■鬼刃〜オニノヤイバ〜■

■予兆■
「どうした。何があったんだ?」
 僕はひどく狼狽した様子の巴を落ち着かせるように、ゆっくりと問いかけた。
「あ、あのねっ、おばあちゃんの石がねっ、イキナリ……」
 それでも巴は落ち着きを取り戻せなかった様子で、何かを包み込んでいるであろう、その小さな手は震えたままだった。
「わかったわかった。とりあえず落ち着け」
「う、うん」
「ほら、深呼吸」

 コクコクコク

 キツツキのように首を振って返事をした後、すぅ〜っと大きく息を吸い込む。
 次に息を吐き出した時には、混乱も同時に吐き出したようで少しだけ冷静さを取り戻したようだ。
「で、どうしたんだ? その両手の中のものか?」
 誰が見ても、巴の持っているものが怪しいのは一目瞭然だ。
 おそらくその両手の中身が原因で巴はうろたえているはずに違いない。
「さっき、お兄ちゃんが物置に出ていった後、わたしはまだちょっと眠くてぼーっとしてて……。でも、やっぱり暇になって……。それで、やっぱりお兄ちゃんのことが心配になって、物置に行こうとしたら、そうしたら急に……」
 そう言ってゆっくりと閉じていた両手を開いた。
「あ、あれ?」
 そこには午前中に見つけた石があった。
 探し始めてすぐに巴が見つけたもの。
 あったぁという巴の声を聞いて、すぐに駆けつけた僕が見たものが今、両手の中にある石だ。
 それを見つけた時の、巴の少し寂しげな表情がとても印象に残っている。
 すぐに見つけたのに嬉しくないのだろうかと疑問に思っていたことも……。
「……それがどうかしたの?」
 鳩が豆鉄砲を食らった。
 そんな言葉が一番似合うような顔で巴はその問題の石をみつめていた。
「……光ってない」
 抑揚のない声で巴がぼそっと呟く。
「そりゃあ石だしなぁ……」
 ごく当たり前の言葉。
 ふと、漏らした言葉が巴の逆鱗に触れてしまったようだ。
「だ、だって! さっき、イキナリ光ったんだもんっ!!」
 巴の顔に、目に見えて怒りが走る。
 両手をグーにしてペンギンのようなポーズで僕を睨みつける。
 全く迫力がない、むしろ……。
 ……か、かわいい。
 いや、そんなこと言ってる場合じゃあない。
 巴がまた混乱し始めてしまったようだ。
「ああ〜、わかった、わかったから……。で、今は光が消えちまってるってわけだな?」
「うん……」
 瞬時に怒りだか動揺だかわからないものが消えて、一気に静かになる。
 とりあえず落ち着いて状況を確認しなくてはならない。
「……寝ぼけてたんじゃないよな」
 じろり。
 巴が上目遣いに僕を睨む。
 うっ……。
 ……この目はヤバイ。
 自慢じゃあないが、僕は巴に頭があがらない。
 もちろんケンカで勝った記憶はほとんどないのだ。
 嗚呼、シスコン万歳……。
 というより、基本的に口ゲンカで勝った試しがないだけなのだが……。
 僕の脳みそがいつもの暴走を始めた頃、巴は一人冷静に石を観察していた。
「どうしてイキナリ光ったんだろう……」
 そう言いながらひっくり返したり、光に透かしてみたりしている。
 いつまでも脳みそパープーでいるのも巴に悪い。
 本題に戻すことにした。
「どれ、ちょっと僕に貸してくれ」
 石が光るなんてどう考えても異常だ。
 石をはめ込んである台に何か仕掛けがあるのかもしれない。
「はい」
 大事そうに巴が僕に渡してくれた。
「「あっ」」
 その声は同時に発せられた。
 白い石に僕の血がついてしまったのだ。
「うわ、ご、ごめんっ!」
 慌てて手を引っ込めるが、時既に遅し。
 しっかり僕の指跡がついてしまった。
「お兄ちゃん!!」
「……ごめん」
 ここは大人しく謝るほかない。
 そう思った時だった。
「大変だよ、血が出てるよ! もう、なんでもっと早く言わないのっ!!」
「…………」
 ……怒られなかったが叱られた。
 いや、絆創膏って最初に言ったんだけどね……。
 巴はそんなことはお構いなしに指をつかんで傷口を見る。
「うわぁ、結構深く切ったみたいだね」
「ああ、なかなか血が止まらなくて……」
 いつものムードに戻り、一安心する。
 だがそれは、この後起こることの、嵐の前の静けさだった。

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