■Angelic Feather■

■てのひらの天使■
 空が少し白んできた。
 景色がすこしづつ朝に近づきつつあるようだ。
 先程まで降っていなかった雪が、ゆっくり、ゆっくりと舞い落ちてきた。
 少し明るくなってわかった街の景色は白一色。
 どうやらそうとうの雪が降っていたようだった。
 今、降り始めた雪は、さらに世界を埋め尽くそうとしているかのようにも見える。
「そろそろ別々に行動した方がいいかな?」
 僕の隣をゆっくりと、そして滑るように降りてきているセラが口を開いた。
 ぼくより、ずっとずっとすごい天使だ。
 彼女の地上に降りる姿は様になっていて、ぼくなんかとはぜんぜん違う。
 ―――舞い降りる―――
 そんな言葉が一番似合う天使だ。
 けれど、一番圧倒されるのが彼女の翼。
 ぼく達のような普通の天使とはあきらかに異なっている。
 それは、彼女の翼が左の一枚の翼しかない、"片翼の天使"だからだ。
 それは揶揄するための言葉ではなく、彼女の"片翼"がキラキラと、その姿を包み込む度に思わず溜め息をもらす。
 ……そんな意味が含まれた呼び名なのだ。
 その姿を見る度、ぼくは溜め息をもらす。
「そうだね〜。ぼく達が別々に行動していないと、人間に見つかっちゃうかもしれないもんね」
 ぼくも、新米ながらも一応は天使だ。
 そうそう見つかってはいけない。
 神様にお叱りを受けないとは言っても、全くない訳ではないのだ。
 とは言っても、全ての人間に見えるわけではないので、それほど神経質になる必要はない。
「それじゃあ、わたし達もこの辺で別れましょうか」
 そう言ってセラは、ぼくとは別の方向へと降りていった。
「汝の進む先に、幸いあれっ」
 彼女の好きな口上とウインクを残して。
 その美しくも神々しい姿を、僕は見えなくなるまで見送った。
 セラと別れた後、ぼくはどこへ降り立とうかと、あれこれ場所を探していた。
 その時目に止まったのが、二階建ての家。
 見晴らしのいい場所に建っているその家からは、街の様子がよく見えそうだ。
 都合のいいことに、二階の窓の近くには座れそうな屋根がある。
「まずはあそこに降りて考える、か」
 今日を心待ちにしていたぼくは、日付が変わると同時に出発したので、今はまだ早朝。
 そうそう人間に見つかる時間帯ではない。
 それを理由にぼくは窓を目指した。
 屋根まであと二メートル。
 そんな時―――

 カラカラカラ……

 不意に窓が開かれる。
 まずい。
 誰か来る?
 見つかってしまう?
 ぼくは身を隠すところを探したが、そこは空。
 そんなものはどこにもあるはずがなかった。
「うわぁ……。ゆきぃ……」
 窓から瞳を覗かせるのは小さな女の子。
 一生懸命に背伸びして、開けた窓から見渡せる街の、そして純白の景色に驚いているようだった。
「もっと、積もるのかなぁ……」
 そう言って、期待に満ちた瞳で空を見上げる。
 ぼくのいる空を。
「…………」
「…………」
 沈黙。
 お互いに目が合う。
「……だぁれ?」
 澄んだ瞳でぼくを見上げる女の子は、軽く小首を傾けた。
 ……見つかってしまった?
 しかもこんな早々に?
「妖精……さん?」
 この子は、ぼくのことが見えているのか?
 仕方なく、ぼくは女の子の元へと降りていった。
 ぼくを見ることができる女の子に少しだけ興味を抱きながら。

 ファサッ

 両手を差し出した女の子の手のひらに降り立つと、ぼくの身長の倍以上もある翼をたたむ。
 手のひらに、というのは冗談ではなく、見つからないようにと思い、手のひらの大きさくらいに身体を小さくしていたのだ。
 それこそ、今降っている雪にまぎれられるように、と。
 結局見つかってしまったのだが。
 「こんにちは」
 ぼくは女の子を驚かさないように、いや、もう既に驚いているのだろうけど、精一杯優しく声をかけた。
 はじめは目を丸くしてぼくを見つめていた女の子だが、ゆっくりと優しい表情を見せてくれた。
「こんにちはじゃなくて、おはようございます、だよ」
 そう言って微笑んだ。
 これがこの女の子との始めての出会いだった。

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