■鬼刃〜オニノヤイバ〜■

■来訪■
「ぐふぅっ……」
 ドサリ。
 理不尽極まりない一撃を受けて、僕は床へ突っ伏した……。
「ふぅぅぅ……」
 僕のすぐ先には興奮さめやらぬ表情の美少女。
 格闘モノでよく見る”残身”とかいうヤツだ。
「お、お、お兄ちゃんっ!?」
 駆けつける我が最愛の妹君。
「「……はぁ」」
 ……そして大きな溜め息を吐く少年……と天を仰ぎ見る母さん。

 この異様な事態を説明するには5分ほど過去へと遡る。

 巴が目覚めて2日後。
 一通りの精密検査を終え、主治医からOKサインがでた。
 つまり、めでたく退院を迎えることとなった。
 まぁ、元が原因不明で眠っているだけの症状だ、起きたらもう問題はないに決まっている。
 そんなわけで主治医やら看護婦さんやらへの一通りの挨拶を終え、今まさに荷物も持って退院しようとしていた時だった。
 僕が病室のドアノブを回そうとすると勝手に回る。
 ……すごいな、この病院のドアは自動ドアなのか?
 お約束のロクでもない思考が僕の脳みそにて展開される。
 どうやらお約束は僕の脳みそでは標準装備らしい。
 標準装備のお約束が唸りをあげる。
 と、僕の思考が追いついたのはここまで。
 お約束を言うヤツにはお約束がつきまとう。
 無論、ドアが自動だったのではなく、向こう側に人がいただけだ。
 そーなると次の展開は決まっている。

 ガスッ!!

「はぐあぉうっ!!」
 お約束中のお約束が決まる。
 しいて言うなれば、クリーンヒットというやつだ。
 僕の顔面にはくっきりと跡が残るほどの真っ赤な縦線が刻まれた。
 標準装備はいつだって進化してるのさっ!
「〜〜っ」
 当然、初打撃以降、声は出ない。
 その場にうずくまり、声にならない心の声で叫んでいると、殺人的な打撃の張本人が慌てて中に入ってきた。
 うずくまる僕に一瞥もくれずに(うずくまっているから見えなかったのかもしれないが)病室を見渡す。
 目的のものが見つかったのか、ある一点を見つめて固まった。
「ど……」
 ド?
 ドアには気をつけよう?
 ……。
 もちろんそんな殊勝な言葉が出てくるわけもなく、その視線は驚いて声も出ない巴に注がれていた。
 なぜか半泣きである。
「どぉぼぉえぇぇぇぇ〜〜〜〜〜」
 ……訂正、全力泣き。
 ふるふると瞳に溜まっていた涙はその方面では有名な華厳の滝のようである。
 僕を一撃のもとに葬る(寸前だった)のと同じ勢いでで巴に抱きついた。
「よかったぁぁぁぁ〜〜、よかったよぉぉぉぉ〜〜、心配したんだからねぇぇっ!!」
「え? え!? ま、まどかちゃん!?」
 驚異的リカバー能力を持つ僕は、既に自立歩行ができるまでに復帰し、その様子を見ていた。
 うーむ、美少女。
 年齢は巴よか1つ2つ上位か、巴と同じ位の髪を後ろで二つにわけ、ツインテールにしている。
 前髪を残し、横を編み上げ、後ろで束ねているのでトリプルテールとでも呼ぼうか、特徴的な髪型が印象的だ。
 背は巴とほぼ同じ……か、それより少し高い。
 ……と後ろからの感想である。
 あくまで後ろから。
 スタイルは……うむっ、父さんはいつお嫁に出しても恥ずかしくないっ!
 どこぞの馬の骨にはやらんがなっ!
 それでも娘が欲しくば、俺を倒してからいけっ!!
 ってなくらい。

 僕のどーでもいいナレーションをよそに、そうしている間も強く巴を抱きしめていた。
 巴の友達か?
 本気で心配してくれていたようだし、僕への一撃を除けばいい友達じゃないか。
 さすがは我が妹よ。
 あとでお友達と一緒に手厚い看護を期待しているぞっ!
「ほ、ほら、円ちゃん、私はへーきへーき。ちょっと眠っていただけみたいだし、ね? 大丈夫だよ、ほら、泣かないで」
「う、うぅ〜〜」
 巴の元気な、いつもと同じ声に安心したのか、ようやく泣き止む。
「うぅっ、ぐす、ぐすっ、うっ……」
 それでもぐすぐす言いながら、ようやく彼女も落ち着きを取り戻した。
「ふぅ〜〜……ごめんね、取り乱しちゃって……。おば様から連絡を頂いて……すぐにこっちに着たんだけど……もう、バカ。危ないことして……ホントに……心配したんだからね?」
「うん……ごめんね、円ちゃん。心配してきてくれてありがとう」
「ぐす……えへへ……でも、よかった、元気そうで」
 死の淵から脱出に成功した僕はその傍で二人の様子を眺めていた。
 すると後姿美少女はふいに、こちらを向く。
 訂正。
 正真正銘の美少女でした。
 整った顔立、意思の込められた瞳。
 それなのに強い眼差しをも隠してしまうような、少しあどけなさが残る顔立。
 街行く男共が本能的に振り返ってしまうタイプだ。
 多分、僕だって躊躇なく視線が追ってしまうだろう。
 その美少女は僕の姿を認識すると、近づいてきた。
 この兄への謝罪であろう。
 そりゃ、あれだけ豪快な一撃を食らわしてくれたんだ、人として、そして美少女としては当然の行いであろう。

『先ほどは大変失礼いたしました。何分気が動転いたしておりまして……』
 彼女は頬に紅を散らし、僕に謝罪する。
『いやいや、気にしなくていいよ。キミは巴のことを心配してくれていたのだろう? その気持ちは兄の僕にもよくわかるよ』
 当然ジェントルな僕はそんな些細なことなどナイアガラよろしくきれいさっぱり流してしまう。

 僕の脳内で勝手なシュミレーションが進む。
 というか、兄だという特権を活かし、且つ、先ほどの高速打撃に便乗し、お知り合いになろうという大作戦が今まさに展開されようとしていた。
「よ……」
 なに? 僕の名前を知っているのか?
 ふむ、巴め、そんなに自慢の兄を自慢せんでも……はっはっは。
 ……自慢の兄だから自慢するんだろうが。
「よくも巴をこんな目にあわせやがってぇぇぇっ!!」
 よ……よく、も?
……やがって?
 なんとなく背筋に冷たいものが走る。
 あの、なんか口調が美少女っぽくないのは気のせいですか?
 というか、僕を見てお怒りになられているように見受けられるのは一体何故でしょう?
 怯える僕をよそに、目の前の美少女からオーラが立ち込める。
「あ、あの……円……ちゃん?」
 彼女の背後で巴の何かに怯えるような声が聞こえた。
「真鬼……」
 彼女のオーラが一点に集中する。
 というかやばい。
 果てしなく、途方もなくヤヴァイよかんがします、大佐っ!!
 その時ドアの影に少年の姿が見えた気がしたが、そんな場合ではない。
 次の瞬間、彼女は一歩踏み込んだ。
「光打掌ぉっ!!」
 世間ではこーゆーのを呼ぶんだろうなぁ……"奥義"、と……。
 彼女の両の掌から発せられた衝撃波? のようなものは僕の鳩尾を貫いた。
「ぐふぅっ……」
 ドサリ。
 強烈な一撃を受けて、僕は床へ突っ伏した……。
「ふぅぅぅ……」
 一撃を放った美少女は放った余韻に浸っているようだ。
「お、お、お兄ちゃんっ!?」
 駆けつける我が最愛の妹君。
「……はぁ」
 ……そして大きな溜め息を吐く少年……と母さん。
 いつの間にか部屋の中には少年が入ってきていた。
 少女とどことなく雰囲気がにている。
 ……あくまで言葉使いが変わる前の少女に、だが。
「姉さん、手加減ってものを覚えたほうがいいと思うんだけど……一般人に使ったら……死ぬよ?」
 重大な、かつ物騒な言葉をしれっと吐く。
 というか、僕はそんなことを気にしている余裕はない。
 こんな思考ができるのは走馬灯の原理なのだろう。
 声も出ず、心でつぶやく。
 巴、これからは一人だが、素直に、そして健やかに育っていってくれ……。
 僕は……はもう、ばあちゃんのところへいかなくちゃ……。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!? 大丈夫!?」
 さようなら母さん、僕はばあちゃんの所へ……ぐふぅ。
薄れいく意識の中、殺人犯になるには少し惜しい美少女がこちらへ歩いてくるのが見えた。
か、介錯など……いら……ん……。
 精一杯の強がりの後、意識は遠のいた。

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