【 電光石火 】

 …*犬夜叉526話より、妄想小話




 ―――― これで… 終わったと思うな……、わしは まだ…

 ―――― それにりんも、曲霊の毒気に当たって気絶してしまったんだ!


 その言葉が意味するもの。
 頭で理解する前に、すでに私の体は天を翔けていた。

( りん!! )

 想えばおもう程に、この胸に湧いてくる『怒り』

 白夜を囮に十日も欺かれた自分にも、欺いた曲霊にも! 
 もちろん、その怒りを持って爆砕牙を振り切った。
 お前は弱いと嘲った相手からの一撃で、逃げ出すようなその無様さを恥じもせず、なおもこのような姑息な手を次々に講じてくる。

 そして今度は、『りん』にまで!!

 あの場に戻った時に胸に抱いていた怒りよりも、数百倍・数千倍もの凶暴な熱いものが渦巻いている。今ならりん以外のものを全て、この爆砕牙の餌食にしてもいっこうに構わない。村の近くまで戻って見れば、曲霊の言っていた言葉の意味が具象化していた。村はずれの小屋から、りんの匂いと胸糞悪い曲霊の臭い。それともう一人、あの男の臭いも。

「…役に立たぬな。あれをあの男と同じ小屋で寝かせていたのか! 邪見めが!!」

 忌々しそうに口の中で吐き捨てる。
 私の妖気を察したのか、その小屋から飛び出してきた老巫女。その媼の前に静かに降り立つ。

「申し訳ありませぬ。貴方様からお預かりしたりんを……」

 深々と頭を下げ、侘びを入れる隻眼の老巫女。人間にしては、肝の据わった見所のある者だと、かすかに思う。その老巫女の後ろから、邪見が泡を食って転がり出てきた。

「殺生丸様!! りんが、りんがっっ〜!!!」
「判っている。そこをどけ」

 二人を退け、私はりんがいる小屋の中に入って行った。
 小屋の中では ――――

 焦点を逸した赤い凶眼の法師が、後姿のりんを抱き寄せていた。その光景だけで、私の中の煮え滾るものが堰を切りそうになる。曲霊の毒気に当てられ、どこかやつれて見えるりん。そのやつれがこの騒ぎで乱れた着物の襟元や裾から覗く手足や首筋に、なんともいえない幼い色香を漂わせている。
 抱き寄せた法師は、忌まわしい奈落の呪いのかかった右手でそんなりんの肩や背中、あまつさえ首筋から襟元の中にまで手を差し込もうとしていた。

「りん!! 離れろっ!!!」

 一声大きくそう叫び、爆砕牙の鯉口を切る。小屋の中を圧する熱く赤い私の怒気。私の声に振り向いたりんの瞳は、赤。凶眼の暗赤色。幼い口元に妖艶な笑みを浮かべ、自らしどけなく弥勒の体にしなだれかかる。

「りん!!」

 怒気に一瞬、思わぬ色を滲ませて私の感情は大きく揺れた。にやりと、この法師には似合わぬ下卑た笑みを浮かべ、いやらしい声音で勝ち誇ったように法師の体を乗っ取った曲霊が言葉を投げつけた。

「奈落の言う通りだな。お前の最大の弱点は、この小娘だと。この娘を抑えておけば、お前は手も足も出せない」
「…………………」

 ぐっと、言葉に詰まる。
 『妖』として、また闘うものとして、それは何よりも致命的なこと。
 手出しが出来ない事を見越して、曲霊はなおも私を愚弄せんとりんに不埒な真似を ――――

 りんの着物を肌蹴させ、華奢な肩を晒させる。胸元も半分露出させ、それを私に見せ付けるようにりんの躰を正面に向けた。

 薄い胸が半分も見えるほどに肌蹴られた胸元、乱れた裾から覗く白い太腿。なによりも曲霊に触られ頬を染め瞳を潤ませるりんの姿に、私の胸は今まで味わった事の無い凶暴さと苦々しさを感じていた。そんな私の反応を見て取り、下卑た笑みはますます淫猥さに歪む。

「りん……」
「あっ、ううん…」

 上目使いの赤い凶眼を私に向けながら、りんの首筋に舌を這わせる曲霊。その度にりんの口元から零れる甘い嬌声。全身の血液が煮えたぎり逆流するのを感じる。

「ふふ、いいぞ、殺生丸。そのまま憎悪と嫉妬で狂ってしまえ。そしてわしに殺されて、その妖力ごとこのわしの一部になるがいい。その巨大で禍々しい魂を喰らってやる」
「この娘も、もうわしの一部。娘の体の中にわしが入っているからな」

 その言葉と共に、りんの胸を弄り首筋を強く吸いつけた。

「ああぁん、ぁぁはぁぁ……」

 甲高く、『女の艶』を露わにしてりんが歓喜を滲ませる。甘いりんの匂いが強さを増す。もっとも忌まわしいモノの腕の中で。

 胸を衝かれる。
 りんが、私のりんが!!

 追い討ちをかける様に、りんの艶っぽい嬌声が途切れる事無く、高まりを感じさせながら耳に響く。

「くくく、愉快だな。お前の大事なものを、こうしてお前の眼の前で穢してゆくのは。ほら、良く見ろ。お前の大事な女は、今お前を裏切っている。わしの腕の中で、お前を忘れて女の悦びに震えているぞ」

 汚らしい手で触れるだけではなく、言葉でもりんを穢してゆく。

「ふふん。所詮お前のような妖怪の後を追うような娘だ。まともではないのは確かだからな。この幼さで、この淫乱さが証明している」

 りんの胸を弄っていた右手が、崩れた裾の奥へと伸びて行く。りんの体が大きく震えた。

「……っっ!! この…下衆が!!」
「悔しかろう? ならば、この娘もろとも爆砕牙の餌食にするがいい。わしはこの二人から離れるだけの話。お前が天生牙でわしを斬る前にな」

 もう、りんを曲霊の陵辱から救うにはそれしか手がないのか!?


 その時 ――――


 腰の天生牙が高い音を立てて鳴り始めた。梓巫女が爪弾く、梓弓の弦の音のように。天生牙全体から、光の珠が零れだす。硬く高く清らかなその音は、焦点を失っていた二人の瞳に光を灯した。びくっと、りんが身じろぐ。天生牙から零れた光の珠がりんに触れた途端、りんの体からあの淫蕩な雰囲気が掻き消えた。

「殺生丸様っっ!!」
「りん!」

 りんが自分の今の状況に気付き襟元を合わせると、法師のもとから身を離す。法師の方にも変化が現れていた。りんの体を弄っていた手を止め、苦しげに言葉を搾り出す。

「殺生丸様…、お願いが……」

 掠れ今にも絶えそうな声だが、その声の響きは法師本来のもの。

「わ…たしは、風穴……で曲霊を… 吸い込み……」
「法師…」
「今は、…正気で、でも…… いつ風穴、開く……」

 そう言いながらりんに触れていた右手を外し、左手でりんの体を私の方へ押しやった。法師の右手から不気味な風の音が聞こえてくる。

「ふ…ん。法師もろともこの私も風穴の餌食にするのが狙いか」

 天生牙に救われた娘だけに、天生牙の力でりんの中に入っていた曲霊は綺麗に浄化されていた。私の手でも清める必要があるだろうが、それは後の話だ。それよりも風穴で直接曲霊を吸込んだ法師の方は、そう簡単には浄化出来そうに無い。今、この一瞬に本来の意識を取り戻せたのも、もともとが厳しく精神修練を積んでいた賜物。

「周りの者に…、爆砕牙で……斬って…くださ……」

 消え入りそうな声でそう懇願する。確かに爆砕牙で斬られたものは、その肉体の最後の一片までも爆ぜ砕け消滅する。そうなれば、その忌まわしい右手の風穴も消滅することだろう。

「法師、覚悟は出来ているのだな」
「わたし…が、曲霊を……抑え…いる……」

 そう言いながらも、法師の瞳の光は薄れ赤い瞳がちろちろと覗きだしている。このままでは、法師の意識を乗っ取った途端に曲霊は風穴を開く事だろう。法師の意思ではなかったが、りんを穢したのはその右手だと思うと、どこかで己の中の残虐な血が騒ぎ出す。その気配を感じ取ったのかりんが叫ぶ。

「殺生丸様!!」
「下がってろ、りん」

 天生牙を納め、爆砕牙を手にする。
 法師の言葉を叶えるために。

「お願い! 殺生丸様!! 法師様を助けてあげて! りん、もう誰も死んで欲しくない!!」
「このままでは、この辺りのものは全て法師の風穴に吸い込まれ消滅する」

 自分を穢そうとしていた相手であっても、それが法師の本当の姿でない事をりんは判っている。そう法師が悪い訳ではないと。だからと言って聞き分けのない赤子のような愚かさで願う助命ではない。りんにもこの危機は判っている。法師がいまだ曲霊に操られていることにも何もかも判った上で、なおもそう願う。そう言う娘なのだ、りんは。

「でも! それじゃ、風穴だけどうにかできれば……」

 愚にもつかない事をと爆砕牙を握り直したその時、納めたはずの天生牙が騒ぎ出す。りんの想いに、天生牙の力が応えようとしていた。

( そうか。 確かにそれも一理あるな、天生牙 )

 私は天生牙をもう一度抜き、法師に対峙する。
 瞳の光を失いつつある法師は、右手の封印を解くためにもう数珠に手をかけていた。今、この一瞬を逃せば、後は無い。


 天生牙よ、お前に私たちの命運を託す ――――


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 斬り飛ばした法師の右手を、今度は間髪入れずに爆砕牙で十字に刻む。剣圧に押され、法師の右手だったものは天空高く飛び去り、封印の解けた風穴は溢れ出した瘴気を爆砕牙の雷が焼く衝撃を吸込み続け、やがて空の果てで砕け散った右手の肉片全てを吸い尽くして消滅した。

 その場を呆然とした顔で見ている法師とりん。

 法師の右腕には、手首から先はもうない。天生牙に斬られた傷からは血の一適もほんの微かな痛みすらもない。いままで風穴が吸い続けた瘴気もろとも曲霊を切り捨てたせいか、法師の腕に走る瘴気の傷の忌々しい色も薄くなっている。風穴に根を張っていた曲霊は、思わぬ天生牙の一撃に法師の体に伸ばしかけていたその触手を収束させた。そのまま引き剥がされるように、剣圧で吹き飛ばされた右手と共に空に舞ったのである。

「まさか、このような事が出来るとは―――」
「…『風穴』など、およそ『この世のもの』ではない。ならば、この天生牙で切り捨てる事が出来る、と」

 天生牙と爆砕牙を納め、言葉なくりんに右手を差し出した。

「風穴の無くなったお前は、犬夜叉にとってただの足手まといかも知れぬ。奈落にとっても自分の呪いで自分の身が危うくなる危険が減っただけの事」
「いいえ、殺生丸様。それでも、どれほど感謝の言葉を捧げても言葉はつきません。あなたも仰ったように、あの力は人間である私が持っていてはならなかったもの。ならば、これからは一人の人間として、法師として――― 」

 まだ続きそうな法師の言葉を遮る。

「りんに感謝しろ。りんがお前の命乞いをした結果だ」

 私は早くこの場を立ち去りたく、りんを腕に抱く。曲霊に穢されたりんを、一刻も早くこの手で清めたくて。あいつの残した臭い・感触、その全てをりんの上から消さない事には、この気持ちは収まらない。

 なによりも、あの一言。

 ―――― 娘の体の中にわしが入っているからな

 それが一番許せなかった!
 りんの中にその存在を記すのはこの私、殺生丸だけだ。他の何者にも侵させはしない!!

「……動けるのならば、加勢に行け。かごめは霊力を封じられたまま奈落に捉われている」
「かごめ様がっっ!!」
「お前の霊力が、活路を開くかも知れぬ」

 それだけ言い置いて、法師に背を向ける。

「あ、あの! 殺生丸様も行かれるのですか!?」
「……速やかに成さねばならぬ事がある。私の領分は曲霊を切り捨てる事のみ」

 後はもう何も言うなと、その場を後にする。

 どちらにせよ、奈落の持つ四魂の珠を消滅させぬ限りはまた曲霊も湧いてこようが、今はこの腕の中のりんを ――――


* * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 奈落に捉われたかごめの危機に、琥珀の欠片が真の意味を持って光の力を発現する。いよいよこの闘いも佳境に入るのか?
 そして、その場に殺生丸が舞い戻るかどうかは、りんを完全に自分のモノとしその身の安全を確保した上でのことになる。


【終】
2007.10.18




【 あとがき 】

またもややってしまいました、突発SS!
だって、あの珊瑚ちゃんの「りんが気絶したままー」の一言でぴくっ、と表情を動かしざっと光の珠を散らばらせて光速移動する一コマに萌えちゃったんです〜vvv

なので、なにが「電光石火」かって言うと、ね♪
後はご想像にお任せします(^^)


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