【中学受験 学習用資料 短歌〈1〉 (あ行)】

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★  ★ ★   

五十音順に並べました。
★ 黄色のボードにある歌は、模試や入試で
出題頻度の高い作品です。
★ 「
柿本人麻呂」のように名を紫色で表示したものは、江戸時代以前(奈良〜江戸時代)の歌人です。
★ 作品は随時追加していきます。★俳句には
季語を必ず一つ読み込むことが作法となっていますが、短歌にはそのような決まりはありません。
音数の数え方…ひらがな一文字を一音とする。ただし、「きゃ」「ちゃ」などの拗音(ようおん)や「ぱっ」「たっ」などの促音も一音とする。
句切れ…歌の途中で、文としての意味の流れが途切れるところ。
枕詞(まくらことば)…特定の語の前に添(そ)え調子を整える形式的な修飾語で、実質的な意味はもたない。多くは五音からなるが、古くは三音、四音、六音のものもあった。

 例:乳根(たらちね)の → (母)
   
青丹(あをに)よし → (奈良)
   
枕(くさまくら) → (旅)
     
そらみつ → (大和) ※四音

★  ★ ★   

★枕詞一覧表はこちら 
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あ行

 
あを(お)によし奈良の都は咲く花の
 にほ(お)ふ(う)がごとく今さかりなり

(小野老)

奈良の都、平城京は、咲く花が色美しく照り映(は)えるように、今やまことに繁栄(はんえい)の極(きわ)みであることだ。

花を賞美する自然感情と都への讃美とを重ね合わせ、作者の明るく満ち足りた喜びを伝えている。(句切れなし)

※あを(お)によし… 「奈良」にかかる枕詞。「青丹(あおに)」は青土の意で、奈良時代、奈良山付近から青土が産出して顔料にしたことによるという。
※奈良の都… 平城京。今の奈良市付近。
※にほ(お)う… 美しく咲きにおうように。「にほふ」は色が美しく照り映えるの意。

※野老(おののおゆ)… 奈良時代の歌人。

★「あを(お)によし」は「奈良」にかかる枕詞(まくらことば)。
枕詞一覧表
赤とんぼ早く現は(わ)れ捕(と)りて食(く)へ(え)
 昼を来てさすこのやぶ蚊(か)ども

(窪田空穂)

昼だというのに、しつこく襲(おそ)ってきて刺(さ)すこのやぶ蚊(か)どもには、もう何ともたまらず困っている。赤とんぼよ、頼むから早く私の前に現われて、こいつらを捕まえて食べてしまってくれよ。 (三句切れ)


秋来(き)ぬと目にはさやかに見えねども
 風の音にぞおどろかれぬる

(藤原敏行)

秋がやってきたと目にはまだはっきりとは見えないけれども、ふと耳にした涼(すず)やかな風の音に、秋の到来(とうらい)を、ふいに気づかされたことだ。

視覚と聴覚とのずれをうまく利用して、ふいに気づかされた秋の訪れへの詠嘆(えいたん)が詠(うた)われている。(句切れなし)

※来ぬと… 秋が来てしまったと。
※さやかに… はっきりと。
※見えねども… 見えないけれども。
※おどろかれぬる… 感じてしまわずにはいられない。

あけて待つ子の口のなかやは(わ)らかし
 粥(かゆ)運ぶ我(わ)が匙(さじ)に触(ふ)れつつ

(五島美代子)

口を開けて待っている幼い我が子に、お匙(さじ)にお粥(かゆ)をすくって運んでやると、そのたびに匙が子どもの口に触れる。触れるたびに、いたいけな我が子の幼い命の感触が、やわらかに匙から伝わってくる。(三句切れ)

※ 「亡(な)き子来て袖(そで)ひるがへ(え)しこぐとおもふ(う)月白き夜(よ)の庭のブランコ」の項を参照のこと。
朝あけて船より鳴れる太笛(ふとぶえ)のこだまは長し
 並(な)みよろふ(う)山

(斎藤茂吉)

夜が明けてほのぼのと空が明るくなったころ、長崎港の船の太い汽笛(きてき)の音が、港の回りの並び連なる山々にこだまして、長く、ゆるやかに響き渡ってくる。何と静かな港町の朝だろう。(四句切れ)

※並(な)みよろふ(う)…並び連なる。作者の新造語。
※朝明け… 朝になって、明るくなること。また、そのころ。明け方、夜明け。

※大正6年、茂吉(もきち)が長崎医学専門学校に赴任(ふにん)した折(おり)の作。
※長崎港は「鶴(つる)の港」とも呼ばれ、港が深く湾入(わんにゅう)して湖のようになっており、その回りを取り囲むように山々が並び連なっている。
あさぼらけ有明(ありあけ)の月と見るまでに
 吉野の里に降れる白雪

(坂上是則)

ほのぼのと夜が明けるころに、明け方の月の光がしらじらと照り渡っているのかと思えるほどに明るい、吉野の里に降り積もった白雪の美しさよ。(句切れなし)

※あさぼらけ… 朝、ほのぼのと明るくなったころ。
※有明(ありあけ)の月… 陰暦二十日すぎごろの月で、夜遅く出て、夜明けになってもまだ空に出ている月。残月。
※見るまでに… 見間違えるほどに。
※吉野の里… 現奈良県の吉野町あたり。


★ 小倉百人一首所収。
あしひきの山鳥の尾のしだり尾の
 ながながし夜をひとりかも寝む

(よみ人知らず)

(一人寝するという)山鳥の、長くしだれて(たれ下がって)いる尾のように、長い長い秋のこの夜を、恋しい人と離れ、今夜はたった一人で寝なければならないのだろうかなあ。

秋の夜長を、人を恋いつつ独り寝する慰(なぐさ)めがたいわびしさを詠(うた)っている。(句切れなし)

※足引きの(あしひきの)… 「山」にかかる枕詞。上代(主に奈良時代)以後は「あしびきの」と読まれた。
※山鳥… キジ科に属する野鳥。キジに似るがやや大きく、雄の尾は長さ約1mになる。
※しだり尾の… 長くたれた尾のように。
※ながながし… 長い長い。
※ひとりかも寝む… 一人で寝なければならないのだろうかなあ。


※「ながながし」… 「夜」を修飾する掛詞(かけことば)。「(尾が)長い」という意味と、「長い(夜)」の二つの意味を持たせている。
※掛詞(かけことば)… 一つの言葉に二つ以上の意味をもたせる手法。口語訳する時は、二つの意味が明らかになるように訳すようにする。
※あしひきの山鳥の尾のしだり尾の… 「ながながし」を引き出すために前置きとして使われている序詞(じょことば)。
※序詞(じょことば)… ある語句を引き出すための前置きの言葉。枕詞と同じような働きをするが、音数に制限は無く、二句以上にわたることが多い。枕詞のように慣用化されておらず、ほとんどが作者の創作によるものである。

★「足引きの」は「山」にかかる枕詞(まくらことば)。
枕詞一覧表


★小倉百人一首所収。

※小倉百人一首では柿本人麻呂作とされているが、万葉集では作者未詳(みしょう)としている。
あたらしく冬きたりけり鞭(むち)のごと
 幹ひびき合ひ(い)竹群(たかむら)はあり

(宮柊ニ)

身の引き締(し)まるような、新しい冬の到来(とうらい)である。吹きすさぶ寒風に鞭(むち)のような鋭(するど)い音を立てて、群がり生えた竹が、しなり揺(ゆ)れている。(二句切れ)
あますなく小草(おぐさ)は枯れて風に鳴る
 かなたに小さき山の中学

(木俣修)

広い空の下、野山は遠くへと続き、見渡す限り草は冬枯(ふゆが)れて、寒風に乾いた音を立てている。冬の寂(さび)しい風景の中、彼方(かなた)に小さく見えるのは、山間(やまあい)の中学校の校舎の姿である。

広い野山から、遠く小さい中学校の校舎の姿へと、視野がしぼられている。(三句切れ)
天(あま)つ風
 雲の通ひ(い)路(じ)吹きとぢ(じ)よ
を(お)とめの姿しばしとどめむ(ん)

(僧正遍照(良岑宗貞))

大空を吹く風よ、天女の帰り上ってゆく雲間(くもま)の通り道を、吹いて閉ざしてくれよ。天女の美しい舞い姿を、今しばらくこの下界にとどめおいて見ていたいのだ。(三句切れ)

※天(あま)つ風… 大空を吹く風。ここでは呼びかけ。
※雲の通ひ(い)路(じ)… 天へと通ずる雲間の道。

※陰暦(いんれき)十一月の中旬に行われた宮中の華麗(かれい)な儀式(ぎしき)、豊明節会(とよのあかりのせちえ)で舞を舞う少女を天女に見立て、美しいその舞姫(まいひめ)の姿をなおも賞美していたいという気持ちが詠(うた)われている。天武天皇の御代(みよ)、天女が吉野に下(くだ)って舞ったという伝説になぞらえ、舞姫を天女に見立てている。

★小倉百人一首所収。
天(あま)の原ふりさけ見れば春日(かすが)なる
 三笠(みかさ)の山に出(い)でし月かも

(阿倍仲麻呂)

大空をはるかに見渡すと、今ちょうど東の空に美しい月が出ている。この月は、かつて私が日本に住んでいた頃、故郷奈良の三笠の山の上に出るのを見て楽しんだあのなつかしい月と同じなのだと思うと、胸がしめつけられるように切なくなるのだ。

仲麻呂が三十五年間の中国での留学生活を終えて、明州(現在の寧波)の海辺で別れの宴(うたげ)の際に詠(よ)んだものと伝えられる(※この帰国航海は海難により失敗)。三十数年の昔に見た故郷の月という「時間」と、今中天にかかる中国大陸の月という「空間」とが一時に結びついて、望郷の念をかきたてられている心情が読み取れる。月を通して、作者の脳裏(のうり)に、今、故郷が現実のものとして蘇(よみがえ)っているのである。(句切れなし)

※天の原… 広い大空。
※ふりさけ見れば… ふり仰いで遠くを眺(なが)めやると。
※春日(かすが)なる… 春日にある。春日は奈良市内にある春日神社のある一帯。
※三笠(みかさ)の山… 春日山の一峰(いっぽう)、御蓋山(みかさやま)のこと。
※出(い)でし月かも… 出たあの月だなあ(、今出ているこの月は。)主語にあたる語句が省略されている。


※阿部仲麻呂(安部仲麻)… あべのなかまろ。奈良時代の文学者。716年、十六歳で留学生に選ばれ、翌年、遣唐留学生として入唐(にっとう:唐の国へ行くこと)、そのまま唐の朝廷に仕える。海難(航海中の事故)のために帰国を果たせず、在唐五十余年、770年、同地にて七十歳で亡くなる。

★小倉百人一首所収。
あめつちに われひとりゐ(い)て たつごとき
 このさびしさを きみはほほゑ(え)む

(会津八一)

壮大(そうだい)で広大無辺(こうだいむへん)のこの天地に、私たった一人が立つような孤独感、寂(さび)しさを抱(かか)える思いの中、今私の前に立ち現われた、あなた救世観音(ぐぜかんのん)像の慈悲(じひ)に溢(あふ)れたその永遠の微笑みと、その慈眼(じげん:慈悲に満ちた目)が、私をじっと見守り包んでくれていることだ。(句切れなし)

※作者会津八一(あいづやいち)が、奈良法隆寺夢殿(ゆめどの)の本尊(ほんぞん)である救世観音(ぐぜかんのん)像を拝(はい)した際の作。(天地にわれ一人ゐて立つごときこの寂しさを君はほほゑむ)

※会津八一(あいづやいち)… 正岡子規(まさおかしき)に傾倒(けいとう)したが、歌壇(かだん)とは交渉を直接もたなかった。明治41年、奈良を旅して仏教美術への関心を深め、歌材の多くを奈良の仏教美術からとり、仮名書きによる万葉調で古代への憧憬(しょうけい)の思いを多く詠(よ)んだ。
雨に濡(ぬ)れし夜汽車の窓に映りたる
 山間(やまあい)の町のともしびの色

(石川啄木)

夜の雨の中を、ごとごとと走る汽車に乗りながらぼんやりと窓の外を眺(なが)めていると、山間(やまあい)の町の寂(さび)しい灯(ともしび)が見えてきた。灯の色はしっとりと雨に濡(ぬ)れ、窓に滲(にじ)み浮かんで見えている。しみじみと旅情を感じつつ、山間の町の人々の暮(く)らしを思い、ゆっくり流れてゆく灯を静かな心で見つめていると、ほのかな温かみを感じたことだ。(句切れなし)
淡路島(あわじしま)かよう千鳥(ちどり)の鳴く声に
 いくよねざめぬ須磨(すま)の関守(せきもり)

(源兼昌)

この須磨(すま)の海岸から淡路島(あわじしま)へと、冬の海の上を飛び通う千鳥(ちどり)たちのもの悲しく鳴く声に、須磨の関所の番人は、いったい幾夜(いくよ)を、眠りから覚めては寂(さび)しい思いをしたことだろう。(四句切れ)

※淡路島(あわじしま)… 明石海峡(あかしかいきょう)にある島。兵庫県。
※千鳥(ちどり)… 冬に海辺などに群れをなしている小鳥。海辺を数千羽が群がって飛ぶところからこの名がある。
※須磨(すま)… 兵庫県神戸市須磨区。
※関守(せきもり)… 関所の番人。

※作者が、冬のわずか一夜、二夜の旅寝(たびね)でさえ千鳥の鳴き声に寝覚(ねざ)める寂(さび)しさであるものを、もともと人気の少なくうら寂しい須磨の浦で務め暮らさねばならない関守(せきもり)は、その寂しさを幾晩(いくばん)重ねたことだろうかと思いやっている。

★小倉百人一首所収。
家にあれば笥(け)にもる飯(いい)を
 草まくら旅にしあれば椎(しい)の葉にもる

(有馬皇子)

我が家にいればいつも食器に盛って食べる飯(めし)を、今は旅のことであるから、このように椎(しい)の葉に盛ってわびしく食べることだ。(句切れなし)

※笥(け)… 食器。
※飯(いい)… ごはん。米をこしきに入れて蒸したもの。

※有間皇子(ありまのみこ)が、謀反(むほん)の疑(うたが)いで召されてゆく時の旅の歌。

★「草枕」は「旅」にかかる枕詞。旅先で草を結んで枕とし、夜露に濡(ぬ)れて仮寝(かりね)をしたことから。

枕詞一覧表

いかるがの さとの を(お)とめは よもすがら きぬはた おれり
 あき ちかみかも

(会津八一)

静かな、夜の斑鳩(いかるが)の里を散策していると、あちらこちらで機織(はたおり)の音が響いている。この里の娘たちは、秋祭りや新年に備えて、こうして夜が更(ふ)けるまで営々(えいえい)と機を織っているのだ。秋が近づいているのだと、しみじみ感じられたことだ。(四句切れ)

※明治41年、作者会津八一(あいづやいち)が奈良法隆寺を訪れ、夜、法隆寺近隣(きんりん)の宿から法隆寺界隈(かいわい)を散策した際に聞こえてきた機織(はたおり)の音に心を打たれて詠(よ)んだ歌。(いかるがの里の乙女は夜もすがら衣機織れり秋近みかも)

※「あめつちに われひとりゐて たつごとき このさびしさを きみはほほゑむ」の項を参照のこと。
幾山河(いくやまかわ)こえさりゆかばさみしさの
 はてなん国ぞきょうも旅ゆく

(若山牧水)

いったい私は、いくつの山川を越えて行けば、寂(さび)しさの終わり果てる国にたどりつくことができるというのだろう。生きている限り私は、今日もまた寂しい思いを胸に旅を続けていかなければならないのだ。(四句切れ)
石がけに子ども七人こしかけて
 河豚(ふぐ)を釣(つ)りをり夕焼け小焼け

(北原白秋)

夕方、岸壁(がんぺき)で子どもが七人仲良く並んでこしかけ、河豚(ふぐ)釣(つ)りをして遊んでいる。広い空も子どもたちも、美しい夕焼けの赤い色にとけ込んでしまっている。(四句切れ)
石をもて追わるるごとく
 ふるさとを出(い)でしかなしみ
消ゆる時なし

(石川啄木)

まるで石を投げられながら追われるようにしてふるさとを去ったあの時の悲しみは、今でも決して消えることがないことだ。(句切れなし)

※明治38年(1905年)、故郷渋民村の宝徳寺住職であった啄木の父の宗費滞納が原因で一家が寺を追われる事件があった。宗費滞納の理由が啄木自身の借金返済のためだったとする説がある。
いづくにかしるしの糸はつけぬらむ
 年々(としどし)来(き)鳴くつばくらめかな

(樋口一葉)

どこかにきっと、目印になる糸をつけてあるのでしょう。燕(つばめ)は毎年毎年、春が来ると決まって自分の巣に帰って来ては鳴いている。(二句切れ)

※つばくらめ… 燕(つばめ)。日本には春に飛来、人家などに巣を作り、秋に南方へ渡る夏鳥。「つばくらめ」は古名(こめい)。つばくら、つばくろ。

※樋口一葉(ひぐちいちよう)が十三歳の時に詠(よ)んだ歌。
いちはつの花咲きいでて我が目には
 今年ばかりの春行かんとす

(正岡子規)

今年もいちはつの花が咲き始めた。重い病にある私の目には、今年限りの最後の春が、今過ぎていこうとしていることだ。(句切れなし)


いついつと待ちしさくらの咲き出(い)でて
 いまはさかりか風吹けど散らず

(若山牧水)

いつかいつかと待ち望んでいた桜が、ようやく咲きほころんだ。やがて、夢のように儚(はかな)く散り果ててしまうであろう桜の花だが、花盛(はなざか)りの今は、そんな様子はいささかも感じさせず、風が吹いても、花の一片(ひとひら)さえ散ることはない。(句切れなし)


いつしかに春の名残となりにけり
 昆布(こんぶ)干場(ほしば)のたんぽぽの花

(北原白秋)

いつの間にか春は去ってしまったのだなあ。たんぽぽの花が昆布干場の隅(すみ)に、ひっそりと咲いている。(三句切れ)
一疋(いっぴき)がさきだちぬれば一列に
 つづきて遊ぶ鮒(ふな)の子の群(むれ)

(若山牧水)

一匹(いっぴき)が先を泳ぐと、それに続いて何匹もの鮒(ふな)の子たちが一列になって続いて泳ぐ。そのうち、別の一匹が群れから飛び出すと、それに続いて鮒の子たちがまた一列になって泳ぐ。鮒の子たちの無心に遊んでいる様子が、何ともほほえましい。(句切れなし)
いつもより一分早く駅(えき)に着く一分君のこと考える

(俵万智)

いつもより一分早く駅に着いてしまった私。電車を待つ時間はいつもより一分多くなるだけだけれど、そんな時でさえ、私が考えているのはあなたのこと。私の心の中にはいつも、大切なあなたがいるから。

俵万智のチョコレートBOX

稲刈(か)りてさびしく晴るる秋の野に
 黄菊(きぎく)はあまた目を開きたり

(長塚節)

稲を刈り取ったあとの秋の野山はさびしく感じるが、秋晴れの野原には、明るくさわやかに黄菊がたくさん咲いていたことだ。(句切れなし)
いのちなき砂のかなしさよ
 さらさらと
握(にぎ)れば指の間より落つ

(石川啄木)

は、こうして力いっぱい手に握(にぎ)っても、さらさらと指の間からこぼれ落ちてしまう。乾(かわ)いた、そして命をもたない砂のはかなさよ。(二句切れ)

※前途の見通しのつかないままに無為の日々を北海道で送っていた作者が、海岸の空しい砂に託(たく)して、人生の儚(はかな)さと自己の虚無(きょむ)的な心境を歌ったもの。
妹の小さき歩みいそがせて
 千代紙買いに行く月夜かな

(木下利玄)

日はとっぷりと暮れている。千代紙を欲しがった幼い妹を、兄が連れて、夜道を二人で歩いている。ついつい兄は、妹がなかなか速く歩けないので、歩みを急(せ)かせてしまう。二人の兄妹を、ほのぼのと宵の月が照らしている。(句切れなし)
石(いわ)ばしる垂水(たるみ)の上のさわらびの
もえいずる春になりにけるかも

(志貴皇子)

雪解けのためにかさを増し、激しい勢いで石の上を流れる水。滝のほとりのわらびが芽を出した。待ち焦(こ)がれていた春が、いよいよやって来たのだなあ。(句切れなし)

※石(いわ)ばしる… 岩の上を激しい勢いで流れる。枕詞としての使い方をしているという説がある。
※垂水(たるみ)の上… 滝のほとり。地名とする説もある。
※早蕨(さわらび)… 芽を出したばかりのわらび。
※なりにけるかも… なったのだなあ。「かも」は詠嘆(えいたん)を表し、平安時代に「かな」となる。


※志貴皇子(しきのみこ)… 天智天皇の皇子。

★ 「石走(いわばし)る」は「垂水(たるみ)」にかかる枕詞(まくらことば)。
枕詞一覧表
うすべにに葉はいちはやく萌(も)えいでて
 咲かんとすなり山桜花(やまざくらばな)

(若山牧水)

うす紅(べに)色に染まった若葉が早くも芽を出して、今や咲こうとしている山桜(やまざくら)の花であることだ。(四句切れ)
馬追虫(うまおい)のひげのそよろに来る秋は
 まなこを閉(と)ぢ(じ)て想(おも)ひ(い)見るべし

(長塚節)

細く長いウマオイの髭(ひげ)がそっと揺(ゆ)れるように密(ひそ)やかに訪れてくる秋の気配は、眼を閉じて心静かに想い見るのがふさわしい。密やかに訪れる秋の気配を、ささやかなものにしみじみと感じている。(句切れなし)

※馬追虫(うまおい)… ウマオイムシ。スイッチョ。キリギリス科の昆虫。触角が長く、体色は緑色で体長は約3cm。「スイッチョ」と鳴く。
海恋し潮の遠鳴り数えては
 少女(おとめ)となりし父母(ちちはは)の家

(与謝野晶子)

ああ、ふるさとの海が恋しい。遠くから聞こえてくる波の音を数え数えしては、夢多い少女に育っていった、あの懐(なつ)かしいふるさとの、父母の家よ。(初句切れ)
うらうらに照れる春日(はるひ)に
 雲雀(ひばり)あがり情(こころ)悲しも
独(ひと)りし思へ(え)ば

(大伴家持)

うららかに照る春の日、高らかにさえずりながら雲雀(ひばり)は空に舞い上がり、私の心は痛み、切なさに溢(あふ)れる。一人でもの思いに沈んでいると。

「うらうらに照れる春日にひばりあがり」と「情悲しも」を組み合わせ、明るい叙景から暗い叙情へと移行する暗転の技法を用い、しみじみとした憂愁(ゆうしゅう)の情を深めている。(四句切れ)

※うらうらに… うららかに。のどかに。
※照れる… 照っている。
※情(こころ)悲しも… 心が痛まれるなあ。


※大伴家持(おおとものやかもち)… 奈良時代の歌人。万葉集には四百七十余首と集中最も多数が収められている。また、万葉集編纂(へんさん)者の一人とされている。
瓜(うり)食(は)めば子ども思ほゆ
 栗(くり)食めばましてしぬばゆ
いずくより来たりしものぞ
 眼交(まなかい)にもとなかかりて安寝(やすい)しなさぬ
※長歌

(山上憶良)

まくわ瓜(うり)を食べていると、わが子が喜んでこれを食べている姿が目に浮かぶ。栗(くり)を食べていればなおいっそうわが子がいとおしく思われてならない。どのような過去の因縁(いんねん)があってこの子は自分の子として生まれてきたものなのだろうか。こうして離れていても、子の面影(おもかげ)が目の前にしきりにちらついて、安らかに眠ることができない。

作者が遣唐使の随員(ずいいん)として中国に滞在した折に、故国日本を恋い慕(した)って詠(よ)んだもの。我が子に対する親の深い愛情が率直に詠(うた)われている。

※瓜(うり)食(は)めば… 瓜を食べるといつも。「瓜」は今のマクワウリという。
※ましてしぬばゆ… いっそう偲(しの)ばれる。
※いずくより… どこから。
※来たりしものぞ… 来たものなのか。「子供というものは、どのような過去の因縁(いんねん)で、自分の子として生まれてきたものであるのか」の意。
※眼交(まなかい)に… 目先に。
※もとな… むやみに。
※懸(かか)りて… (子供の姿が)ちらついて。

※山上憶良(やまのうえのおくら)… 奈良時代の官人、歌人。
遠足の小学生徒うちょうてんに
 大手(おおで)ふりふり往来とほ(お)る

(木下利玄)

遠足の小学生たちが、どの子もうれしさいっぱいの様子で、元気に大きく手をふりふり往来を歩いている様子が、何とも無邪気(むじゃき)でほほえましい。(句切れなし)
近江(おうみ)の海
 夕浪(ゆうなみ)千鳥(ちどり)汝(な)が鳴けば
情(こころ)もしのに古(いにしえ)思ほゆ

(柿本人麻呂)

ほろび果てた大津の都の跡(あと)に立ち、天智天皇の代(よ)を偲(しの)んで悲しみにたえないのに、夕暮れの琵琶湖(びわこ)の波に群がり飛ぶ千鳥(ちどり)よ、お前たちの鳴き騒ぐ声を聞くと、心も打ちしおれていっそう昔のことがしみじみ思われてならない。

人間的情感と時間的推移とを絵画的な美しさの中に盛り込んだ名作である。「近江の海」「古思ほゆ」は字余り。(句切れなし)

※近江(おうみ)の海… 琵琶湖。
※夕浪千鳥… 夕浪の立つ上を騒ぎ飛ぶ千鳥よ。「夕浪」と「千鳥」を重ねた人麻呂による造語。
※汝(な)が鳴けば… お前が鳴くと。
※情(こころ)もしのに… 心もしおしおとしおれなびくほどに。
※古(いにしえ)思ほゆ… 昔のことが思われる。「古(いにしえ)」は、今は廃墟(はいきょ)と化したこの地に、かつて壮麗(そうれい)な大津の都があった天智天皇の時代を指している。

※柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)… 飛鳥時代の歌人。

大海(おおうみ)の磯(いそ)もとどろに寄する波
 割れてくだけてさけて散るかも

(源実朝)

大海(たいかい)の磯(いそ)にすさまじく打ち寄せる波が、激しく岩にぶつかり割れてとどろき、砕(くだ)け散っていることだ。

「寄する」「割れて」「くだけて」「さけて」「散る」と動詞が多用され、大海の荒々しさが臨場感を伴った映像として伝わってくる、力強い作品である。(句切れなし)

※とどろ… 磯に打ち寄せる波のとどろくさま。
※散る… 砕け散っていることだなあ。「かも」は詠嘆(えいたん)を表し、平安時代に「かな」となる。


※源実朝(みなもとのさねとも)… 鎌倉幕府の三代将軍、歌人。頼朝の二男。藤原定家に歌を学び、万葉調の雄大な歌を残した。
大江山(おおえやま)いく野の道の遠ければ
 まだふみもみず
 天(あま)の橋立(はしだて)

(小式部内侍)

大江山(おおえやま)を越え、生野(いくの)の道を通って行く丹後(たんご:京都北部)への道ははるかに遠いので、私はまだ天(あま)の橋立(はしだて)を踏(ふ)み歩いてはいませんし、丹後にいる母(和泉式部:いずみしきぶ)からの手紙も見てはおりません。(四句切れ)

※天の橋立(あまのはしだて)… 京都府宮津湾(みやずわん)にある景勝地(けいしょうち)で、日本三景(他は広島県の宮島、宮城県の松島)の一つに数えられる。
※ 大江山(おおえやま)、生野(幾野:いくの)は、いずれも京都から丹後の国への道筋にある。


※掛詞(かけことば)… 「いく野(地名)」と「行く野」、「踏みも見ず」と「文も見ず」、それぞれ二つの異なる意味をもたせてある。


※作者小式部内侍(こしきぶのないし)は年少でありながらが歌才(かさい)に優れ、宮中(きゅうちゅう)の歌会(うたかい)の歌人に選ばれた時、藤原定頼(ふじわらのさだより)が作者の母親である歌人として有名な和泉式部(いずみしきぶ)に代作してもらえないのでさぞ困っているだろうとからかったところ、小式部内侍がそれに対して即興(そっきょう)で歌って返答したもの。

母である和泉式部はそのころ夫の任地である丹後の国に下(くだ)っていたが、作者は、丹後へ行って母に会ってもいないし、母から手紙さえ受け取っていないと、
よくも知らずに人を侮(あなど)るものではないとその疑惑を否定したのである。

母に代作してもらわねば人並みの歌は詠(よ)めまいと思われていた小式部内侍が、即座に技巧の優れた見事な歌を詠み返したので、意表をつかれた定頼は驚嘆(きょうたん)するばかりで逃げ帰ったという。


※小式部内侍十五才の時の作。二十五歳のころに亡(な)くなっている。

★小倉百人一首所収。
奥山(おくやま)にもみぢ(じ)踏(ふ)み分け
 鳴(な)く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき

(よみ人知らず)

人里遠く離れた山で、散り敷(し)いたもみじ葉(ば)を踏(ふ)み分けて鳴く鹿のもの悲しげな声を耳にすると、秋はひとしお心にしみて悲しく感じられることだ。

奥山でもみじを踏み分けてもの悲しげに鳴いている鹿の声を聞きながら、その姿を作者が頭の中で思い描き、いっそう秋のうら悲しさを深めているのである。(句切れなし)

※奥山… 人里遠く離れた山。
※もみぢ(じ)踏み分け… (鹿が)散り敷いたもみじ葉を踏み分けて。

※鹿は妻を恋い慕(した)って鳴くとされた。
※作者不明ながら相当な歌人の作と考えられている。小倉百人一首では猿丸太夫作としている。

★小倉百人一首所収。
憶良(おくら)らは今はまからむ子なくらむ
 それその母も吾(わ)を待つらむぞ

(山上憶良)

私めはそろそろ宴(うたげ)の席よりおいとまさせて頂き、帰ることと致しましょう。きっと家では子どもが泣いているでしょうし、恐らくその子の母なる私の妻も、私の帰宅を待っておりましょう。

作者が、家で待つ妻や子どもを思う優しさやあたたかい心が感じられる。

※山上憶良(やまのうえのおくら)が宴席(えんせき)を途中で退出する際に詠(よ)んだもの。
幼きは幼きどちのものがたり
 葡萄(ぶどう)のかげに月かたぶきぬ

(佐々木信綱)

幼い子どもたちどうしが、何やら楽しげに話したり、遊んだりしている。葡萄(ぶどう)の木のかげに月がしずもうとしている中、静かな夏の夜はふけていく。(三句切れ)
おとうさまと書き添(そ)へ(え)て肖像画(しょうぞうが)の貼(は)られあり
 何という吾(わ)が鼻のひらたさ

(宮柊二)

幼い我が子の描いてくれた私の肖像画(しょうぞうが)に、「おとうさま」と書き添(そ)えて壁に貼(は)られてある。子どもなりに、私の顔を思い浮かべながら一生懸命に描いてくれたのだと思うと、つい微笑ましくなって見入ってしまう。それにしても、紙面いっぱいに勢いよく描かれた私の顔だが、いやはや、何とも平たい鼻であることだ。我が子の健やかな成長を祈るばかりである。(破調)
思い出の一つのようで
 そのままにしておく麦わら帽子のへこみ

(俵万智)

私の思い出と、私とあなたの思い出を残して、夏は過ぎゆこうとしている。部屋の片隅(かたすみ)で見つけた、私の麦わら帽子と、その小さなへこみ。そのへこみさえ、私の大切な思い出のかけらのようで、それを私はそっと、そのままにして、麦わら帽子にとどめておく。時間を永遠にとじこめるように。

俵万智のチョコレートBOX

親は子を育ててきたと言うけれど
 勝手に赤い畑のトマト

(俵万智)

親としては愛情を精一杯注ぎ、期待をかけ、子育ての苦悶(くもん)も乗り越えて育て上げてきた愛(いと)しい我が子であるが、そんな親の思いを越えて、子どもは子どもとしての思いを抱き、個性をもち、独立した人格をもつかけがえのない自分として成長し、生きている。

俵万智のチョコレートBOX

おりたちて今朝の寒さをおどろきぬ
 露(つゆ)しとしとと柿の落ち葉深く

(伊藤左千夫)

家の庭に下り立ってみると、あらためて今朝の寒さを肌身(はだみ)に感じたことだ。朝露(あさつゆ)にしっとりと濡(ぬ)れた柿の落ち葉が、深く積もっている晩秋である。(三句切れ)

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