■鬼刃〜オニノヤイバ〜■

■日常■
 台所では先客が腰に手を当ててコップを傾けていた。
 その姿はまるで、銭湯から出で、一気にコーヒー牛乳を飲み干すおじさんだ。
「巴、お前、まだその癖が直ってないのか……」
 先ほどまで膝枕をしていた少女には似合わない姿である。
 幼い頃からの癖で、飲み物は大抵そうして飲む。
 気を使うような場所では普通の飲み方なのだが……。
 今のような、気を使う必要がない場所ではいつもこうなのだ。
 まして、今は家の中。
 当然の姿だった。
「あ、お兄ちゃん」
 僕の姿を確認すると新しいコップを用意し、同じものを注いでくれた。
 中身が透けているのでコーヒー牛乳でないのは確かだ。
 注ぎ終えるのを待って一気に流し込む。
 冷たい麦茶が胃まで流れ込むのがよく分かる。
「ふう……」
 タンッと飲み終えたコップをテーブルに置くと巴がこちらをじぃっと見ていた。
「もう大丈夫、だよね?」
 そう言って、そっと僕の額に手を伸ばす。
 ひんやりとした手が心地いい。
 けれど、その指先がある場所に到達すると、少しだけ痛みを伴った。
「ああ、やっぱりタンコブになってるよ」
 自分でもその部分が熱く火照っているのがわかる。
 前髪の生え際の所がすこし瘤になっているようだ。
「う〜んと」
 巴が急に背伸びし、顔を近づけてくる。
 僕と身長差が20cm以上ある巴はこうしないと届かない。
「こういう時はねぇ〜」
 そう言ってぼくの肩に手を乗せた。
 先ほどの光景が蘇る。
 まさか、イタイのイタイの飛んでけ的ちゅ〜ですか!?
 相変わらず、僕の脳みそはすぐに熱暴走するらしい……。
 とんでもない考えが頭を駆け巡る。
 タンコブの熱も加わって、その加速は光を超えるかもしれない。
 しかし現実はそう甘くはなかった。
 というか、当たり前のことだが……。
「よ〜しよし、なでなで」
 僕の期待はそっちのけで、まるで幼い子供を撫でるようにして額を撫でてくれた。
 巴の、腰まである髪がふりふりと揺れる。
「…………」
 なんと言ったらいいのだろう。
 こう、恥ずかしくはあるのだが、それ以上に嬉しかったりするのだ……。
 幸せな男だな、僕は。
 全国の"お兄ちゃんと呼ばれたい連合"の方々がこの光景をみたらなんと言うか。
 おそらく月の無い夜道は歩けないだろう。
 まぁ、そんな方々のお仲間でもあるのだが……。
 ……シスコンなのかもしれない。
 そんなことを考えていると巴の手が離れていった。
「う〜ん、嫌がると思ったんだけど以外に素直だねぇ。もしかして、かなり辛い?」
「いや、そんなことはないよ」
 慌ててのフォロー。
 真面目に心配してくれているコイツに悪い。
 自分の額をさすりながら大丈夫、とアピールする。
 それを見て安心したのか、視線を別の方向へと向けた。
 視線の先には物置があるはずだ。
「しかし、おばあちゃんもいろいろとワケのわからないもの集めてたんだね」
 そう、今日は祖母の家の片付けをしに来ていたのだ。
 半年前に亡くなった祖母。
 幼い頃からよく面倒を見てもらったし、僕や巴もよく懐いていた。
 土地だけを借りて、その上に家を建てていたので、主がいなくなった今、取り壊して土地を返さなければならなくなってしまったのだ。
 そのため、祖母の思い出の品を持ち帰ろうとして僕はこの夏休みに帰ってきたのだ。
 祖母の娘である母さんはとっくに整理を済ませていて、僕と妹だけがこの家に来ている。
「まぁなぁ、なんだかんだ言ってばあちゃんも旧家の出らしいから」
 なんでも血縁をたどっていくとお偉いさんの名前が出てくるらしい。
 なんでも鬼退治した家系だとか……。
 よく、節分に豆まきしたことがない、と言っていた。
 鬼が寄ってこないからだそうだ。
「でも、わけわかんないのばっかりだったよ? お宝みたいなのはなかったし……。それでもお兄ちゃんが無理に探そうとするから痛い目にあうんだけどね」
 くすっと笑う。
 言いたいことを言ってくれるヤツだ。
 確かに額のタンコブはお宝捜しの勲章なのだが……。
 しかし、よく考えてみるとお宝があったとしても母さんが見つけているはずだ。
 ……骨折り損。
 そんな言葉が脳裏をよぎる。
「ねぇ、お兄ちゃん。どうするの、まだ何か探すの? わたしはもう十分だけど……」
 弱気な発言が横から聞こえてくる。
 もうわたしはいいよ、と言わんばかりの顔で麦茶を飲んでいた。
 ここで止めては本当に骨折り損になってしまう。
 その考えが僕を突き動かす。
 ……ただの欲張りと言えないでもないが。
 意を決し、自分のコップに新しい麦茶を注ぐ。
 それを再び一気に飲み干した。
「ごちそうさん。僕はもう一回行ってくるよ」
 そういって台所を後にした。
「いってらっしゃ〜い」
 台所からひらひらと手を振って巴が送り出してくれた。
 調子にのったお宝捜しのせいで、まだ目的である"思い出の品"を手にしてはいない。
「今度こそ真面目に探すか」
 そういって物置の扉を開いた。

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