SilverSoul

 海よりも深く底も果てもないのが男の妄想





 いやよ、いやよも好きのうち。


 そんな言葉を信じていられるのは、思春期ど真ん中の、少年少女の話だろう。


 いやなもんは、いやなんだろうさ。


 そう言い切った、真選組副長、土方十四朗は隊長、近藤勲の涙ぐましい努力に、来たくもない万事屋に足を運んでいた。


「三日も飲まず食わず?」
 土方にお茶を出し、正面のソファに腰を下ろした新八が「それはまた・・・・・」と胡乱気な瞳で応じた。
「何やってんですか、仮にも江戸の街を護る警察のトップが・・・・・」
「原因はなにアルか?」
 ダイエット?
 応接セットのテーブルにおいてある木鉢からおせんべいを一枚取り上げて、神楽がばりん、と噛み砕く。
 煙草に火を付けた土方が「そうじゃねぇ」と苦々しく切り出した。
「最近流行ってる、パワースポットとか言うのがあるだろ」
「お寺とか神社とか・・・・・心霊的な力で癒しを得ようっていう、あれですか?」
「そう、それ。宇宙船が空飛ぶ時代に何ぬかしてるって思ってたんだけどな」
 近藤さんが、見事にはまっちまって。
「そのパワースポットの神社で、恋が実るお札とか言うのを買って来たんだ」
 それの願掛けの方法が断食なのだそうだ。

 ふーっと煙を吹き、更に苦々しく土方は新八をみた。

 その視線にいやああな物を感じて、新八はくいっと眼鏡を押し上げる。

「で、その恋の相手って言うのは、バブルス王女とかそういう」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「餓死決定ネ」
 わずかに視線を落とした土方に、神楽が即答する。そして、その即答した答えに、いち早くたどり着いた新八が席を蹴って立ちあがった。
「って、まさか土方さん、もしかして」
「このままじゃ、そこのチャイナ娘の言うとおり、近藤さんは餓死だ」
「冗談じゃありませんよ!?何だって僕たちが」
「一日だけで良い。お妙さんを、近藤さんのデートに貸してくれ」
 ぎゅっとタバコを灰皿に押し付けて、テーブルに手を突いて軽く土方が頭を下げる。
「嫌に決まってます!ていうか、姉上がそんな事に協力してくれる筈ないでしょう!?」
「ゴリラが死のうが生きようが姉御には関係ないネ」
 むしろ喜ばしい事実だと、もろ手を挙げて餓死に協力しかねない。
「頼む。こっちだって、近藤さんを死なせるわけにはいかねぇんだ」
「嫌ですよ!ていうか、自分で姉上に頼めば良いじゃないですか!?」
「無駄な事はしない主義なんでな」
「カッコつけてるけど、ただ単に殺されたくないだけだよね?一緒に殉死したくないだけだよね!?ゴリラストーカーとの話なんかしたら、撃たれるのは目に見えてるからでしょう!?」
「違う。俺は万事屋の力を信じて」
「無い無い無い無い!それだけは無い!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・っせーな、新八ぃ」
 絶対に協力しないからね!?ていうか、協力した時点で僕たちが姉上に消されるから!
 息巻いて怒鳴る新八を、のんびりした声が止めた。今までソファにふんぞり返って話を聞いていた銀時だ。
 彼はちらと視線を土方におとすと、「テメェが頭下げるくらいだ。よっぽど酷いんだろ、その願掛け」と覇気のない調子で繋げた。
「叶わない夢に縋る姿を、俺は見たくなかった」
 ぐっと手を握りしめる土方に、ちっと銀時が舌打ちする。
「しゃーねーなー、おい」
「ちょ、ちょっと銀さん!?」
 まさか、姉上を貸してやれとか言わないよね!?
 血走った眼差しで見詰めてくる新八に、銀時はがりがりと頭を掻いた。
「願いをかなえる事は、どうやったって不可能だと、あの馬鹿ゴリラに思い知らせてやりゃいいんだよ」

 そうすりゃ、ゴリラのストーカー行為も止まるし、餓死しなくても済む。

 一石二鳥だ、ときっぱり告げる銀時に、「でもどうやるネ」と神楽が目を瞬かせた。

「簡単だ。その願掛けが叶わないと、目の前で実証してやりゃいいんだよ」

 たとえば、と銀時は土方に飲んでいたイチゴ牛乳のストローを差し向けた。






 たとえば。


「死ね!沖田隊長ーっ!!!!」

 願掛け用に買いつけたお札に、山崎退に「書かせた」のが「沖田隊長に勝つこと」で。
 真選組隊舎の植え込みの陰に隠れた万事屋一行と土方が、奇襲を仕掛ける山崎と、仕掛けられた沖田を見守っている。
 ここで、沖田にぼこぼこにされた山崎と、彼の願掛けの札を近藤に見せれば、目が覚めてくれるだろう、という観測の元に、こうして見守っているのだが。

 振りあげた、山崎の武器。
 背後からの奇襲に、振り返った沖田の目がぎらりと光った。

「おっふわあああああああ!?」

 上がる絶叫。

 次の瞬間見守る全員の前で、山崎のミントンのラケットが沖田の腹部にクリーンヒットして、彼が凄い勢いで隊舎の廊下を滑って行った。


「え?」


どん、と派手な音を立てて襖にぶつかり、それでもなお、勢いが止まらず、沖田は派手に回転しながら襖を突き破って床の間へと転がり込んだ。
 もうもうと煙が立っている。

 あぜんとする山崎と、沖田に駆け寄る土方。

「あ、あれ?」
 さーっと顔面蒼白になる銀時は、土方さん、と震えて、血塗れの手を伸ばす沖田に嫌な予感がした。

「そ、総悟?」
「土方さん・・・・・俺・・・・・力が出ない・・・・・多分、例の札のせいですぜぃ」
 告げる沖田の目が、ちらりと光り、口元に微かに笑みが浮かんだ。

 それに、土方と銀時は悟った。


 自分の身を盾にしてまで、土方を苦しめようとする、沖田の見上げたドS根性を・・・・・


「総悟・・・・・テメェっ」
「すごいちからだなあのお札」
「何棒読みでぬかしてやがる!!!!」

 これでは、札の効力を証明したも同然だ。

「おい、万事屋っ!!!」
 ひき、と土方のこめかみが引きつり、計画の失敗を銀時に叫ぶ間際、「トシー!!!!」と絶叫する近藤の声が聞こえた。
「俺の部屋の前に『沖田隊長に勝つこと さがる』なんて書かれた札が落ちて・・・・・って、と、トシ!?総悟!?山崎!?!?」

 瞬間、そこに広がる光景を一瞥し、近藤はしっかり理解した。

「な・・・・・なんてことだ・・・・・こ、この札の効力で・・・・・!!!」
「い、いや違うから。違うからね、馬鹿ゴリラ。これはあくまで演出で」
 慌てる銀時に構わず、近藤は「こ、こんなに即効性があるなんて・・・・・!!」と自分の札を懐から出してわなわなと震える。
「って、ちょっとまて、おいー!?話聞いてる!?俺の話を聞こうね、ゴリラくーん!?」
 慌てて茂みから立ち上がり、銀時は縁側によじ登る。
 と、わなわなと震える近藤の札に、『お妙さんと××××出来ますように』なんて書いてあるのがちらりと見えて、銀時は青ざめるを通り越して仄白くなった。

 え?ちょ・・・・・え?××××ってどういうこと?普通、手を繋ぐとか、恋人になれますようにとか、結婚できますように?とかだよね?
 え?なに?何段跳び!?何段跳びしようとしてるの、この欲情ゴリラは!!!

 はっと我に返り、銀時はすぐ傍に居た新八を観た。
 彼はどす黒いオーラを発して心を遮断していた。全ての良識、だとか、これは健全なジャンプの作品だ、とか世間的なアレをシャットアウトする新八が、妄想の世界で絡まる姉と近藤に、力一杯刀を振りかざし、あんなことやこんなことで殺そうとしているのがようよう見て取れた。

「ブッ殺!!!!!」

 くわっと血走った目を見開いて叫ぶ新八に「落ち着け!新八!!!」と銀時が声を上げる。肩を掴んで止めれば、「なにがじゃああああああ!!!」と眼鏡の奥の瞳をぎらぎら光らせた新八が吠えた。

「あんな希望叶うわけねぇだろ、落ちつけ!!!」
「神聖な姉上に対して、あんな・・・・・あんなっ!!!」
 あんな厭らしい欲望を抱くことすら間違ってますよ!!!!

 絶叫する新八に、神楽が「落ち着くネ」と宥めにかかる。

「これだから童貞は困るネ。あんな欲望誰だって持ってるアル」
「神楽ちゃん!?」
「そうですぜぃ、ぱっつぁん。別に縛って××××××させた上で×××××を××て××××を××て××××したいとか、書いてないだけましってもんでぃ」
「そこになおれええええええええええ!!!!!!」

 いつの間にやら傍に来ていた沖田のトンデモナイ発言に、新八が発狂する。
 関係ないが彼の血はケチャップだったらしい。

「いやいや、沖田君。ここは、涙目のお妙に××××を××して、更に××××を××せて挙句、×××として××したいとかそういう事を書いてないだけましだと言わないと。未経験の新八君には伝わらないから、男女のえげつなさって言うか男の妄想力というか」
「お前らがえげつないわあああああああ!!!!!」

 神楽の耳を塞いで、ドSコンビに涙目で絶叫した新八は、はっと我に返った。

「ていうか、近藤さんは?」
「あ?」
「そういや、いませんねぃ」

 顔を見合わせた三人は、土方の「近藤さんを止めに行く」という走り書きに大急ぎで志村家に向かって走り出した。





 いやああああああ、やめてえええええええ、ゆるしてええええええええ


「姉上!!!!!!!」
「っ」


 志村家の引き戸を蹴破って突入した銀時は、部屋の奥から聞こえてきた声に色めき立った。
 走り出す新八の横を、銀時があり得ないスピードで通り抜ける。

「お妙!!!」
 襖を木刀で叩き斬った銀時が見たのは。

「あら、銀さん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 天井から逆さに吊るされている近藤が、泣いて謝る姿だった。

 爽快すぎるお妙の微笑みに、銀時が凍りついた。

「あ・・・・・えーっと、おねーさーん、これは・・・・・」
「怖いわよね、呪い返し」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 呪い返し?

 あ〜あ、なんてやる気の欠片もない声を発する沖田と、必死に近藤を下ろそうとする土方を眺め、銀時は困ったように眉を寄せて頬に手を当てるお妙に背筋が寒くなった。

「ここに呪いの札があるでしょう?」
「え?」

 ちゃぶ台の上に置かれているのは、「お妙さんと××××出来ますように」と書かれた件の札が置いてある。

「嫌だわ。ナンバーワンホステスの私に対して、こんな嫌がらせをしてくるなんて」
「い・・・・・嫌がらせ?」
「そうよ。こんなにおぞましい呪い、見たことないわ」
 でも、私もナンバーワンとして身を守るすべを用意していたって言うか、ちゃんと護符を持ってたのよ。

「偉いお坊さんに書いてもらったの」

 そう言ってお妙がそっと懐から大事そうに出したのは、ちゃぶ台にあるのとそっくり同じ札なのに、何故か金粉が振りかけられた札で、「近藤滅殺」と達筆で書かれている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なんて書かれてるか判らないんだけど、ありがたいお言葉らしいの」
「お前絶対読めてるよね!?これ、明らかにお前が書いたよね!?間違いないよね、おねーさん!?」
 ていうか、これ、巷に普及してるのよりも明らかに金掛ってるし!!!!!!
「嫌だわ、銀さん。身を護るの為に金に糸目を付けてどうするの」
 それにしても、凄い効力ね!

 ほれぼれするような笑みを浮かべて、天井につり下がっている近藤を見上げるお妙に、銀時は「餓死した方がよかったんじゃね?」とぽつりと漏らした。






 無駄に疲れた。

 結局札の効力は判らず仕舞いで、銀時は泣きじゃくる近藤を連れて帰る土方から、「今回の報酬は無しだ」と宣言されて不貞腐れていた。
 どうにかしてふんだくってやらないと。

 一応、銀時だって沖田の件で案を出しているのだ。
 ・・・・・全く無意味だったが。

「つーか、お前も容赦ないよな」
 座ってお茶を飲んでいるお妙に銀時は、ちらりと視線を投げかける。涼しい顔のお妙は「何がです?」としれっと答えた。
「別にぃ」
「か弱い乙女なりに身を守っただけです」
「どこがだ」
 吐き捨てると、鉄拳を喰らわされた。

「ていうか、あの札・・・・・本当の所どうなんでしょうね?」
 台所で夕飯を作っていた新八が、大皿に盛られた『鰹のたたき』をテーブルに置きながら、首をかしげる。
「新八も書いてみれば良いネ」
 寝っ転がっておせんべいを齧る神楽に言われ、「寝ながら食べたら豚になるよ」と窘める新八は嫌そうな顔をした。

「リスクの方が大きそうだから、止めておくよ」
「なら、私が書くネ!銀ちゃんがちゃんとお給料くれますようにって」
「ちゃんと給料やってるからその願いは無効ですー」
「・・・・・神楽ちゃん、僕も書いていい?現状を訴えるという意味で」
 労働基準法違反だって。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 バッカ、お前!叶わない夢をどうにかして叶えたいから頑張るんだろ!?叶えたいんならテメェらで頑張れっつーの!
 必死で告げる銀時に構わず、二人はなにやら札と言わず、チラシの裏紙に訴えを書き始める。

 こうなってくると、銀時には不利になるばかりなので、彼はそそくさと居間を後にした。

「ったく・・・・・」
 襖を閉めてがりがりと頭を掻く銀時は、「大した雇い主ですね」と背後から言われてぎくーっと背を強張らせた。

 月明かりに沈む廊下に、にこにこ笑うお妙が立っている。

「んだよ・・・・・うっせぇなあ・・・・・ちゃんと給料くらい払ってますぅ」
「・・・・・・・・・・ならいいですけど」
「そういうお前はどうなんだよ?」
 札。
 半眼で言われて、お妙は目を瞬いた。
「私ですか?」
 そうですねぇ、と縁側に腰を下ろしたお妙が膝を抱えて天を仰ぐ。
 その仕草に、同じく腰をおろした銀時がにやりと笑った。
「どうせ月9みたいな恋が出来ますように、とか書くんだろ?」
 似合わないからやめておけやめておけ。
「当然そうなることは願いとはいいませんから、書く意味がないです」
「・・・・・・・・・・・・・・・あっそ」
 その自信はどこからくんのかねぇ、と半眼で考え込む銀時に、お妙が笑う。
「あり得ない、起きえないことを書くのが願いでしょう?」
「・・・・・神仏の力を借りたいって?」
 ええそうです、と頷くお妙がふっと溜息を吐いて考える。
「あり得ないこと・・・・・あり得ないこと・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・銀さんの恋人にしてください、とか?」

 縁側から転がり落ちる。

「!?」
「絶対ないですからね。書いてみて、叶ったら本物ってことかしら」
 ぶらぶらと足を揺らしながら、お妙がにっこり笑って、地面とお友達になっている銀時に尋ねる。
「どう思います?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 いてて、とぶつけた側頭部を撫でながら、銀時が苦い顔でお妙を見上げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・書いてみればいいんじゃね?」

 視線を逸らして告げる銀時に、お妙はからっと笑った。

「じゃあ、書いてみようかしら」
「言っとくけどな、お妙」

 くすくす笑うお妙に、立ちあがった銀時が腰をかがめて顔を寄せた。

「それ書いた瞬間から、俺はおねーさんに××××とか×××××とか×××とか強要するけど、いい?」

 夜の空に、平手打ちの乾いた音が鳴り響き、吹っ飛んで茂みに頭から突っ込む銀時に、お妙はどす黒い笑みを浮かべた。

「その前にまず、手を繋ぐ、から始めてもらえませんか?」

 冷やかな台詞と、ぱしん、と障子の閉まる音。

 銀時はひっくりかえった視界に映る星空に、苦笑した。

 から始めるってことは、そのうち望みが有るってことか。


「・・・・・しゃーねーから、俺が書くか」


 あり得ないこと。
 起きえないこと。

 叶わないこと。


 それでも、叶って欲しいこと。


 楽しそうに目を瞑り、銀時は己の望みを託してみるのも悪くないかと考えるのだった。


























 つわけで、30万打GWリクエスト企画ということで!トキヤさまからのリクエスト

『劇場版銀魂で更に銀妙への愛が溢れてしまったので、リクは銀妙でお願いします♪万事屋+真撰組(土方さんとか)の誰かと絡みながらで…』

 を頂いたのでこのような感じとなりました><
 相変わらず近藤さんの扱いが申し訳ない感じなのですが(笑)楽しんでいただけましたら幸いですvv

 書いてみて思ったのが、土方さんって難しいなでした(大笑)
 反対に沖田さんは書きやすい(笑)

 
 いつもと変わらないオチで・・・・・ほんとスイマセン(汗)
 つか、銀さん活躍してなくね?っていうのは・・・・・内緒で(笑)

 リクエストありがとうございましたvv


(2010/05/23)

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