【 こぼれ話3 】


これも突発ネタ。しかも「犬夜叉」終了後の設定&切ない系のSSになってます。
苦手な方は、これより先には進まない事を進言いたします。


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 曲霊を殺生丸様が追うと言われた時、りんは楓様の村に残りるように言われたの。
 本当の事を言えばりん、あんまり「村の人」と一緒に過ごすのって気が進まなくて……。

 うん、判ってるんだよ。
 あたしが居た村の人たちみたいな人ばっかりじゃないって。
 あの殺生丸様が残れと仰って、邪見様も一緒にって事だし、だからいつものお留守番だよねって。

 あたしが楓様の村に来て十日ばかり経った頃、犬夜叉がご自分の生国に帰られたかごめ様を迎えに少し村を離れたの。
 曲霊に襲われた琥珀はずっと眠ったまんまで、誰もまさかそんな事になってるなんて気付かずに ――――

 曲霊に取り付かれた琥珀が、法師様や珊瑚さんを襲う。

( だめ! そんなことしちゃっっ!! )

 あたしは思わず琥珀の前に飛び出して、曲霊のものすごく嫌な感じの眸に睨まれたところで気を失った。

「りん、りん。しっかりするんじゃぞ!」 

 ―――― 誰だろう? 『りん』ってあたしの名前を呼んでくれているのは……。
 あたしの名前を呼んでくれるのは、殺生丸様と邪見様。
 それから、琥珀。

「可哀相にのぅ…。まだ目は覚めぬか、苦しゅうはないか?」
「こりゃ、そこな婆! 早うりんに薬湯を飲ませるんじゃ!! ああ、こんなりんの姿を殺生丸様に見られたら、ワシは……」

 誰の声? 邪見様ともう一人。
 落ち着いた年を取った大きく包み込んでくれるみたいな、この声は ――――

 口元に器を当てられ、何か苦いような人肌のものを喉に流し込まれる。ほとんど口から零れ落ちて床に伏せた頬が濡れるのを感じた。喉を通ったそれのおかげか、ほんの少し体が軽くなったような気がする。でも、まだ胸を押さえつけられるような息苦しさに、またあたしの気は遠くなっていった。

 あたしの頬にふれる、しわだらけの手。
 温かいな、ここは……。 


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 全てが終わった後、あたしはこの村に残されることになった。
 ううん、違う。

 殺生丸様お一人が、遠くに行くことに。

 爆砕牙が覚醒したからだって。
 殺生丸様には、どうしてもやらなければならないお勤めが出来たんだって。
 そしてそれはとても危険な事で、あたしだけではなく邪見様もここに残されることに。

 ここは半妖の犬夜叉もいるし、七宝みたいな小妖怪もいる。
 村の人たちも、犬夜叉や七宝と当たり前に話してるし遊んでいる。
 りんが妖怪の殺生丸様達と旅をしていたって聞いても、みんな変な顔をしなかった。

 大変だったねって、どんな所に行ったの? って、りんを受け入れてくれたんだ。

 本当はついて行きたかったけど、りんもそんなわがままを通すほど子どもじゃないから。殺生丸様が真剣な眸をして、ここでりんに待っていろってそう仰ったから、りんは頷いた。

 待っていろって事は、いつかお迎えに来てくれるってことだもんね。
 だからりん、ちゃんと待ってるから。
 殺生丸様がこの世の禍なす妖怪達を退治して、幕を下ろす時を ――――

 りんが殺生丸様のお側にいても、足手まといにならない時まで。



「殺生丸っっ!!」

 遥か東日流(つがる)の地まで遠征していた殺生丸のもとに、犬夜叉が馳せてきた。殺生丸の足元には、その地を荒らしていた妖怪どもの残骸からいまだ雷音が響いている。

「……何の用だ」
「今すぐ、俺の村に戻れ! りんが、りんが……っっ!!」

 犬夜叉の言葉を皆まで聞かずに、殺生丸は本来の妖犬姿で大空を翔け戻る。戻った殺生丸の眸に映ったりんの姿は……。

「殺生丸様っっ!! 申し訳ございません!!!」

 頭を地べたにこすり付けながら邪見がひれ伏す。その大きな金壷眼から涙が止めることも出来ずに溢れ出している。

「せっしょう… まる…… さま?」

 床に寝かせられた傷だらけのりんの姿。数日来の大雨。いたる所で崖が崩れたり、流木で水の流れがせき止められ、川の堤が決壊しそうになったりと村中で修復工事の途中だった。りんは崩れそうになった崖の下を歩いていた村の子どもを助けようと飛び出し、自分が土砂や大岩に埋まってしまったのだ。
 頭部だけは土砂に埋まることや、岩や瓦礫の直撃を受けなかったので比較的無傷であったが、腰から下は大岩に押し潰され、胸も肺に肋骨が折れて突き刺さった状態だった。


 ―――― そう、誰が見ても今のりんは瀕死の状態だった。


「りん……」
「うれ…し…い。お迎え…、来て……」

 りんは、それは嬉しそうに笑った。置いてゆかれた事を悲しむよりも、またこうして会えた事を喜ぶりんである。

「でも…、りん…… 歩け…な……」
「もう、しゃべるなりん」

 りんの小さな頭を胸に抱きこみ、初めて両腕で優しく抱き締める。いつか時が満ちれば、この腕で力いっぱい抱き締めてやりたいと思っていた『その時』が、今、腕の中から滑り落ちてゆくのを感じていた。

「うれし…い、な…。りん、本当にうれ…し……」

 最上の笑みを見せて、りんは嬉しさに満たされて事切れた。
 りんの周りを取り囲んでいた、村の皆の嗚咽が響く。その様を、どこか凍りついた思考の果てで殺生丸は見ていた。腕の中のりんの温もりだけを感じながら。

 一瞬、殺生丸の胸を吹き抜けたのは殺戮の凄惨な風。
 りんを死に至らしめた、この状況全てに。

 その殺生丸の耳に届いた声は、あの声。

「りんは、ほんに良い娘であった。朗らかで真っ直ぐな…。村の皆からも愛されておった。りんもこの村の者を好いておった。いつかお前様が迎えに来る日を夢に見ながら、幸せに暮らしておったよ。こんな婆の繰言が、お前様の慰めになるかどうかは判らぬが……」

 殺生丸は爪を閃かせると、りんの一つに結わえた髪の束を切り落とした。それを胸元に仕舞いながらりんの死に顔に呟く。

「……共に行こう、りん。どこまでも、わたしについて来い」

 りんの息絶えた顔にぱっと赤みが差し、死に花を咲かせる。
 そっとりんの遺体を床に下ろすと、殺生丸はその場を後にした。


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 自分は間違っていたのだろうかと、何度も煩悶する。

 りんをあの村に残した事は。
 どんなに危険でも、一緒に連れて居た方が良かったのか?

 出来れば、そうしたかった。
 自分の腕の届く範囲で、自分の腕の中に。
 だがしかし、それは己の我欲に過ぎぬ。

 天空高く翔け抜けながら、取りとめも無くそう考える。
 もし仮に、この足で母の許を訪ねたとしても、あの方はにべも無く「三度目はないと申したはず」と切り捨てる事だろう。

( 殺生丸様 ――― )

 ぽぉ、と胸に温かさが宿る。
 耳に、りんの声が聞こえる。

「りん……」

( 今ならりん、殺生丸様とどこまでも一緒に行けるんだね。りんも殺生丸様の足手まといになるのがずっといやだった。りんは人間だから出来ないことが多すぎて、でも殺生丸様が好きで ――― )

 胸の温かさが、熱さに変わる。

( 殺生丸様、仰ってくださったよね? 共に行こうと、ついてこいって。はい、です。どこまでもついてゆきます )

 その返事には、いつも子どもっぽかったりんとは思えぬほど娘らしい色があった。
 どこまでも切れる事のない絆を結び、二人は今一つになった。



 人に仇なす妖怪を、粛清する大妖怪の噂を時折耳にする。
 その者の周りには、いつも柔らかな光が包むように揺らめいていたと言う。
 時にその光はまだ娘と言うには早いような幼き者の姿を取ることもあり、その者はいつも溢れんばかりの笑顔を粛清者に向けていた。

 いつしか人の世から妖怪の影は消え、子どもの夜伽に聞かせる昔話の中に出てくるだけになり、狐狸の類の小妖怪のみが人の世に紛れて残った。
 粛清の大妖怪の噂も絶えて久しい。

 その昔、人間嫌いの大妖怪に命救われた人間の娘とその妖怪がその後、どうなったかはつまびらやかではない。

 すべては、昔語りのその中に ―――― 


【終】
2007.9.29



= あとがき =

こんなラストもありかと、今週号を読みながら思ってしまいました。
私はりんちゃんは人間のまま、殺生丸に添って欲しいと思っています。ただそれが、りんちゃん成長後、殺生丸の妻になるとかいう形ではなく、『今の時間がそのまま続く』みたいな形もあっていいかなと。

このSSを書こう! と思った時に私の頭に浮かんだのは先年閉鎖されてしまった「雛の家」様宅にUPされていたりんちゃん死別後の想いを綴った一篇でした。
りんちゃんの為を思い、弥勒達の住む村に残して別れた殺生丸。
殺生丸を待ち続けて、冬のある日儚くなったりん。
雪の降る日にその想いは蘇り、今も殺生丸を待ち続ける。
そこに殺生丸が居る事も知らずに、その時のまま想いを留めて…。

そしてもう一つは、私が二次創作の道に踏み込むきっかけになった新谷かおる氏の作品の中の1本。

「イカロスの飛ぶ日」 
大戦末期、新型戦闘機開発チームのテストパイロットと余命いくばくも無い恋人との話。高高度飛行が可能なそのテスト機は終戦を間近に控え、正式に空を飛ぶことも無く廃棄される事になる。空を飛ぶことと恋人をとても愛している主人公は目の前で壊されてゆく宿命のテスト機と恋人の命が重なって見える。そして恋人臨終の間際、恋人に俺と一緒に来いとガラスの容器を見せる。お前の心臓の大きさで作ってみたんだが、少し窮屈かなと言いながら。恋人は笑いながら息を引き取り、テーブルに置いていたガラスの容器がことりと音を立てた。それを胸に主人公は軍規を破り、テスト機を空の高み目指して駆り続ける。恋人の魂を胸に抱いて ――――

どちらの作家さんも、私に多大な影響を与え続けている作家さんなのです。
他にも物語を書く創る素晴らしさや楽しさ、苦しさなど教えてくれた沢山の作品や作家に触れて、今の私があります。



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