■鬼刃〜オニノヤイバ〜■

■宝石■
「ふぁ〜〜ぁ……」
 台所から、大きな欠伸がひとつ。
 手を振って兄の洋輔を送り出した後、椅子に腰掛けた巴はうつろな瞳でぼーっと壁を見ていた。
 先ほどの居眠りをまだ引きずっているようだ。
 壁の時計に目をやると、現在約3時10分。
 目を覚ましてから10分くらいしか経過しておらず、体が起ききっていないのだ。
「はぁ……」
 ため息をひとつ漏らした後、そのままぱたっとテーブルに伏す。
 巴はすでに、祖母との思い出の品は見つけていた。
 物置で、兄がいろんな物に目移りしている間に、しっかりと探し当てていたのだ。
 と言うより、家の中にあったのだが。
 それは―――
 
 チャラ……。
 
 胸元からチョーカーを取り出すと、その先端の飾りを手に取った。
 親指の爪程の大きさの宝石、そしてそれを埋め込んであるブローチ。
 いや、宝石というより、宝石のようなものと言ったほうが正しいだろう。
 白く輝く半透明の石。
 普段は半透明なのだが、太陽にかざすと真っ白に輝き、透明さが消えるという不思議な石。
 生前の祖母が2番目に大切にしていたものだったという。
 一番大切にしていた物は母親が貰っていってしまっていた。
 ……祖母が生涯身につけていた、指輪。
 婚姻の証の指輪だ。
 さすがにそんなものを巴が貰うわけにもいかないし、それに祖母から見せてもらう度にせがんだ白い石の方が、彼女には思い出深いものだった。


「なんで? なんで巴は貰えないの?」
「……これはねぇ、おばぁちゃんのおばあちゃん、そしてそのまたおばあちゃん……。そんな風に、ずっと昔から伝えられてきたものなんだよ。」
「……」
「だからね、とっても大事なものなの。巴ちゃんがもっと大きくなって、もっときれいになった時、大人になった時に……。その時に―――」


 幼い頃、巴が白い石をせがんだ時の、祖母との記憶。
 あの時、偶然見つけた白く輝く石。
 巴の目には、とても美しい宝石に見えて、どうしても欲しくなったものだ。
 それが今、巴の手の中にある。
 本当ならば祖母から手渡されるはずだったもの。
 それが今、少し細工を施し、チョーカーとして彼女の手の中にあるのだ。
 手の中にある石を軽く握る。
「わたしはもう、大人になったのかなぁ……。本当にこの石を貰ってもいいのかなぁ……」
 誰にともなく小さく呟きを漏らす。
 あるいは、手の中の小さな石に向かって言ったのかもしれない……。
「むぅ〜……」
 テーブルに伏したままの格好で手足をぐっと伸ばした。
 伸ばした手足を上下にぱたぱたさせて、体をアクティブにする。
 そして、不意にがばっと顔をあげた。
「まぁ、いっか。おばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんの……。それくらい昔だったらわたしはもう大人なんだし。くよくよ考えてても答えなんか出ないしね」
 無理やりぎみに自己完結させて立ち上がる。
「お兄ちゃん、また怪我してないといいけど」
 やはり洋輔が気になるのか、巴も物置へと向かうことにした。
 時計で時間を確認すると、もうすぐ3時20分になろうとしている。
 手にしていた石を再び胸元へ入れ、台所を出ようとした時だった。
 その時、巴はある異変に気がついた。
 胸元が光っているのだ。
「えっ? なになに? どうしたの?」
 慌てて胸元から石を取り出すと、白かった石は赤みを帯び、淡い光を発していた。
「どうしちゃったの? え? え?」
 巴は何が起こったかまったく理解できていない。
 ただ、赤く淡い光を発する石を手に、おろおろするしかなかった。

カラカラカラッ―――

「巴ぇ〜っ、絆創膏くれっ、絆創膏! それと消毒するものも持ってきてくれっ」
 玄関を開けて入ってきたのは、物置に探し物をしに行ったはずの洋輔だった。
 そのまま玄関に腰を下ろすと、血が流れ出ている右手の人差し指を口にする。
 なかなか血が止まらない様子だ。
 そこへ、台所から巴が半ば泣きそうな顔で駆けてきた。
「お、お兄ちゃん〜〜」
 普段とは違う様子に驚き、巴をよく見ると、両手で何かを包み込むようにして立ちつくしていた。

[    ]