■Angelic Feather■
| ■ちいさな幸せ■ |
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| もう一度会いたい……。 離れていれば離れているほど想いは募るもの。 天界に帰ったイノスはそのことばかりをずっと考えていた。 毎日そんな調子なので他の天使達もほとほと困っていた。 そんな中、責任を感じていたセラが一つ、イノスの"人生"を変える言葉を残していった。 「どんな辛さにも耐える覚悟があるのなら……」 イノスはすぐに行動に移した。 躊躇なくセラの元へと向かっていたのだ。 「セラ……教えて、僕はあの子を、カリノを……」 イノスの顔には期待と不安……、そして何か使命めいたものが浮かんでいる。 それまでの落ち込んだ顔とは明らかに違っていた。 そこには決意という大きな意思がありありと感じられる。 「方法はいくつかあるわ。でも、私にできることは一つだけ……」 沈痛な面持ちで、じっとイノスの表情を見ていたセラが、ようやくその閉ざした口を開いた。 「でもそれは、想像を絶する苦痛が伴うの。神様からの天使への祝福を消してしまうこと、それは私達の心と体に激しい痛みを伴わせる……」 そう言い終えるとイノスの瞳を真直ぐ見据えた。 「それだけの覚悟が……ある?」 少しの間、何かを考えるように黙っていたイノスだが、不意に顔を上げた。 「僕はずっと考えていたんだ。彼女が、カリノが助けを必要としていた。そんな大事なときに助けてあげられなかった。そればかりか彼女の元を黙って去ってしまうという最悪の結果を招いてしまった……。僕は守護天使であれたのか? こんな翼を持ちながら大事なときに傍にいてあげられなかった……。そんなことをずっとね」 セラはまるで自分のことであるかのように唇をかみ締めて聞いていた。 「だからね、僕は彼女に謝らなくちゃならない……。そして今度こそ絶対に守ってあげたいんだ!」 その言葉を聞き、セラはぎゅっと抱きしめると「儀式」を始めた。 家族のように、弟のように暮らしたイノスとの別れの、そして「翼」を失う儀式を……。 イノスの意識は少しずつ薄れていった。 最後にセラの涙が見えた気がした……。 数時間後、気がつくとイノスは公園のベンチに座っていた。 上を見上げると満点の星空。 そしてそれは懐かしい星空。 「帰って、きたんだ……」 そう感慨に浸っていると体が冷えてくるのを感じた。 「そういえば人間の体はそんなに強くはないんだっけ……」 そう言って立ちあがろうとするとすぐ脇にイノス愛用の財布が置いてあった。 中にはしばらく暮らしていけそうな分の金が入っている。 「セラ……ありがとう……」 紙幣の間に挟まっていた一枚の羽根を空にかざして呟いた。 神の直接の祝福をすて、ただ一人の女の子のために"翼"を棄てた一人の男。 広い世界でただ一人の女の子を探す生活が始まった瞬間だった。 ―――それから、二年の月日が流れていた 初冬の夕方。 あまり雪の降らないこの街に、久しぶりの雪がが積もっていた。 昨日の朝から振り出した雪は、十数年ぶりにこの街を真っ白に染め上げてしまっている。 あまりの雪に出かけることができなかったので、イノスは朝から買出しに出かけるハメになっていた。 途中、ふと空を見上げる。 未だ彼女は見つかっていない。 もしかしたらもうこの街に、嫌な思い出をつくってしまったこの街にはいないのかもしれない。 そんな気がした。 「もう、会えないのかな……」 そう呟いた時、不意に後ろから抱きつかれた。 「うを!?」 思わず前に転びそうになるもなんとか持ちこたえた。 何事かと後ろを振り向くと、そこには背中に顔をうずめたカリノの姿があった。 「やっと、やっと見つけた……。ずっと、ずっと探してたんだよ、あたしの前からいなくなっちゃったあの日から……」 「……ごめん。僕はキミに謝らなくちゃならないことがあるんだ……そして話したいこともたくさん……」 二人が待ち望んだ出会いは、不意にやってきた……。 「ん〜、眠い……」 電車の中でイノスの胸にカリノが頭をあずけてきた。 今日はカリノへの償いの日だ。 再び出会えた時、イノスは過去の別れを心から謝った。 そんなイノスを見て、カリノの出した答えはこうだった。 ―――また、一緒に遊んでくれたら許してあげる――― イノスは少しだけ恥ずかしいながらも、今日一日、朝から遊びまわったことを考えるとそのままにしてやることにした。 その手には今日の戦利品、クレーンゲームで間違えて取れてしまった怪しげなぬいぐるみが握られている。 そのぬいぐるみを取った時、イノスは失敗したと悔やんだが、カリノが何故かとても気に入ってしまったので黙っていることにしたという代物である。 今日はそれしか取れなかったということも多分に含まれているのがイノスには少し切なかった。 二人が再会してから既に二週間が経過していた。 平穏な……とても平穏な日々……。 今は老人のところから引っ越して、二人で暮らしている。 ガクン 突然の電車の揺れ。 力なくイノスに体をあずけていたカリノは思わず転びそうになる。 それでも半分寝ぼけているのか、ん〜〜っと唸るとイノスの胸に顔をうずめ、両手を背中に回して自分を固定した。 大勢が乗る電車の中、さすがにイノスは恥ずかしさが限界かな、と思いもしたが先程のように転んでケガでもしたら、それこそ大変だ。 愛おしさも恥ずかしさに勝り、イノスも背中に手を回し抱いてあげた。 かなりの久しぶりの再会、それもお互いに長い間待ち望んでいたせいもあって、少しだけギクシャクしていたが、今日でその溝もなくなり、午後からはお互いに手を繋いで遊びまわるまでになっていた。 家に着く頃はもう日付が変わる寸前で、二人ともそのままパタンと倒れこむように眠ってしまった。 翌朝イノスが目を覚ますと、外はいい天気だった。 時計を見ると午前十一時。 もうすぐ午後になる時間だ。 イノスは眠い目をこすりながら、未だ醒めきらない頭でボーっとリビングのソファーに腰掛けていることにした。 何分くらいそうしていただろう、ペタンペタンとリビングに近づいてくる足音がする。 「ふぁ〜〜〜〜っ、おはよぉ、ごじゃいまふ……」 大きな欠伸をしながらカリノがリビングに入ってきた。 格好はパジャマから普段着に着替えてはいるが……。 両腕でなにやら怪しいぬいぐるみを抱いている。 例のお気に入りのアレだ。 目をごしごししてはいるが、まったく目は開いていない。 ただ単に、欠伸で出た涙を拭っているだけのようだ。 「んん〜〜……」 フラフラとおぼつかない足取りでイノスの方へ歩いてくる。 「やっと起きたか。そろそろお昼になる時間だぞ」 「ん〜……」 歩いてはいるが、やはり半分はアッチの世界から帰ってきていないようだ。 返事をしたように聞こえたのは、なんとなく声が出てしまっただけらしい。 全くと言っていいほど寝ている。 ぺたしぺたしぺたし…… 相変わらずフラフラしながらイノスの前までやってくる。 「お〜い、起きてるのかぁ〜? 返事しろぉ〜」 イノスの声に反応したのか、重い瞼をうっすら開けると百八十度ターンする。 「……?」 イノスの頭の上にクエスチョンマークが点灯したその瞬間、後ろ向きのまま倒れてきた。 「おっ、おいっ!」 とっさの出来事にどうすることもできず、倒れこんでくるカリノをイノスが受け止めた。 どさっ 後ろ向きのカリノを無理に抱きとめたため、イノスはしたたかに腰を打ってしまった。 その表情が痛みを物語っている。 「……タタタタ。おいおい、まだ寝てるならベットに戻れよ〜」 弱々しい声でイノスがぼやく。 「…………」 返事がない。 「……カリノ?」 自分と同じように、どこかぶつけてしまったのかと心配になり顔を覗くと……。 「すぅ〜……すぅ……」 ……寝ている。 コイツは……、イノスの心の中にレッドランプが点灯する。 が、その寝顔を見るとすぐに消えてしまった。 "惚れた弱み"という人間そのものの感情が根底にあるのを、最近イノスは感じてきたところだ。 「やれやれ」 苦笑しながらそう呟くと、カリノの体をぬいぐるみごとそっと抱きしめた。 そのまま、さっきまで座っていたソファーに体をもたれかけた。 そしてふぅっと溜め息を漏らすと、静かに語り出した。 「ねぇ、カリノ……。僕達はこうしてまた出会えたけど……今度はずっと一緒だよ。ううん、一緒にいたいんだ。キミといるとさ、毎日が楽しいんだ。そう、あの頃、キミがやんちゃな女の子だった時みたいにさ」 そう、誰にともなく語るイノスの瞳は、どこか遠くを見つめていた。 「僕は天使の翼を棄てて……そして今、ここにいる。だから、困っているキミを助けることができないかもしれない、守ってあげられない時があるかもしれない……。そんな僕でも一緒にいてくれるのかな?」 今度はカリノの後ろ姿を見つめ、さらに続ける。 「……天使の僕に本当の涙を教えてくれた」 イノスの腕に少しだけ力がこもる。 決して強くなく、そして優しく……。 「今までずっと、言ってない言葉だけど……好きだよ」 「……」 「……」 一瞬の沈黙の後、そろそろ起こそうと抱いた手を離そうとすると、その手を温かいものが包み込んだ。 「……うん」 それは少し、ちいさな声ではあったが、確かな答えだった。 「…………」 驚いた表情のイノスの表情を知ってか知らずか、その手をギュッと握り締める。 「わたしも……大好きだよ。これからも、こうやって、すっと抱いていてくれる?」 その言葉を聞いた瞬間、イノスは強く抱きしめていた。 「僕はもう天使じゃないけど……もう、二度と翼を手に入れることはできないけど……」 「……」 「ずっと、こうしてそばにいるよ」 「うん」 「ずっと一緒に……僕がずっと守ってあげる」 「うん」 「キミが幸せでいられるように……」 「うん……」 小さく開いた窓の外は、暖かな小春日和が広がっていた。 やわらかな陽差しがふたりを包み込む。 窓からはやわらかな風が、部屋を満たしていた。 不意に窓の外から、くすっと小さく笑う声が聞こえた。 誰にも聞こえないような声で……。 声の主は流れるように空へ消えていった。 誰か、お節介な守護天使が覗いていたのかもしれない。 空から一枚の真っ白な羽根が舞い落ちてきた。 それは天使の落し物。 ちいさな、ちいさな幸せ。 |