【 冥道の光 = Side B 】



 びっくりしちゃった。
 ねぇねぇ、ちょっと聞いて!

 少し前に、殺生丸が死神鬼って妖怪と対決したの。どこで修行したのか殺生丸の奴、『冥道残月破』をほぼ完成させててそれもびっくりだったんだけど、もっとびっくりしたのがその『冥道残月破』って技、本当は死神鬼の秘技だって言うのよ。
 
 その死神鬼が言うには、犬夜叉や殺生丸のお父さんが昔闘って自分から奪った技なんだって。まぁ、それも変な言いがかりみたいなんだけど…。奪われたって言うけど、自分だってまだその『冥道残月破』を使えるのよね。お父さんが闘った時は、鉄砕牙だったから相手の技を吸収しただけだと思うの。うん、現代風に言えばコピーって事かな。

 で、吸収したのはいいけど『冥道残月破』を持て余したらしい犬夜叉達のお父さんが、鉄砕牙からその技を切り離し作ったのが天生牙だって言っちゃったから、もう殺生丸の奴ってば荒れる荒れる!! 

 も〜っっっと拙かったのは、死神鬼の冥道残月破は大きさこそ殺生丸のものより小さかったけど、完全な真円。完成されていた訳。それに対して殺生丸のはまだ未完成。そこに鉄砕牙が共鳴して、完成させちゃったもんだから……。死神鬼を冥界に叩き込んで、荒れるだけ荒れたまま私たちの前から去って行ったのよ。

 うん、判らなくもないけどね。冷酷な顔して最強なくせして、親兄弟なんて関係ないってふりしてるけど、本当はお父さんの事を物凄く誇りにしてる。だから、認めてもらいたかった。超えたかった。それだけに半妖の犬夜叉に鉄砕牙が譲られたのが許せなかったし、唯一その父さんとの絆でもある天生牙までが鉄砕牙の一部、つまり犬夜叉のモノなんだって言われちゃね。しばらくは犬夜叉も殺生丸もお互い顔を会わせたくないだろうなぁと思っていたら、余計な所で奈落がちょっかいをかけてきて…。

 琥珀君の危機だったから、私達も慌てて駆けつけたの。そうしたら保護者役の殺生丸が居ないのよ!! もう、ほんっとうに琥珀君、危なかったんだから! そこは姉である珊瑚ちゃんの頑張りで、奈落の身体を砕いて退散させたから良かったようなものの、今度は遅れてやってきた殺生丸がいきなり犬夜叉に立ち会えって、天生牙を突きつけてきちゃってさ。それも、あの狡賢い奈落が仕組んだ事だけど。神無の鏡の欠片の力で鉄砕牙の力を写し取って……。

 そう、つまりその天生牙はもともとの力を持った冥道残月破を切り離す前の鉄砕牙と同じなの。容赦なかったわよ、殺生丸の奴。犬夜叉を冥道に叩き込むんだもん、どうなる事かと思ったわ。その後、またこすっからく奈落がちょっかいかけてきたから、殺生丸も冥道の中に飛び込んじゃったけどね。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「……大丈夫かしら、二人とも冥道に入っちゃったけど」

 大きく開いた冥道の中に立つ二人。命の危険にさらされ、完全に変化した犬夜叉。以前、暴走し野盗どもを惨殺したり、自我をなくしてかごめ達さえも襲うおうとした所を殺生丸に力尽くで止められたあの頃から比べれば、はるかに正統な犬妖として成長している。
 最初なぜ、殺生丸が犬夜叉に立ち会えと行って来たのか判らなかったし、神無の鏡の欠片の存在に気付いて奈落の甘言に今更殺生丸が乗ってしまったのか? と思いもしたけど、殺生丸の表情を見てそれは違うとかごめは思った。死神鬼との闘いの後、殺生丸が何を思い何に葛藤し答えを出したのか察する事は出来ないけれど、明らかに大きく何かが変わっていた。

「大丈夫だよ、かごめ様! だって殺生丸様だもん、ちゃんと帰ってこられるよ!!」
「りんちゃん……」

 りんの絶対の確信に満ちた言葉。それはりんが幼いからと言う訳ではなく、何か特別な強さを感じさせる。

「う、うむ。そうじゃな。確かに殺生丸様は、息絶えたお前を抱いて冥界から帰還された事がおありじゃからな」
「冥界っっ!? りんちゃんが息絶えたって……」

 あまりに信じられない事を口にする邪見を、思わず睨んでしまうかごめを始めとする居残り組。あの一連の、そう邪見でさえ知らない殺生丸の一面を伺い見た琥珀は、あえて沈黙を守る。確かに天生牙は殺生丸にとって何者にも変え難い剣ではあった。それを一度、冥界の底で息絶えたりんの為に『捨てた』事を。だからこそ完成間近までに成長した殺生丸の冥道残月破。

「……本当なの、琥珀?」

 目の前の元気でお喋り好きで無邪気なこの娘が、一度は死んだ身だとはとても思えず、そう弟に問う珊瑚。

「はい、本当です姉上。しかもりんは一度ばかりか二度までも…、です」

 意外な身の上に、目を丸くするかごめ達。話を聞いているうちに、大人しくしていた邪見の大きな目玉にじんわりと、涙が滲んでいる事にかごめは気付いた。

「邪見あんた、どうしたの?」
「ふ、ふん! ちょっとあの時の事を思い出しただけじゃ!!」
「邪見……」

 すっと、りんが俯きながらそれでもはっきりとした口調で語り始める。

「りん、初めて殺生丸様に出会った頃に狼の妖怪が飼っていた狼達に食い殺されたんです。その頃の殺生丸様もとても酷い怪我をしていて、りんがこっそり色々食べ物なんかを持っていってたんです。その時、声をかけてくれたのが嬉しくて……」
「りんちゃん……」

 幼い子どもの語り故かその内容は前後の繋がらないものだったけど、判る内容から察するにどうやら殺生丸とりんとの出会いは、犬夜叉が風の傷を会得した頃のようだ。傷付いた殺生丸をりんが介抱(?)し、なんらかの交流が生まれた結果として妖狼に食い殺されたりんを『天生牙』で蘇らせたと言う事だろう。

「……邪見、一つ尋ねる。天生牙はそれまでにも、その蘇生の力を発揮した事があるのか?」

 何か考え深げな表情を浮かべつつ、弥勒が邪見に問う。邪見はここぞと言わんばかりに、決定的な一言を発した。

「まさか! 天生牙は『慈悲の心』なくばその蘇生の力を発揮せぬ、切れぬ刀。りんに出会うまでは殺生丸様も天生牙を鈍刀(なまくら)呼ばわりして、戯言で何度かワシを切りつけた事さえある。もちろん、切られはせぬがな」
「うん、そうなんだよ。りんが蘇り一号で、邪見様が二号だって。邪見様も闘鬼神を作った妖怪に切り殺されちゃったんだ」

 眼を丸くして二人を見る、かごめ・弥勒・珊瑚の三人。

「凄い刀だね、琥珀。あたしたちも前に川獺(カワウゾ)妖怪の親を生き返らせたのを見た事はあったけどさ」
「……もし、もしもよ。あの時、殺生丸が居てくれたら、桔梗も死なずにすんだのかしら……」

 ぽつりとつぶやくかごめに気付いたのか、声を潜めて琥珀があの天空の城で聞いたご母堂様の言葉を伝える。

「おそらく、それは無理ではなかったかと思います、かごめ様。どんな形であれ、一度死なねばならない命をこの世に繋いだ身には、天生牙の癒しの力は効かないのだそうです」
「琥珀君……」

 ふとその言葉にひっかかるものを感じつつ、もう一つの疑問を口にする。

「でも、さっきりんちゃんは二度もって?」
「ええ、あの……」

 どう話そうかと琥珀は言葉を、胸の中に巡らせる。あの冥界の中での事は、側に居た自分と冥道石で全てを見通していたご母堂様・邪見の他は、その真実は判らないと思う。しかし、その全てを伝える言葉を、自分は持っていないことに琥珀は気付いた。口ごもった琥珀に焦れたのか、邪見が横から口を出す。

「試練だったのですじゃ、ご母堂様の」
「ご母堂様?」

 この場で、意外な言葉を耳にしたかごめ達一同。

「ご母堂とは、一体どなたの……?」

 弥勒がそう聞きたくなるのも無理はない。

「殺生丸様のご母堂様に決まっておろう。そのご母堂様が天生牙の冥道残月破を極めさせんと、冥道石なる世にも稀なる石より冥界の犬を呼び出し、殺生丸様にけしかけたのじゃ」
「けしかけたって…。なんだか犬夜叉の一族ってぶっとんだ性格の妖怪ばかりなのね」

 人間と妖怪を同列に考えてはいけないのは当然だが、その辺りかごめの感覚もマヒしてきていた。

「そうしたらなんと! 事もあろうにその犬めがそこな琥珀とりんを食らい込み、殺生丸様の放った冥道残月破で開いた冥界へと逃走して……」
「あ〜、えっと、それって……」

 ある言葉を口にしようとして、かごめはすんでのところで思い止まる。つまりそれは、殺生丸の落ち度、ドジと言う事に他ならない。

「冥界は生きた人間の行く場所ではない。冥界の風に当ってりんは、息絶えてしまったんじゃ!!」

 ぶわっと、邪見の金壷眼から涙が溢れ出す。嗚咽が酷くなり、言葉が途切れ ―――

「ねぇ、それからどうしたのさ ――― 」
「……殺生丸様は、りんを連れ去ろうとした冥界の主を死力を尽くして倒したのです。倒せば、りんも生き返ると思って。でも天生牙を投げ捨てりんをその腕に抱きかかえても、りんの目は開きませんでした」

 あの時見た、この世のものならざる光景を軽々しく口にして良いものかと琥珀は思う。あの息絶えたりんを腕にした時の、悲痛なまでの殺生丸の顔。そのりんへの想いが、冥界の底で迷っていた魂達へ向かった時に生まれた、天生牙の浄化の光。

 清浄にして、慈愛深き救いの光 ―――

「殺生丸様は、一刻も早く現世に戻る必要があると思われ、冥界の中から冥道残月破を放たれたのです」
「そう、そうなんじゃ!! 何もない空間にいきなりほぼ真円の冥道が開き、殺生丸様達が帰還されたのじゃ。二度目にりんの命を救われたのはご母堂様。三度目はないと、きつく言い放されてな」

 う〜む、と弥勒はあれこれと考えていた。これはもうどう考えても、殺生丸に与えるりんの影響力の大きさは並ではない。いや、天生牙覚醒の鍵がりんそのものであるとしたら、このりんと殺生丸の出会いすら偶然ではないように思われる。殺生丸と天生牙。天生牙とりん、そして冥道残月破と死神鬼。そこに何者かの筋書きを見るような思いがする。

「冥界から戻り、冥道残月破もほぼ完成した。そんな殺生丸の前に脈絡もなく現れたのが、死神鬼。完全な冥道残月破を放ち天生牙誕生の秘密を殺生丸に教え、鉄砕牙と共鳴する事で冥道残月破を完成させるように仕向けた…、か」
「法師様?」
「いやいや、これ以上は私の穿ちすぎた考えかもしれませんね。癒しの力と冥道を開く技では相反するようにも思いますし。案外、そーゆー事かもしれません」


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 弥勒様がそう言って、それから間もなくだったの。

 収縮してゆく冥道の中にきらりと光る小さな光。それが一条こぼれたかと思ったら、冥道が中から開き犬夜叉と殺生丸の二人の姿が見えて。犬夜叉の手にした鉄砕牙には黒い光、冥道残月破が宿っていたわ。
 
 光と共に落ちて来たのは、冥道残月破を失った天生牙。大地に突き刺さったその様を、冷静な眸でみやり、かつて犬夜叉に切り落とされた己の左腕を惜しみもしなかったようにその場を歩き出す殺生丸。持ってゆけ、と言う刀々斉のじいちゃんの言葉に耳も貸さずに。

「ごきげんがなおったら、渡しておくね」

 りんちゃんがにこにこと笑いながら自分の背に余るだろう天生牙を抱え殺生丸の後を追い、ちらりと何か言いたそうな表情を見せながら琥珀君が後に続く。やがて殺生丸達の姿は、私たちの目の前から消えてゆく。その姿を見送り、弥勒様が呟いた言葉に私は注意をひかれたの。

「……りんは本当に天生牙に選ばれた娘だと言う事でしょうな」
「弥勒様?」
「あれだけの長剣を軽々と持っていってしまいましたよ。切れぬ刀とは言え抜き身の刀。りんが殺生丸の鞘だと言う事なのでしょう」
「えっ!? えっと、それって、どーいう意味かしらっっ!!」
「またまた、かごめ様。抜き身の剣と鞘の関係は、秘してこそでしょう」

 どきどきするような、その発言。確かに自分の時代に比べれば早婚だし、異種婚も犬夜叉の両親の例があるし、何より同じ父親の血を殺生丸も受けている訳だしっっ!!
 それだけに、なかなか意味深なその言葉。

「殺生丸もそこに気付いたから、我々の前に出向いて来た訳だろうし ――― 」

 この死闘の裏を読んでいるような弥勒様の言葉に私は反応する。

「それじゃ、殺生丸が犬夜叉に闘いを挑んできた意味って?」
「殺生丸と天生牙の決別の儀式、みたいなものかも知れません。天生牙は犬夜叉が冥道残月破を使うだけの力を得た時に、その技を譲り渡すまでの護符のようなものだったのでしょう。りんの命を危険に晒してまで会得した技であっても、殺生丸にとっては筋違いなもの。また天生牙すら今の自分にとって一番大事なものには及ばないと納得した、と言うところでは ―――」

 そこで一端言葉を切って、次の言葉を続けた。

「そう納得しても、この技を渡すに値するか自分の眼でしっかと確認したかった。それも出来うる限り極限の状態で。それが奈落の言葉に乗ることだったと言う訳で」
「技の伝授、ってことだね」
「よくあの殺生丸がそんな心持になったわね……」

 にやりと、意味ありげに弥勒様の瞳が光る。

「男を変えるのは女の力ですよ。今の殺生丸にとってはどちらがより重みがあるかと言う事に他ならない訳で、それでもやはり『天生牙』の方が一枚上手のようですがね」
「あの、それってりんちゃんと天生牙を比べたらって事?」
「そう、その通り。殺生丸は一度天生牙を自ら、りんの為に『捨てて』いる訳ですから」

 私はあの時、琥珀君が説明した一文を思い出した。

「りんちゃんの為には、もう天生牙の力は使えないのね。だから、未練もなく…?」
「かもしれません。まぁ自分の母親にも引き合わせた訳ですし、その母親からも加護を賜るような不思議な娘ですから、なるようになるんじゃないでしょうか?」

 去り際、琥珀君が何か言いたそうにしたその意味を私は理解した。確かに誰かついてないと一足飛びに行く所までゆきそうな二人かもしれない。

「おい! なんだかごちゃごちゃと訳わかんねー話してんじゃねぇよ!!」

 晩生と言うか、ニブいと言うか話の内容が見えてない犬夜叉がブツブツ文句を口にする。

「ん〜、まぁ、そのなんだ。お前にそう遠くない先に、年下の姉が出来そうだと言う話だな」
「はぁぁぁ?」

 若干判らん奴一名。

( そっか、りんちゃんはきっと天生牙にも気に入られているんだろうな。天生牙もりんちゃんも殺生丸の側を離れるつもりはないみたいだし。気がついたら殺生丸ってば、すっかり躾けられているみたいじゃない。りんちゃんや天生牙に! )

 その行動でおそらく自分でも気付かなかった胸の中を暴露してしまった殺生丸。これが現代であれば、間違いなく要危険人物・児童福祉法のなんとか条例にもひっかかりそうな気がする。なにしろ未成年者連れ回しの現行犯である事は間違いのない事実なのだから。

( ……今が戦国時代で良かったわね、殺生丸。犯罪者にならなくて )

 かつての戦国一の大妖怪、戦慄の貴公子としてその名を轟かせた殺生丸のこれからや如何に?
きっと次に会う時は、その腰にはりんちゃんが抱えて行った天生牙が当たり前のように収まっているのね。

 殺生丸の傍らに、りんちゃんが在るのが当たり前のように。


【おわり】
2007.6.16




【 あとがき 】

冥道に入っていった犬夜叉と殺生丸が出てくるまで、こんな会話があったのではという妄想小話です^_^; 確かまだ、りんちゃんがどうして殺生丸と一緒にいるかは原作的にはかごめ達は知らないですよね? そのあたりの振り返りを含めて書いてみました。


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