新説西遊記
- 痛み止め
天竺に近づけば近づくだけ。
(・・・・・あー・・・・・)
あったま痛ぇ。
こめかみのあたりが脈打つように痛くなる。特に寝起きが酷い。夢見が悪い上に、それを忘れることなどあり得ないと、自分の何かが訴えるようにがんがんと痛むのだから仕様が無い。
体力切れでへろへろの所で倒れ込み、問答無用で押し寄せてくる夢。
嫌な手触りしか覚えていないそれに胸がむかむかしている所に襲ってくる頭痛、なんて最悪だ。
どこにも休めるような要素が無い。
(・・・・・・・・・・・・・・・)
五行山に居たころは、もうちょっとましだった気がするが、あの頃は頭のぼけ具合が酷かったからかもしれないと、悟空はぼーっと見るとはなしに、平らな草っ原を眺めながら考える。
どうでも良いが、彼はうつぶせに倒れ込んだままで、起き上がるつもりはさらさら無かった。
周りは静かで、鳥の声がする。太陽が直接後頭部を焼いていないことから、恐らく木陰だとおもうが、彼の眼が捕えるのはなだらかな丘だ。
仲間はどこだろう、とようやく思い至り、起きようか寝てしまおうか考え込んでいると、不意に軽い音がして悟空の視界が遮られた。
「悟空!」
焦った声が降り注ぎ、細い指先が無遠慮に彼の前髪を掻きあげる。
「生きてますか!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・死ぬ」
僅かに首を傾げて見上げれば、木陰の下にまんまるに目を見開いた玄奘がこちらを覗きこんでいた。
「よかった・・・・・死ぬ一歩手前で発見できて」
「・・・・・・・・・・・・・・・そうだな」
見た目は大人しそうで、たおやかな感じなのに、どういうわけか口から飛び出してくるのは辛いものばかりで、悟空は微かに混じっている嫌味に視線を逸らして投げやりに答えた。
「大丈夫ですか?」
冷たい指先が額に触れる。
「ああ・・・・・大がつくほど丈夫じゃねぇが、生きてるよ」
無理やり身体を起こし、軽い眩暈と同時に割れるように頭が痛む。
反射的に目を閉じると、微かに身体が震えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・また、変な夢ですか?」
「あ?」
そう言えば、この女には、話した事が有ったっけ。
と、いうか。トンデモナイ失態を曝していたっけか。
薄く目蓋を持ち上げれば、透明な眼差しが悟空を映していた。
「あー・・・・・まあな・・・・・つか、それより頭痛くてな」
うー、と意味も無いうめき声を上げる悟空に、玄奘は持っていた鞄を開ける。
「そう言えば、鎮痛剤がありましたよね?」
「ああ、お前の月のモノ用に作ったやつな」
「!!!!!!」
開き掛けた鞄を抱き込み、全身総毛立ち、肩を震わせ、真っ赤になって睨みつけて口をぱくぱくさせる玄奘に「事実だろ」と悟空は欠伸交じりに切り返した。
「じっ・・・・・事実ですケドっ!!!」
「なんでもいいからそれ寄こせ」
「ちょ、ご・・・・・」
「大体、それ作ったの俺だろ?」
何を今更な反応してんだよ、お前。
「そ、そそ、そうですけど・・・・・」
けど、あの、と目を白黒させる玄奘を余所に、悟空はさっさと彼女から鞄を奪って包みを取り出した。
「あ、ちょ、悟空!話はまだ」
「っせーなー・・・・・なんだよ、お前も飲むか?」
「ば、馬鹿なこと言わないでくださいっ!!!!」
イライラしてるのはその所為か?なんて更に追い打ちを掛ければ、完全に頭に来たのか、玄奘が拳を振り上げる。
「頭が痛いんですよね!?」
「ちょ、馬鹿っ!待てっ!!玄奘!!!!」
「だったら、他の場所が痛めば忘れるでしょう!!!」
ぽかぽかと肩の辺りを殴られ、意外と良い拳の彼女から逃れるように背を向ける。
「それ、どういう治療方法だ、馬鹿!」
「画期的な!先進医療です!!!」
「どこかだよ!?」
痛みを痛みで紛らわすって意味わかんねぇぞ玄奘!
声を荒げ、悟空は自分が投げた言葉にはっとする。
痛みを痛みで、なんて自虐的過ぎて実行したくはないけれど。
自分をさいなむ頭痛は一人で静寂に身を置くと酷くなる。
だが、仲間と馬鹿をやったり、「今」の様な時間には身をひそめる。
動きの止まる悟空に、玄奘は手を止めた。
「悟空?」
「・・・・・・・・・・痛みに痛みってのは、痛いからヤダ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「けど」
ふっと小さく笑い、悟空はこつん、と玄奘を小突いた。
「馬鹿騒ぎ、は有りかもしれねぇな」
「嫌な夢も忘れるくらい、ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
笑う悟空を、玄奘は心配そうに見上げてくる。不安げな色が瞳を過る。
心配してくれている。
それがどういう意味なのか、今は分からなくていいから。
「取り敢えず、お前の鎮痛剤を使う必要はなくなるな」
「悟空ーっ!!!」
再び赤くなる玄奘にからからと笑いながら、悟空は苦い薬をさっさと飲み下し、彼女の手を取った。
「で、八戒と悟浄は?」
「歩けますか?」
「しんどい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
迷子の様な顔で、不安でたまらないと縋りつかれた夜。
あの日から、玄奘の中で、悟空に対する気持ちが変わりつつあった。
やる気も無いし、体力も無いし、不摂生だし、はっきり言って「面倒」が口癖の従者がありなのかと思っていたのに。
時折見える彼の横顔が、酷くしっかりしていて。そして、やけに悲しく胸に刺さって。
「だったら、しばらく休みましょう」
きっと見つけてくれますから。
ぐい、と悟空の服の袖を引っ張ってよろける彼を座らせる。
触れる腕から、感じる温かさが、心地良い。
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」
「私だって鬼じゃありません」
「なら説教する回数減らせよな」
「それは無理です」
「・・・・・・・・・・・・・・・っそ」
半眼で睨みあうが、それも「だりぃ」という悟空の言葉に霧散して。
「しばらく寝るから肩かせ」
「ちょ」
長身の彼が、玄奘の肩に凭れかかる。彼の髪が、ふわりと玄奘の頬を掠めてくすぐる。
「今だけですからね」
「わーってるよ」
さわさわと風が渡り、玄奘は未だに握りしめたままの悟空の服を、ほんの少し硬く握りしめた。
「傍に居ますから」
「んー・・・・・」
他の面子が自分達を見つけてくれるまで。それまでは、このままこうしていよう。
大概自分は悟空に甘いのではないだろうかと、ふと思い当たり、それが嫌ではない事に、玄奘は目を閉じた。
そのまま、二人で眠りこけ、見つけた悟浄にそれこそ切々と嘆かれるのは、この数刻あとの事である。
初空玄SSS(笑)
(2011/02/11)
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