■鬼刃〜オニノヤイバ〜■

■始祖■
  目を覚ますと、そこは元いた病院の一室。
 巴の病室だ。
「……洋輔?」
 心配そうな声で母さんが僕を見る。
 そうだ、僕は封鬼石に触れて、それから……。
「で、どうだった? 何が見えた?」
 ようやく頭が理解する。
 ……帰ってきたんだ。
 辺りを見まわすと、僕があの世界に行ってからさほど時間は経過していないように見える。
 というより、こっちの世界では一瞬の出来事だったようにも思われる。
 なぜならコウ兄につけられた指の傷はまだ同じように残っているし、まだほんの少量だが、血も出ている。
「……おい。おい、洋輔?」
 ちょっと強めのコウ兄の声にはっとする。
「ちと刺激が強すぎたか。まぁ、とうに失われた過去だ。なんてことはないさ」
 何かを見透かした顔でコウ兄は苦笑した。
「う、ん……」
「で、何が見えた?」
「……。バケモノ……と綺麗な剣をもった少年」
 だよなぁ……、多分。
 僕はさっきまでいた場所の詳細など、みてきた限りを伝えた。
「ほう、始祖様を見たか」
 僕の話を黙って聞いていたコウ兄は驚いた様子で僕に言った。
「始祖…様?」
「ああ、そうだ。俺達の本家、渡辺家に伝わる伝説の始祖様だ」
「へぇ……あの少年……綺羅がそうなんだ……」
 コウ兄は綺羅という言葉を耳にして怪訝そうな顔をする。
「キラ……だと? お前が見てきたのは綺羅……なのか?」
 こくりと頷く。
 なんせ話までしてきたんだから。
「洋輔、それは始祖様じゃない。多分……」
 コウ兄の次の言葉に僕は驚いた。
「鬼だ……」
 ……。
 信じられない。
 僕の想像していた鬼とは全く印象が違う。
 違うどころか、彼は人間そのものだった。
「多分、お前の見てきた鬼は、始祖様の退治した鬼。さっきの話の内容、場所等を考慮してみると……そいつは"朱纏童子"だ」
「酒呑童子? 別に酔っ払ってはいなかったけど?」
 コウ兄は苦笑する。
「まぁ、そうだろうな。普通、"しゅてんどうじ"と聞けば思い起こすのはそっちだろう。けれど、俺の言ったのは"朱纏童子"。朱き血に濡れた衣を纏う鬼。始祖様が討ったとされる鬼だ」
 わけがわからない。
 彼が、綺羅が鬼?
 確かに、バケモノを凄まじい力で切り裂いていったのは彼だけど……どちらかというと、バケモノが鬼であり、彼はそれを退治していたように感じられる。
 というか、どう見てもそうにしか見えなかった。
「しかし……よりによって朱纏童子、"はじまりの鬼"か……」
「はじまりの鬼?」
 今度は僕が怪訝そうにコウ兄を見る。
「ああ、始祖様が最初に討伐した鬼でもあり、その後、帝を何度となく襲い、苦しめてきた鬼たちのはじまり……つまり、はじまりの鬼とされている」
「で、幾度となくその鬼を退治してきたのがウチの本家って訳だ。まぁ、微妙に遠回りをしたようだが、とりあえず、かなり大雑把だが家に伝わる歴史ってのはこんな流れだ」
 確かに、僕との別れ際、彼は自分を"異端者"だと言っていた。
 けれど、彼は自分の世界に帰りたがっていたし、なにより、人と一緒にバケモノを退治していた。
 もっと言うとすれば、その指揮すら取っていた。
 これは一体……。
「それで、巴のことなんだけれど……」
 その母さんの一言が僕を現実へと引き戻す。
 そうだ、巴は?
 最初は巴を目覚めさせることが目的だったはず。
 なんでこんな事になってるんだ……。
「大丈夫ですよ」
 コウ兄がそう言う。
「間もなく巴ちゃんは目を覚まします。事情が事情ですので、洋輔に一族の話をしなければならなかっただけですよ」
 そう言うと先程の封鬼石を巴の額に当てる。
「詳細を話す長くなるので省略しますが、結果的にこの二人は儀式を中途半端に行ってしまったようなんです。封鬼石に洋輔の血を与えた今、それをもって儀式も終わるはず……」
 巴の額に乗せた封鬼石から手を離すと、コウ兄はそっと巴から離れた。
 僕の血がついた封鬼石。
 僕は触れた瞬間に向こうの世界に行ってしまったので気がつかなかったが、封鬼石はその輝きを失っている。
「コウ兄……」
「もうすぐだ」
 焦る僕を尻目にコウ兄はその瞬間を待っている。
 巴の目が覚める瞬間を。
 突然、封鬼石が輝きはじめた。
 初めて輝いた時のように辺りが見えなくなるような眩しい光を放って。
 そこでふと思い出した。
 ばあさんの家で聞いたあの声は一体なんだったんだろう。
 ひどく懐かしいような、声。
 僕はあの声の主を知っている。
 漠然とそう思えるのだ。
 光の中、何かが見えたような気がした。
 ……人、か?
 そのおぼろげな形は人の姿に見えた。
 しかしそれも一瞬のことで、人の姿はふっと消えてしまった。
 そしてそれに続いて光も終息していった。
 光がおさまったそこには変わらぬ巴の姿と、透明な輝きを取り戻した封鬼石があった。
 僕はそっと巴に近づいていき、その頬を撫でた。
 つぅっと触れた頬側の巴の瞳から、涙が零れる。
「……巴?」
 そう声をかけると巴は目を覚ました。

 パチクリパチクリ

「あれ? お兄ちゃん? ……と、コウさん? んと……なんで病院で寝てるのかなぁ、私……」
 いつもの巴からは考えられない、寝起きの立ちあがりのよさ。
 ……そうか、睡眠不足だったか。
 兄が苦労をかけて……すまんのぅ……。
 そう、あんたが悪いのよっ!
 とでも言わんばかりの強烈なタックルが僕を襲う。
 正確には跳ね除けられたとでも言うのだろうか、母さんが僕を押しのけたのだ。
 強烈な一撃を食らった僕は、吹き飛ばされた壁際で膝が折れ、床に手をついた。
 コウ兄は目の前にきて屈みこみ、僕に手を……合わせた。
 ……ああ、可愛そうな僕……合掌。
 そして僕の目の先では巴を涙ながらに抱きしめる母さんの姿があった。
 ……まぁ、いいとするか。
 すこしばかり理不尽な気もするがひとまず置いておこう。
 気がつくと、コウ兄もそんな母娘の様子を目を細めて見つめていた。
 ふと、そんな僕に気がついたのか、こちらを向くと、同じように目を細めて僕を見た。
 ……何故か同情の瞳だったように見えたのは僕の気のせいだろうか?

 そんなこんなで、この妙な事件は幕を閉じた。

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