SilverSoul
- 無駄だと知っていても約束したくなるのが人間
- 「姉上っ!」
「姉御・・・・・」
「絶対駄目よ。そんなの許せるわけがないでしょう」
志村家の居間。ちゃぶ台を挟んで座るのは、お妙と新八、神楽だった。
二人は顔を見合わせて、そしてどうにかして許してもらおうと唇を噛んだ。
「姉上・・・・・僕達、どうしても行かなくちゃならないんです」
「・・・・・・・・・・姉御に心配掛けるのは嫌ネ。でも、私達、行かなくちゃならない」
判って欲しいアル。
見詰める四つの眼差しに、お妙は奥歯を噛みしめる。いつの間に、そんな眼差しが出来るようになったのかと、心の奥で溜息を吐く。
厄介で面倒で、どうしようもない強い思い。
「それでも、私は貴方達二人を、手放しで送り出すなんて真似は出来ないわ」
「姉上・・・・・」
「私以外に、誰が貴方達を引きとめることが出来ると思うの?」
静かに言われたお妙の台詞に、勝算が薄い事を知っている二人は、黙り込んで俯く。それでも、決意は揺るがない。
江戸の町は真夏に相応しく、不気味なくらい真っ青な空に覆われている。熱くてうだるような日差しが、アスファルトに照りかえされて、倍に膨れ上がり、要らない熱を撒き散らしている。
ちりん、と微風に鳴った風鈴の音が、三人の間に落ちている沈黙を際立たせた。
「それでも・・・・・僕は行きたい。どうしても駄目だと言うのなら、僕は神楽ちゃんを置いていきます」
「何言ってるアル!?お前一人で何がどうなるものでもないアル!!」
こうなったら、と人質よろしく、神楽を姉に押し付けて、自分だけ乗り込もうと考えた新八に、神楽が喰ってかかった。
「お前が行くくらいなら私がいくネ!馬鹿な兄を持った妹こそが、事の始末を付ける権利が有る。お前が行く必要などこにもないネ!この腐れ眼鏡がっ!」
「今回はそんな風に言われても、僕は譲らないよ。神楽ちゃんこそ、ここに残るべきだ。女の子なんだし」
「男女差別アル!お前、私に大食い競争で勝った事ない癖に適当な事いうんじゃないネ!」
二つの視線がぶつかって、間に火花が散る。それを見ていたお妙が「私はどちらも反対です」ときっぱり言い切った。
「あなた達二人が行った所で、何が変わるっていうの?何が出来るって言うんですか」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ついこの間だって、大怪我して・・・・・とにかく、どうしても行きたいと言うのなら、私を倒してから行きなさい!」
「そ、そんな!!」
「姉御に勝てるわけないネ!!」
縋るような眼差しを、視線を逸らして回避し、「この話は終わりです」とお妙は立ち上がった。
「まあ、そう言うなよ」
さっさと居間から出て行こうとしたお妙を、だるそうな声が引きとめる。見れば縁側に、覇気の欠片もない、胡乱気な眼差しの男が立っていた。
「銀さん」
「銀ちゃん」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
なんとか姉御を説得して欲しいネ、という神楽の声に、銀時はがりがりと頭を掻くと、「ちょっといいか?おねーさん?」と溜息交じりにお妙に切り出した。
二人は並んで河原の土手に腰をおろしていた。
鬱陶しく輝く太陽の所為で、陽炎が立ち、蝉の声が響いている。人っ子一人居ない河原。原色で彩られた世界は、不気味なほど静かにそこに在った。
「あー・・・・・その、何だ・・・・・あいつ等の気持ちも考えてやれよ?」
草むらに手を付いて、斜めに空を見上げる銀時が、苦いものを含んだような調子で告げる。それに、お妙は「行きたければご自分お一人でどうぞ」と固い声で答えた。
「・・・・・まあ、そうなんだけどさぁ〜」
抜けるような青空。雲は、遠く街の彼方に追いやられ、太陽の光をさえぎる物は一つもない。
この空を、覆い尽くすほどの船団。
それが、間近に迫っていると、銀時に告げたのは桂だった。相手は海賊春雨。それから、高杉達だ。
どちらも最重要機密だから、江戸の住人は連中がこの江戸を焼き払おうとしていることなど知りもしない。
知られる前に片を付ける。
「俺だって出来れば行きたくないんだよ?銀さんだって、痛いのは嫌だし、ヤバそうな事に首突っ込むのも面倒だし、良い歳だしさぁ」
「なら、行かなきゃいいじゃないですか」
ちらと視線を落とすと、まるで空気の動かない、真夏の昼下がりの中で、お妙はさらさらと流れて行く川面に視線をやっている。
「ていうか、銀さんがどうなろうと知ったこっちゃないですから、行きたくなくて行かなくても、行きたくて行っても別に構いません」
「・・・・・・・・・・・・・・・お前ね」
思わず半眼で告げると、ようやく銀時の方を見たお妙が、にっこりと笑みを見せた。
「でも、新ちゃんと神楽ちゃんは別です」
絶対に二人は行かせません。
きっぱりと言い切る二人に、銀時は閉口した。
「俺はどうでもいいのかよ」
「どうでもいいです」
「酷いっ!」
「銀さんなんて、その辺の石ころと同じくらいの価値しかありませんから」
「更に追い打ち!?」
お前、銀さんを何だと思ってるわけ?・・・・・あ、石ころか。
一人突っ込みをしている銀時を余所に、お妙は再び川面に視線をやると、きゅっと膝の上で手を握りしめた。
「銀さんは石ころだから良いとして・・・・・新ちゃんと神楽ちゃんは、私にとって大事な弟と妹です」
「あの・・・・・お姉さん?銀さんも、なんかポジションくれね?」
「じゃあ、飼い犬です」
「お前が言うと洒落に聞こえねぇんですけど・・・・・」
「なんでもいいんです。銀さんはどうでも良いんですから。それより新ちゃんと神楽ちゃんです」
連れて行かないでください。
きっと、その涼やかな漆黒の眼差しに見詰められて、銀時は口をつぐんだ。それから、「お前には悪いが」と酷く重く口を開いた。
「それは出来ない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺たちはチームだからな。万事屋っていう」
「貴方一人でどうにかなるでしょう」
「そう思ってたさ」
ふっと空を仰ぎ、銀時はごろっと草むらに寝っ転がる。腕を組んで枕にし、彼は酷く苦く・・・・・でもどこか嬉しそうに笑った。
「そう思ってた・・・・・んだケドな。どうも違うらしい」
俺にとって、あいつ等は必要なんだよ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「特に・・・・・どうしようもねぇくらいしんどい時なんかには、な?」
はは、と軽く笑う銀時の、光を跳ね返すような白銀の髪が風に揺れた。その横顔に視線をやったお妙は、そっと手を伸ばして、この男の髪を撫でた。
「?」
間近で、二人の視線が交差する。途端、お妙は男の髪を力一杯引っ張った。
「ちょ!?」
痛い痛い痛い痛い禿げる禿げる、マジ禿げるからやめて!ごっそり抜けるから!!銀さんの皮が剥けちゃうから!!
「禿げればいいんですよ、銀さんなんか」
その手をぱっと離し、お妙は草むらから立ち上がった。
ざあっと、強い風が吹いた。
生ぬるい風だった。
頭皮を抑え、「いってぇっての、この馬鹿力のゴリラ女!」と悪態をついていた銀時は、空を見上げるお妙に口をつぐんだ。
「これだから・・・・・馬鹿な侍は嫌いなんです」
吐き捨てて、お妙は拳を握りしめる。
「・・・・・・・・・・殴るか?」
口を端を上げて尋ねる男を、心の底から殴りたい。でも、それをすれば、きっとお妙の中の何かが瓦解する気がしたから、彼女は押しとどまった。
そのまま、太陽の日を背に浴び、逆光気味に銀時を振り返った。
「新ちゃんと神楽ちゃんに、傷一つでも負わせたら、殴り殺します」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
目が据わっている。うろ〜っと視線を逸らして、銀時は「善処します」と答える。
「死ぬなら一人で死んでください」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい」
「新ちゃんと神楽ちゃんは絶対に死なせませんから」
「・・・・・・・・・・・・・・・ええ、そうですね」
がりがりと頭を掻く銀時に、お妙は薄く口を開くと、草の香りがする空気を吸った。
「その代り、私が死にます」
「ああ、判っ・・・・・はい?」
思わず聞き返せば、お妙はさっさと銀時の横をぬけて、土手を上がって行く。帰るのだと気付いた銀時が、慌てて彼女の手首を掴んだ。
「お前・・・・・今、何言った?」
「ですから、新ちゃんと神楽ちゃんに傷一つでも負わせたら」
「その後だよ」
見上げる銀色の瞳が嫌いだ。
何もかも見透かすそれが、堪らなく嫌だ。
「無駄な事はしない主義なんです、私は」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
酷くゆっくりと、お妙は口を開いた。自分を掴んでいる男の手に、お妙は指を滑らせた。
白くて細くて、握りしめれば折れてしまいそうな、彼女の指。その先が、この暑さの中にあってもひいやりと冷たかった。
「死ぬなら、貴方お一人でどうぞ」
「それは訊いた」
「そうしたら、私も死にますから」
「・・・・・意味が判んないんですけど、お姉さん」
引きつった笑みを浮かべる銀時に、お妙は口を開いた。
「止めても聞かないでしょう?貴方は」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だから、無駄な事はしないんです」
止めたい。
引きとめたい。
新八と神楽を引きとめるのは簡単だ。いや、今はもうそれは難しいが、それでも自分の声が、言葉が、想いが届く素直な位置に二人はいる。だから、お妙は二人に言うのだ。
駄目だと。
行かせないと。
行く義務もないと。
そうすれば、それはきっと二人の足枷になる。ぎりぎり踏みとどまれる、決意の鍵になる。
侍の娘であるお妙には、それが判るから、二人に厳しく言ったのだ。
だが、このまるで掴みどころのない、どうしようもない、喰えない男には、そんな台詞がどこまでも無駄だと知っている。
知っているからこそ、お妙は言わないのだ。
行って欲しくない、などと。
言っても無駄。通じない。この男に届く声を、私は持っていない。
「さ、判ったら離してください」
静かに告げて、お妙は自分の手首を掴む男の指を引きはがす。だが、離れるそばから、それは絡みつき、不快に眉を寄せると、銀時が彼女の手首をぐっと引っ張った。
「ちょ!?」
斜面ではバランスが取れない。思わず銀時に倒れ込むと、男は彼女の背中に腕をまわした。
「・・・・・悪い」
何がだ。
その一言が、胸に刺さって、お妙は言葉を呑んだ。銀時は決して本当の事を言わないだろう。新八や神楽が必要なのは口に出す癖に、お妙が必要だとは一言だって言わない。
言われても困るから、言わないでいてくれるのなら、それに越したことはない。
ないが、謝られるのは、傷つくものなのだ。
「別に悪くないです。貴方はいい大人で、どうしようもない馬鹿な男で、結局死にに行くんでしょうから。私に謝られても困ります」
「そうだな」
苦い笑いを含んだ声で言われて、お妙は唇を噛んだ。
「そうだ・・・・・俺は馬鹿な男だからな。新八と神楽が居れば、戻れる」
あいつらと歩いてると、ばかばかしくて、面白くて、楽しいからな。
言葉とは裏腹に、銀時はきつくお妙を抱きしめる。腕に熱さに、お妙は眩暈を感じた。こんな炎天下で、こんな体温の男に締めあげられたら窒息してしまう。
「お前と居ると、殴られるだけだしぃ?痛いの俺、嫌だし?」
「だったらいい加減離してくれませんか。セクハラで訴えますよ?」
「お妙」
低い声が耳朶を打ち、お妙はぎくりと身体を強張らせた。
「俺に、お前は必要ない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「必要ないんだ」
するっと腕が解かれて、銀時は小さく笑うと、歪んだお妙の漆黒の瞳を覗き込んだ。微かに、涙が滲んでいる。
「だから、死ぬなんて言うな」
そっと、銀時の乾いた指先が、お妙の頬に触れて、彼女は唇を噛んだ。
ほらみたことか。
この人の枷に私はなれない。
止められない。
ああ、どうしてだろう。
「最低な男ね」
「・・・・・・・・・・・・・・・そうだな」
「どこにでも勝手に行ってください。私も勝手にしますから」
「お妙〜」
立ち上がる彼女につられて、銀時も慌てて立ち上がる。肩を怒らせて歩く女に、がりがりと頭を掻いてから、男は大股に歩いて彼女との距離を詰めた。
「一言、言ってくれないか?」
後ろから、華奢な肩を抱きしめると、最強の女はその身体を強張らせた。構わずに、銀時は笑みを浮かべて首筋に唇を押し当てる。
「嫌いだって」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それでいいだろ?」
お妙の腹に回された腕に、力がこもる。彼女はくっと顎を上げると、抜けるように真っ青な・・・・・余りにも真っ青過ぎて、黒く見える夏空を見上げた。
「嫌いです」
震える声で言うと、銀時は微かに嬉しそうに笑って、お妙の身体から手を離した。
離れて行く、腕の感触。逃げて行く体温。首筋に触れていた、柔らかな前髪の感触。
その一つ一つが、鮮明に肌に痕を残し、お妙は空を見上げたまま、唇を噛んだ。
「帰ったら、さ」
すっとお妙の横を通り過ぎて、銀時は、前を向いて歩きだした。
相変わらずやる気のない足取りで、懐に両腕を突っ込んで、ぶらぶらと去っていく。腰の木刀がちらりと揺れて、お妙はそんな彼の後ろ姿をじっと見つめていた。
「その台詞、前言撤回させてやるからな」
覚悟しとけ?
ひらりと持ち上げた手を振られて、お妙はぽろっと一粒だけ零れた涙を、拭わなかった。そのまま微笑む。
「残念でした。私が銀さんを嫌いなのは永遠に変わらない事実ですから」
だから、私を重荷にしないで、身軽く戦ってくればいい。
死んだら死んであげる。
戻ってきたら愛してあげる。
「どちらでも、好きな方を選べばいいわ」
お妙の声は、夏の静かな河原に沈んで溶けて行く。
銀時は振り返らない。
お妙も、振り返って欲しいとは思わない。
振り返らずにまっすぐ。
行った先にあればいい。
未来が。
「ほんとうに、嫌になっちゃうくらい」
嫌いな人。
お妙に感謝して、どうしようもない男は胡乱気な瞳に光を宿して、夏の道を歩いていった。
静寂に支配された午後が、二人の間を埋めて行った。
というわけで!一周年記念企画リクエスト第四弾で、よよさまから、
「戦いに行く銀さんと本当は行って欲しくないのに気丈に振る舞うお妙さん
もちろん銀さんはお妙さんの気持ちを知っていて…
な感じの、決戦前夜の二人をシリアス風味で味わいたいです!」
というリクエストを頂いたので、銀妙です!
・・・・・決戦「前夜」でしたね・・・・・夜、でしたね・・・・・すいません、真昼間にしてしまいました orz
銀妙の「可愛くない台詞の応酬」は書いていて楽しかったですvそして、珍しくシリアス!!
・・・・・し、シリアスに・・・・・なってます・・・・・よね?(おろおろ)
と、こんな感じですが、楽しんでいただけましたら嬉しいです〜vv
よよさま、ありがとうございましたvvこれからもよろしくお願いしますvv
(ちなみにこれを書いてる途中でモニターさんが逝かれました orz)
(2010/03/01)
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