ダイエー寺原、即戦力にシフト


 ダイエー・王貞治監督が、巨人軍・長嶋茂雄終身名誉監督を熱烈歓迎。投球練習予定のなかったドラフト1位の寺原隼人を、わざわざ“お披露目登板”させるなど、至れり尽くせり。その裏には、王監督の寺原に対する成算があった。

 前日の10日に130球も投げ、12日には初めて打者を相手に登板の寺原。その合間の11日はノースローの予定だったのに、長嶋さんがキャンプ視察に来るというので、急遽(きゅうきょ)30球程度投げさせたのだ。

 「せっかく長嶋さんが来るのだから、サービスしないとね」と、王監督は、長嶋さん向けのスペシャルサービスであることを強調した。

 確かにこれ以上ない接待ぶり。長嶋さんが王監督の案内でブルペンへ足を運ぶと、尾花投手コーチが、サブグラウンドまでわざわざ寺原を呼びに行き、投げる順番を早めたのだ。

 長嶋さんにとってはクジで逃した“恋人”のピッチングを生で見る初めての機会。「21世紀の巨人を考えたら、何が何でも寺原を獲得しないといけない」と大号令。

 勇退して、監督の座を原ヘッドコーチに禅譲した後も、寺原熱は高まるばかり。ドラフト前に、台湾で行われた野球のワールドカップを視察。寺原のピッチングを楽しみにしたが、長嶋さん滞在中は登板機会がなく、残念ながらナマ寺原を拝めなかったのだ。

 そんないきさつもあるだけに、「悪いね、尾花。いろいろ気をつかわせて」と、長嶋さんが恐縮するのも当然。

 ところが、王監督がスペシャルサービスしたのは、長嶋さんへの気配りがすべてではない。お披露目したくなる理由があったのだ。

 「無理はしませんよ。大事に育てます」という、慎重な寺原育成法を口にしていた王監督だが、ここへきて方向転換。即戦力としての手応えを感じ、自信を深めているのだ。

 「高校出だから、無理はさせないが、いいものは使わない手はないからね。150キロも出せる投手はやはり器が違うよ。投げるだけでなく、バント処理やケン制など細かいプレーも対応できる。うまく滑り出したら、2ケタ勝つことだって可能だ」というのが、王監督の本音なのだ。

 日ごろは建前論を前面に押し出している。「寺原と松坂を比較すること自体、間違っている。寺原が一軍で使えるようになるには、時間がかかる」という評論家諸氏の声に、王監督もあえて反論しない。

 「甲子園出場常連の名門・横浜高で、キャリアのある渡辺監督が鍛えた松坂とは違いますよ。(寺原の高校は)最近になって甲子園に出るようになった学校だからね」と、同調するようなことを言う。

 が、実は松坂1人が恩恵をこうむるように思われている、高めのストライクゾーン拡大も、寺原に追い風だと、王監督は踏んでいる。

 「寺原に狙って高めへ投げる技術はないが、高めをストライクにとってもらえれば、ピッチングは楽になるからね」と、胸中をもらす。

 長嶋さんへの過剰と思えるサービスぶりの裏には、即戦力・寺原を見せたい本心もあったのだ。以心伝心。

 「寺原君を大事に育てたいという王監督の気持ちが、少し変わってきて、もう少し早くなりそうな、そんな感じもしましたよ」と、視察を終えた長嶋さんが、王監督の心中を口にした。ちゃんと本音は伝わっていたのだ。

[夕刊フジ2002年2月12日]