中学受験専門 国語プロ家庭教師(東京23区・千葉北西部)

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■短作文 子どもたちの作品集

・学習塾に勤務していた頃の一時期に(1998年度のみ)、小学生の作文能力、読解・記述能力、表現力の向上を目論み、横田経一郎著「楽しい短作文のネタ50選」(明治図書)、岡本明人著「教育新書・授業ディベート入門」 (明治図書)をもとに、短作文、ディベート型意見文の記述指導を実践した際の子どもたちの作品集です。

※ご参考記事:記述訓練上の技術
※ご参考記事:読点の打ち方
※本ページ記事作成:2004年(平成16年)
※中学校側が中学受験生(小学生)に求めている記述の技術的水準は非常に高く、その訓練や指導に当てる時間がより多く必要だったため、「短作文」の指導は一時期(1998年の一年間のみ)となりました。


      

・「作文」と聞くと、何を書いていいのかわからない、面倒だ、無理やり書かされるもの…… ついそう考えてしまがちです。確かに、「書くこと」が思い浮かばなければ、そして「何のために」書かされているのかがわかっていなければ、すすんで作文に取り掛かろうということにはなりません。
誰でも「よい作品」を書こうと四苦八苦しているのに、「上手に書きなさい」「丁寧に書きな字で書きなさい」「主語と述語を……」などと制約ばかりでがんじがらめでは、うんざりします。大人が期待する内容の作品を書かなくてはならないこともあります。
絵を描くにしても、人に「太陽は赤で円く塗りなさい」「空は青く、海は群青に……」とはじめから塗る色や形まで決められてしまったのでは面白くありません。人それぞれにものの見え方も色も違って当然なのですから、もっと自由に、楽しく作文を書けたらいいのに、と思います。

・そもそも、作文がとても学習効果の高いものとされているのは、国語を上手に使い、筋道を通してものごとを考えるのに最善の策とされているからです。自分の知っている言葉を上手に組み立て、考えを表現するというのが国語であり、国語力がないと何も書けません。
国語は全科目の中で―番大事だ、とよく言われます。算数もはじめのうちは単純な計算を学ぶのですが、だんだんと頭を使って筋道を考えなければならなくなります。文章題の趣旨を読み取らなければ、計算のしようがないことも多くなります。
人間は国語を使ってものを考えます。考えるということは、国語を上手に使うということで、国語カが不足していると国語を上手に使えず、筋道を通して考えるのが苦手だということになります。作文というのは国語を自分で操ることですから、作文力を養うことが国語力を養うことになるのでしょう。

・作文は、文章による表現の基礎的な能力を養うと同時に思考方を高めることができるものですから、自分で書いているうちに書く人の考えや気持ちがわかるようになり、文章を読むときも、より深く正確に読みとれるようになります。さらに、言葉の量も増え、表現も豊かになり、知識も増えていきます。そして、これが人試の「記述式問題]にも、役立っていきます。
「…の気持ちを説明しなさい」「…の理由を説明しなさい」というように、文章で説明する国語の問題のことを記述式問題とよびます。記述式問題は作文ではありませんが、「文章を書く力」のすべてが、ここで試されます。文章を書かせると、表現のうまい、下手は別としても、ものごとに対する見方、考え方、それに、その人の性格、人格、個性、国語力なども同時にわかってしまうので、作文は選抜試験としてもとても重視されています。

・誤字・脱字に限らず、使う言葉があいまいであれば、すぐ辞書を引いて確かめるとよいでしょう。ついでに言葉の使い方もみておきましょう。
また、文章上達法の―つに、 「名文を書き写し、なぞる」という練習がありますが、名文とまではいかないにしろ、自分の文章の誤りや欠点などを直しながら、最後に清書をすることで、最初に書いた文章との比較が無意識のうちに頭に残っていきます。辞書を活用し、文章を直し清書する習慣をつけることで、作文力=国語力の向上を期待することができます。

・作文といっても、何も型にはまった感想文や課題作文ばかりではありません。簡単に取り組め、集中して書け、学カもつく「短作文」というものがあります。字数は自分で決めればよいでしょう。面白く、自分らしく書くのに必要な字数があれはいい。
さまざまなネタがありますが、遊びの要素があり、挑戦心・好奇心をかりたて、空想させ、言葉のもつリズムの面白さを感じることができるし、ユーモアのセンスもみかがれる。即興的な言葉遊びのたぐいを子どもたちは本来好むものであり、得意とするものです。そのような学習の機会を与えられることで、眠ったままになっている子どもたちの本来のオ能が開発されるだろうと考えます。

■同化作文

次の詩を読み、あなたが駝鳥になりきって、駝鳥のつぶやきを書いてみましょう。

ぼろぼろな駝鳥
 高村光太郎

何が面白くて駝鳥(だちょう)を飼うのだ。
動物園の四坪半(よつぼはん)のぬかるみの中では、
脚(あし)が大股(おおまた)すぎるじゃないか。
腹がへるから堅(かた)パンも食うだろうが、
駝鳥の眼は遠くばかり見ているじゃないか。
身(み)も世(よ)もないように燃えているじゃないか。
るり色の風が今にも吹いてくるのを待ちかまえているじゃないか。
あの小さな素朴(そぼく)な頭が無辺大(むへんだい)の夢で逆(さか)まいているじやないか。
これはもう駝鳥じゃないじゃないか。
人間よ。もうよせ、こんなことは。


「駝鳥のつぶやき」
ぼくを見て何が楽しいのだ。
毎日毎日、ぼくはみんなの見せ物になって、こんな四坪半のぬかるみの中を歩かなくてはならない。
ぼくは、ずっとこのかこいの中で、あの地平線の夢を見ていなければならないのか。
いつか、地平線に向かって思いっきり走って、草原を吹きわたる青く大きな風を感じてみたいのだ。

(5年生・女子)


「駝鳥のつぶやき」
はァ……ここはせますぎる。
早くあの広大な草原で、チーター君やゾウさんとかけっこをしたい。
今度こそチーター君に勝つんだ。
あ―っ、草原だー!
……まぼろしか……。
るり色の風よ、吹いてこい!
吹いてこい……。
はァ……。

(4年生・女子)

■学習作文

・授業で扱った文章の内容について、意見や感想を自由に書かせる。文章の内容把握を深め、 表現力を高めるねらいがある。

授業で扱った文章の内容に関して、思ったことや考えたことを自由に書いてみてください。

「お人好し」
「お人好し」って、本当に「いい人」なのだろうか。
たとえば、藤六の返事が次のようだったら、権八はどうしていただろうか。
「自分で切ったのは自分で運ぶのがあたりまえでないか。」
「自分の分は自分で切るのが、あたりまえでないか。」
権八は、「ああ、そうか。」と素直に答えないにしても、あんなにいばって、藤六に対してずるいことが言えなくなるはずだ。
権八をずるがしこい、なまけ者にしてしまったのは、藤六の「お人好し」のせいじゃないだろうか。
「お人好し」って、本当は悪いことじゃないのかな。

(4年生・女子)


「文字で描く絵」
この文章は、読むと情景が思い浮かぶ。
作者はまるで文字で絵を描いているようだ。
しもの「白」は寒い感じ、空の「青」はさみしくすずしい感じ、カラスの「黒」も、さみしい感じ。
その無彩色や寒色の中に、ただ―つ、かきの実の「赤」。
ほかの色はみな、この「赤」のためにあったように思う。
人が色に対してもっているイメージを使って、作者は字数以上に、広がりをもたせているのだと思う。

(4年生・女子)


「親切と勇気」
なぜ、親切は勇気がないと生かせないのだろうか。
この女の人が「おしえてください。」と一言声をかけていたら、作者はどうしていただろう。
おしえていたにちがいない。
なのに、おしえてあげることができなかった。
それは、もし、「わかっていますから。」などと言われたりしたら、自分がはずかしかったり、きずついたりするのがいやだからだと思う。
その勇気の気持ちを乗りこえるのに、勇気が必要なのだ。

(4年生・女子)


「間」
「兄もいくさに出かけたまま―帰らなかった。」の、「―」の線てなんだろうと思った。
間をあけて読んだり、あけずに読んだりしてみた。
間をあけて読んだとき、「―」のところに私の気持ちが入ってきた。
「えっ、お兄さん、どうしちゃったんだろう。」
「帰らなかった。」
間をあけずに読んだときより事実や悲しさが、より大きくなった。
ただ「―」があるかないかで、こんなに違うとは思わなかった。

(4年生・女子)

■定義作文

「1+1=2」…これはどういうことだろう。言葉で説明してみよう。

「1+1=2」とは
例えば、―つの赤いボールと―つの青いボールを合わせると、二つになります。
これを式で表すと「1+1=2」となります。
このように、単位が同じ場合ならたすことができます。
不思議なことに、1リットルの水に1リットルの水をたすと2りットルになりますが、温度が同じ1度の水と1度の水を合わせても2度の水になりません。
つまり、ものの数や量、重さなどは「1+1=2」になるのです。

(4年生・女子)


目の見えない人に、「赤い色」がどんな色かをわかってもらえるよう、言葉で説明してください。

「赤」とは
「赤」という色は、世界中を照らしているお日さまの色です。
すべての生き物が、お日さまのエネルギーで生活しています。
寒い冬の日に、ガラスまどから差し込む日の光ほ、とってもやさしくあたたかくて、お母さんの編んでくれたセーターのようなぬくもりが感じられる色です。
そして、おふろに入ったときのようなポカポカした感じのする色です。
「赤」という色は、あたたかく感じられる色なのです。

(4年生・女子)


「右」とはどういうことだろう。言葉で説明してみよう。

「右」とは
自分の左手ではないほうで、心臓と反対のほう。
時を過ごすのに大事なのは時間ですが、その時間をおしえてくれるのは時計です。
時計は右回りです。
それが右です。

(5年生女子・共同作品)

■接続語作文

「まず、次に、しかし、つまり、このように」の五つの「接続語(つなき言葉)」を一回ずつ使って、説明文を書いてください。作文の内容はウソでもかまいません。

「サンタクロ―スについて」
まず、サンタクロ―スはいないと思っている人が多いだろう。
しかし、宇宙のどこかにサンタクロ―ス星という星が実際にある。
つまり、そこにサンタクロ―スがいるということだ。
次に、サンタクロ―スがなぜ夜に来るのか、について。
それは、サンタクロ―スが恥ずかしがり屋だからだ。
このように、サンタクロ―スが、みんなに見つからないようにしているから、サンタクロ―スがいないと思っている人が多いというわけだ。

(5年生女子・共同作品)

■なりきり作文

・自分以外のものに「なりきって」書く作文です。特に取材の必要はなく、「何を書くか分からない」ということがありません。内容もフィクションであり、子どもたちは思いのままに文章を書くことができます。見聞したこと、経験したことなどについて、順序を整理し、主題や意図をはっきり表現させることによって、さらに自分の考えを深めさせるねらいがあります。起承転結など、文章構成も指導します。

「わたしは○○です。」という書き出しで、何でも好きなものにあなたがなって、 物語文を書いてみよう。

「私はノートです」
私はノートです。
私は、ご主人に強くえんぴつで書かれたり、消しゴムでこすられて、いつもきずだらけでした。
セロハンテープくらい、はってよ……。

ご主人は5年生になり、私も今はきずだらけというわけではありません。
しかし、このごろ、絵をかくようになりました。
毎日、絵のウルトラマンと戦っています。
私の体を破って、紙飛行機にしたりもしています。
授業中、黒板に書いてあることも写さないで、宿題もやらないことがしょっちゅう。

ある時、私はご主人のお母さんに捨てられてしまいました。
字がきたないから、新しいノートにきれいに書きなさい、と。
他の人ならあと一か月は使ってもらえたのに。

今、私は再生紙に生まれかわっています。
次は大事に使ってもらいたいな。

(5年生・女子)


「ぼくは、えんぴつです」
ぼくは、えんぴつです。
オオタ君の筆箱の中にいた、えんぴつです。
ぼくだって、はじめは長くてピカピカだったんだけれど、オオタ君の勉強やいたずら書きにつき合っているうちに、すっかりちびてしまった。

さて、ぼくはほかの何本かの長いえんぴつたちといっしょに筆箱の中にいたんだ。
ある日の休み時間、オオタ君が校庭で走り回っている間に、ぼくは置きっぱなしの筆箱の中からゆかへ、ころがり落ちた。
元気いっぱいの三年三組の子どもたちの上ばきに何度もふまれた。
教室にもどってきたオオタ君は、ぼくがいなくなっていることにまったく気がついていない。
ああ、やっぱりな。
ちびたえんぴつなんて、なくてもいいのかなあ。
でもね、えんぴつの世界じゃあ、小さくなったえんぴつのほうがえらいんだぜ、知らなかっただろう?
それに、1学期のテストでオオタ君が百点まん点を取ったのは、何をかくそう、ぼくのおかげさ。

その日、そうじの時間、ほうき係の田中君がぼくを発見!
「これ、名前書いてないけど、オオタ君のだろう?」
「えっ、あっ、本当だ、サンキュ―!」
ぶじ、オオタ君の筆箱にもどれたぼくですが……。

オオタ君、危機―髪でしたね。もうちょっとで、君の2学期の漢字テストは0点になるところでした。

(小3・男子)

■要約

・文章の重要な内容を選んで、短くまとめる。その文章に何が書かれてあるか、また、内容をどれだけ理解しているかを確かめることができます。生徒にとっては、さらに読解を深め、表現や語句を学ぶうえでも、大変有効な学習となるでしょう。

授業で扱った文章の内容がよくわかるように、短くまとめてみましょう。

※ 以下は使用教材中の素材文章を要約させたものです。

一さつの本に自分の生きかたが方向づけられることがあるが、みんなが同じ本で感動するとはかぎらない。
自分にぴったりあったすぐれた本にめぐり台うことが大切だ。
またそれは、求めている人たちに約束されたほうびだ。

(4年生・女子)


パレスチナにある死海という湖は、とりまく自然のかんきょうによって、海水よりも塩分が多くて重くなり、現在は魚や水中動物が生きていけない「死の海」である。

(4年生・女子)


筆者はグリンデルワルトに来る途中のながめや、グリンデルワルトの少し高いところから見た周囲の美しさに感動する。その美しさに魅せられた筆者は、もっと高い所へ行ってみたくなり、登山電車に乗った。そして、クライネ=シャイデックではアイガーの北壁を前に、この山を征服した人間の強さを思った。筆者はこの場所が気に入り、どこへも行かず、ここのホテルにとまることにした。

(6年生・男子)


K少年は、「あの坂をのぼれば、海が見える。」という言葉を自分に言いきかせ、期待感と落胆を交互に感じながらも、ひたすら歩きつづけていた。けれども、はうようにして登ってきた山も坂も、はてしないくりかえしだった。そして、ついに歩くのをやめ、すわりこみ、帰る道のりの長さを感じたその時、生き物の声を耳にした。光が頭上をよこぎった。それは、海鳥だった。海鳥は少年を先導しているようだった。それを見て少年は、もう―度気力を奪い起こし、「あの坂をのぼれば、海が見える 」と自分に言い聞かせたのである。

(6年生・男子)

■根拠記述文

・文章中の手がかりをもとに、筋道立てて問題の解答の根拠を考えます。それまでの「何となく」感覚的に解答していたものから確信をもった解答とするために、国語の学習においてなくてはならない思考作業です。正しい読み取りに基づく、正しい考え方(解法)を確かめるねらいがあります。ノート添削指導によって、また、子ども本人から口頭で説明を聞くことによって理解度を確かめたり、解法の修正を行なったりします。

その設問の解答の根拠を、文章中の手がかりをもとに、筋道立ててわかりやすく説明しなさい。
※ 以下は使用教材中の設問の解答根拠として記述させたものです。

刀をあなにかくしていることは太郎のひみつで、みんなはそれをしっていたから。

(3年生・男子)


第―段落の1~2行に、「女の人たちが、こんぶほしのしごとをして働いていた」、第三段落の1行目には「ここのようにえん岸漁業で生活している人々のくらしは、楽でない」とあり、今別(いまべつ)の人々が、こんぶやいかをとって生活をしているということだから、答えは「今別(の)人々のくらし」になる。

(4年生・女子)


45行目に、各地で昔からの言い伝えに「桜が咲いたらササゲをまけ」というようなことがあると書かれてあります。これは、温帯作物、つまり、イネやササゲの生育開始期と、桜の開花の条件である平均気温が同じ約十度だということです。そこで、解答には「温帯作物の生育開始期と、桜の開花の条件である平均気温が同じだから。」と書きます。

(6年生・男子)


「競争心」から他人と比較する気持ちが生まれ、その結果、自分が劣っていたら劣等感を感じるということ。

(6年生・女子)


筆者は、あやとりの糸が「川から川へもどり、またはじまっていく」という現実の光景を見ているのだが、16行目で、リカちゃんがお母さんになったときのことを想像し、「リカちゃんはきっと、子どもといっしょに毛糸のひもであやとりをするお母さんになるだろう」と考える。つまり、リカちゃんが母親になったとき、あやとりのような遊びが子どもに受けつがれ、その子が母親になると、また、それが子どもに受けつがれていくのだということ。

(6年生・女子)


「そぎ落としたような直線の岩膚」は、何かするどい刃物ですっぱりと切り落とされたかのような岩膚の直線的な様子だが、そんな岩膚をしたアイガーやウェッターホルンなどの山々が、山すそからとても高く立ち並んでいる情景が目に浮かぶ。

(6年生・女子)


川瀬はふだんから音が立っているが、梓川には川幅がくびれて細くなっているところがあり、そこで水に勢いがついて勢力が強くなり、音がよけい高くなるということ。

(6年生・女子)

■ディベート型意見文

・自分なりの考えを、他の人々にうったえるために書く文章が意見文です。へ理屈や、ひどくかたよった考え、不平不満を並べ立てた文章にならないよう注意しよう。

・ディベート型意見文には、自分の本来の立場とは関係なく、相対する立場にあえて立って主張することで、自己中心的な考え、感情的、情緒的、感覚的な思考を排し論理性を訓練するねらいがあります。考えたくないことやいやな問題もあえて考えさせ、相手側の意見を視野に入れた、また、第三者を説得させるための論理構成と論拠を意識させて書かせる指導を行います。広く社会の出来事に目を向けさせるための意識づけも効果的です。

・論題には三種あります。
事実論題:論題が事実であるか、事実でないかを主張する。
価値論題:良いか悪いか、正しいか間違っているか、有益か有益でないかなど価値判断を伴うことについて主張する。
政策論題:現状の政策や制度を変える考えを主張する。
以下に紹介する意見文では、文章の冒頭に、まず「結論」を明らかにすることによって、最初に、「どこへ行く」とゴール(目標)を明確にさせ、続けて、その主張を支える具体的根拠を述べるよう指示し、さらに文章全体を引き締めるため、再び結論を文章の締めくくりに述べさせました。

次の論題に対し、賛成と反対の両方の立場から、あなたの意見を述べてください。ただし、自分の意見には根拠をもって、「~だから…だ」というように主張しましょう。

事実論題:論題が事実であるか、事実でないかを主張する。
論題:学校にいじめはない(事実論題)

賛成意見
学校にいじめはないと思います。なぜなら、いじめられていると本人が思いこんでいるだけという場合が多いと思うからです。なやみを人にうちあけたり相談するのが恥ずかしく、自分のからにとじこもってしまって、本人が悩んでいるだけなのです。自信をもって相手に接すれば、案外簡単に仲良くなれます。学校という同じ年ごろの子ども同士の中に「力の強弱」があるとは感じられません。だから、学校にいじめがあるとは思えません。

反対意見
私の学校にも、「いじめ」はあります。人はそれぞれいろいろな性格をもっています。そのため、なかには多くの人からいやがられて、いじめられてしまうことがあります。私のクラスにも、みんなからきらわれて仲間はずれにされたり、無視される人がいます。だれかが悪口を口に出してしまうと、つい、ほかの人も調子にのり、集団でいじめてしまうのです。自分が別にそう思っていなくても、みんなの言うことに反対する勇気がでなくて、つい人と同じことを思ったり、したりしてしまいます。でも、欠点はだれにでもあるものなので、絶対に人をいじめてはいけないと思います。一人を大勢でせめるのは、とても「卑怯」なことだと思います。
一対一のけんかなら、「いじめ」とは言わないからです。世界中の人が、少数の意見でも勇気をもってはっきりと言えれば、いじめは少なくなると思います。

(以上二編:4年生・女子)


価値論題:良いか悪いか、正しいか間違っているか、有益か有益でないかなど価値判断を伴うことについて主張する。

論題:マンガ本は悪い(価値論題)

賛成意見
私は、マンガ本は悪い、と考えます。なぜなら、文章だけだと風景や状況がどのようかを自分で考えまずが、マンガの場合、絵を見ればずぐにそれがわかります。そのために、頭で考えたり、空想したりしなくなってしまいます。それに、小説や物語と違い、読み終わったあとに感動や余韻が残らないでその場だけで終わってしまうように思います (実は、何より大きな理由は、マンガの本だとお母さんにあまり買ってもらえないからです!)。したがって、マンガ本は悪いと、私は考えます。

反対意見
私は、マンガ本を悪いとは考えません。なぜなら、文章だけだと、言葉の意味やあらすじ、情景などがよくわからないことがありますが、絵が描いてあると、それがよくわかるからです。たとえば、「うなだれる」という言葉の意味がわからないとき、がっかりして落ち込んでいる様子が絵で描かれていると、その様子がはっきりとわかります。したがって、一言でマンガ本が悪いとは言えないのです。これからもどんどんマンガを読もうと思います。

(以上二編:4年生・女子)


論題:塾は必要だ(価値論題)

賛成意見
私は、塾は必要だと思います。なぜなら、中学受験では小学校で習わないこと、中学で習うような問題まで出題されるからです。私たちは、自分が進む中学校を自分で選びたいと思います。住んでいるところの学校に全員が人らなくてはならないというのは、とても納得がいきません。さらに、自分に合った学校、好きな学校へ行きたいと思っても、小学校の勉強だけではとても難しくて希望がかなわないのです。学校は、運動会、遠足、お祭りなどの行事が多くて、私の学校ではどの教科も教科書が最後まで終わりません。こういうわけで、塾がどうしても必要なのです。

反対意見
塾は必要ではありません。なぜなら、学校だけでも十分だからです。わからないことは先生に質問をすればいいのです。それに、机に向かうことだけが勉強ではありません。机にずっと向かってばかりいるのも悪いと言えます。外で友だちと遊ぶのも、トランプをするのも「勉強」なのです。土曜日が全部休みになったら、いろいろなことができます。復習だって何回もできます。友だちともたくさん遊べます。家族と何かを計画して過ごすこともできます。最近では、ボランティアの仲間に人っていろいろな活動をすることもさかんになっています。塾で学べない大切なことが、いっぱいあるのです。こういうわけで、塾はいらないと思います

(以上二編:4年生・女子)


政策論題:現状の政策や制度を変える考えを主張する。

論題:「美化係はなくすべきだ」 (政策論題)

賛成意見
美化係はなくすべきだと思います。なぜなら、みんなが美化係にたよって教室が汚くなっても平気になり、何もしなくなってしまうからです。まるで掃除をするのが美化係の仕事のようになってしまうと、とても大変だと思います。―人―人がゴミをきちんと始末するように努カして、それでも落ちていたら進んで拾うようにしたらいいと思います。美化係がなくなったほうが人にたよらなくなるので、美化係はなくすべきだと思います。

反対意見
美化係は必要だと思います。なぜなら、ゴミが落ちていてもみんな見て見ぬふりをしてしまいます。それは、みんなが「ゴミを捨ててはいけない、落ちていたら進んで拾う」という心がまえがないからです。自分たちの環境を良くしようという「雰囲気」を作るのに美化係が必要なわけです。美化係は掃除をする係ではなく、クラスの雰囲気を作る係なのです。それによってみんながそうしようと意識するようになり、積極的になるでしょう。そんなわけで、美化係は必要だと思います。

(以上二編:4年生・女子)


論題:「図書係はなくすべきだ」(政策論題)

賛成意見
ぼくは図書係はなくすべきだと思います。なぜなら、図書係の仕事はカードにスタンプを押して、みんなが惜りた本を片づけるだけだからです。それなら自分できちんとやればいいと思います。それに、みんなが図書係にたよりすぎて、本を片づけなくなるおそれがあります。図書係にたよらないで、自分の借りた本は責任をもって自分で返すべきだと思います。

反対意見
ぼくは図書係はなくすべきではないと思います。なぜなら、みんなが惜りた本を自分で片づけると、いいかげんにどこでもいいからと、たなに入れる人がいるからです。そうしたら、次にその本を借りたい人が、どこにその本があるのかわからなくなってしまいます。また、図書係は本を読んでもらうために新聞なども書く仕事もします。たくさんの人に本を読んでもらうようにするためにも、図書係がなくてはならないと思います。

(以上二編:4年生・男子)


論題:のび太はドラえもんからはなれるべきだ(政策論題)

賛成意見
のび太はドラえもんからはなれるべきだと、私は思います。なぜなら、のび太はドラえもんにたよってばかりいるからです。たとえば、宿題ができないとき、ジャイアンにいじめられたとき、いつもドラえもんに泣きつきます。困ったときはいつもドラえもんの道具をたよりにして、自分で悩んだり、考えたり、工夫したり、努カしたりしないのです。のび太自身の頭や体で得たものだけが、本当にのび太のためになるのです。こういうわけで、のび太は、ドラえもんからはなれるべきだと思います。

反対意見
のび太はドラえもんと別れないほうがいいと思います。なぜなら、ドラえもんといっしょにいれば、いろいろなことが体験できるからです。過去や未来にも自由に行けるし、空を飛んだり、一瞬で違う場所に行ったりもできます。実際にはありえないような冒険をしたり、物語の主人公に出会って、いろいろなことをのび太は学んでいけるのです。そして、二人の間には深い友情があります。こういうわけで、のび太はドラえもんと別れないほうがいいと思います。

(以上二編:4年生・女子)


      

■参考文献
・楽しいクラスづくり フレッシュ文庫19「楽しい短作文のネタ50選」 横田経一郎 著 (明治図書)
・教育新書「授業ディベート入門」 岡本明人 著 (明治図書)
・生徒が変わる「ディベート術!」 杉浦正和・和井田清司 編著 (国土社)
・授業技術文庫8「討論の技術」 石黒修 著 (明治図書)
・2時間でわかる 図解「ディベート入門」 松本道弘 著 (中経出版)
・教室ディベートの新時代4「ディベートで話しことばを鍛える」 石川哲史 著 (明治図書)
・「ディベートの原理・原則」 松本道弘 著 (総合法令)
・事例研究「ディベート 論争の技術」 北岡俊明 著 (明日香出版社)
・「ディベート術入門」 北野宏明 著 (ごま書房)
・オピニオン叢書20「反論の技術 その意義と訓練方法」 香西秀信 著 (明治図書)
・オピニオン叢書21「共生時代のディベート道」 松本道弘 著 (明治図書)
・オピニオン叢書29「議論の技を学ぶ論法集」 香西秀信 著 (明治図書)