今回の設計競技の舞台となるのは、函館市湯川町です。対象となる地域は、かつて函館の奥座敷と呼ばれた由緒ある温泉街です。その歴史は古く、湯泉発見の起源は、凡そ400年前の1617年に遡ります。1653年(承応2年)当時の蝦夷を治めていた松前藩主の子息の病を、当地の温泉が癒した史実に基づき、その薬効が広く認められることとなり、以降湯治の湯として認知されるようになりました。
幕末の箱館戦争の折には、多くの傷病兵の傷を癒したと伝えられ、維新後は、湯治場として本格的な開発が進められるようになりました。明治20年頃には、「函館の奥座敷」と称されるまでに発展し、明治31年の「馬車鉄道」の開通を契機に、保養や避暑を目的とした入浴客で賑わいを見せるようになりました。
大正になる頃には、海浜の温泉地のみでなく周辺の丘陵地や山間部を含めた美しい景観が注目されるようになり、「湯の川八景」と称される景勝地として遊山客を集めることとなり、温泉街を核としたリゾート地へとその姿を変えてまいりました。
今日に至り、湯の川温泉は、年間に観光の目的で函館を訪れる約300万人の宿泊客の内のほぼ6割の人々を収容する市内観光の拠点として発展してまいりました。
明治、大正から昭和の初期にかけ、それまでは函館市街地の東部の端に避暑地や景勝地として存在していた温泉街の姿は、都市中心部の人口増加や「函館大火」による被災者の移住等の影響を受けて、大きく変貌することとなります。
郊外に広がる宅地化の波は、温泉街を取り巻く周辺地域にも及び、市民の日常生活の場と隣り合わせとなった「都市の一部分」としての景観が、かつては「奥座敷」と呼ばれた保養地や湯治場としての景色を徐々に侵食し始めます。
函館が世界に誇る国際的な観光都市へと発展を続ける中で、老舗の旅館も近代的で大規模な高層のホテルへと建て替えられ、同時にその足元では、市民の生活域に飲み込まれるように料亭や商店も現代的な建物へと様態を変え、その街並みは、しごく一般的な市街地の風景と何ら変わりのない物へと変化してしまいました。
湯川町を東西南北に縦貫する主要幹線道路の整備は、商業地域として指定された当該地域の都心化に拍車をかけ、一方でその発展を支える一因となっては来ましたが、反面、市街地化が加速することで、避けることの出来ない都市問題をももたらしてまいりました。
大規模な駐車場を持つ商業集合施設の郊外への進出は、市街地の中小の小売店舗の在り方に大きな影響を与え、統合や廃業を余儀なくされた店舗はシャッターで閉じられるか取り壊され、跡地が空地や駐車場として点在する空疎な情景を創り出しています。
地元の商店会と町会の方々により、地域の活性化のための様々な催しや企画が試みられておりますが、こうした流れを止める決定的な手立てとはなっておりません。
設計競技の対象となる敷地は、温泉街の北の玄関口に位置する商業地の一画にあります。現在は駐車場として使用されていますが、市街中心部と郊外を結ぶ主要幹線道路の沿線にある立地条件を勘案し、その有効な活用の方法が模索されている状況にあります。
敷地の北に接する当該道路は、明治20年に新道として開通し、湯の川温泉地区の保養地としての発展の礎となり、大正2年に市電が敷設されてからは、市街地から温泉街へ市民を運ぶための主要な交通手段として重要な役割を果たしてまいりました。
しかし、人口の増加や、周辺町村との合併に伴い郊外へ拡張延伸されることで、次第に都市の大動脈としての機能がその主要なものとなり、かつて終着点として賑わった当時の温泉街の面影は、今や通過点となってしまったその沿道からは、僅かにも伺い知ることが出来ないようになってしまいました。
今回の設計競技の「テーマ」は、由緒ある保養地として栄えて来たこの「湯の川温泉」とその街並みの再生です。対象となる敷地は、かつては市電の終着点であった「湯の川温泉駅」の目の前の一画に位置する、面積が約200坪の平坦な土地です。この空間を利用して、周辺の商店街を含めた温泉街を活性化させるための「きっかけ」となる「なにか」を建築と言う手法を借りて提案してください。
計画地の利用の方法、また建物の用途、構造は、自由に発想してかまいません。
国際的な観光都市「函館」に在ることの意味、地域の宿泊施設や商業施設への波及効果近隣の居住者との関わり、歴史的背景、地勢的条件、多様化する観光の形態への対応等を充分に考慮し、この敷地に、街並みを再生させるための「装置」を仕掛けてください。
湯の川温泉が、函館の中心市街地に程近く、また函館空港から車で5分程度の距離にあることを知る観光客はごく希のようです。それは、今日の「湯の川温泉街」が他の観光地と比べ、甚だ印象に乏しく、独自色に欠けることに起因しているからではないでしょうか。
函館の「湯の川温泉」にしかない魅力溢れる街並みを演出する、斬新で革新的な提案を広く募ります。