SilverSoul
- 女を大事にするのはやっぱりクリリン
怪我なんかするもんじゃない。
痛いだけだし、動けなくなるし、ろくなもんじゃない。
それを理解しているのに、どうして突っ込んでいくのだろう。
(馬鹿だからか)
そうだ、馬鹿だからだ。
馬鹿だから、仕方ない。
痛いだけだし、動けなくなるし、ろくなもんじゃないのに。
「俺って案外主人公タイプだったのか・・・・・」
ぽかり、と目を開けてそうつぶやいた銀時は、包帯の巻かれている己の手を見た。それに、そっと温もりが重ねられて、思わず身体が強張る。
はっとして視線を巡らせれば、綺麗に笑う女が、じっとその瞳に銀時を映していた。
「・・・・・・・・・・お前」
なんでここに居んの?
そう告げようとした瞬間。
「銀さんが主人公タイプだったら、ヤムチャも主人公タイプですね」
笑顔で告げられた台詞に、銀時は凍りついた。
え?
ヤムチャ?
「どっちかって言うと、銀さんはヤムチャタイプですよね、何となく。登場は華々しくカッコよく、女嫌いで硬派な印象を与えておきながら、ヒロイン格の女の子と結ばれるけど、結局は浮気三昧。最終的には、主人公と人気を二分する敵方のダークヒーローにヒロインを寝取られて、更に家族愛みたいなものを見せつけられ、最初っから登場しているにも関わらず、悪役としても味方としても中途半端で神龍にあり得ない願いをしようとして、クリリンのカッコよさを際立たせる為だけに使われたどうしようもない、キャラですよね?」
にっこり。
「おいー!?お前、何に文句付けてんの!?それ、俺への文句じゃないよね!?明らかにヤムチャ批判だよね!?ていうか、ちょ・・・・・どこの漫画に喧嘩売ってんですか!?売っちゃってんですか!?ヤムチャはヤムチャなりに頑張ってんだろ!?お前はもっとヤムチャに期待しろ!!彼だって純情だったんだよ?変えたのは女の方じゃネェかよ、コノヤロウ!」
「あら、ブルマさんは幸せな選択をしたじゃない。子供にも恵まれて。おまけに父親は宇宙で2番目に強い人だし。まあ、宇宙人、ていう時点でちょーっと難有りですが、銀さんを選ぶよりはましってもんでしょう、ねえ。」
「さりげなく俺を貶めないでくれませんか、おネェさん」
「とにかく、銀さんはヤムチャで、修行したって大してパワーアップも認められないし、潜在能力的なアレもないし、どうせ刀と会話とかそういうアレなこともないし、修行編突入もしないし、シティーハンター的なアレもないし、なんにも出来ないマダオなんだから、大人しく寝てればいいんですよ」
「泣くぞ!?」
がばっと起き上がり、青筋を浮かび上がらせて言えば、「本当にどうしてこんな人がジャンプで主人公張ってんでしょうね」とお妙が真顔で切り出した。
「時代が俺をこうしたんだよ」
「ああ、ニートですか」
「お前はもっと銀さんを誉めるとか、労るとかしてくださいー!誰の所為で怪我してると思ってんですか!?」
「自分の所為でしょう」
半眼で睨み落とされて、万事屋の銀時の部屋の温度が氷点下まで下がる。
「銀さんがっ!弱いのにっ!のこのこ出しゃばるからっ!!こうなるんじゃないですかっっっ!!」
ニートならニートらしく、ネットでもやってフィギュアでも愛でてりゃいんですよ、コノヤロウ!
「お前、全国のニートに謝れ!働きたくたって仕事がないんですーっ!!俺だって、強敵が現れればそりゃ修行だってしますー!お母さんは黙っててください―っ!!」
「じゃあいいますけどね!!!!なんなんですか、このゴミ箱のティッシュは!?冷蔵庫のこんにゃく、どうしたんですか!?ベッドの下掃除するぞ、コノヤロウ!!!!」
「ちょ、おま・・・・・やーめーれーやー!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何やってんですか?」
話がどんどん銀時の怪我からずれ、最終的には『お母さんコント』に落ち着きそうな時に、ふらりと襖をあけて新八が顔をのぞかせた。
怪我人の銀時が、何故か自分の部屋の箪笥の前に立ちはだかり、箒を持ったお妙がそれに肉薄している。
我に返った銀時が、「ちょ、新八!お前の母ちゃん何人殺した!?」と血走った眼で叫ぶ。
「姉上は母ちゃんじゃありませんから!ていうか、勝手に歌のタイトル物騒なものに変えないでください!!」
「新ちゃん!!!!」
「はい!?」
ぎろ、とどす黒いオーラ満載で睨まれて、新八が背筋を正す。箒を構えたまま、お妙はどすどすと床を踏んで弟に近寄った。
「そこのロクデナシに言っておいてください。これ以上迷惑をかけるつもりなら、木刀は返しませんって!!」
「なっ!?」
新八が何か言うより先に、銀時の方が色めき立った。
「ちょ」
彼女は襖の陰から、銀時の木刀を取り上げて肩に担ぎあげる。
「なんか文句あんのかコラ」
「あるにきまってんだろ!テメェ、それどうするつもりだ!?」
「物干しざおにします」
「言うに事欠いて物干しざお!?」
「こんなの、物干しざおで十分です!」
きっと睨まれて、一瞬その気迫に気圧される。息をのむ銀時に、お妙は奥歯を噛みしめた。
「ヤムチャはヤムチャらしく、潔く撤退すればいいんですよ」
人造人間前にした時みたいに。
「・・・・・・・・・・・・・・・オマエな」
「こんな怪我されて・・・・・毎回毎回、仕事休んで、お客さんから金巻き上げられない私の身にもなってください」
「カツアゲ!?」
突っ込む銀時を余所に、ふいっとお妙が背中を向ける。
「とにかく、銀さん、目を覚ましたみたいだから帰ります」
「お、おい!?つーか、木刀おいてけっ!!」
慌てて、ふらつきながら玄関を出ていくお妙に駆け寄る。階段の前で肩を掴めば、確かに彼女の目尻に涙が浮かんでいた。だが、それは振り返った次の間には消えてなくなっていた。
「銀さんは」
「え?」
「怪我したくないんじゃないんですか?」
睨まれて、怯む。
「そ、そりゃそうに決まってんだろが」
痛いのヤダし〜?動けなくなるのも嫌だし〜?
「・・・・・・・・・・・・・・・なのに、なんで弱っちい癖に戦うんですか?」
へらっと笑って告げる銀時に、俯きがちにお妙が切り出す。その姿に、銀時は微かに苦笑した。
「ヤムチャにはヤムチャなりの戦いがあんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「女に捨てられても、周りがどんどん強くなっても、自分の弱さを痛感して、潜在能力が無い事に気付いても」
あ、でも、一応悟空よりも早く蛇の道は突破したんだぜ?
「そんな情報要りません」
「自分を知るってのはある意味、強さじゃねえのかよ?」
引くのもな。
「・・・・・・・・・・・・・・・銀さんが言ってもこれっぽっちも説得力がありません」
力量見極めきれずに、突っ込んで怪我するのは貴方でしょう。
白い目で言われて、銀時は「あ〜」と濁すように漏らして、頭を掻く。
「まあ、そのなんだ・・・・・」
「護れないくらいなら、死んだ方がまし、とか言わないでください」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「死なれたら、困ります」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ジャンプのヒーローだって、死ぬ時は死ぬんですよ?」
「死んでも生き返ったりして?」
「そういうのはマンネリのもとでどうかと思いますケド」
「おま・・・・・色々問題だから。その発言アウトだから」
「知りません」
ばっさり切り捨てて、お妙はひたと銀時を見上げた。
「侍なんでしょう?宇宙一馬鹿な」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「武士道とは死ぬことと見つけたり、なんて言ったら、その舌の根の乾かないうちに、私が斬り殺します」
「何宣言!?」
脱力する銀時に背中を見せて、お妙はすっと空を見上げる。
「馬鹿は馬鹿らしく、馬鹿みたいにそこに居ればいいんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
帰ります、とぽつりと漏らして階段を下りていくお妙に、銀時は「なぁお妙」と声を掛けた。
「お前はさ、べジータとヤムチャ、どっちが好きなんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・クリリンです」
あっそう、へー・・・・・
「銀さん」
「あ?」
思わず廊下に脱力したように座りこむ銀時に、お妙が振り返った。
「銀魂って、そういう漫画じゃないでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
からころ、と下駄を響かせて歩いて行くお妙に、銀時は口をつぐむ。
それから、ふっと小さく笑った。
「ですよね〜」
怪我なんかしたくねぇ。
面倒臭ぇし、動けねぇし、痛ぇし。
大体そういう漫画じゃねぇし?
そういうのがいいんなら、余所の漫画でやりゃいいんだよ。
だけど。
「ジャンプなんだよ、コンチクショウ」
修行もしないし、潜在能力もないし、劇的なパワーアップとか、刀に秘密が、とかないけれど。
誰かが傷つくなら、黙っていられない。
何かを失うなら、護らなくてはならない。
己にだけは嘘を吐けない。
大事な女を、泣かせることになったとしても。
「ま、通販の武器だから、持ち逃げされてもどうでもいいんだけどよ」
階段の手すりに背中を預けて、銀時は青空を見上げた。
「悪ぃ。出来るだけマダオでいるからさ」
決める時は、決めさせてくれ。
笑いながら告げる男の台詞に、女は多分、不承不承頷いてくれる気がした。
それが、可愛くない女の特権だから。
色々スイマセンでした(スライディング土下座)
(2010/06/24)
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