【 逢 瀬 −ふれあい− 】
―――― あの世の境から、どうやって帰ってきたのか誰にも判らなかった。とにかく殺生丸の後を追い、光に包まれたと思ったら、そこはもうあの「火の国の山」牛頭馬頭の石像の前だった。
見渡して見れば、すでに殺生丸の姿はなく ――――
ある種の不安を抱え急ぎ犬夜叉は、いや犬夜叉達は奈落の後を追ったあの「場所」へと取って返した。
そして、犬夜叉の不安は的中した。
そこに居るはずの「巫女」の姿はどこにもない。
話したい事があった。
聞きたい事もあった。
わざわざ仲間達は気を使って、犬夜叉一人で赴かせてくれたと言うのに。
消沈して皆の所へ戻れば、七宝には悪態をつかれ、かごめには何を話したのかと問われる。
正直に「居なかった」と告げたところで、事この件に関しては信用がないのか、あれこれ諍いになり、挙句「おすわり」だ。
そんなこんなで日も暮れて、一行は取り敢えず身体を休めることにした。
( ……う、う〜ん? )
微かな気配と、何かの香りが鼻をくすぐり、ふとかごめは目を覚ました。慌てて周りを見回すが、不穏な気配には何者よりも聡い仲間達が誰一人として、起きて来ようとしない。
珍しい事に、あの犬夜叉でさえ。
( 私の気のせい……? )
あまりに静かで、平安そうな仲間達の寝顔。
さらにかごめを目覚めさせた香りが、かごめを誘うように強くなる。
香りの元を探ろうと、かごめが首を巡らした時だった。
少し離れた木立ちの中に、ぼうっと光って式神の童が立っていた。
( あれはっっ!! )
―――― あの時、私を桔梗の許へ案内した式神の童。
( ……桔梗が、呼んでるの? 犬夜叉じゃなくて、この私を? )
……そう、仲間達は眠らされているのだ、桔梗に。
なぜか、犬夜叉までも。
なぜか、判らない。
でも、ここで立ち止まっていても先には進めないと、かごめはそう思った。桔梗がかごめの事を、快く思っていない事は知っている。犬夜叉との事があるだけに尚更だ。
かごめを迎えに来た式神の童は、軽く会釈するとくるりと背を向け、先に立って歩き出した。かごめも覚悟を決めると、その後に続く。
木立ちはやがてその間隔を狭め、だんだん森へと様相を変えていた。
その森の中心近く、冷厳な光が溢れている。
光の中には ――――
( 桔梗っっ!! )
艶然と微笑んで、犬夜叉のかつての想い人は待っていた。
かごめの足が震える。
その圧倒される美しさ。
逆らいがたい、その威厳と共に。
……考えてみれば、この目の前の存在に命を狙われた事だってあるのだ。こうやって、一人で出向いて来たのは余りにも無防備だったかもしれない。だが、どれほど圧倒されようと、かごめは持ち前の性格から引くことは出来なかった。
「……私を呼んだのでしょう? でも用があるのは犬夜叉にじゃないの?」
声が震えないよう、ゆっくりと言葉を形作る。
「ふふ、そう警戒するな。もう、何もせぬ」
気が付くと、自分を見る時に感じていたあの刺すように冷たい視線が、心持ち和らいでいるような気がする。
桔梗が手招きし、己の傍らに腰を下ろすよう勧めた。
かごめはそれに従い、桔梗の隣へと座り込む。
( ……何か、変。これじゃ私達、姉妹か学校の先輩・後輩みたい )
くすぐったさにも似た、居心地の悪さにかごめは下ろした尻が落ちつかない。
「……ねぇ、桔梗」
話す話の接ぎ穂が見つからず、そう呼びかけて見る。
「なんだ?」
素っ気無い物言いでも、なぜかいつもより優しく聞こえる。
「桔梗は私の事、嫌いよね?」
「どうして?」
「どうして、って言われても……」
……明らかに、今までの桔梗とはどこか違う。
「……ふっ、以前お前の命を狙った事があるからか?」
「う、うん…。それもあるけど……」
かごめはそっと、心の中で呟いてみる。
( だって私は犬夜叉が好きで、桔梗も犬夜叉の事が好きなのよね。だから…… )
「犬夜叉もお前と出会った最初(はな)は、お前の命を狙ったのだろう?」
確かに、そうだ。
あの頃は、こんなにも犬夜叉の事を好きになるなんて、思いもしなかった。
―――― 人の気持ちは不思議だ。
良くも悪しくも、変わってゆく。
不変のものなどないのならば、願わくばさらに高みを目指せるよう、変わって行きたい。
「……なんだか今日の桔梗、いつもと違う」
「そうか? もし、かごめがそう思うなら、私を変えたのはかごめ、お前だ」
「私?」
狐につままれたような表情で、思わず桔梗の顔を繁々と見つめてしまう。
( ……桔梗、やっぱり綺麗よね。大人っぽくて、上品で凛として。女の私だってそう思うんだもん。犬夜叉が忘れられないのは、仕方がないよね)
「……私とお前はよく似ているのだろう。同じ者に惹かれてしまった。だけど、お前と私はまるで別物だ」
桔梗の言葉は、私が桔梗の「生まれ変わり」だと言う事を踏まえての言葉。
そう、桔梗と私は別人。
でも、同じ一人の存在に惹きつけられてやまない、似た者同士。
「桔梗。もう判っちゃってると思うけど、私、犬夜叉が好き。でも、桔梗はそれは嫌なんでしょう?」
「かごめ、お前はどうだ?」
真っ向から、問い返される。
「……面白くないけど、仕方がないわよね。出会わなかった「前」の事を私がとやかく言う訳にはいかないし。本当、面白くないけど仕方がないわ」
ふふふっ、と含むように桔梗が笑う。
それは他の者を寄せつけない氷のような冷笑ではなく、楽しい事を抑えているような笑みだった。
「そうやって、言ってしまえる事がかごめの強さなのだな。人に見せたくない己の汚さや醜ささえも日の下に曝してしまえる強さ。それが、私を変えた」
「桔梗……?」
「……人である以上、『心』があれば他を妬み、羨み、憎く思う事もあるだろう。かごめはそれらのものさえ、ありのままに受け入れ、昇華させてしまう。そう、犬夜叉を犬夜叉のままに受け入れたように」
そこで一旦、桔梗は言葉を切った。
「……私には、出来なかった。巫女として生きている時から、間違えてはならぬ、潔癖でなくてはと己の中の『闇』を認め様とはしなかった。そうして、『闇』に捉まった」
「私だって…、私だって、そんなに強くないわ。奈落の赤子に心を捉まれそうになったし……」
「ああ、式神の童から経緯は聞いた。私をダシにして、犬夜叉を誘き寄せたそうだな」
「やっぱり、犬夜叉は桔梗の事、今でも好きなんだと思ったら悲しくなっちゃって……」
「そこに付け入られたんだな? だけどお前は『心の闇』を見据え、その中の『光』を見出した。多くの者は、それを認めたがらぬ故、『闇』に堕ちてゆく。かごめ、お前は強いのだよ」
正面切ってそう桔梗に言われて、かごめは顔が赤くなるのを押さえられなかった。
でも、不思議。
なんでこんな風に話せるの、私達。
ふつーなら、この状態って三角関係の修羅場よね?
「私が、桔梗を変えた……?」
「ああ、そうだ。お前の言葉を聞き、行動を見、そしてお前に触れた。お前が私を助けてくれた時、はっきり判った。お前なら、ありのままの私を受け止めてくれると」
やだ、なんだかこれって……。
あり得ない予想に、胸がドキドキしてくる。
そんな筈、ないよね?
だって、今でも桔梗、犬夜叉の事好きなのよね?
地底に引きずり込みたいくらいに。
そうでしょ?
だから、『あの矢』を犬夜叉に託したんでしょ?
犬夜叉の為に。
私はその事に思い至り、この雰囲気を変えたくて、殊更(ことさら)明るく礼を述べた。
「あっ、そうだ! ありがとう、桔梗。犬夜叉の為に渡してくれた『あの矢』。あれのお陰で最後の欠片、奈落に取られずに済んだの。本当に、ありがとう!!」
ふっ、と桔梗の瞳が微笑む。
「……そうか、役に立ったか。お前の為に渡した『矢』だ。お前なら、使いこなせると思っていた」
( えっ? 私の…、為? でも、それじゃ…… )
だんだん頭がグラグラしてきた。
犬夜叉は今でも、桔梗が大事。
悔しいけど、それは事実。
だけど、私の事も思ってくれてる。
だから、辛いんだよね。
私も、昔人間になっても一緒に居たいって思った「女性(ひと)」の事を、綺麗さっぱり忘れてしまえるような性格な犬夜叉だったら、こんなにも犬夜叉の事を好きになったかどうか判らない。
―――― そう、凄く矛盾してるんだけどね。
……桔梗も、そうだと思ってた。
だけど、なんだか ――――
「…ね、ねぇ、桔梗? 貴女、今でも犬夜叉の事好きよね? 犬夜叉の命は自分のものだって言ってたし、地獄の底に一緒に行こうって誘ってたし、そ、それに…、キ、キス、してたし……」
桔梗の瞳に浮かぶ、不思議な光。
それは、どこか悪戯っぽく……。
「……見てたのか?」
( えええっっっ〜、見てたのか、はないでしょう!? あの時、私を大木に縛り付け、結界で犬夜叉からは私の姿が見えないようにして、私の目の前で、キスしてたでしょうっっ!!! )
口をあけたまま、アワアワともう言葉にならない。
「……死んで見て、判る事もあると言う事だ。『私』と言う者が本来どういう者であったかとな。生前の私は、あまりにも『己』を抑えすぎていたようだ」
そこで、一旦言葉を区切る。
「蘇らせられた時、私の中には生前抑え込んでいたドロドロとしたものが煮えたぎっていたのだよ。犬夜叉に対しても、自分に対しても。犬夜叉に裏切られたと思った事、愛しいと思っていた筈の犬夜叉を、この手に掛け様とした事。……出来れば、目覚めたくなどなかった」
「桔梗……」
「……かごめ。お前が居なければ、あのまま私は目覚めた時のまま、『怨念の化け物』になっていただろう。だけどな、かごめ。私の身体に残った『陰』の気でさえ、お前の『心』に育まれていたせいか、時が経つほどに、私を正しい方向へと導いた。そう、討つべき相手は『奈落』だとな」
「死人であっても、『変わる』事が出来るのだと知った。変わった私から見た犬夜叉との関係は多分かごめ、お前が思うようなものではなかったのだ」
―――― 衝撃の告白だった。
でも、それじゃ…、あまりにも犬夜叉が可哀想すぎる。
「……そ、そんな! だって、だって、キ、キスしてたじゃないっ!!」
桔梗の瞳が熱っぽい。
「……妬いてるのか?」
「や、妬いてるって、そんな、あのっっ!!」
私のパニクッた抗議の言葉は、途中で遮られた。
そう、桔梗の赤い唇で。
言葉を叩きつけようとしていて、少し開いていた口元から桔梗の滑らかな舌が入り込み、私の舌に絡み付く。
いつの間にか 、しっかり抱き寄せられて。
( こ、これって、でぃーぷきすっっ!!! )
頭は真っ白、呼吸困難を起こした金魚みたいに口をパクパクするだけ。
唇を奪われた時の様に、唐突に放されて。
「これで、相子(あいこ)だ」
( 相子っっ!! 一体何が相子なのっっ!!! )
パクパクパクッッ
「……私と犬夜叉は、『同類』だ。だから、一緒に居ると楽だったのだよ。それを私達は『錯覚』したのだ。そして、犬夜叉がお前に惹かれたように、私もまた―――」
ぱくぱくぱくっっっ!!!!
「早く、あやつも気付けば良いのだ。私に対する想いの質と、かごめ、お前に対する想いの違いに」
かなり早い時点で、その事に気付いていたのだろう、桔梗は。
かごめは気付かなかったが、かごめが気にしていたあのキスシーンの裏に隠されていた、あの短剣の意味は。
生前は表に出す事はなかった、桔梗の本性。
―――― 白黒はっきりつけてやる!
―――― やられたら、やり返す!!
男勝りな、その性格。
未練がないと言えば、嘘になる。
だが、いつまでもそれにすがるような女じゃなかったようだ。
―――― そう、憎む事も、愛する事も、こんなにも自由だ。
「――― また、逢おう、かごめ」
満ち足りた表情でかごめに、そう声をかけ優雅に立ち去る桔梗。
残されたのは、真っ白になったかごめ。
―――― しかし、少し離れた藪の中、美女二人の熱い抱擁を見せ付けられ、永久凍土のように固まってしまった犬夜叉がいた。
ちゃんちゃん
【 あとがき 】
…はっきり言って管理人、壊れています。
桔梗さんも、コワレテいます。いえね、2003年8月25日・9月1日放映分を鑑賞して、どーにもモヤモヤしたものがわだかまってしまい、とにかくこれを吐き出さなくては、とこんなコワレ文を起こしてしまいました。
モヤモヤの理由は、あの当時の桔梗さんバッシングの激しさ! 原作・アニメ製作サイドへの叩きの数々。
叩きの主な理由が、自分達の考えた妄想的な犬かごラブな展開にならなかった逆切れと、原作の大きな流れを無視した、大人気ない我儘。若干アニメ製作サイドも「三角関係」を強調した感があったのは否めませんでしたけど。
ならば、その「三角関係」で遊んでやろうじゃないかと。
アニメ作品と原作は似て非なるものと認識しているのですが、どーせならここまでコワシテしまったら、もう笑うしかないかな、と。
桔梗さんファンの方、ごめんなさい。
桔梗さんを、こんな風にコワシテしまって。
でも、管理人は桔梗さん、好きです。
私のこれから書く話でも、最後の最後までキーパーソン的役割を担ってます。
ご一読後、笑い飛ばして忘れていただければ有難く存じます。
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