【 風 花 】



 ――――― 一人で待っているりんのすぐ側を、一陣の風が吹き過ぎた。

 
 それはほんの僅か、邪見と阿吽がりんの側を離れた、一瞬。

 「なんだい、あんた一人かい? 無用心だねぇ」
 「あ…、風使いのお姉さん」
 
 りんにも今、目の前に居るのが殺生丸にとって敵側の者である事は、知っていた。かつては、りんも攫われた事がある。
 
 しかし ―――――
 
 一緒に川に流されてずぶ濡れになった所を、殺生丸に拾い上げられた仲でもある。
 
「殺生丸様、お留守だよ」
「ああ、知ってる」
「じゃあ、どうして?」

 りんは、身構えそうになるのを敢えていつも通りに振舞った。

「…あんたの顔を見に来たのさ」
「えっ、りん、の?」

 只でさえ大きな黒い瞳が、更に真ん丸くなる。
 その表情に、神楽の顔が和らぐ。

「ああ、やっぱりあんたじゃないとダメなんだろうねぇ」
「?????」

 なんだか何時もと様子の違う風に、りんは何故か心がざわめき出す。
 今まで逢って来た中で、一番綺麗で優しく、そして果敢無く見えるその様に。

「…お姉さん、本当は殺生丸様に逢いに来たんでしょう?」
「どうして、そう思う?」
「ん…、だって、なんだかそんな気がして…。だって、お姉さん。殺生丸様の事が好きなんでしょう?」

 今度は神楽が目を丸くする番だった。

 
 ―――― あたしの姿は、こんな小娘にさえそんな風に映ってたんだ。 はっ、バレバレだよねぇ。それじゃ、仕方がないか。

 
「そう言うあんたはどうなんだい?」
「えっ、あたし? あたしは…、うん、大好きだよっっ!!」
「どんな風に?」
「どんな風? どんな風って、う〜ん…、良く判らないけど、殺生丸様が一番なのっっ!!」

 込み上げてくる笑みを、押さえ切れない。
 
 ああ、殺生丸。
 あんたが、この小娘を手放せない訳が判ったような気がするよ。

 ……まだ恋慕にも程遠い、それだけに純粋に慕うその無垢な心。
 それを、【好き】の一言で言い表す。

 それじゃ、あたし…、は?

 
 あたしは、あいつの事を ―――――

 
「ねぇ、お姉さん。お姉さんはどう言う風に好きなの?」

 無邪気に問い返され、答えに詰まる。
 あいつの事を、【好き】なのか?
 よく判らない。
 
 ただ、憧れた。
 あの強さに!
 あの生き様に!!

 
 何者にも囚われる事のない、奔放さに!!!

 ―――― あたしも、ああなりたかった。
 
 それが、【好き】と言う事だろうか?
 もう、答えを出す時間もないけれど。
 
「……あたしにも、判らない」
「そう…、なんだ。うん、ほんとの事言うと、りんも良く判んない」

 そこでちらりとあたしを見て、溜息をつく。

「……お姉さん、綺麗だよね。りんみたいに人間じゃないから、ずっと長生き出来るし、りん敵わないよね」

 それでも、あんたはあいつに【選ばれた】んだよ、と言ってやりたかったが、端から口を出す事もないだろう。

「大丈夫さ、あんたは【いい女】になれるよ。時間はあるんだからさ」

 そう、あいつに取っては束の間かも知れないが、あたしから見ればね。
 ああ、もうそろそろ行くか。
 
「お姉さん…」
「……神楽、だよ。あたしの名はね」
「神楽…さん?」
「神楽、で良いよ。ねぇ、あんた」
「あたしは、りん」
「じゃあ、りん。あんた、あたしの事覚えていてくれるかい?」
「う、うん?」

 そう言うとお姉さ…、いや神楽はあたしに笑いかけた。
 見てるりんの胸が痛くなるような、優しい果敢無い微笑みで。

「じゃ、あたしは逝くよ」
「いく、って、どこへ?」
「さぁ、どこだろうねぇ。なんせ、あたしは【風】だからねぇ」

 ふわり、と神楽の体が風にそよぎ、そのまま融けて消えた様にりんには見えた。


 見上げた空は、どこまでも青く、高く ―――――
 
 空の高みから、ひらりと白いものが落ちてきた。
 りんが手に取ると、それは神楽の髪を飾っていた白い羽。

 また一つ、二つと、ひらりひらりと落ちてくる。

 りんが手を差し出すと、それはりんの温かさに、すっと解けて吸い込まれるように掌(てのひら)の上で消えた。

 
「雪?」

 
 改めて、空を見上げる。
 空には雲もなく、季節でもなく ――――
 
 それが、神楽の最後の涙だと、りんが知る由もなく。

 

 ―――― 水に降る雪 白うは言わじ

 

( りん、あんたが覚えていてくれたら、それで良いよ。例えあいつがあたしの事を忘れたってね )


 それは季節外れの、風花 ―――――

 神楽の、想い ――――


イメージイラストりんどう亭様より → (別窓開きます)


【完】  
2004.8.27

 

 
【 あとがき 】
 
サンデー39号、神楽哀悼SSです。
もう、究極の突発物。なにしろ、当地ではサンデーの発売日が木曜日な
もので、おまけに子供達の方が先に読みますから、親の私は最後、なん
ですね。昨日までは、考察系の感想を書こうかと(…いや、書きますが)
思っていたのですが、今朝、目覚めた瞬間に神楽の本当の最後を見送る
りんちゃんの姿が浮びまして、それからの文章起こし、です。
ワープロを叩いた時間は正味2時間ちょい^_^;
 
勢いって、こんなものですね。


TOPへ  作品目次へ


誤字などの報告や拍手の代りにv 励みになります(^^♪


Powered by FormMailer.