【 光みちびく 】


= 新生飛来骨 07年サンデー16号より台詞を一部転載 =


 ――― それがどうした。そんなことわかっている。


 静かだが、深い怒りと決意を込めた一言だった。退治屋の里を滅ぼし、目の前で仲間や父を弟の手で殺させた卑劣な存在。怒りの激しさ熱さはそのまま、その身と心に負った傷の痛みや苦しさと同じもの。退治屋である故の過酷な定めの姉弟。

 罪の重さに『死』を選ぶのは容易い事。
 その心の弱さに、奈落は付け込む。だからこそ ―――

「死なすわけにはいかないんだ! 琥珀が苦しみを乗り越えるまで…、私は奈落、お前と闘う!」

 倒すでもなく殺すでもなく、『闘う』。
 それは珊瑚の、琥珀への最大の激励。闘うべきものは相対する敵だけではなく、己の心の中にあるものとも逃げる事無く、真正面から受けて立つという心の証(あかし)。

 そんな珊瑚の心をあざ笑うように、奈落の邪気に穢された四魂の欠片に操られ、自分の意思とは関係なく琥珀が珊瑚に鎖鎌を投げつける。人の心を踏みにじり人の苦悩の声を聞きつつ、己の醜い心の思いのままに操れる愉悦さゆえに、さらに邪悪な笑みが奈落の顔に浮かぶ。

 そんな腐りきった心とは真反対な、真っ直ぐな珊瑚の心を受けて新生飛来骨が風を切り、うなりを上げて奈落の身体を引き裂いた。その様はまるでかつて犬夜叉が竜骨精と合い見え、鉄砕牙の奥義である相手の妖気を巻き込み己の妖気と合わせて相手にぶつける爆流破を思わせる。爆流破と異なるのは、ぶつける邪気が相手のものだけと言う事か。
 再生させた薬老毒仙の力か、新生飛来骨に引き裂かれた奈落の身体はその毒に焼かれたのか、いつものように再生する力を失っていた。状況不利と見て取ると奈落は突風のようにその場から退散した。

 残されたのは穢された四魂の欠片に苦しめられ意識を失った琥珀と、その身を案じるりんの姿。

「あっ、かごめ様!」

 琥珀の様子を見ていたりんがかごめの姿に気付き、声を上げた。

「りんちゃん達だけ? やっぱり犬夜叉が言ったとおり、殺生丸は別行動だったのね」
「無用心極まりないですな、そちらには琥珀と言う奈落にとっては喉から手が出るほど欲しい者が居るというのに」

 まだ意識が戻らない琥珀の回りにそれぞれが集まってくる。
 犬夜叉に踏みつけられ、足の下でなおも邪見が叫んでいる。

「そう思うなら、お前たちのところでこやつを引き取れ!! 琥珀絡みのとばっちりで、もしりんの身に何かあったら、ワシが殺生丸様に殺されるわ!!」

 その叫びに、ふと眉をしかめたのは弥勒。この場で問い正したい気持ちをそ知らぬ顔で収め、珊瑚の表情を読む。

「かごめちゃん……」
「うん、分かってる」

 心配げな珊瑚の表情に、かごめが安心させるように笑いかけた。琥珀の命を繋いでいる四魂の欠片。桔梗が一命を賭して浄化清めたその欠片を、自分の我欲のみで穢し邪気に塗れた四魂の珠を完成させようとしている奈落。そんな穢れた珠に、いったいどんな望みをかけようと言うのか。その唯一残った欠片を、今また奈落が……。

 奈落。

 五十年前には犬夜叉と桔梗との仲に嫉妬し、互いを憎み合わせて殺し合わせ、そして稀代の巫女でありながら死人などと言う忌まわしい存在として蘇った桔梗を、梓山で葬り去った。
 あの時、犬夜叉の腕の中で昇天してゆく桔梗の儚さと美しさと、そして最後の笑みにかごめは誓った。桔梗が自分を信じて、後を託してくれた。その桔梗の気持ちを自分は裏切らない、桔梗の跡は自分が継ぐと。桔梗が清めた欠片を再び穢す奈落は、かごめの眼にはあの笑顔の桔梗を穢しているように思えた。

「かごめ…、出来るのか?」

 かけたい言葉はそんな言葉ではないとわかっていても、犬夜叉には相応しい言葉を思い浮かべる事が出来ない。

「やる! やらなきゃ…、ここで私がやらなきゃ、きっと桔梗も安心できないわ!!」

 かごめの声に反応したのか、かごめの背の巫女の弓から金属のような細く高い音が響き始める。小さな振動が辺りの空気を動かし、それが微細な光の泡を大気に生じさせた。

「かごめ様、それは…?」
「よく分からないけど、でもこれで間違いはないと思うの。やってみるね」

 かごめは手にした弓の元で琥珀の四魂の欠片が埋まっている辺りに触れた。弓の弦が一際高い音を立てて、一瞬目を焼くような光を発する。手が焼けるような衝撃を受けたが、かごめはさらにぐっと弓を強く握り締めた。もう一度、今度はかごめの掌から光が溢れたような気がした。

 奈落の邪気を受け、穢されかけていた四魂の欠片がもとの清浄さを取り戻し、きららかな光を発し始める。それと同時に、苦悶の表情を浮かべて意識を失っていた琥珀が意識を取り戻す。

「…あ、俺……」
「気がついたんだね、琥珀!」

 琥珀の直ぐ側で、りんの無邪気な声が聞こえる。

「琥珀……」

 かごめの仕儀を息を詰めて見つめていた珊瑚が、息を吐くように弟の名を呼んだ。

「姉上……」
「気分は、どうだい? どこか苦しい所とか、痛む所とか ――― 」
「いえ、ありません。それより、あの……」

 琥珀は倒れていた身を起こすと地面の上に正座し、手をつくと深々とかごめに向かって頭を下げた。

「ありがとうございました、かごめ様。かごめ様のお力で、穢されかけた四魂の欠片も元に戻りました」

 その言葉にほっと安堵の表情を浮かべるかごめ。そしてその言葉に力を得たように、邪見が犬夜叉達の前にしゃしゃり出て、大声でわめき散らす。

「さっきの様を見たじゃろう! もしこの先琥珀が奈落の邪気でおかしくなったら、そしてその時、側にいるりんに危害でも加えようものなら、間違いなく琥珀は殺生丸様に殺されるぞ!!」
「邪見?」

 冥道での経緯を知らない犬夜叉たちには何の事だか分からない。そんな面々の怪訝な表情などにも気付かずに、邪見はさらに墓穴を掘り続ける。

「ワシもこれ以上のお荷物は御免じゃ。りんに、もしりんに何かあったら……、ワシも生きてはおられぬわ!」

 う〜むと、しかめつらしい顔で弥勒がずいっ、と邪見の前に詰め寄った。

「……先ほどから聞いていると、よほど殺生丸はりんを大事にしている様子。人間など虫けらの如くにしか思っていなかった冷酷無慈悲なあの妖怪に、一体何があった!?」
「な、何って…、えっと、その…… 何があったかなどワシが知るものか!!」

 きょとんとしているりんを他所に、邪見自身訳の分からぬうちに自分の中に生まれた『庇護欲』のようなものへの説明に戸惑っていた。邪見に詰め寄る弥勒、その邪見の口から何か自分の兄の知らない、いや知ってはならない一面を語られるかもとある種の怯えを隠しつつ、その場に立ち会う犬夜叉。

「かごめ様……」

 そんな男共の様子に気を取られていたかごめに、琥珀が小さく呼びかけた。

「あ、なに? 琥珀君」
「先ほど欠片を浄化した光は、桔梗様の光と同じものでした。そして同じ光が、奈落の持つ四魂の珠の中にもあります」
「四魂の珠の中に……?」

 その言葉は、あの神無が砕け散る際にかごめに残した言葉が事実だった事を告げる。

「皮肉な事です。奈落自身はその為に、自分の手ではこの欠片に触れる事は出来ないのです」
「それじゃ、琥珀の欠片次第って事なのかい? 琥珀の欠片が清浄なまま奈落の持つ四魂の珠と同化出来れば、珠の中の光は奈落ともども四魂の珠を浄化消滅できる。でも、もしその珠の中の光でさえ浄化できないほど穢れた欠片なら……」
「奈落の思う壺って事ね」

 ぎり、とかごめが唇を噛み締めた。確かに邪見が言うように、このまま琥珀を殺生丸達と同道させるのは危険な気がする。殺生丸自身は奈落と四魂の珠の因縁に、関わろうとしなければ関わらなくても済む話なのだ。殺生丸のすぐ側には、なんの力もないりんがいる。

「琥珀、お前このあたしを前に、お前が犯した過去を真正面から受け止める覚悟があるかい?」
「姉上……」
「お前にその覚悟があるなら、あたしもお前の中の地獄を一緒に背負おう」
「………………」
「……あたし達と一緒においで、琥珀」

 そう言って微笑んだ珊瑚の顔に浮かんだ笑みは、それこそ自ら地獄に下り人々を救おうとした菩薩のような笑みだった。事の成り行きに、少しは肩の荷が下りると思ったのか邪見が珊瑚の言葉を後押しする。

「そうじゃ、そうじゃ。 血を分けた姉弟ならば仲良く一緒に居た方が良い。いや、絶対その方が良い!!」
「邪見様……」

 殺生丸と犬夜叉の仲の悪さを棚に上げそんな事を言う邪見の言葉に、琥珀は邪見の顔を見、そしてりんの顔を見る。いつもは無邪気なりんが不思議な色の表情をその幼い顔に浮かべている。

「そう、そうだよね。琥珀にはお姉さんがいるんだもんね。ちゃんと帰る場所があるんだもん。うん、そうだよ琥珀! お姉さんの所に帰った方がいいよ」
「りん……」

 りんのどこか辛そうな表情に、琥珀は初めてあった時に聞いたりんの身の上話を思い出した。夜盗に襲われ、父や母、兄弟たちを目の前で殺された話を ――――


 誰も言葉無く押し黙った空間に、白銀の疾風が走った。

「あっ!」

 その声は誰の物だったのか?
 その場にまた新たな緊張感が走る。

「殺生丸様!!」

 嬉しそうな声はりんのもの。

「殺生丸様……」

 様子を伺うような声は邪見。

「行くぞ」

 一声言い置いて、すぐにその場を立ち去ろうとする。

「おい! ちょっと待て!! 殺生丸! なんでこんな役に立たない連中だけ残して、どこほっつき歩いていたんだ!? ちったぁ、周りの状況を考えろ!」

 犬夜叉の台詞に、最近稀に見る険悪な視線だけをくれてやる。まだ刀々斉の所で聞いてきた話に感情が荒ぶっている。しかし、この場で鯉口を切らなかっただけましだろうか。

「……来ぬなら、捨て置く。お前の好きにしろ、琥珀」
「殺生丸様?」

 意外な声かけに、驚いたのは琥珀だけではない。

「奈落に襲われて一気に潰されるか、奴の手を二手に分ける方が得策か、好きな方を選べ」
「なっ!? お前、今 琥珀が奈落の邪気に操られてたのを知らねぇからそんな事を言ってられるんだ!!」
「そうです、かごめ様のお力でないと欠片の浄化が出来ません。琥珀はこのままこちらにお渡しください」

 それはもっともな言葉だった。しかし ――――

 珊瑚を始めとした犬夜叉達面々に再度深々と頭を下げ、きっぱりとした表情で琥珀が言う。

「逃げる訳じゃありません、姉上。でも俺は自分から、奈落と闘い倒す為に、殺生丸様の元に居る事を決めました。俺は俺のやり方で、これからも闘って行きます」
「でも、琥珀!!」

 引きとめようとする珊瑚の声に、肉親への情愛が篭ってなかったとは言えないだろう。
 ふと、かごめの瞳が何かを見つけた。殺生丸がりんを阿吽の背に乗せようと、それは何気なくりんの手を取った時に ――――

( えっ? 光 ――― )

 確かに見えた二人を繋ぐ光の糸。
 それに共鳴し、殺生丸の腰の天生牙からきらきらと光の珠が零れ落ちている。

 その光は ―――

 同じもの。
 全てを浄化してゆく聖なる光。

 死人であった桔梗の中にも、未だ巫女としての自覚のない自分の中にも、そしてこの世のものではない剣の使い手であるこの妖怪の手にも ――――

「……多分、大丈夫だよ珊瑚ちゃん。殺生丸に預けてみようよ」
「おい! かごめっっ!!」

 それが一同の結論と見たのか、もう後を振り返る事無く遠ざかって行く殺生丸達。阿吽の上から琥珀を見るりんの顔にはいつもの笑顔が戻っていた。そのりんを見返す琥珀の表情は、どこか珊瑚が琥珀を思う時の表情に似ている。

「かごめ様 ――」
「……あんな奴でも変われるんだね。あいつもああ言ったんだし、ちゃんと自分の言葉は守ると思うし」


 かごめの言葉に弥勒もうなずく。殺戮を繰り返してきたあの手の先にあるものは、何の力もない人間の幼子の小さな手。その手をあの妖怪は……。

「変わった、そうですね。我が目を疑いましたが…。あっ、しまった!! その訳を、邪見に聞き出しそびれました」
「訳、ね…。きっとそれ、本人に聞いても良く判らないと思うよ。あんな性格だもんね。でも、言えるとしたら……」

 くるりと背を皆に背を向け、空の光を振り仰ぐ。

「それぞれに守りたいものを見つけたのかなって。それがどんな位置のものかなんていうのは、今は判ってないと思うけどね」


 ――― そう大事なのは、相手を思うこの『想い』。


 その為に、全てを投げ出す事があるとしてもきっと後悔はしないだろう。
 桔梗がそうであったように、古の巫女・翠子がそうであったように。

 いつか自分にも、そんな時が来るのかもしれないと ――――



【終】

2007.3.22

【 あとがき 】

相も変わらず突発原作妄想です。今回はサンデー16号から先読みともいえない妄想文。
今までと違ったかごちゃんの『力』が発動しそうだなと言う予感と、殺りんファンにあるまじき(笑)妄想ですが
原作的兄ならりんちゃんと琥珀くんの庇護者としての立場を弁えて、時期が来たら自分から離れて行きそうな気もしたりして^_^;

この離れるの設定が、『慈悲』の悲の心からの行動によるものだと想像してしまうと、古いネタで申し訳ないのですが
怖い想像をして涙をダーっと流すぼのぼのになりそうな私です。

大抵は外れるので、多分書いてしまえば大丈夫だと思います。




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