SilverSoul

 女の嘘に騙されるのが男なら男の嘘に騙されてやるのが女
 しとしとと、やはり雨は降っている。
「ったく・・・・・」
 仕方なく、買い物に寄っていたスーパーで、ビニール傘を買った銀時は、買い物袋を提げて、棒付きキャンディーを口に突っ込んだまま透明なビニールの向こうに広がる空に溜息を突いた。

 お妙に傘を奪われ、返そうと思った傘は破壊され、銀時は大いに困っていた。

 同じものを買ってよこせ、と言われてそれなりに探してはいるが、ファンシーな癖にどこかダサい雰囲気が漂うのに、何となく愛嬌も感じるダサカワイイウサギ柄の黄色い傘は見つからない。
 一体どこで買ったんだ、あれ、と新八に訊いても「さあ・・・・・気付いた時には使ってましたよ」と彼はそうめんをゆでながら答えてくれた。

 ぶらぶらとやる気のない足取りで、銀時は通りを歩いていく。曇天が続き、いつ降りだすか分からない空模様にうんざりしていた銀時は、やっと降りだした雨に、ほっとする。。
 降りだす前の湿気と、降りそうで降らない空模様は、落ちそうで落ちないキャバ嬢の心に似ていて、うんざりさせられていたのだ。

 夕方の街は買い物客でごった返し、道々に色んな傘が花開いている。

(あれに似た傘、差してる奴いねぇな・・・・・)

 どこかの有名ブランドの一点もの・・・・・とかじゃねえよな、おい。

 ああ見えてお妙はそれなりにモテるのだ。・・・・・スマイルの中で。上得意から貰ったものとかだと、銀時の稼ぎでは残念ながら手が出ない。

「めんどくせぇな・・・・・ったくよー」
 知らず、銀時の口から愚痴が零れている。

 あんな傘を預けられた時点で面倒だったのだ。それが、まあ、ここまで面倒な事態になるとは。
 本当なら、銀時がスマイルに迎えに行った時点で、あの傘を返してそれで終わりだったのだ。

 終わりにするつもりだったのだ。

「マジ可愛くねぇ女・・・・・」

 がり、と口の中の飴を噛んでぼそりと漏らすと、「誰がですか?」と今一番聞きたくなかった声が後ろからした。

「あ・・・・・」
 びく、と背筋を強張らせて、ぎぎぃ、と振り返るとそこにはこの雨の夕方に相応しくない笑顔を浮かべたお妙が、買い物袋を提げてこちらを見ていた。

「あ・・・・・いやあその・・・・・こ、この間行った店のキャバ嬢があの・・・・・可愛くなかったっていうかぁ〜」
 へらっと笑って言えば、「どこの店ですか?」と畳みかけるように言われる。
「べ、別にどこだっていいだろ?」
「スマイル以外は全部敵です」
「・・・・・なに?お前何を狙ってるの?支配者になりたいの?」
 半眼で尋ねる銀時に「嬢王グランプリってしってます?」と笑顔で尋ねてくる。
「いや、それジャンプはジャンプでもビジネスジャンプだから!つか、お前無理だろ!?あれ、確か年齢制限が」
 それ以上彼の口から言葉は出なかった。
 何故なら彼女から繰り出された一撃の元に、アスファルトに沈んだからだ。

「私はまだ若いんです」
「おま・・・・・ちょっと銀魂何年連載してると思ってんですか、コノヤロウ」
「サザエさん現象が起きてるんです、この世界」
 じゃなきゃ銀さん、一体いくつなんです?

 にこにこ笑って言われて「俺は永遠に中二だよ」と身体を起こしながら答えた。

「年中発情中ですか。相手も居ないのにご苦労様です」
 無駄な青春の浪費ですね。
「お前こそ、もっとおしとやかになんねぇと結婚できねぇぞ」
 知ってますか〜白馬に乗った王子様なんて来ないんですよ〜

 無言で睨みあっていると、不意にお妙が顔を上げた。

 宵闇に沈んでいた空は暗い。だが、それ以上に雲が厚く黒く漂っている。ぱっと空の一角が光り、遠くで雷鳴が聞こえた。

「早く戻らねぇとすんげぇ降ってくんな、これ」
「そうですね」

 さっさと歩きだすお妙の家はまだ遠い。銀時の家の方がここからだと近かった。

「おい、お妙」
「はい」
 足早に帰路を急ぐお妙に、銀時は「うちに寄ってけ」と何でもない風で声を掛けた。





「神楽ちゃんは・・・・・」
「なんだ、これ」
 テーブルの上には置手紙が有り、「ラピュタを探してきます」とだけ書かれている。

 微妙な沈黙が二人の間に落ちた。

「――――ふざけんなっての!ラピュタが有るのは竜の巣で、それはあんな低気圧じゃなくてもっとこう」
「お腹がすいたら帰ってくるでしょう」
 苛々と手紙をテーブルに叩きつける銀時を押しやり、「何か作りましょうか?」とお妙が何気なく尋ねてきた。
 瞬間、銀時は青ざめた。
「いいっ!良いからっ!!!お前はここでじっとしてろ!!!」
「何でです?雨宿りさせてもらってるんだからこれくらいは」
「良いからっ!!!!お前は客なの!!客をもてなすのが主の役目なの!!」
 だから頼むから何もしないでっ!!

 あわあわとお妙の肩を掴んで、銀時は彼女をソファに押しやった。

「今、イチゴ牛乳だしてやるからな、イチゴ牛乳」
「そんなのばっかり呑んでるから糖尿に」
 ばたーん、がしゃーん、と必要以上に大きな音を立てながら、イチゴ牛乳を用意する銀時に、呆れたように溜息を吐いたお妙は、何気なくテーブルの上に置かれている雑誌に目をやった。

「あら」

 そこには、ファッション誌の最新号が置かれている。今流行りのレイングッズなんて大きな見出しがついていた。

「おらよ」
 どん、と置かれたイチゴ牛乳のグラスに、お妙は顔を上げた。

「私、コーヒー牛乳が好きなんですけど」
「ひとの好意を無下にすんですか、コノヤロウ」

 ひき、とこめかみを引きつらせる銀時に、お妙は再び雑誌に視線を落として、「傘、探してるんですか?」と銀時に問うた。

「ああ・・・・・まーな」
「ウサギ柄の?」
「返すって言う約束だからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ちゅー、とストローで牛乳をすするお妙の視線に、銀時は目を合わせられない。やがて、呆れたような溜息が聞こえた。

「別に要りません。今の傘、気に入ってますし」
「そうはいかねぇだろ。買って返せっつったの、お前だろが」
 つかさ・・・・・どこで買ったわけ、あれ。

 半眼で尋ねる銀時を、じっと見詰めて、お妙はふっと目を伏せた。ことん、と持っていたグラスを置く。

「あれは・・・・・」


 あの、傘は。





 妙、と名前を呼ばれて寺子屋の縁の下で困ったように空を見上げていたお妙は、向こうから歩いてくる女性がふわりと笑って手を振るのに目を瞬いた。

「母さま」
 ぱっと彼女の顔が輝き、ゆっくり歩いてくる女性が、持っていた傘をお妙に向けて差し出した。

「だから言ったでしょう?今日は雨が降るから持って行きなさいって」
「だって・・・・・傘が有ると動きが鈍くなるんだもの・・・・・」
 それに、あいつら相手にしてたら絶対壊れるし。
「それは妙が傘を木刀にするからでしょう?なら、木刀を持って歩けばいいじゃない」
「ああ、そうか!流石母さま!」

 あたし、この傘好きなんだ〜


 手渡されたのは、ファンシーなのか、ダサいのか、可愛いのかよく判らないウサギが散った黄色い傘。
 嬉しそうにそれを開いて、お妙は母を見上げた。


 ふわりと柔らかな花の香りがする。
 綺麗な笑顔。

 いつか、こんな綺麗で優しくて強い女性になれたら。

 そんな憧れの滲んだ眼差しで、お妙は黄色い傘の縁から、大好きな母を見詰め続けた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 視線を落とし、目を伏せる銀時に、お妙はにこりと微笑んだ。

「なんてことが有ったら素敵ですね」
 ぶはああああああっ。

 飲んでいたイチゴ牛乳を吹き出す銀時に「やあだ、銀さん」とお妙は妖しく笑って見せた。

 ふわりと、夜の蝶が花開くように。

「夜の女の言葉を真に受けちゃいけませんよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 本当に可愛くねぇ。

「銀さんも可愛いところあるんですね」
「テメェ」
 ころころ笑うお妙を見詰めて、銀時はがりがりと頭を掻くと「どうしてくれるんだよ、俺のイチゴ牛乳!」と顎から滴るそれを手の甲で拭う。
「私のを上げます」

 さ、帰ろうかしら。

 立ちあがろうとするお妙に「で?」とグラスを引き寄せた銀時がソファにふんぞり返る。

「そんな大事な傘貸されて、壊しちまった俺はどうしたらいいんでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 思わず、といった表情で銀時を見たお妙は、瞬間、失敗した、と顔をゆがめた。
 取り繕う事の叶わなかった、素の表情が出てしまっていたと気付いたからだ。
 そんな彼女に、銀時は天井を見上げて、にたりと笑う。

「夜の女に騙された経験は豊富なもんでね、俺。」
「・・・・・・・・・・自慢になりませんよ?」
「お陰で、嘘とホントの見分けくらいつくようになったんですー」
「だから自慢には」
「んで?」

 ちらりとこちらを見て尋ねる銀時の馬鹿にしたような口調に、「ですから」とお妙が語気を強めた。

「今のは単なる作り話で」
「作り話か?」

 ・・・・・・・・・・・・・・・嫌になる。

 まっすぐにこちらを見詰めるその瞳に、お妙は言葉に詰まった。
 一回戦、二回戦ともに、お妙の圧勝だった気がする。
 それがここにきて、銀時に呑まれている。

 アウェーだからか。そうだな、多分。

「作り話です」
「じゃ、あの傘、どこで手に入れた?」
「ジャパネットです」
「嘘付け!!」
「嘘じゃありません。タカタさんに売ってもらいました」
「いや、売ってもらったっていうか、売ってたっていうか、つか、お前嘘吐くんじゃねぇって!」
「本当です。量産機なんですよ。ボール並みの」
「いや、だから、つか、量産機!?なんなのそれ、量産機ってなんなわけ!?」
「あの傘は開くと沢山の砲塔が」
「オマエなっ!!!」

 いいから、吐けよ!あれはどこで買ったんだ!?

 立ちあがった銀時に肩を掴まれ、お妙はムキになって振りほどこうとする。
 その彼女を、男は強引に引き寄せて抱きしめた。

 文字通り、抱き、締めた。

「ちょっ・・・・・苦しっ・・・・・」
「女に騙されて無一文にされることなんか、ざらだからな、俺」
「何自慢ですか!?」
「けどさ・・・・・ほんのちょっとの嘘の為に・・・・・んな顔されると堪んねぇんだよ、男ってのは」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「馬鹿だからさ」

 笑顔で居て欲しい。
 幸せそうにして欲しい。
 優しくて愛しくて傍に居て欲しいと願う。

 悲しそうな顔なんか見たくない。

「・・・・・でしたら、傘なんか買わないでください」
 掠れた声で告げるお妙に、銀時は「そこがまた馬鹿でさ」と彼女の耳元で笑った。
「カッコくらい付けたいでしょ、男だって」
「カッコよくありません」
「・・・・・・・・・・かもな」



 一本の傘。
 無事でいて、と願って貸された傘。

 それを、胸を張って返せない銀時と、胸を張って返せない銀時に気付いている為に、絶対に受け取れないお妙。


「絶対に言わないわ」
「・・・・・・・・・・んならこのまま・・・・・」
 身体に訊いちゃおっかな?

 くすっと、人の悪い笑みを浮かべて言えば、背負い投げられる―――
 そう思って、身構えた銀時は、不意に動かないお妙に気付いた。そっと身体を離すと、口惜しそうに歪んだお妙の顔にぶつかった。
 大きくて真黒な瞳に、涙が滲んでいた。それが、予期せず一粒だけ零れ落ちる。

「・・・・・・・・・・」
「そうやって・・・・・いつまでも勝手な事を言ってればいいんです」

 慌てたように俯き、ぐい、と胸板に手を突いて、彼から身体を取り返すと、お妙は「もう本当に傘は良いです」とひそやかに吐きだした。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
「返してもらいました。それでいいです。」
 床に置いてあった買い物袋を持ち上げて、お妙は銀時を振り返らずに、すたすたと玄関に向かって歩き出す。

 その、傘に伸びたお妙の手を、銀時が押さえた。

「ちょ」
 抗議の為に振り返った彼女の腰を浚って、銀時は抱き寄せたお妙の唇に己の唇を重ねる。

「っ」
 強引な口付。絡んだ舌が甘く、イチゴの味がする。

「んっ」

 押しやろうとする彼女を、男は有無を言わさず抱きあげた。

「ちょ」
「傘なんかいらねぇ」
「はあ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・俺の負けだ」

 耳元で囁かれて、お妙は口をあんぐりと開けた。


「負けで良い」
「い、意味がわかりませ」
「代わりに、お前を貰っとく」
「はあ!?」

 冗談じゃない。

 喚いて暴れる彼女を抱きあげたまま、銀時はすたすたと自分の寝間へと歩いていく。

「傘なんかいらねぇよ。約束も・・・・・したくない。けどな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「言った筈だぜ?銀さんは、騙されてるって判ってても、女にんな顔されたら堪んねぇんだって」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「お妙」

 ラピュタから邪魔ものが返ってくるまで相手して?

「―――あの傘は、近所に有った、もう潰れた雑貨屋さんで買ってもらったんです。」
「へえ」
「・・・・・・・・・・」
「で?」
 押し倒されて、お妙は雨の音を聞きながら、零した。
「・・・・・・・・・・もう一度、買ってくれるかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・万事屋への頼みごとか?」

 首筋におとされる口付けに、腕を伸ばしたお妙が数度瞬くと、ふっと小さく笑った。

「いつか・・・・・必ず、見つけて、買ってきて、私の前に突き出してくれますか?」
 対価は、「これ」。
 しかも前払いですから、絶対に果たしてもらいます。

「・・・・・・・・・・・・・・・支払われちまったら、探すまでくたばれない?」
 苦笑する銀時に、お妙は「そういうことです」と笑って見せた。


「どうしますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 据え膳食わぬはナントカだな、と小さく零して銀時は降参した気で、お妙の身体に手を伸ばした。







 雨が降っている。

 宇宙一馬鹿な侍を力一杯殴った所為で、ひしゃげた傘が一本、ひっそりと万事屋の傘立てに置かれている。

 これと同じ傘を探しだしてお妙に贈るまで、銀時は死ねない。


 今だって、無理も無茶も厭わない気持ちはある。何が起きるか分からない不確定さも、持ち合わせている。
 だが、これだけは肝に銘じておこう。


 自分は、女に騙されて、トンデモナイ怪我を負っても。

「絶対に女は騙さないから、な」
「・・・・・・・・・・そう、騙されておいてあげます」
「・・・・・・・・・・・・・・・」


 可愛くない女と馬鹿な男は、唐突に玄関が騒々しくなるのに、大急ぎでまったりした空気を払しょくするのだった。

 お妙が銀時を、万事屋の窓から雨の降る外へと「放り投げる」という方法で。

























 というわけで、一周年リクエスト企画から

 「昔の彼女からもらったものは大抵押し入れにしまわれていたりする」の続きというか、第3ラウンドが読みたいです。決着ついても良し持ち越しでも良しで、お願いします。


 というリクエストを頂きましたので、最終戦となりました!!!><

 映画公開前に完成してよかったです、傘シリーズTT

 しかも最終戦は逆転サヨナラ的な感じで、銀さん圧勝的な感じになりました(笑)
 つか、あれ?
 結局お妙の為に戻って来なくちゃならない、ていう約束を結ばされたから、銀さん負けか?(笑)


 二人のワードとして、可愛くない女とバカな男っていうのは、本当に似合いですよねvv
 良い得て妙というか(笑)


 こんな感じの傘シリーズとなりましたが、リクエストしてくださった方、楽しんでいただけましたら嬉しいです><

 ありがとうございましたvv




(2010/04/15)

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