上 級 編
21 テーマの背景を整理しよう

 本屋さんを覗くと、さまざまな本が並べられ、それぞれに存在を主張しています。私たち読む側から眺めると、同じような企画の本が、どうしてこんなにたくさんあるのかと、不思議に感じるときもあります。しかし、1冊ごとに必然的な背景があるのです。
 これは、本ばかりではありません。社内で提出される論文やレポートも、理由なく書かれているわけではありません。上司からの業務命令であったり、社内コンクールの課題であったり、何らかのモチベーションが働いて、文章を書くという作業に繋がります。
 出版社の編集部が企画を立て、著者に執筆を依頼するときでも、一つひとつの本には背景があります。読者ニーズを予測して、最も説得力のある著者を想定して、出版企画は進行します。生まれるべき必然性が希薄なら、編集会議で潰されます。
 たとえば1927年に自殺した芥川龍之介が、遺稿『或る阿呆の一生』を書かざるを得なかったのは、彼の内的動機だけでなく、1931年に勃発した満州事変以降の、日本の暗い時代への予兆がありました。究極の自己否定に追い詰められる背景があったのです。
 こうした背景を理解していないと、おもしろくもないのです。芥川の作品に限らず、どのジャンルの本であっても、生まれてきた背景を知らなければ、文章の本質に迫ることはできません。1冊の自己啓発書であっても、木の股から生まれたわけではないのです。
 逆な捉え方をすれば、テーマの背景が希薄な本は、説得力がない本といえます。恣意的に生み出された文章は、ときとして自費出版された日記のようです。テーマの背景に一歩踏み込むことで、本の値打ちがわかってくると考えましょう。

・ 時代背景を考える
 個人の意識は、時代と環境によって形づくられます。明治時代の文章には明治の匂いがあり、昭和時代の文章には昭和の色彩があります。独自の主張を展開しているように見えても、生まれた時代から自由ではあり得ないのです。

・ 人間関係を考える
 人間は、一人では生きていけません。さまざまなしがらみに悩まされ、いくつもの修羅場を潜り抜け、一人で立っているように演じます。著者の人間関係に踏み込んで、書くモチベーションを探れば、人間関係の複雑な絵模様が浮かんできます。

・ 内的動機を考える
 1冊の本を書くには、膨大なエネルギーが消費されます。最後まで書き上げるだけの熱意がなければ、私たちが本として出会うこともありません。何が著者の気持ちを突き動かしたのか、深層心理に潜むものを掘り起こし、情熱の源泉を明らかにしましょう。

・ 商品価値を考える
 読者ニーズに応えることを目的として書かれた本は、商品価値がなければ書店で生き残れない運命です。ビジネス実務書や実用書のジャンルは、徹底的に商品として仕上げられています。冷徹なまなざしでチェックして、きちんと評価することが大切です。

 何を書こうとしているのか、著者の意図を理解して、根っこの部分を読み誤らないことです。書き手のモチベーションの伝わらない本は、読んでも心を揺すぶられないのです。