ダイエー 難産の末に3年ぶりの優勝


 激動の一年に勝利の果実を手に入れた。ダイエーが難産の末に3年ぶりのパ・リーグ優勝。千葉マリンの強風の中、王監督が宙を舞った。本体の経営不振による球団身売り騒動にほんろうされ続けたシーズン。「福岡ダイエーホークス」として最後の優勝となる可能性さえある中で勝ち取った栄冠だった。日本シリーズで激突するのは星野監督率いる阪神。福岡ドーム、そして甲子園。熱狂の舞台が両雄の激突を待つ。

 天まで届け。もっと高く。もっと強く。少しだけ潮風のにおいがした。苦難を乗り越えた。逆風に負けなかった。王監督は両手を広げていた。力強く美しい、笑顔の舞いだった。

 「きょうを迎えるまでがかなり苦しかったから、3回の優勝の中できょうが一番うれしかったですね。きょうは絶対に勝ちたいという気持ちが逆転につながった。今年1年を象徴するような試合でした」

 お立ち台で出口から白球を渡されると「今ウイニングボールをもらいました」とファンに報告した。開幕から137試合目。最後の一歩が遠かった。地元胴上げも逃した。四回に杉内が6点を失う苦しい展開。それでも六回に一気に7点を奪い大逆転。七回途中、西武敗戦の一報が伝わった。「ロッカーから出てきてきたら優勝が決まったんだよ」。18安打13点。今年の戦いを最後まで貫いてゴールに飛び込んだ。

 全員でつかんだ栄冠だ。先発陣は斉藤、和田、新垣、杉内、寺原と若手に一新。未知の力に懸けた。開幕前には小久保が離脱。四番不在の穴を城島、松中、井口、バルデス、史上初の100打点カルテットが埋めた。「夢のような打線ができた」。5年間で3度目の制覇。22年ぶりに西武にも勝ち越しての完全Vだ。

 「今回が一番しんどかったね。戦力的には前回よりも上だったけど」。逆風と戦った。ダイエー本社が抱える約1兆2000億円の有利子負債の削減へ向け球団売却の動きが5月に再燃。身売り騒動に揺れた。「雑音に惑わされるな。われわれは野球に集中しよう」。こんなに神経をすり減らした年はなかった。不安。焦り。再来年には球団名が変わる。それでも泰然自若を貫いた。選手の喜ぶ顔が見たい。かつてのギラギラとした眼光は優しくなった。「もう選手も慣れちゃったな。気にはしていないよ」。そう笑い飛ばして逆風を受け止めた。選手を守った。球団を守った。王貞治だから、それができた。

 95年に福岡に赴いてから8年が過ぎた。63歳になった。選手と球団。大きな家族ができた。だが、01年12月11日には最愛の恭子夫人が他界。昨年12月には遺骨が盗まれた。開幕前。東京・円融寺の墓前で手を合わせた。「優勝するから見ていてくれよ」。東京遠征のたびに花を供えた。「形あるものはなくなってしまったが、魂はここにあるからね」。9月29日には一人で墓参りして千葉に入った。

 「父は何も言わない人なんです」。深い悲しみは二女の理恵さんにも隠した。寂しさから犬を飼おうとした。遠征で世話ができないために断念したが、その代わりに今年は5匹の金魚を飼った。水槽の中を泳ぐ金魚を眺めるときが唯一、素顔に戻れる時間だった。

 さあ、阪神との日本シリーズ。現役時代、宿敵だった星野監督とは99年以来の対決だ。「勝つか負けるか二つに一つ。選手権は苦しんだことを生かしてダイエーらしい戦いで絶対に日本一になります」。守るべき者たちのために。野球を心から愛する男は戦い続ける。

[スポーツニッポン 2003年10月1日]