」
 円はキョトンとしている。
「何が?」
 ……。
 よもや僕の口から説明が必要とはな……なかなかのタマだな、円よ。
「病室で僕にキッツイ一撃くれたろ? てか、あんなのTVの中の詐欺だと思ってたんだがなぁ……自分で食らうとは思わなかった」
 ああ、はいはい、と言わんばかりの顔で手を合わせる。
 と、今度は笑い出した。
「あははははっ、アレねー。あれ、私のオハコ。本当はゼロ距離で撃つんだよ。ま、あれ位距離があったら死にはしないって」
 酔っ払いのおっさんよろしく、僕の背中をばしばし叩きながら笑う。
 いや、死にはしないって……僕、そんなの食らったの?
 あの時見えた河は、遠い遠い河だったんだろう……。
 昔、一緒に遊んだ頃は巴と一緒でお兄ちゃ〜んとか言ってついて来たもんだがなぁ。
 ま、あの頃は……妹の巴しかいなかった僕にとって、弟のような存在だったし、何より僕に懐いていたし、僕も喜んで面倒を見ていた覚えがある。
 円は円で、すぐ上の兄ができたようなもんだったろう。
 遠くから聞こえる虫の鳴き声を聞きながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
 都心から少し離れたこの家では、まだこんな音色を聞くことができる。
「でも、巴も昔から変わらないけど、あんたもずっと変わらないよね」
 同じように夏の音色に耳を傾けながらだろう、円が呟く。
 そうだろうそうだろう、僕はいつだってみんなのお兄ちゃんさっ!
「相変わらず巴は洋輔に甘いし、洋輔は洋輔で巴にべったりだし……」
 ……。
 そういう変わらないかよ……。
 こう、やられっぱなしではイカン。
 そろそろ僕も反撃の狼煙をあげなくてはな。
「そういうまーちゃんは変わったよなぁ」
「まーちゃん言うな!」
 すかさずの突っ込みにもめげずに続ける。
 ここで負けてはバレエシューズに画鋲を入れられてシクシク泣いているヒロインと変わらんっ!!
「円さん、もしくは円様でいいよ」
 ……ちょっと負けそう。
「……昔は弟ができたみたいで嬉しかったんだけどな。巴は見ての通り、どちらかと言うとおっとりタイプだからな、僕に食らいついてくる根性はまさに男の子だったのだが……」
 一瞬の沈黙。
 円も当時を思い出しているのだろうか。
「そうよねぇ……さんっざん悪いことしてまわってたよね、洋輔は。一緒にいた私は引くに引けなくなって……巴やまだ小さかった京とかは先に帰っちゃって……見つかったら私が犯人になっちゃいそうだったからね、そりゃ必死だったわよ」
 はっはっはっはっは。
 そんなだったか、あの頃の美しい思い出は……。
 時が経つにつれ、僕の中でだけ思い出が美化されていたようだ。
「ま、面白かったけどね」
 当時を思い出し、くすくすと笑う。
 当人達が楽しかったなら、それはそれで美しい思い出だ。
 そういうことにしておこう。
 と、ふと反撃の光明が僕の目の前に降り立った。
 こういうのを"キタ―――ッ!!"とでも言うのだろう。
「でも、あの頃はお兄ちゃんっ! とか言いながらよく抱きついてきたもんだがな」
 ニヤリ。
 再び沈黙。
 よし、どこをどうしたらこんな性格になったのか知らんが、高飛車なヤツにはこういう過去の汚点が最大の攻撃となるっ!!
 我、奇襲ニ成功セリ!!
 ほくそ笑む僕を横目に円は黙ったままだ。
 そして不意に僕の目をじっと見つめる。
 ……。
 なんとなく気恥ずかしい空気が僕を包み込む。
 円の容姿は病院で見た通り。
 いわゆる美少女というヤツである。
 そんな美少女にじっと見つめられて平然としていられようか!?
 否っ!!
 誰に対しての問いかけかは知らないが、そんなことでも考えていないとちょっと冷静ではいられないと言うか、なんと言うか……。
 僕の方が身長が高いぶん、円は上目遣いであり、さらに拍車をかける。
 ……こ、こんなはずではぁっ!!
 そろそろ、何かに耐えられなくなりそうだった僕と、動かない円。
 先に沈黙を破ったのは円。
 先ほどの攻防戦からは考えられないような行動をとった。
 隣に座っている僕の肩にすっと頭を預けてきたのだ。
 こ、こ、こ、こ、これはぁっ!!
 若さゆえにっ! 人は苦しまねばならぬっ!!
 若さゆえにっ!! 人は悶えなければならぬぅぅっ!!!
 わけのわからない叫びが僕の中に響き渡る。
「もう、抱きついたりなんかできないよ……だって……」
 円が呟く。
 ……ゴクリ。
 思わず喉が鳴る。
「……ゼロ距離だもん」
 ……ぜろ……きょり?
 円をよく見ると、その右手は僕の鳩尾に。
「私をあんまりナメないことね……」
 ひぃぃぃぃぃっ!!
 天国から地獄。
 ようこそ、地獄の3丁目へっ♪
 巴、今度こそさようならだ、旅立つ兄を許しておくれ……。
 そんな、まさにいい日旅立ちの瞬間だった。
「あ、いちゃつくカップル発見」
 閻魔様はサービス精神旺盛だな。
 まだそっちへ逝ってないというのに、巴の声を最後に聞かせてくれるなんて……。
 バッ!
 と、やわらかい感触が僕から離れていった。
 円が飛びのいたのだ。
「ばっ、な、何言ってんのよ! 私は、別に、何もっ!」
 かなり慌てている。
 顔は風邪をひいたかのように真っ赤だ。
「ふ〜ん」
 巴はにやにや笑っている。
 さすが我が妹、兄の危機を救ってくれたこと、感謝するぜ!
 ついでなので僕もにやにやしておく。
「くっ……。と、巴、これには深い事情があって……」
「はいはい、お話は署でゆっくり聞くとしましょう」
 犯人を連行する警官が如く、円を自分の部屋へと連れて行く。
「きょ、今日のところはこのくらいでカンベンしてあげ……ちょ、ちょっと巴、待って待ってぇ……」
 古来よりのお約束を忘れることなく、円は捨て台詞を残して消えていった。
 ポツンと残された僕。
 試合に勝って勝負に負けたような、何かそんな切なさが残った……。


 そこへ、再びの来客。
 煌兄と京だ。
「洋輔、おまえ、夏休みはまだあるか?」
「え? あー、うん、まだあるよ」
 突然の問いかけ。
 なんだ、コウ兄、どっか連れてってくれるのか?
「洋輔さん、それなら家へ、鬼塚神社までいらっしゃいませんか?」
 そういや、暫くぶりだな。
 さっき馬鹿やってたせいで円から聞き逃したこともあるし、行ってみてもいいかもしれない。
「久しぶりだしね、行くよ、お邪魔します」
 僕は快くその招待にあずかった。
「よし、それなら俺は準備があるんでな、先に失礼するよ。京、円には明日になったと伝えてくれ。それと洋輔、寝坊すんなよ?」
 一言余計なことを付け加えたコウ兄は、後ろ手に手を振りその場を後にした。
「って、明日かよ……まぁ、暇だからいいんだけどね。それにしても、僕が行くのって久しぶりじゃない?」
 一人残った京に話し掛ける。
「そうですね、かれこれ……10年振り、位でしょうか。あの辺も昔と比べて少し変わってしまいましたよ」
「へぇ〜、僕が覚えている所とか残っているといいなぁ」
「ええ……」
 満月の照らす月明かりの中、その光を瞳に映し、京が空を見上げてうなずいた。

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