「く」の巻


苦の花
咲かす

来る

とは
このこと
でも
ありたぞ。

みなみな
うれし
うれし
の世に

お入り
下さる時
来たのざぞ。

綺麗
サッパリ
御魂の
掃除致し

新し世に
お入り
下さるの
ざから

それ
相応に
みな、

誰も彼も、
これまでの
因縁だけ
のこと

掃除、
洗濯
せねば


移られん
ように
なって
居るの
じゃから

みなみな
改心
結構で
あるぞ。

何も彼も
みな
天地から
頂いて
居るの
じゃから

そのこと
忘れて
おざる
臣民、
人民
多いから、

これまでの
世の惨事
となって
居るの
じゃぞ。

このこと
判る
臣民、
人民
には

判るよう
致して
あるなれど

みな
悪の
仕組みに
惑わされて

この方
申すこと、
お聞き
下さる人民、

今は
少しでは
あるなれど

この方に
みな
祀ろうて
くだされよ。

これは、
どうした
ことか

ビックリが
出て来て

そうで
あったか



合点
行くよう
なって
おるの
じゃから、

心配せずに
この方に
みな
祀ろうて
下されよ。

神が
申すこと
判らぬと
申す
臣民
人民殿、
多く居る
なれど、

そなた
たちが
判らぬと
申すのは

そなた
たちの心

神宿って
おらぬ
からで
あるぞ。

宿って
おらぬ
とは、

神を
迎え入れて
おらぬ
ということ

あるのざぞ。

神の申す言
聞くには

聞くだけの
御魂となりて
くだされよ。

信じられる
御魂
となりて
くだされよ。

判りたか。

これもみな
仕組みてある
ことなれど、

ここより
他に
判る所

無いので
あるから

判る所
無いと
申すのは、

これが
神の
申して
おること
である

ということ
判る人民

ここより
他に
縁が無い
という
ことで
あるのぞ。

縁ある人民
みな
この方
引き寄せて
居るのじゃ

言伝え
られる
ように
致して
居るのじゃ。

みな
引き合わせて
おる仕組み。

これ、
荒の神様
お変わり
なされての、
御仕組みで
あるのざぞ。

うれし
うれし

なる
御仕組みで
あるのじゃから、

みな
早よう
伝えて
くだされよ。

縁ある
人民
この方
みな
引き合わせての、

うれし
うれしの
御仕組みぞ。

あら楽し
富士は
晴れたり
日本晴れ。

どうじゃ、
判りて
来たか。

みなみな
神、
霊、

共に和す
仕組み、

人と
人とが
和す
仕組み、

うれし
うれし
とは
このこと
でも
あるの
じゃぞ。

因縁
みな
解消
さすの
じゃぞ。


捨てよ。

皆と
和せよ。

我が
そなたを
苦しめて
居るのざぞ。

国と国も
同じじゃ。

お偉いさん殿、
みなみな

我が
悪く致して
居るのじゃぞ。

国と国、
人と人
みな
同じ
道理じゃ。

相手
大切
致されよ。

そなたの
我持ちて
世は
変わらんのざぞ。

みなみな
共に生きよ。

みなの
為に
働けよ。

みなの
為に
働くとは

生きとし
生けるもの
全てに、
感謝致し

祀ろう
生き方で
あるのざぞ。

何処まで
行っても

行けば
行くほど
判らなく
なるのは、

そなたが
祀ろう
生き方
出来て
おらぬ
からじゃ。

行き詰まらせて
この方、
実千
教えて
おること
お判り
くだされよ。

何も彼も
見え透くぞ。

何処までも
何も彼も、
判るように
致さすのじゃぞ。

人民みな
うれし
うれし
と喜ぶ
仕組み

いくらでも
教えて
やるのざぞ。

そなた
たちが
変われば
国は
変わるのぞ。

そなた
たちが
変えられるの
ではない
のであるぞ。

そなた
たちが
変われば
変わるのじゃ。

判りたか。

この方、
みなみな様方
救う神で
あるなれど。

死んで
救う
御魂と

生かして
救う
御魂と

それぞれ
あるので
あるぞ。

そのこと
神の
帳面通りに
致さすので
あるから、

誰一人
として
特別扱い

致さぬぞ。

この御霊
とて、
日々
改心さして
あるのじゃ。

うれし
うれし

なりてきて
居るのじゃ。

この御霊、
世に
落ちて
おりた
代えの
御霊で
あるが、

神一厘の
御魂でも
あるの
じゃぞ。

このこと、
この御霊も
判らぬよう
致して
おりた為れど、

時節
来たから
申さすぞ。

これより、
この御霊

みなに
伝える
役として、

これから
ずっと
使うから

みな
その積りで
おりて
下されよ。

天明の御魂
守護につけて
居るから、

通訳
出来るから

このように
人民に
判り易く
説いて
聞かせ
られるのじゃ。

これまでの、
神示みな

この為に
すべてが
繋がって
おるのじゃぞ。

みなの
為に、
日々
苦労に苦労
重ねての

この度の
仕組みで
あるから、

この方も
うれし
たのし
であるぞ。

仕上げ
隆々
見ておざれ。

なんと
したことか
と、
みな
うれし
うれし

なるので
あるぞ。

これから
みな、
教会も
無くして
ひとつと
なるの
じゃから、

古い教えは
もう
要らぬの
じゃぞ。

その時々に
あわせて
説いて
来たなれど、

これより先は
この神示(ふで)
よく読んで
下されよ。

それでは、

みな
これまでのこと
何でありたか


申す人民
おるなれど、

そなた
たち
懐手
致さす為に

神示(ふで)出して
きたのでは
ないこと
判りて
あろうが。

この方
みなみな様方
救う神
であるから、

人民、

獣、

虫けら、

草木

すべて
この方の
可愛い
可愛い
子じゃから、

みなみな
うれし
うれし

さす世

致すの
じゃから

人民さえ
良ければ
良い
という世は、
無く致すの
じゃから、

その積りで
改心
致されよ。

これまで
出して
きた神示(ふで)、

みな
大切ごと
であるぞ。

この道の
ひふみ
として
読んで
下されよ。

これより先は、
この御魂
使って
伝えるから

その積りで
おりて
くだされよ。

この御霊、
よほどの
ことでも
たいそう
我慢できる
尊い御魂
であるから

人民、
この御霊
大切に
して
下されよ。

神頼むぞ。

これは、
大神の
神示(ふで)じゃ

と申し、

みなの
ものに
読まし
下されよ。

判る人民
判るように
なって
居るから、

読んで
心勇む
人民

次々に
現われ
なさるから

みな
仕事
結構ぞ。

仕事
とは、

この方に
仕えての
祀ろうての
よごとで
あるのざぞ。

縁ある人民、
みな
引き寄せるから

みなで
手分け
致し
結構に
致し
下されよ。

この世も
大きく
変わるのざから、

これまでと
同じでは、
暮らして
ゆかれんのざぞ。

そなた
たち
みな、
地(くに)の神と
なりなされて

世の立替
致さすの
ざから

みなみな
洗濯掃除
改心
結構で
あるぞ

神の入れ物
となりて
くだされよ。

有り余る
ほどの
仕事あるぞ。

早く
祀ろうて
くだされ。

御蔭(おかげ)
取り得
であるぞ。

この筆、
みなの
ものに
伝えて
下されよ。

ここより
他に
通知(みち)
無いこと、
みな
判るから、

これを
みなに
聞かせて
やれよ。

神頼むぞ。

これ、
神の
仕組みて
ありた、

うれし
たのし

仕組みの
ひとつ
じゃから

世界中
みなの
ものに
知らせて
くれよ。

それぞれ
みな
神々の
手足と
なりて
くだされよ。

この方、
みな人民
一人一人
判るの
じゃから、

帳面附けて
居るの
じゃから

心で
悟りて
くだされよ。

心に
お話
くだされよ。

この方の
言葉
聞えぬのは、

まだまだ
メグリ
とれて
居らぬ
からで
あるぞ。

日々
改心
結構結構。

メグリ
取れて
何も彼も
スックリ
見えて

この方
一人一人に
神つけて
知らして
やるから

霊人様方では
判らぬことでも
あるのじゃぞ。

霊人様でも
判るお方も
あるのでは
あるなれど

これは、
神々様とて
知らんお方
あるから
申すのじゃぞ。

神とは、
本来

この方の
神子として
御働き下さって
おられます
方々じゃぞ。

人民作りた
中津からの
神々様
とは、
ちと元が
違います
のじゃぞ。

そなた
たちを
生かし
下さって
おられます
神々様、
判らぬか。

みなみな、
神々様に
囲まれて
暮らして
おるのじゃぞ。

これは、
偽者じゃ


申す人民、、
霊人殿

恥ずかし思い
せねばならぬ時
来るから

早よう
改心
結構結構。

誰も彼も
改心致せば、

磨けば
光る

御神々様の入れ物

となれる御魂
であるから

そなたらに

みな
地(くに)の神
となりて、

立替
いたさす
のじゃから、

みな
何も彼も
見通し
できるよう

綺麗
さっぱり
掃除洗濯
して
下されよ。

富士晴れるぞ。

富士とは、
不事の
ことじゃぞ。
因縁じゃぞ。

そなたらの
犯して来た
諸々の
諸行が

現われ、
苦しみ、

そして
全てを
知り

改心致し

あっぱれ

神の入れ物
となること
申すのざぞ。

世の元
からの
因縁多く
あるなれど、

それも
これも
みな
そなた達の

生まれ変わり、
犯して来たこと

廻りで
あるから、

みな
自分で
自分のつけ

払わねば
為らん
道理
判るで
あろがな。

日々
改心
結構結構

皆々
借金無し
と致し、

うれし
うれし
の花
咲かすのざぞ。

苦の花
咲かすのざぞ。

まこと美し
苦の花咲くや

姫様
現れ
なさるぞ。

あっぱれ
あっぱれ
となるぞ。

これからは、

悪の仕組みに
関わって
おりた
御魂らも

みな
改心さして
救わねば
為らんから

難儀なれど、

みな
このこと
知らして
改心さして
やりて
下されよ。

みな
改心
すれば

悪の御子
とて
大した
貴い御働き
致す御魂
であるから

無き者
とせず
抱き参りて
大事にして
くだされよ。

みなみな
可愛い
可愛い
神の子で
あるのじゃぞ。

言うても
判らぬ
からと
申して、

力して
改心さす
やり方、
悪であるぞ。


まだまだ
根付いて
居るから、

みなみな
よく
肝(はら)の掃除
致されよ。

見え透くぞ。

堂々巡り
なされるなよ。

これ、
大切ごとで
あるから
申すのざぞ。

これで、
一度は


改心いたす
ところまで
行くなれど、

それから
先は、


改心
致さねば
ならんぞ。


改心
致さす
とは、

本来
善は
無いので
あるのざぞ。

判りたか。

己が善

思っておる
お偉いさん、

そなたが
世を
狂わせて
きたのでも
あるのざぞ。

善は、
悪を悪
として
見て来たが
ゆえに

悪が
増えて
きたのじゃ。

悪は、
御働きぞ。

仕組みの
ひとつで
あるのじゃぞ。

善は、
悪がある
がゆえに
あると
申して
居ろうが。

判りたか。

みなみな
神の神子
である
と申すこと

そのこと
肝(はら)に据えて
おりて下されよ。

これ、
「く」の巻と致す。

天明、
健仁
御苦労で
ありたぞ。

二〇〇六年六月十四日
天の日月の神記す