「ミラクル・アゲイン」の影に王のゲキ


 真っ暗ヤミから淡い光が見え出した、長嶋巨人のミラクル・アゲイン。その裏で実は、ダイエー・王監督のゲキが飛んでいたのだ。 

 名古屋で地獄に突き落とされ、仮死状態での広島入りだったが、3タテしてようやく息を吹き返し、帰京した長嶋巨人。 

 「巨人だけには優勝させない」と、後援会に公言していた中日・星野監督が、宗旨変えか。 

 長嶋巨人に3連勝しただけでなく、首位・若松ヤクルトもイジめて3タテしてくれた予期せぬアシストのおかげだ。 

 ところが、星野監督の全く意外な協力の他にも、長嶋巨人の急浮上の原動力があったのだ。巨人関係者がこう明かす。 

 「九州の知り合いに手土産持たせて、王さんを慰問してもらったんデスよ。そうしたら、王さんに『何を言っているんだ。頑張らなければいけないのは、巨人の方だろう』って言われてしまったんデス。確かに王さんの言われた通り、ひと言もない」 

 リーグ3連覇へ向け、首位に立っているダイエー・王監督のゲキが飛んでいたのだ。もちろん、長嶋監督の耳にも入った。 

 「王さんにすれば、せっかく優勝したのに、相手がウチでなければ、拍子抜けでしょうからね」と、前出の巨人関係者が王監督の胸中を代弁する。 

 実際に、「今年、もう一度、ONシリーズをやって去年のお返しをしておかないことには気がすまない」と、王監督は公言しているだけに、長嶋巨人の窮地に黙っていられなかったのだろう。そのかいあって、むなしく響いたミラクル・アゲインに現実味が出てきた。 

 「これで火曜日からの横浜戦(東京ドーム)の視聴率が多少なりとも期待できる。ナゴヤドームの第3戦はついに恐れていた最悪の事態、10%を切ってしまったからね」と、日本テレビ関係者が胸をなでおろすが、長嶋監督もすっかりその気になっている。 

 ヤクルト下ろしへ、ある程度効果をあげてきたペタジーニ封じに続き、古田をターゲットにする。 

 「古田は首位打者を取って、MVP獲得というつもりだろうな。ペタジーニもいるけど、首位打者になれば、当然、MVPの最有力候補になるだろうから」と、古田の胸の内を読み切り、そうはさせないと言うのだ。 

 「評論家は目先の試合だけで物を言うから、ダメなんだよ。疑うことなく、私を信じなさい」と、ミラクル・アゲイン実現へトーンを高くする。 

 あとは読売首脳が静かに事態を見守ることが奇跡への条件になるだろう。名古屋での3連敗も、実は、続投騒動が一因になっているからだ。 

 「オーナーがシーズン中に監督の去就について何か言えば、必ず負けるんだ。過去に何回、同じことが起きているか。いったい、何度繰り返したら、気がすむのか」と、チーム内から怒りの告発が飛び出している。 

 「長嶋終身監督」と、渡辺オーナーが言い出したことが、全くの逆効果。ミラクル・アゲインの火を消しそうになったと憤慨するのだ。 

 指摘通りで、シーズンの大事な時期に長嶋監督の去就に関して、オーナー発言があったとたん、連敗した例は過去に何度もある。何も巨人に限らない。ヤクルトも、球団首脳が「来季も若松監督続投」と言い出したら、即座にチーム状態がおかしくなったことがある。 

 トップの性急な人事発言は必ず大波乱を呼ぶのだ。今月初めにダイエー球団首脳が「早い時期に来季続投を要請をする」とぶち上げたとき、王監督が怒りを爆発。 

 「ペナントレースのこの大事な時期に何を言っているんだ」と一蹴、続投要請を凍結させたのは、過去の忌まわしい例を熟知しているからだろう。 

 ミラクル・アゲインを実現させたいのなら、ペナントレースの行方が決まるまで読売首脳は「沈黙は金」を貫くしかない。 

(編集委員・江尻良文) 



[夕刊フジ2001年08月20日]