李少波先生が25年程前に著した、『真気運行法』からその一部を以下に紹介する。所謂小周天を達成するための具体的な手引きが丁寧に述べられており、この方法に従えば、誰でも志さえあれば自分の家で且つ一人で修練することができる。
 余談だが、李少波先生とは1991年頃に蘭州の甘粛中医学院(当時)でお会いしたことがある。眼光鋭い寡黙な方だった。先生の弟子でもあり同志でもある杜文傑先生とは親しく五禽戯などを教わったし、『一分間臍密功』の共著者である張弘強先生には自宅まで赴き“楽善堂太平歌”についてその経緯などを質問したことなどを思い出す。

真気運行法

          丹田についての基礎知識
 従来、養生家はそれぞれみな丹田を重視してきた。所謂仙道や気功の世界では丹田については特別な意味合いを含ませ、練功の目標も常に丹田を離れることはない。武術家はいう「丹田を鍛えて元気とない混ぜ、天下に遍く人敵無し」と。歌唱家もまたいう「歌唱は丹田の気をよく用うこと適わば声音洪亮として力疲れず」と。かくて人々は丹田とは何者なるかを了解することを渇望してきた。あるものはことさら勿体をつけ、丹田の何たるかを秘匿してきた。またそれを伝えるものは銘々が手前勝手な説を掲げ、諸説入り乱れる様相を呈している。そのため、学んでみようと志してもその正確な部位さえ探しあぐね、ついには中途であきらめてしまう者も少なくはない。

丹田の部位及びその名の由来について 

 丹田の部位については三つの説がある。一つは頭頂の百会穴。上丹田と称される(眉心に在るという説もある)。もう一つは心窩部にあるというもので中丹田と称す(臍中に在るという説もある)。いま一つは臍下三寸のところに在るというもので、これを下丹田と称す(臍内一寸三分、臍下二寸、あるいは臍下一寸半に在るという説、会陰に在るという説もある)。色々の説が在るが、どの部位も真気運行の時には集中したり気が活発に感じられる部位であることは間違いない。《中国医学大辞典》によれば「人身の臍下三寸を“丹田”という。男子の精室、女子の胞宮の所在地にして、内丹を修練するところでもある。」
 私たちが言う丹田は臍下三寸(小腹の正中)を中心とする一定の範囲ということになる。内丹を練る修練の深浅、個人の本来的能力により、丹田の面積とその力量は一定ではない。よって何寸何分と鍼灸の経穴のように具体的に規定するのは練功者をかえって混乱させることになる。
 丹というのは薬の一種で、薬中より複雑な工程を経て取り出されるエキスの部分をいう。健身治病の妙薬ということでこれまで“仙丹妙薬”と称されてきた。真気というのは人体の生理過程の中で産み出される生命エネルギーというべきものであり、病を去り寿命を延ばす力を持っているので、これを同様に“丹”というわけである。丹田とは真気の集まるところという意味である。

                    丹田の作用

 丹田は膀胱の後、直腸の前の狭い範囲で、気が有れば開き、気が無ければ閉じる場所とイメージでき、任、督、衝三脈の起きるところであり、諸経が会集するところでもある。このように丹田は経絡の要であり、経気の流れ込む海という意味から気海(臍下一寸半の気海穴のことではない)とも称される。
 丹田は男子にとっては蔵精の所であり、女子では受胎の場所として、人はこの場所で生命を獲得し、発育成長を遂げるゆえに“生門”または“命門”と呼ばれる。丹田の真気が充実し満ち足りるようになると第二腰椎の所より督脈に沿って上に移動し始め、有力活発となる。『難経』はこのエネルギーを“腎間の動気”と呼んでいる。鍼灸でいうところの命門穴は実際上この命門の腧穴ということになる。
 真気運行法のなかにおいては、呼気にあわせ真気を下へと推動させ、丹田を意守し続けることが、真気を丹田に集中させ督脈を貫通させる(積気、衝関)ための重要なステップとなっている。これは身体の健康を増強する上で非常に有意義なものであり、真気運行法のなかのキーワードとなる。



◎以下は《五歩の行程》といわれる具体的小周天の行法である

    第一歩 呼気時心窩部に意識を置く

 1、方法: 準備が整ったなら、瞼を降ろし加減にして視野を狭め、意識を他事に移らないよう、先ず鼻尖に注意を向ける。それから目を閉じ、心窩部を内視する。耳は自分の呼気音を聴く。呼吸と同時に雑音が出ないように留意する。呼気時には意念を呼気にあわせ心窩部へと向かわせる。吸気は自然に任せ、いかなる作為も加えない。この呼吸を続けるうちに真気は心窩部に集中しだす。この方法は雑念を排除する上でいい方法であるが、それでも雑念が沸き起こるなら数息法を行ってみてもよい。呼気に心の中で一と数え、次の呼気にあわせ二と数えてゆく。十までいったならまた一から数えてゆく。これを繰り返す。雑念が起こらなくなったらこの数息法は捨ててよい。
 真気の運行方向は先に述べたように、呼気時に真気は丹田へと下りてゆくのであるが、この真気を丹田に鎮めるという目的を達成するためには、必ず呼気に注意を向けなけねばならない。吸気にあわせ上に向けた気の動きで混乱させてはならない。思いが乱れ集中できないのは初学者の必然的現象であり、雑念が湧くたびにそれを断ち、起これば断ちして畏れず怯まず続けることが大切である。毎日続けてゆけば一二週で自然に克服できるであろう。
 2、時間: もしこの第一段階の練功を十日程度で成就したいと思ったら、毎日一定の時間に練習するように習慣付けることも重要となるし、心の安定ということも大切である。仮に決まった時間が取れないとしても、だからといってできなくなるということではなく、何よりもしっかり毎日続けるということができるなら必ず達成できる。毎日朝昼晩三回毎回二十分間。真面目にやればおそらく十日ほどで第一歩目まで到達することができると思う。
 3、反応: 練功三~五日ほどで心窩部に沈重感が出現、五~十日で一呼気ごとに熱流が心窩部に流れ込むのを感じるようになる。これは真気が集中する際の表現である。真気の集中が感じられるようになれば第二歩へ進むための基盤ができたことになる。もしも最初から気を丹田に鎮めようとすると初学者には困難となり、それがために練功の継続を中断してしまうことになる恐れがある。
 4、効果: 初めのうちは慣れないこともあり、姿勢が悪かったりして、頭暈、腰背酸困、呼吸も不自然、舌尖を上あごに付けるのができていなかったりと色々と失敗はあるであろうが、これらはすべて誰にもあることであり、何ら心配するようなことではない。しっかり堅持するならば少しずつできるようになってゆく。

      第二歩 意息相随させ丹田へ赴く
 1、方法: 第一歩の段階で呼気ごとに心窩部の発熱を感じるようになれば意息相随ができるレベルに達している。呼気時に真気を更に下へと沈めて行くときは、ゆっくりと一歩一歩無理の無いように小腹(丹田)へと推し進めるようにする。先を急いではならない。もし力でやり過ぎると高熱が生ずることになり、苦痛を伴うことになる。
 2、時間: 毎日3回、毎回25分~30分十日ほどで気は丹田に沈むようになる。
 3、反応: 毎呼気ごとに一筋の熱流が丹田に流れ入るのを感じる。腸の蠕動が増強し、放屁現象の増加が見られる。これは真気が小腹に達し、腸機能が改善されたことによって邪気が追い出されていることの現れである。
 4、効果: 真気がすでに胃区を通過し、脾胃機能が改善され、真気が丹田へと沈んだことにより、周囲の臓器例えば大小腸、膀胱、腎等が生理上の変化を遂げる。一般的に食欲増進、大小便の異常現象などにそれぞれ改善が見られるようになる。
   

      第三歩 調息凝神して丹田を守る
 1、方法: 第二歩の功法で丹田にはっきりとした感覚が生まれてくれば呼吸を意識的にせよ無意識にせよ丹田に止められるようになる。呼気を下に送るべく更によけいに注意してはならない。発熱が過ぎて陰液が耗傷され、所謂“壮火食気”の弊を犯すのを防ぐためである。呼吸は自然に任せ、意念をただ丹田に置いて“文火温養(とろ火でゆっくり養う)”する。これがまさに“小火生気”ということである。
 2、時間: 毎日三回、毎回30分以上に増やす。このステップでは丹田での実力を培養する段階なので時間もそれだけ多く必要になる。40日程度で小腹が充実し有力となるのを感じられるようになる。
 3、反応: 第二歩の気沈丹田により、小腹での発熱が明確になり、十数日後に小腹内に気丘が形成され、気功の力の増強につれ、気丘も益々大きくなって小腹の力量が充実してきたのを感じられるようになる。小腹の力量が充分蓄積されると真気は下に向かって動き出す。このとき時として陰部搔痒感、会陰跳動、四肢時に活動発熱、腰部発熱などが見られる。これらの感覚が出現するときの早い遅いについては各人により異なる。
 4、効果: 任脈通暢、心腎相交、中気旺盛となることから心神安泰、睡眠の安静が得られるようになる。ほとんどの心火上炎、失眠多夢及び心臓神経症などの疾患はすべて好転する。練功を続けることによって胃腸は元気になるので、脾胃の消化吸収能力が増強し、体重も増加する。一定時間練功を継続した(多くは第三歩の後期)患者の中には毎週体重が3キロから4キロも増加するケースがある。但し、本人の元々の体重にすでに達している場合はそれ以上増えるということはない。精神は充実し、元気も充足、腎機能が増強されるので、患者で陽萎(インポテンス)の病症があれば大いに好転するし、女子の月経不調もその症状に応じて改善する。腎水が旺盛になると肝は滋養を得るので慢性肝炎や初期の肝臓硬化症などもすべて明らかな好転が見られる。

第四歩 通督は忘れる勿れまた助けること勿れ

 1、方法: 意守丹田四十日ほど、真気が一定程度まで充足し、エネルギーが満ち足りてくると、脊柱に沿って上行しだす。上行の時、意識は上行の力量(忘れる勿れ)に随わせ、そのエネルギーの至ったところまでで止める。意識的に上に引き上げようとしてはならない(助ける勿れ)。この上行する気の速さは丹田の力量如何に関わる。もしもその力が不足していたなら、真気は一定のところで止まったまま動かなくなる。そのうちに丹田の力が充実するに合わせ、再び上に動き出す。もし無理やり導引して、通関させようとすれば、丹田の力を脱節させることがあり、非常に危険なことである。これまで、このような状況を喩えて「苗の成長を焦って苗を引き抜く」といわれてきたように、この際の真気の動きについては自然の流れに任せ、決して人の意思をもって動かそうとしてはならない。ただ、“玉枕関”でどうしても通りきれないときは頭頂を内視すれば通すことができる。
 2、時間: 毎日座位での練功回数を増やすようにする。時間も40分から1時間程へと延長する。その人により個人差があり、ある人では一瞬に通過してしまう。このような場合の気のエネルギーは猛烈でその際の振動も大きい。あるときは数時間、数日かかってようやく通過することもあるが、大多数は一週間程度で達成できるものである。通関は後天が先天に返るという生理現象というべきものなので、誰でもが可能なことである。まれに通じ切れないことがあるが、それには別な原因がある。
 3、反応: 第三歩での基礎の上に丹田が充実、小腹(下腹部)に飽満感、会陰跳動、腰部発熱、命門の辺りに真気の活躍感を覚え、所謂“腎間の動気”が一筋のエネルギーとして脊柱を上行するのを自覚する。この現象の状況も人により様々で、真気の培養が充分な人の場合、一筋の熱い力が猛烈な勢いで駆け上り一機に督脈を通過することになる。ある人では往きつ止まり、数日かけてようやく通過する。水銀柱のように呼吸にあわせ上下しながら少しづつ上昇していくケースもある。督脈が通じていないうちは、背部に常時上に向け抜けるような感じがする。後に傾くようなことがあれば直ちに身体を調整しなければならない。頭部の周囲がきつく締め付けられた感覚や、沈悶感に襲われるのは通督前に必ずある現象である。このような情況に遭遇したら怖れの心理情況に陥るのも無理はない。その際、なかには練功を中断してしまうひとがあるが、それまでの努力がすべて水泡に帰すことになり、誠にもったいないことと言うべきである。この段階に至ったら、必ず練功を堅持し、不安や怖れを振り払わねばならない。一たび督脈が通過するならすべての不愉快な身体感覚は消え去り、愉快な感情が沸いて来る。
 真気運行法の全過程のなかで、督脈を通すのは一種飛躍的意味を持っており、練功の眼目ともいえるわけで、更なる高峰へ登るための基礎を打ち立てたに等しい。過去にはこのステップを“積気衝関”(気を積んで尾閭、侠脊、玉枕の三関を衝きぬける)とも“後天返先天”とも称している。
 4、効果: 督脈通暢後は一呼ごとに真気が丹田に入り、一吸ごとに真気が脳海に入り、一呼一吸が任督循環となる。これが古に“小周天”と称せられる状態で、この種の情況下においてはじめて“呼吸精気、独立守神”の実際情況を実体験できることになるのである。精気が絶えず脳髄を補益し、大脳皮質の本能的基礎力が増強されるので、腎精虧損と内分泌紊乱による頭暈耳鳴り、失眠健忘、脚腰が痛く力が入らない、月経不調、精神恍惚、易喜易怒、動悸息切れ、性欲減退などの神経過敏症状等は皆改善することができる。長期にわたり継続すれば健康を取り戻すことができる。経絡の不通から多年癒えることのなかった症状もいつも間にかすっかり癒えていたという事例は事欠かない。普通の人の場合なら精神が漲り、身体は軽々としてまるで別人のようになる。周天歌を最後に付しておく。

 微撮谷道暗中提
 尾閭一転趨侠脊
 玉枕難過目視頂
 行到天庭稍停息
 眼前便是鵲橋路
 十二重楼降下遅
 華池神水頻頻咽
 直入丹田海底虚



     第五歩 元神畜力が生機を育てる

 1、方法: 原則として意守丹田を堅持する。丹田こそがいつまでも意守すべき部位である。通督以後は各々の経脈を一つ一つ開通させてゆく。例えば頭頂百会穴の部位で活発なエネルギーを感じたなら頭頂を意守する。その要領については適宜そのときに応じて対応することができる。所謂「有欲観竅、無欲観妙(竅を観んと欲しても、妙を観んと欲すなかれ)」も練功のそれぞれの段階での心掛けや要領についての助言といえる。
 2、時間: 毎日三回、毎回一時間から更に延長。時間は長ければ長いほどよい。なお一月程度の時間をかけることにより、各種の蝕動現象が次第に消失する。下丹田と上丹田の力を更に強化する。
 3、反応: 通督脈の前後数十日間は全身に電流が走り回るような感覚や、皮膚に痺れないし蟻走感が現れる。眉間や鼻骨が緊張、唇の周りに麻痺や緊張、身体時に温熱感またある時には涼感を覚える。皮膚が呼吸にあわせ動く、吸時には内に向かい収縮し上に向かって浮き上がる、呼時は外に向かって拡散し下に向かい沈降する感じがする。時には軽く浮かんで雲霧の如く、時に泰山の如く重く、時に無限に広大となり、ある時には極度に縮小、またある時には身体が自発運動を始めたりする等など、これらすべては経絡の流れがよくなり、内呼吸が旺盛となった状態での、真気が活動する表現である。但し、これらの表現も人それぞれで異なる。これらの蝕動情況に遭遇したら、それを追及することなく、むやみに恐れることもなく、心を静め座り続けておれば自然におさまっていく。座りが深まり極静に至れば以上の各種現象はすべて解消する。鼻息微々、在るが如く無きが如く、内向する真気が集中旺盛の程度を増すほどに、動きが自由活発になり、明朗愉快、晴れ晴れとした気分になってゆく。丹田は珠を含んだ水の如く、百会では月華(月影or月暈)が涌き現れるが如く感じる。このような境地は概ね真気充足し、生物電気の集中するときの表現と考えられる。
 4、効果: 身体表現、とりわけ丹田と頭頂の百会穴との相互吸引的磁性力に基づいて考察すれば、これらが示すのは大脳皮質の本能的力量の増強とともに内分泌機能が調整され旺盛となっているものと推量できる。これらの能力は多彩であり、練功が深まるにつれ一層明瞭活発に発揮されるようになる。全身の生理的生活機能の調整が進み、真気も更に充実するし、継続的に身体の代謝機能が増強され、生命体の潜在能力が充分に発揮されるようになる。そのようなわけで活力が旺盛になり免疫力が当然増強される。結果として長患いの疾患といえども改善し治癒への道を歩みだすことができる。鍛錬を続けてゆくなら心身の健康、そして健康長寿への道が開かれる。所謂老年期といわれる年齢になってからも、このような活力旺盛な身体を維持できるなら、経験を積み学識豊富な熟年をそれこそ楽しく余裕をもって世のため人のために活用できる喜びを享受することができることになる。