王、参謀不要の美学…“憎まれ役”も買って出る


 阪神・星野監督は参謀として年長の島野ヘッドコーチを置いている。一方ダイエーは00年限りで退団した黒江助監督を最後に、参謀不在が続いている。王監督にとって、参謀の有無はチーム運営や試合進行上、どんな意味を持ち、どんな役割を果たすものなのか。「参謀論」を聞いた。

 王監督は参謀不在について、「例えば、新監督がそのチームについて知識がなかったとき、チーム事情をよく知っている人を助監督やヘッドコーチとして迎えることがある。おれと付き合いの長い人(コーチ)もいないし、おれが(ダイエーで9年間と)一番長くやっていて、チームのことを一番よく知っているから」と話している。

 94年の監督就任時には寺岡ヘッドが、続いて古賀ヘッド、黒江助監督といった参謀役が次々に王監督を補佐した時期があった。監督の希望というよりフロントの“お仕着せ”の感が強い人員配置だった。

 参謀は文字通り、試合進行上の参謀役を託す。またミスした選手を怒鳴りつけたり、選手管理のため私生活にまで立ち入ったりする「汚れ役、憎まれ役」のこともある。さらに成績が悪いとき、監督の首が切りにくいときに責任を負ってもらうことも…。

 「世界のビッグ1」、リーグ優勝4度の名監督を前に恐縮だが、監督として年輪を重ねるうちに、前述の言葉通り参謀不要に達したのだろう。

 コーチ陣にはそれぞれ目的意識をもって選手を指導させる。逐一口をはさむようなことはないが、最後の決断、責任は自分が持つようにしている。選手をしかりつけるような汚れ役や憎まれ役も買ってでる。

 象徴的な試合がある。リーグ優勝へのマジックを9で迎えた9月16日の近鉄戦(大阪ドーム)。6−6で迎えた九回裏一死二、三塁。9番的山の打球は右翼ライン際にフラリと上がった。王監督はベンチから「取るなぁー」と叫んだが、右翼の柴原はキャッチ。結局、タッチアップから三走が本塁を駆け込み、サヨナラ負けを喫した。

 この直後、王監督はベンチに戻った柴原を「ファウルと分からなかったのか。ランナーが三塁にいたのを知らなかったのか」と怒鳴り上げた。翌17日の同カードでは柴原をスタメンから外した。

 何もかも人任せにはできないというのとは違う王監督の勝負に対する強い執着心を垣間見る場面。なるほど参謀不要を改めて感じさせた場面でもあった。

[夕刊フジ 2003年10月3日]