長嶋監督vs川上哲治、抗争再燃!



 12月3日夜、都内のホテルで巨人軍OB会総会(藤田元司会長)が行われるが、火種がくすぶる。広岡達朗副会長の不満爆発、長嶋vs川上の確執再燃という、巨人OB会の思わぬ足並みの乱れ。2年連続日本一を目指す長嶋政権に大きな影響を及ぼす。

 本来なら万々歳のOB会になるはずだった。球界悲願のONシリーズが実現。長嶋巨人が王ダイエーを破り、6年ぶりの日本一奪回。球界にもシリーズ史上、最大の収益をもたらし、「来年もONシリーズ実現だ」と、あちこちから景気のいい声があがっている。

 ONコンビを輩出した巨人OB会とすれば、鼻高々だ。ところが、「ワシはOB会とはもう関係がない」と、広岡氏は不機嫌に周囲へもらしているという。

 巨人・長嶋監督、ダイエー・王監督が顔をそろえた、18日に甲子園球場で行われた巨人vs阪神OB戦にも広岡氏の姿はなかった。

 「そういえば、来てなかったなあ」と、大物OBの一人が顔をしかめる。広岡氏が不満を爆発させたのは、昨年の会長人事だ。藤田氏そのものを非難するのではなく、人選方法にかみ付いたのだ。

 「ワシの知らないところで会長を決めるなんて冗談じゃない」というのが、広岡氏の言い分で、ラジオ局の仕事を理由に昨年のOB会総会も欠席している。

 ところが、実際はどうなのか。「広岡さん自身、OB会の会長になりたかったようだ。が、『プロ野球OBクラブ』の会長をやっており、2つの会長は無理があるという判断で、われわれが健康問題で固辞していた藤田さんを無理にかつぎ出した」と、あるOBが人選の経緯を語る。

 藤田会長にすれば、望んだ就任ではなかったのだ。昨シーズン途中、別所毅彦会長が急逝。「体調がよくないので、正式の会長はやらないが、つなぎならやる」と、藤田氏が会長代行を引き受け、結局、そのまま会長をやらざるを得なくなったのだ。

 広岡氏はあくまでごく少数派、圧倒的多数で支持を受ける藤田体制だが、不安もある。週に2回は人工透析をしているという健康不安を抱えるだけに、後任会長問題は常について回る。

 さらにOB会を揺るがすのが、長嶋vs川上の確執再燃だ。昭和55年10月21日、あの長嶋監督電撃的解任劇で火を吹いた、長嶋監督vs川上哲治氏の長年の抗争。時間とともにようやく沈静化したのに、今年の正力賞の人選でまたもや危険な状態になった。

 「球界最高の栄誉である『正力賞』は、世紀のONシリーズに勝った長嶋監督に決まっているだろう。なぜ松井なんだ。選考委員会の座長である川上氏の1票で決まったというが、何を考えているのか。長嶋監督に対する嫌がらせとしか思えない」と、大物OBが怒りの声をあげる。

 長嶋vs川上の抗争再燃にはもう一つ火種がある。川上氏の直系といわれる森祇晶氏が横浜の監督に就任したからだ。川上氏とすれば、ポスト長嶋に森氏を送り込むのが夢だったが、ついえた因縁がある。森横浜を陰で支援するのは当然だろう。

 リーグ連覇、2年連続日本一を目指す長嶋監督にとって足並みの乱れたOB会は、身内の敵になりかねない。

[夕刊フジ2000年11月30日]