【 言 霊 ‐みちびくもの− 】



 ―――― 変わった子だな、と俺は思った。

 妖怪の笛の音でこんな山奥の洞窟まで連れて来られた俺達とはまた別に、一番最後に一人で来た娘。
俺よりも、一つか二つ年下に見える。

 妖怪の笛の音が消えると、その子は夢から覚めたような顔になった。
 そう、俺達もそうだった。
 俺達も気が付くとそこは山奥の洞窟で、目の前の鬼のような妖怪に攫われたのだと知った時の恐ろしさ!
 それは一緒に攫われた村の子供達が他にもいたのに、やっぱり恐ろしくて、恐ろしくて!! 
 泣いて、泣いて、泣き疲れた頃、その子は連れて来られた。

 ――― たった一人で。

 ああ、この子も俺達みたいに、きっと恐ろしさに大泣きするだろう。
 いや恐ろし過ぎて、声も出ないかも知れない。
 俺は、そう思った。

 だけど……

 その子は泣きもしなかった。
 恐がりもしなかった。

 俺達と妖怪を見比べて、それから自分が連れて来られた洞窟の入り口をじっと見詰めた。
 そして入り口の近く、洞窟の奥にかたまって身を寄せ合っている俺達から見れば、その妖怪の間近に腰を下ろした。

 俺は、(…そう、攫われた村の長の子と言う事もあって)守らなきゃいけない! と言う気持ちが他の子より少し強かったのか、それともその子の強い光の瞳が気になったのか、妖怪が寝入った頃を見計らってそっとその子の側に近寄った。

「……おい、お前。恐くないのか?」
「うん? りん、こんなの全然恐くないよ」
「……へぇぇ、お前、変わってるな」
「そう…かな? りん、信じてるから。絶対迎えに来てくれるって」

 そう言って、その子は洞窟の入り口をじっと見詰めた。
 大きな黒目がちな瞳には、あの強い光。
 この子が待ってる【誰か】は、そんなにも強い奴なのだろうか?
 この妖怪よりも。
 だから、この子は恐がりもしないのだろうか?

「……俺は、恐いよ。相手は妖怪なんだ。俺達なんて、簡単に食われちう」
「……人間なんて食べないよ。うん、多分。それに、りんは人間の方が恐いよ。人間は誰でもお構いなしで殺しちゃうから」
「お前……」

 ……やっぱり、変な子だと思った。

「……りん、ね…、おっ父やおっ母、あんちゃん達を夜盗に殺されたんだ。今までもね、いっぱい人間が人間に殺される所を見てきたよ」
「そりゃ、仕方がないさ。戦(いくさ)をやってるんだから……」
「どうして?」
「どうして…? って、そんな事、俺に聞かれたって判るもんか。ただ、そう言う時代なんだって」
「……………」
「それを言えば、妖怪だって人も殺すし食べちゃうじゃないかっっ!!
人間よりもずっと恐ろしいよっっ!!!」

 その子は少し考えるような表情をし、それからこう呟いた。

「……そうだね。それなら【人】も【妖怪】も同じだよ。恐ろしいのも優しいのも色々なんだよ。りんはそう思うよ」

 そこでその子は一旦、言葉を区切った。

「……判ってるんだけどね、でもりんには人間の方が恐く思えるんだよ。自分の【欲】の為には、どんな酷い事でもしてしまいそうで。今も昔も、これから未来(さき)も」
「……お前、やっぱり変だ」
「へへっ、やっぱり変かなぁりん。でもね、りんは自分のこの瞳(め)で見て、心【ここ】で感じた通りにやってみたいんだ。りんがりんのものって言えるのは、それしかないから」

 ……この子は、俺なんかじゃ判らない暮らしをして来たのかも知れない。
 それがどんなものか、想像もつかないけど。

 その子の【待ち人】は、俺達を攫った妖怪を妖怪退治の法師様方が滅した後にやって来た。

 銀髪の、金の獣眼の、綺麗で凄い…、妖怪だった。
 退魔の法師様方の法力を悉く刎ね返し、そのくせ殺す事はせず ―――
 
 引き止める法師様の声を振り切り、嬉しそうに駈けて行くあの子の姿。【りん】は紛れもなく人の子で、迎えに来たのは恐ろしい程の大妖怪で。でもその姿は、俺の目には幸せそうに見えて。

 【りん】に取って、【人間】は恐ろしいものだったのだろう。親兄弟を殺され、その後もきっと非道な目に逢って…。
 【人】の優しさや温もりを忘れた訳ではないだろうに、それでも。

 そして、あいつは……。

 【りん】には、優しかったのだろう。

 俺には判らないけれど。
 あの黒い瞳が見ていたものは、俺には判らないけれども。



 ―――― 俺達は無事、村に帰り、何事もなかったかのように日々が過ぎて行く。

 ある日、流れ者の母子(ははこ)が村に流れ着き、母親の方は病弱らしく、娘の方が村の家々の手伝いをしては生活を立てていた。
 余所者だからと白い目や、子供だからと蔑ろにされながらも、娘は一生懸命に働いていた。そんな独楽鼠のようにくるくる働く僅かな暇を見ては、母親の体が少しでも良くなります様にと、村の鎮守の神様に願をかけ祠を綺麗にし、笑顔を絶やさず ――――

 そんな時に事が起きた。

 祠の御神体として奉られていた鏡が、盗まれたのだ。
 疑いは真っ先に、その娘にかかった。
 病弱な母親の薬代欲しさだろう、と。

 殊更激しくそう責め立てる者は、あまり身持ちのよくない遊び人だったが余所者よりも里の者、と言う事だろうか。村の者皆が、その親子を追い出しにかかったのだ。

 だが!

 俺は何時も見ていた。
 この娘が、陰日向なく働く様を。
 里人よりも、この祠を大切にしていた事を。

 そして、俺は知っている。
 この娘が、どれほど真っ白な心をしているか。
 盗人など、絶対しないと言う事を。

 その頃、俺はまだガキだったけど、心に響く言葉があった。

 そう、それは【りん】が言った、あの言葉。 


 ―――― でもね、りんは自分のこの瞳(め)で見て、心【ここ】で感じた通りにやってみたいんだ ―――――


「嘘だっっ!!」

 俺の声に、周りがびっくりする。

「…嘘って、なぁ。他にそんな事する奴がいるか?」

 そう言い募る、遊び人。

「ああ、嘘だ。こいつはそんな事をする子じゃない!!」
「じゃぁ、御神体はどこにあるんだ? えっ!?」

 俺を子供だと思って、脅しに掛かって来た。
 馬鹿にするなっっ!!

「ああ、そりゃ、本当に盗った奴の所だろうさ!」
「だからぁ、この娘がもう売っぱらっちまったに決まってんだろ!!」
「それは、無理だっっ!!」

 俺とその遊び人とのやり取りを、村の者達は遠巻きがちに見ている。

「こいつにいつ、そんな暇があったってんだ! 今日だって、朝から畑仕事に駆出されて、まだ祠にお参りにさえ行ってないんだっっ!!」
「ふん、そんなのが理由になるかよっっ! 大方、もう何日か前に盗み出したんだろうさ!」
「……それをなぜ、お前が知っている? いつ、祠の中を覗いた」
「うっ、くっっ……」

 そこに俺の親父が、つまりこの村の村長が出て来た。

「子供の出番は、そこまでだ。おい、この娘の家とこいつの家を改めて来い」

 後の決着(ケリ)は、早かった。

 遊び人の家から、分不相応な金子(きんす)が出てきて、親父が問詰めたら、あっさり白状した。
 ありがとうとその子の涙を浮かべた笑顔が忘れられなくて、親父に頼んで屋敷の下働きに入れてもらい、それから数年。

 今では、俺の女房だ。

「どうしたの? お前さん。あたしの顔をそんなに見て」

 産まれてくる赤子の為の産着を縫いながら、幸せそうな光を湛えた黒目がちな瞳で俺を見る。

 ああ、やっぱり【りん】に似ているのかも知れない。

 あの時、【りん】の言葉が俺を導かなかったら、今ここにこの女房はいない。

 そんなに難しい事だろうか?
 相手の事を判りたいと思う事は。
 信じたいと思う事は。

 判り切れなくて信じ切れなくて、苦しむのは、相手を憎く思うのは、結局は自分の心が弱いから。

 簡単だけど、難しい。
 難しいけど、簡単で。

 それを、あんな小さな【りん】は、軽々とやってのけた。

 【りん】は、【人間】は恐ろしいと言っていた。
 今なら判る、その意味が。
 波風立たぬようなその日々の暮らしでも、妬みや嫉み、偏狭さ故の驕りや蔑み欲など、いつでも【心】の中で牙を剥こうと鎌首をもたげている。

 ―――― だから、争いは絶えない。

 そう言う事だろう? 【りん】。
 真実を映す眼(まなこ)持ち、その命ずる所を行うにあたう心を持てば、変わって行けるのかも知れない。

 新しい、【何か】に!!


【りん】の黒い大きな瞳は、あいつを映し ―――――

きっと今も【りん】は、あの妖怪の傍らで幸せそうに笑っている。




【完】
2004.8.21




【 あとがき 】

う〜ん、う〜ん、初【りんちゃん】小説、です^_^;
でも、これは今まで私が散々書いてきた【殺りん物】とは、全然別世界のモノですね。と、言うか…、あの回を見て何故にここまで異質なものになったかと言うと…。

単に私の深読みなせいなのかも知れないのですが、りんちゃんのあの台詞、「…人間の方が、恐いよ。お構い成しに皆殺すから」みたいな、あの台詞。まぁ、ね…。りんちゃんが【人の世】を捨てて、妖怪である殺生丸について行く為には、必要な台詞かも知れないのですが…。

ただ、この台詞をこの現代において、戦禍に見まわれた地域の被災した少女が呟いたとしたら…
私には、そう聞こえたのです。
この回の放送日は8月9日。そう、長崎の原爆忌の日です。
制作スタッフが、敢えてりんちゃんに言わせたメッセージだったのかな、と。そして、託した【希望】

そんなものを思い、この文章を認めました。
ですから、この話は通常の【殺りん物】とも犬夜叉の二次創作とも、全くスタンスの違うものになりました。でも、この【犬夜叉】と言う作品には、こう言う要素もまたある! と私は思っています。


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