【 葬 風 歌 】



( ……笑っていた ) ―――――

 
 俺達より、先にそこにいたのは……。

 
 尋ねた俺に、返って来た答え。
 吹き抜ける風に、跡形もなく。

 神楽が、どれだけ非道な事を重ねてきたか、俺だって良く知っている。
 俺を嵌める為に妖狼族の大半を虐殺し、人間の城を幾つも落とし、高位高官の僧や神官を殺しまわり…、数え上げれば、悲しくなる程にキリがない。

 今なら判る。

 そんな生き方しか、お前は出来なかったんだと!
 あんな奴の、奈落の分身などに生まれついた為に!!

 
 風使いの神楽。

 
 誰よりも、【自由】に焦がれていた神楽。

 …俺も、同じだ。
 
 俺も、かつては。
 この【半妖】の身が、恨めしくて!
 地を這うしかない俺の目には、あいつは眩しくて。
 天(あま)翔けるあいつを、憎しみにも似た羨望の眼(まなこ)で見詰めた。
 あいつを見る度、我が身が呪わしくて…。

【半妖】の身から、【自由】になりたかった。

 
 今は ――――

 
 縊(くび)きから、完全に解き放たれた訳ではないけれど、かごめが居るから、仲間達が居るから、俺の居場所があるから。
 もし俺がずっと一人で、あんな風に死ななきゃならなかったら……


 ―――― やっぱり、笑っただろうな。


 あいつが来てくれたら。
 最後にあいつに逢えたら。

 神楽、お前の気持ちと俺の気持ちが同じかどうかなんて、俺には判らねぇが、それでもお前は今、【自由】なんだな。

 
 良かったな、神楽 ―――――

 

 

 神楽の……、馬鹿。

 


 逆らって…、殺されて……。

 
 でも…

 
 あたしの、鏡の中。
 映った神楽の顔は…、綺麗。

 
 あたし達は、いらないモノ。
 そう…、奈落には。

 
 あたしは、【無】
 あんたは、【風 −じゆう−】

 奈落の中の、”あの男”が持っていた強い想い。


 ……だから、いらないモノ。


 ”在り”続ける事に反する、”虚無感”
 ”縛め”に対しての、“自由”


 
 どちらも。


 
 成りたいものに成れた、神楽。
 成りたいものも無い、あたし。

 


 神楽の、馬鹿。

 


 …あたし、一人 ―――――

 

 

 

 ……戻って見ると、りんが空を見上げていた。
 その側で邪見が、何やら喚いている。

 
「…どうした、邪見」
「あっ、えっ、いや〜 その…、殺生丸様…」

 口篭もる、邪見。
 留守中、何かあったのか。

「お帰りなさい! 殺生丸様っっ!!」

 空を見上げていた瞳を私に転じ、いつもの様に私を迎える。

「…も、申し訳ございません! わたくしがちょっと目を離した隙に、あの女がりんの許に現れたようで……」
「あの女?」
「…神楽だよ、邪見様」

 りんはその名を口にし、真っ直ぐな瞳で私を見る。
 その小さな手元には、真白き羽毛。

「この馬鹿娘は、以前攫われた事も忘れて、話をしたなどと…。今、口を酸っぱくして、説教していたところで…」
「りんに逢いに来たんだって。それだけだよ?」
「ふん、大方お前を油断させて、また攫おうと言う算段だろう。姑息な奴らの考えそうな事じゃ!!」
「…そんな感じじゃなかったけどな」

 そう呟きながら、私の顔を見る。

「…邪見、いらぬ心配だ。もう、あれは ―――― 」

 
 神楽、なにをりんに伝えた?
 風らしく、残り香さえも留めずに。

 
「…殺生丸様。また、逢えるよね?」

 
 問いかけるりんには、応えず。
 小さな突風が、りんの手から僅かな面影さえも攫ってゆく。

 風の中、神楽の最後の笑みに、いつか来るりんの笑みを重ね ――――
 留める事など出来ぬ、儚さ故に。


 天生牙でさえ、救えぬものがある。
 終わらせねばならぬ、【命】もある。
 逝き行く【命】を救うものは ―――――

 更にまた。
 耳元を過ぎる風の音。

 
 その中に ――――

 
 天生牙の、共鳴する聖なる音を聞いていた。

 

 


【終】
2004.9.6


 
【 あとがき 】

…先に書いた神楽追悼SS「風花」の追加SSです。
今回は、神楽の周りの者の視点で書いて見ました。
とことん殺×神視点、つまり【恋愛感情】めいたものを排除して書きま
した。これは、私が殺りんプッシュだからと言う訳ではなく、もっと大
きな感情のようなもので表現したかったからです。

【犬夜叉】と言う作品における恋愛関係(のようなもの)は、その一端
に過ぎないと思っている私です。


TOPへ  作品目次へ


誤字などの報告や拍手の代りにv 励みになります(^^♪


Powered by FormMailer.