なんて
意地悪な愛なんだろう。











 決してまじわれない。
 相容れない。

 それが前提だから、望まない。

 そして、残念すぎる事に、「諦める」事に、二人は慣れ過ぎていた。

 長い長い時を生き、「望む」事を忘れてしまった。
 永遠に続くかのような「安寧」にあって、欲しい物など風化してしまった。

 変わらない世界。変わらない景色。

 どこまでも続く退屈。


 その中で、彼女が発した言葉は、確かに波紋となって彼の心にさざ波を立てた。


 彼女との会話に何の意味も無いと、そう告げていた閻魔王の心に。






「・・・・・・・・・・・・・・・」

 どうしてこうなっているのだろう、と金蝉子はその頬を赤く染めたまま、俯いていた。



 第三勢力を作り、天界と冥界の争いを止める。
 その話を、金蝉子は身体の奥底に眠っていた「勇気」を久々に総動員して、目の前の男に話した。

 冥界の王でもある閻魔王に、そこに参加して欲しいと。

 立場を考えるなら、自分が玉帝に同じ事を申し込むのと同義だが、数少ない会話と、彼が持つ雰囲気から、金蝉子はそれを、彼は無駄な事だと一蹴したりはしないだろうと考えていた。

 そして、彼女の思惑通り、彼は彼女の夢みたいな考えを笑ったりしなかった。

 ただ、それが一番正しい道だろうと、認めてくれた。

 だが、彼にはやはり、彼の住む世界と地位が有り、自由には動けない。だから参加は出来ないと、静かに告げられて、金蝉子の心は震えたのだ。
 自分がやろうとしている事は、天界はもちろん、彼の守ろうとする冥界にも害をなすだろう。
 それを、冥王である閻魔王が受け入れられないのはよく判る。

 ただ、その先。
 いつか、その時。

 金蝉子は剣を持って閻魔王の前に立たなくてはならないかもしれない。

 お前の行く道を祝福しようと告げた彼と、敵対する事になる。

 複雑な面持ちで、でも、認めてもらえた事が嬉しくて微笑んだ時。上げた金蝉子の眼差しと、閻魔王の紅い瞳がまじわった。
 ぱちり、と火花を散らしそうな強い光が弾けた気がして、金蝉子は驚いたように目を見張ったのだ。

「・・・・・・・・・・お前に会うのも、これが最後か」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 互いに名を明かし、二人の立場が明確になってしまった。

 ただそれだけで、金蝉子と閻魔王の関係は何一つ変わらない筈なのだが、地位や住む世界に重きを置く、仙人や妖仙にとって、線引きがされてしまったのは確かだった。

 曖昧ではいられない。
 互いが互いの存在を、互いの前で認めたのだから、これから先、二人は冥界の王と釈迦如来の二番弟子としての立場で顔を会わせなくてはならなくなるのだ。

「・・・・・・・・・・」
 押し黙る金蝉子を見下ろす、赤い瞳にやや鋭い光がともる。ぎゅっと腹の辺りで手を握りしめる彼女に、閻魔王はゆっくりと手を伸ばした。
「時は有限だ」
「・・・・・え?」
 はっと顔を上げる金蝉子の前で、閻魔王はゆっくりと笑った。彼の人差し指に、明るい光が宿る。

「っ!?」

 何かの呪いか、と身構える金蝉子の額に、つと閻魔王がその指先を押し当てた。
 くらり、と世界が回る。

「なに・・・・・を・・・・・」
「ならば、一度くらい夢を見ても・・・・・許されるとは思わないか?」

 急速に落ちていく様な感触に、手を伸ばせば、穏やかに笑った男に、その手を取られた。

 そこで、金蝉子の意識はふっつりと途切れてしまった。





 きらきらした光が目を射る。目蓋の裏が明るい。眩しさに、ゆっくりと目を開けて、金蝉子は横になった視界に、肘を付いてこちらを見下ろしている薄紅色の瞳に気付いた。
 霞んでいた頭が、徐々に覚醒し、その瞳がはっと見開かれる。

「!?」
 がばっと跳ね起きれば、そこは淡い色合いの薄布が幾重にも天蓋から落ちている光景が目に付いた。
 ここはどこだろう?
 首を捻り、敷布に手を付いて辺りを見渡せば、肩を震わせて笑う男が目に飛び込んできた。

「・・・・・・・・・・閻魔王・・・・・?」
 距離を取るように、肌に心地よい敷布を後ずさる。よく見れば、なんとも豪奢な寝台だ。極度に緊張する金蝉子は、しかしどうにも拭えない違和感に目を白黒させていた。
「目が覚めたか?」
「・・・・・・・・・・ええ、まあ」
 口調はそのまま、よく知る彼と同じだった。だが、外見が大分違う。

 姿かたちはそのまま。
 だが、彼を彩る色彩が、違うのだ。

 漆黒だった髪が、日に透けるような赤茶色に変わり、金色の焔が燃えていた赤い瞳は、その色味が薄く、柔らかで淡い紅色だった。着ているのは簡素な物。ややはだけた胸元から視線をひっぺがし、金蝉子は更に距離を取るように、手を後ろに引いた。

 近くに窓が有るのだろうか。ふわりと薄布が揺れ、その度に甘い香りがする。ちらちらと日の光が零れてくる。

 ここはどこで、なにがどうして、こうなっているのだろうか。

「取り敢えず、落ちつけ」
 くすくすと笑う閻魔王に、「落ち付いていられますか」と金蝉子が眉を吊り上げた。
「・・・・・お前でも、慌てる事があるのだな」
「突然こんな所に連れてこられれば当然です」
 きっぱりと言い切る彼女は更に、眉間にしわを刻んだ。
「それに・・・・・貴方は本当に閻魔王・・・・・ですか?」
「・・・・・・・・・・何故?」
 首を傾げる男は、どこか気だるげで、だるそうだ。傍にあった枕に身体を預けて、面白そうに金蝉子を見ている。
「・・・・・・・・・・色合いが・・・・・」
「・・・・・・・・・・それは、お前にも言えることだぞ?金蝉」
「え?」
 ぎく、と身体を強張らせる金蝉子に、ゆっくりと閻魔王は身体を寄せた。慌てて引こうとする彼女に、彼は手元にあった手鏡を突きつけた。
「え!?」

 そこに映っているのは、確かに自分の顔だ。
 姿かたちは見知っているそれ。

 だが、閻魔王と同じく、色味が違っていた。

 日に透けるような、金糸にも近かった明るい髪の色は白く銀色に光り、琥珀色だった瞳も、白く透き通っている。ぎょっとする金蝉子の髪に、閻魔王が手を伸ばした。

「お前は・・・・・どこまでも清廉なのだな・・・・・」
「ど、どういうことですか!?」

 声を荒げる金蝉子に「一時の夢だよ」と閻魔王は悪びれもせず、あっさりと言ってのけた。
「・・・・・・・・・・どういう意味でしょうか?」
 彼女の髪に指を絡めたまま、閻魔王はふっと柔らかく笑い、その指先を金蝉子の額に持って行く。
「っ」
 ふわっと前髪を持ち上げられ、彼女が持っている手鏡に、額が映る。

「・・・・・・・・・・・・・・・これは」
 小さな印が刻まれている。
 はらり、と前髪から手を離した閻魔王が、同じように自分の前髪を掻きあげ、自分と同じ印がそこにあるのに、彼女は気付いた。
「単なる封印だ」
「・・・・・封印?」
「太極の封印・・・・・とも言うな」
「・・・・・・・・・・」

 大したものじゃない、と己の髪から手を離し、間近で閻魔王がその瞳を煌めかせて告げる。

「お前の持つ仙気を反転させる印、とでもいおうか」
「・・・・・・・・・・反転?」

 ということは、自分は今、魔を根本とする力を得ていると言う事なのだろうか。
 さあっと青ざめる彼女に「そうではない」とあっさり告げて、閻魔王は先を続ける。

「お前の力は強い。反転させた所で、消える物ではないし、全てを瘴気と変えるには、この程度の封印など意味を持たない」
「では・・・・・?」
「ぎりぎりの位置で相殺している」
「・・・・・・・・・・え?」
「つまり、お前の仙気を一時的に零にしているのだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 とくん、と鼓動が跳ねる。仙気が零。と言う事は。

「人と・・・・・同じと言う事ですか?」
「私も同様に、な」

 ふっと手が伸びて、その掌が、金蝉子の頬に触れる。指先が熱い。

「閻魔・・・・・お・・・・・」
「これが最後なら・・・・・望んでも良いかと思ったのだが、な」
「な・・・・・」
 改めて、距離の近さを感じ、金蝉子は引かなければ、と反射的に身をよじった。だが、それもあっさりと手首を捕えられ、柔らかな敷布に押し付けられてしまう。
 背中から倒れ込み、圧し掛かる存在に、彼女は大きく瞳を見開いた。

「だ・・・・・駄目ですっ・・・・・閻魔王・・・・・わ、私は・・・・・」
「これはただの夢だ・・・・・金蝉子」
 唇が耳朶に触れ、かあっと彼女の身体が熱くなる。じわり、と身体の中央に熱が灯る。
「っ・・・・・」

 身体が震える。それを男は見逃さず、指先が顎をくすぐった。

「今は、ただの人間だ・・・・・」
 甘やかな、低い声に走る甘いしびれが止まらない。
「です・・・・・がっ・・・・・」
 瞑った目蓋の裏が赤い。震える彼女の、細い肩に、閻魔王は苦笑し、宥めるように両腕で彼女を抱きしめた。

「っあ」
 びくり、と緊張するように固まる金蝉子を、包み込む様に抱きしめる。触れた肌から伝わる温度と、耳を擽る吐息。
「・・・・・落ち付いたか?」
 顔が熱い。でも、鼓動は身に馴染んでしまった彼の気配に徐々に落ち着きを取り戻している。
「触れあえればそれでいいと・・・・・そう思ったのだが」
 自分とはまったく違う、大きな掌が身体の形を確かめるように撫でていく。そっと目を開けると、どこか、痛みをこらえるような様子の彼が見えて、金蝉子の鼓動が跳ねた。
「余り煽るな」
「煽ってなど・・・・・」
 そっと告げられ、視線を外す。

 熱くて熱くて、溶けてしまいそうだ。

 金蝉子から零れる吐息は震えていて、閻魔王は目を細めるとその首筋に顔を埋める。真白い肌に唇を落とせば、やや凪いでいた彼女の気配が乱れた。

「あ」
「・・・・・やはり、煽られているよ」
「や」
 舌先でくすぐるように、その柔らかな肌をなぞれば、悲鳴にも似た細い声が拒絶を示す。彼の腕を掴む手が、震え、指先が白くなっているのに目を細める。
 そっと取り上げると、金蝉子がふわりと目を開けた。持ち上げた手の指先に、唇を寄せる。
「っ」
 かあっと頬に朱が指す様子に小さく笑い、閻魔王はゆっくりと彼女の指を咥えた。
「あっ」
 白い肌に赤みが差す。ちらと覗く舌先に、嬲られる自分の指が、身体の震えを一層強くした。

 駄目なのに。

 金蝉子の脳裏に、ぱしりと言葉が閃くが、それと同時に何故、という単語も浮かび上がる。

 彼の唇が、肌を辿り、丁寧に金蝉子の指を愛撫していく。熱くて、息が上がる。くらくらする。指先から掌へ。掌から手の内側へ。
 腕の柔らかな部分を唇で辿りながら、もう片方の手で、閻魔王は金蝉子の頬を撫でた。

 彼の指先が、ゆっくりと彼女の唇を撫でる。

「ふっ」
 漏れる甘い吐息。そっと視線を落とせば、横たわり、銀色の髪を敷き広げた女が、薄く紅く色づいた眼差しで閻魔王を見上げていた。桜色の唇は濡れて開き、湿った吐息が、彼の指を溶かしていく。

「金蝉・・・・・」
「だ・・・・・め・・・・・」
 握りしめ、愛撫していた手を敷布に押し付けて、宥めるように頬を撫でる。
「今は・・・・・ただの人間だ」
「あ」

 迫る薄紅の瞳から目が逸らせない。ゆらゆらと揺れている金色の焔は同じなのに、別人のようで、金蝉子をがんじがらめにしていた理性に亀裂が入る。
 閻魔王の吐息が、彼女の唇を擽る。

「ごく・・・・・」
 う。

 最期の一音は、ゆっくりと覆い尽くすように落とされた口付けに呑まれて消えた。




 甘い香りが満ちている。時折吹く風に、それが強く香り、濡れた吐息をかき混ぜていく。
「んっ・・・・・ふっ・・・・・う」
 己の白い指を咥えて、声を押し殺す金蝉子を見下ろして、閻魔王は堪え切れない笑みを零した。
 妖怪は己の欲望に忠実だ。
 生きる上で、満たされる事を望む欲求は三つ。
 食欲、睡眠欲、そして性欲。

 これらの為に、相争う者達を、閻魔王はその居城のある冥界で、随分見てきたつもりだ。

 そんな中、お前には睡眠欲しかない、と断言したのは、冥界を代表するもう一つの力の持ち主の牛魔王だった。
 不満そうに告げた男に、「それだけあれば十分だ」とだるそうに答えたのは、何時の事だったか。

 元が仙人だからか、欲望にあまり忠実ではない。なのにもかかわらず、巨大な力を持ち得る閻魔に牛魔は随分と突っかかってきた。
 曰く、「お前はもう少しやる気を出せ」ということだが。

(・・・・・・・・・・・・・・・)
 果たして、久々にやる気を出している相手が、釈迦の二番弟子とは。

 だが、彼女は、閻魔王の中でさしたる領域を持たなかった欲望を掻き立てるだけの事はあった。
 愛しい、という感情はこれほどまでに魂をも揺さぶるのか。

 着ていた衣も裳も、領布も羽衣も帯も、全てを落とした彼女は、震える肌を惜しみなく男に晒し、細い指先は赤く染まっている。
 すべらかな肌は、触れる掌に吸いつき、頬を伝う涙に唇を寄せれば、その度に甘い吐息を洩らす。
 舌先で擽るように肌を愛撫すれば、身を捩る彼女の指に力が籠る。

 上気した頬と、額に薄らと浮かぶ汗に、身体が震えた。

「金蝉・・・・・」
「あ・・・・・」
 身体を滑る掌に、びくん、と金蝉子の身体が震えた。
「や」
「・・・・・・・・・・それは、拒絶と取るには甘すぎるな」
 膝を包む掌と、落とされた閻魔王の台詞に、かあっと彼女の頬に朱が走る。首まで赤くなる金蝉子の唇を塞ぎ、ゆっくりと舌を絡めとった。
「んっ」

 慣れない感触に、口の端から唾液が零れ、金蝉子は羞恥からぎゅっと目を瞑った。繰り返される口付け。逃れるように頭を捻るが、優しく追いかけられて、逃れきれない。
「逃げるな」
 甘やかな声に、一つまた、音を立てて金蝉子の理性が砕ける。
「んぁ」
 零れる声は、閻魔王を煽る。膝を柔らかく撫でていた手が、するっと内腿を滑り、はっと金蝉子が目を見開いた。

 これ以上は。

「駄目・・・・・駄目です、悟空・・・・・」
「何故?」
 目を細め、くすりと笑う閻魔王の姿に、金蝉子の心臓が跳ねあがった。緩く、指先で肌を撫でられて、背筋を衝撃が駆け抜けて行く。
「あの・・・・・それは・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 色々な言葉が脳裏を駆け巡るが、意味をなさない。きゅっと目を閉じる金蝉子の、柔らかな肌を辿った指先が、彼女の足の奥に触れた。
「ひゃっ」
 喉奥から声が漏れる。のけ反った白い喉に、ぞくりと男の腰のあたりから衝撃が走った。思わず敷布に縫いとめている細い手首を握りしめる。
「金蝉子」
「あっ・・・・・ぅあ」
 秘裂に滑りこんだ指先が、柔肌に沈む。濡れて、まとわりつく感触に、閻魔王は目を細めた。
「駄目っ・・・・・やあっ」
 首を振って、羞恥から逃れようとする金蝉子の、甘やかな声を再び口付けて封じ、長い指先で、徐々に彼女の身体を溶かしていく。
 触れるそこここが熱い。滑った水音が立ち、秘裂全体が熱く溶けていく。
 閻魔王の手を、金蝉子が縋るようにぎゅっと握りしめる。力を込めて握り返し、細い喉から甘い声を洩らす彼女を男は溶かし、己の手の内に納めていく。

 尖った花芽を押し、口付けから離れた唇が、金蝉子の真白い胸へと落ちる。
「あっあっあっあっ」

 ぞわり、と背筋を通って行く衝撃にも似た甘い感触に、金蝉子は震え、目を見開いた。
 なんだか知らないが、身体の奥に熱が溜まっていく。それが、自身の身体を侵していく。

「やっ・・・・・駄目ぇっ・・・・・駄目ですっ・・・・・あっ」
 必死に押しやろうと、金蝉子は腰を浮かせるが、結果的に、脚を片腕に引っ掛けられて持ち上げられる。
 より広げられた秘裂。何かが足の間を滑り落ちる感触に、彼女は息を呑んだ。

(こんなのはっ・・・・・)
 何が起きているのか。かあっと更に頬に朱が掃かれ、敷布に縫いとめられていた手に顔を寄せる。耳まで赤いその様子に、閻魔王は苦笑するとその目許に唇を寄せた。
「もっと・・・・・良くなりたくはないか?」
「あ」
 甘い声が、金蝉子の耳から身体を溶かしていく。身体の奥が震える感触に、彼女は足の奥が痛むくらいの熱を孕むのに気付いた。びくりと身体を震わせ、縋るように男を見上げれば、薄紅色の瞳に、赤く焔が灯っているのが見て取れた。
 揺らめくようなそれに、金蝉子は呼吸が上がるのが判った。強く、心臓が鳴り響く。再び、ぎゅっと身体の奥が痛み、剥き出しの肩が震えた。
 開かされた脚の奥。彼の長い指に緩やかに撫でられ、喉の奥から甘やかな吐息が溢れ、零れていく。
「あっ・・・・・ごく・・・・・」
「痛かったら言え」
「あ」
 濡れた音を立て、閻魔王の指が金蝉子の身体の奥へと差し入れられる。今まで、誰も触れた事の無い領域に踏み込まれ、金蝉子の脚が強張った。
 喉の奥から、甘い悲鳴が零れ落ちる。ふるっと身体を震わせ、目を閉じる女に、男は奥歯を噛みしめて、緩やかに溶かし始めた。

 これ以上、溶けることなど出来ない。

 甘く濁っていく思考の淵に、金蝉子はそう思い、身体の中で緩やかに動く愛しい人の指先に泣きたくなった。
 こみ上げてくるのは、ただひたすら、欲しいと言う熱。時折、彼の動きに合わせて弾けるように、震えが来るが、それがなんなのか、金蝉子には判らなかった。

 ただ、力が抜け、奥から熱が溢れ、自身が溶けていく。濡れた音が立ち、ぼうっとした頭のまま、彼女は男を見上げた。
「あ・・・・・」
 やや掠れた金蝉子の声に、彼女の秘裂に舌を這わせていた閻魔王が緩く顔を上げた。懇願するような眼差しと、目尻に滲んだ涙に、カラダが顕著に反応する。
「金蝉子」
 ゆっくりと身体を持ちあげれば、今まで敷布を握るだけで精一杯だった彼女の、細く綺麗な指先が持ち上がり、縋るように閻魔王の首に回された。
「悟空・・・・・」
 抱き寄せれば、首筋に頬を擦り寄せた金蝉子が、力の入らない脚と、何かが零れる感触に身体を熱くさせる。
「悟空・・・・・変・・・・・なんです・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 カラダが、と零す彼女に、男は小さく笑うと、その綺麗な髪に指を滑らせた。
「気持ち良くは無いか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 気持ち良い?
 良いだろうか?

 ただただ熱くて、時折襲ってくる痺れるような感触に、身体から力が抜ける。
 他のどんな「感覚」とも違うそれ。
 何もかも吹き飛ばされそうな、崩れ落ちそうな「感覚」。

「・・・・・・・・・・そんな顔をするな」
「んっ」
 くちゅ、と濡れた音がして、彼の止まっていた手が、再び金蝉子の中を擦り上げた。きゅん、と心臓を掴む様な感触に、声が漏れ、金蝉子はしっかりと閻魔王に縋りついた。
「ここが・・・・・気持ち良い?」
「ひゃ」
 立て続けに責められて、閻魔王の背中に縋る手に力が籠る。その度に、濡れていく身体に閻魔王は自身の限界を感じた。
 自分の腕の中で、咲き掛けている花が、愛しくて仕方ない。愛でて護ってやりたく思うのに、力一杯散らしてしまいたい気もする。

 彼女は釈迦の二番弟子で、こういった欲望に忠実ではないだろう。
 どちらかと言えば、遠い位置に居るべき存在だった筈だ。

(心は・・・・・そこに置いたまま、か)
 艶めいた喘ぎ声は、彼女の本位なのか違うのか。測れないが、もう引き返すことは出来なかった。

「金蝉子・・・・・」
「は・・・・・あっ・・・・・んっ」
 濡れた秘所から指を抜き、温かく濡れたそれを咥える。自身の愛液に濡れている閻魔王の指先に、金蝉子の顔が歪んだ。ほろほろと涙がこぼれる。
 震える唇を塞いで、舌先を引きずり出す。
 閻魔王は柔らかな双丘を愛撫しながら、唇を離すと、ごく間近でゆっくりと告げた。
「私の心も、身体も、お前にやろう・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 濡れた透明の眼差しが、その一言に大きく見開かれた。見上げる金蝉子の頬に手を添えて、閻魔王は静かに笑った。

 その笑みが、どこまでも哀しそうで、金蝉子の息が止まる。濡れていた彼女の瞳に、正気が多少、戻るのに、閻魔王は身体が軋む様な感触を覚える。

 それでも、自分はただ、彼女を貶める事だけは出来ない。
 彼女を連れて、冥界に引きずり込んで、その身を黒く貶すことは出来ない。

「だが・・・・・信念だけは、渡せない」
 そっと、首筋に顔を埋め、閻魔王は彼女の身体を引き寄せた。

 金蝉子が何かを呟くより先に、開かれた身体の奥に、何か熱いものが穿たれる。
 狭い個所を、無理やり広げる様な鋭い痛みに、彼女は咄嗟に悲鳴を飲み込んだ。

 挿入ってくる。

「あっ・・・・・きゃっ・・・・・あ・・・・・あああ」
 切れ切れの声が、喉を震わせ、それと同時に身体の奥から震えが来る。
 割れるような、とは言わないが、押し広げられるような、引かれる痛みと、それとは別の、痺れるような鋭い感触。
「ああああ」
 白い喉をのけぞらせ、悲鳴とも嬌声とも違う声が柔らかな空気に溶けた。
「っ」
 締め上げる感触に、閻魔王は奥歯を噛みしめた。ぎりぎりまで我慢していた所為か、持って行かれるのが早い。
 でも、ただ己の欲望の為だけに、金蝉子を滅茶苦茶にするわけにはいかない。涙をこらえて耐える彼女に、口付の雨を降らせながら、閻魔王は、僅かに汗ばんだ額を、彼女の額に押し付けた。
「もう少し・・・・・我慢出来るか?」
 ひくり、と強張るように中が収縮するのが判るが、ただ、彼女はそれに応えるように回した腕に力を込めた。
 ぶつかる様な勢いで、唇が触れる。
「金蝉子・・・・・」
「閻魔王・・・・・私は・・・・・」
 甘やかな吐息が、彼の唇を掠める。男の楔に貫かれたまま、彼女はそのどこまでも透明な眼差し一杯に彼を映して、静かに微笑んだ。
「・・・・・・・・・・私も・・・・・この身も、心も・・・・・貴方に差し上げます・・・・・」

 じわりと滲んだ涙が、堪える間もなく朱の散った、白い頬を零れ落ちていく。

「でも・・・・・この信念だけは・・・・・渡せません」
 唇が震え、ぽろぽろと涙を零す金蝉子に、閻魔王は苦い笑みを浮かべた後、その両腕で彼女をしっかりと抱きしめた。

「・・・・・・・・・・それでいい」
「・・・・・・・・・・・・・・・っ」
「今は・・・・・」


 この刹那、だけは。


 なんて意地悪な愛なんだろう。

「っぅあっ・・・・・んっぅ・・・・・んっん」
 痛みを堪えるだけだったものが、少しずつ甘やかになっていく。力を抜け、と言われ必死に身体を制御しようとするが、次から次に押し寄せる未知の感覚に、狂って行く。
「ああっ・・・・・あっあっ・・・・・ああん」
 切れ切れに啼くことしかできず、それでも縋りついて離せない。

 押しやる事も、拒絶する事も出来ない。

 この刹那だけ。
 この瞬間だけ。

「あっあ・・・・・ああっ・・・・・っあっあ」
 声が切羽詰まり、金蝉子は身体の奥底で膨らむ熱が、出口を求めて彷徨いだすのに、ふるりと震えた。理性の頚木が壊れて、飛んで行きそうになる。
 それが怖い。
「あっ・・・・・悟空っ・・・・・」
 ぎり、と背中に爪を立て、しがみ付く彼女を、更に追い詰めながら、閻魔王はしっかりと抱きしめた。
「掴まってろ・・・・・」
「あっあっあっ」

 切なさを帯びた声が、高くなり、耐えきれない大きな波が、金蝉子の身体を襲って行く。
 震えるような長い嬌声。
「っ」

 身体を震わせ、喉を震わせ、それでも縋りつく彼女に、閻魔王も耐えきれず、彼女の身体の奥底に、自身の欲望の証を吐き出す。


 真っ白になる視界。
 己の身体を穢されてしまった、というよりももっと。

 もっともっと嬉しくて・・・・・そして同時に哀しくて、金蝉子は今この時だけが、永遠に続けばいいと落ちていくような感触の中で思うのだった。








 知らない感触に身をゆだね、呼吸を整えていた金蝉子は、抱き寄せる感触に素直に従う。
 ふわり、と薄布が風に舞い、閻魔王の胸元に寄りそい、ぽつりぽつりととりとめのない会話をしながら、彼女はその透明な眼差しの端に、どこまでも続く青い空を認めた。

「綺麗ですね・・・・・」
「ん?」
 そっと手を伸ばせば、その白く細い手首は、男の大きくて、乾いた掌に包みこまれた。そのまま指先に口付けられて、かあっと金蝉子の頬が熱くなる。
「綺麗だ」
 ひたと目を見て言われ「な、何がですか」と彼女は慌てたように付け加えた。
「もちろん、お前が・・・・・だが?」
「え!?」

 更に赤くなる彼女を腕に閉じ込め、口付けを繰り返す。甘やかな一時に酔いしれる。

「違います・・・・・空が・・・・・」
 透明で、って聞いてます?
「お前の方が、ずっと見ていて綺麗だし、楽しいから、な」
「もう・・・・・」

 抱き込まれ、困ったように笑う。でも、こうして時を過ごせば過ごすだけ、着実に別れの時が近づいていると、二人はどちらともなく気づいていた。

 二人が触れあえるのは、ほんのわずかな時間。
 数千年を生きる二人にとって、瞬きをするほどでしかない。

「・・・・・・・・・・・・・・・金蝉子」
 身をゆだねる彼女の髪を梳きながら、閻魔王が低く囁く。
「・・・・・・・・・・はい」
 羽織っただけの彼の着物にぎゅっとしがみ付く彼女は、目を閉じた。

 もう、時間が無い。

「・・・・・・・・・・・・・・・私の心も身体もお前の物だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 だから、行くが良い。


 するり、と片腕が外れ、金蝉子は顔を上げる。いつか見たように、彼の指が淡く光る。封印を解かれると気付き、金蝉子は最後に、と手を伸ばして、自ら彼の唇に、己の唇を寄せた。

 深い深い、口付け。


「きっと・・・・・」

 きっと、私は後悔する。
 泣くほど後悔する。
 それでも、多分、捨てられない。

「悟空・・・・・」

 言いたいことは、沢山あるのに、二人は諦めるのに慣れていて。
 ただ、愛しさを込めて名前を呼ぶことしかできない。



 最後に見た、優しく笑う閻魔王の微笑みを目に焼き付けて、彼女はくらりと回る視界に目を閉じた。


 薄れる視界の淵に、彼が何か、とても幸せな台詞を言うのを聞いた気がするが、胸が一杯で、嬉しくて、それがどんな台詞なのか、金蝉子は捕まえる事が出来ないのだった。






 一夜の夢。
 ふっと目を覚ませば、木漏れ日が降り注ぐ、古い遺跡の木の根もとに座りこんでいる自分に気がつく。
 辺りを見渡しても、彼の人の姿は見当たらない。
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 夢だったのだとしても。幻だったのだとしても。

「――――行きましょう」

 小さく呟いて、彼女は一人立ちあがった。

 身体に刻まれた、他人の熱。

 その熱の所為で、知ってしまった、身を切る様な冷たさに、ほんのヒトシズク、綺麗な涙を落として。



 彼女はどこまでもどこまでも、歩いて行こうと、心に決めた。


 ふわりと、彼女の身体から、彼の人の香りが立ち、それはやがて森の中に紛れて消えていくのだった。

























 えー・・・・・まさかの閻金でR18デス・・・・・ orz
 気づいた時にはこんな設定を打ちだして、こんな感じにっ!!

 目指せ☆甘ったるい果実酒っぽい雰囲気!というわけのわからない使命の元、ここまで来たのですが・・・・・
 ど、うなんだろ・・・・・

 閻金はプラトニックが良いの!という皆様、すいませんでした(土下座)


(2011/03/08)